その目を見て、心臓が跳ねたような気がした

 聖女はいつまでもむくれていた。

 聖女以外の奴らも聖女ほどではないけどむくれていた、面倒くさい。

 しかも、宿に泊まるのではなくこちらに泊まらないかと言ってきた町長の提案を聖女の奴が感情的に断りやがった。

 おかげで移動が面倒なうえにまた硬いベッドで寝る羽目に。

 むくれ切った聖女達はやけ食いなのか普段の数倍くらい夕食を食べた後、早々に部屋に引っ込んだ。

 僕らも部屋に引っ込んで、ベッドに潜り込む。

「じゃあ、おやすみー」

「……おやすみ」

 親友の顔は少しだけ硬かった、あいつもお人よしだからあの子について何か思う事があるのだろう。

 1時間くらい親友が眠るのを待って、眠りについたらしいことを確認した後、僕は身体を起こした。

 座標は確認済み、移動が面倒とか思ってたけど、この程度なら大した魔力も手間もかからない。

 少し眠いせいかちょっと座標ミスりかけたけど、すぐに修正したから問題はない。

 それじゃあ、行こうか。

 あくび交じりにすごく小声で転移魔法の呪文を僕は唱えた。


 転移した先は先ほどと同じ光量で照らされた黴臭い部屋。

 眠っているかと思っていたけど、鉄格子の向こう側の彼女は目を開いていた。

「……っ!?」

 僕を見て彼女がさっき同様、目を見開く。

 僕はやっぱりにっこり笑って、こんばんはと彼女に声をかけた。

 音が漏れる心配も、気配を気取られる心配もない。

 この部屋に転移すると同時に、この部屋で何が起こっても外部に感知されないように魔法をかけておいたから。

 さっきはこの子が何者かを見定めるために何もしなかったし、おニューのメリケンサックの性能を確かめたかったからドアをぶち破るという無駄なことをしたが、本当なら誰にも気づかれずにこの部屋に侵入するのはとても簡単な事だった。

「やっぱり僕に対してはだんまりなのね、君。ねえねえ、君、本当に助けてほしくないの? だってあれ、本心から言ってたわけじゃないだろう?」

 昼間に彼女が語った言葉は全部耳障りがいいだけの綺麗事で、その奥にそれ以外の感情があったのは一目瞭然だった。

 だから聞いていてすごく不快だった、本当は思ってもいないことをあんな聖人じみた顔で話すこの女の声を、これ以上は聞いていたくないと思うほどに。

「あ、正直に言っちゃっていいよ。大声で叫んでも誰も気付かないようにこの部屋にちょっとした細工をしてるから、何言っても僕以外には誰にも聞こえないよ」

 安心してもらおうと思ってそう言った、さあ、本当の事を言ってしまえ。

 それでも彼女は何も言わなかった、ただ僕の事を睨むだけ。

「さっきも言ったけど、僕は勇者なんだよねえ……だから君の事を助けてあげられるよ。君を生贄にしようとしている悪い人達を殺してあげることだってできるし、地竜様とやらも殺してあげられるよ?」

「…………だ」

 彼女が小さく何かを言った、だけど小さすぎてよく聞こえなかった。

「なあに?」

「余計なお世話だと言っている」

 その声を聞いた瞬間、ぞくりと背筋が震えた。

 昼間の聖人じみた声とは全く違う、怒りと憎しみ、その他いろんな感情が塗りこめられたような強い声だった。

「…………余計なお世話って?」

「そのまま意味だ……地竜を殺すのは、私だ」

 そう強い声で言った彼女は、僕の顔をぎろりと睨む。

 その目を見て、心臓が跳ねたような気がした。

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