レムナントウォーズ–深淵のリヒト–

リボルビング隼人

第1話 レムリアを覆う影 前編

 星暦せいれき2012年12月21日、後にアポカリプス・デイと呼ばれるこの日、突如『ゲート』を通じて世界各地に出現し、破壊の限りを尽くした地獄の軍団……その名を『ゾティーク連合軍』。


 時は星暦2046年。


二つの世界を跨いだ大戦争、『弐界大戦』の休戦から既に10年余り。世界人口は最盛期の約30パーセント、21億人まで減少していた。


――――――――――

『完全独立型居住艦レムリア』は4つの縮退炉しゅくたいろを搭載した全長15260.26メートル、全幅2778.38メートルの超大型艦であり、かつ甲板に26棟の研究施設と最大4800人分の居住スペースを展開する人工の孤島である。



対ゾティーク兵器の開発と『ゲート』の研究を主目的とするこの艦は、世界を脅かす異世界の尖兵にとっては、当然、最優先の破壊目標である。

そうした脅威に対応するために結成されたのが、レムリア内で開発された最新鋭の武装と、それを自分の手足の様に操る12人の精鋭による特殊部隊、元国連軍極東基地海軍部門1等海尉・神宮寺禅十郎じんぐうじぜんじゅうろう率いる猟犬戦隊『ティンダロス』である。

……とはいえ弐界大戦休戦後は大規模な攻撃も無くなり、もっぱらテロリスト紛いの少数部隊への対処が主な仕事であるが。



剥き出しのコンクリート壁に四方を囲まれた殺風景な部屋の中心で、コーカソイド系の顔立ちをした筋肉質な男が一人、ゆっくりと布団から身を起こす。


男の名は上代理仁かみしろりひと。年齢は24歳でレムリア生まれのレムリア育ち。日本人の父とドイツ人の母を持つハーフ。幼い頃に両親と死別し、16歳でティンダロスに入隊。既に18人ものゾティーク軍人を単独で屠ってきた英雄であり―――何を隠そう、この物語の主人公の一人である。


時刻は午前6時。天窓から射し込む暖かな光が心地よく、コンクリートの壁越しにも海鳥の鳴き声と波の音が微かに聞こえてくる。

理仁は殺風景な寝室を出て無言のまま身支度を済ますと、外の空気を吸いに玄関を飛び出した。


理仁が住む2110号室はポートサイド・ストリートと呼ばれる大きな通りに面しており、この時間は職場に向かう研究者達のバイクがよく部屋の前を横切る。バイクはだだっ広いレムリアをスムーズに移動する為の必需品であり、実際、住民の殆どが運転を習得している。


その内一台のバイクが理仁の前で止まった。大きな欠伸を一つ挟んで、理仁はその運転手へ気さくに話し掛ける。

「よぅ、おはようさん。」

「おはようございます、上代さん。休暇は楽しんでますか?」

フルフェイスヘルメットのバイザーを上げて運転手が応答する。運転手の正体は理仁より少し若いくらいの日系人だった。彼の名は戦刃勇馬いくさばゆうま。3年前からレムリアに留学している医者の卵だ。


「ぼちぼちな。つってもなぁにもやることが思いつかねぇから、毎日テキトーに過ごしてるのよ。そっちはこれから出勤か?」

「いえ、今日は俺も休みなんで、釣りにでも行こうかと。の対応で船も止まるらしいですし。」


「そいつは良いな。さて俺は……俺は何したもんかな。」

理仁は右手で首元をポリポリと掻きながら考え込む。が、何も思いつかない。

「あー……センター・ストリートに美味しいチキンブリトーを出す喫茶店が出来たらしいんで、行ってみたらどうです?」

Danke恩に着る!それは名案だ。」

暫しの他愛もない世間話の後、勇馬は海の方へと走り去って行った。


戦刃勇馬に指摘された通り、最強の猟犬戦隊ティンダロスの若きエース・上代理仁は只今長期休業中だ。

遡ること1ヶ月前、ゾティーク連合軍の暗殺部隊の奇襲攻撃から神宮寺隊長を庇って胸骨を粉砕骨折した理仁は、治療のために現場を離れることを余儀なくされた。レムリア驚異の先進医療技術によって砕けた胸骨はすぐに再建されたが、即時復帰を望む理仁に対し神宮寺隊長は、この機会に貯まりに貯まった有給を消化するよう命令したのだ。


これは理仁のワーカホリックぶりを心配した彼の同僚達が、神宮寺隊長に進言したことだと理仁には伝えられた。同僚達の想いを無下にする事は出来ず、何より立場上上官命令には逆らえない理仁は、渋々降って湧いた夏休みを受け入れることにしたのだ。だがしかし仕事人間で趣味らしい趣味も持たない理仁にとって、長期休暇は退屈の極みだった。


チキンブリトーを食ったあとは何をしようか……と一向に埋まらない脳内スケジュール表に頭を悩ませながら、理仁はふらふらとセンター・ストリートの方面へ歩いて行った。



――――――――――

時は少し遡って午前6時頃。場所はセンター・ストリート3953号室。桜色の水玉模様の壁紙で可愛らしく飾られた寝室の片隅に、ズルりとベットから転げ落ちる人影が一つ。その右手にはけたたましいアラーム音を発する小型の端末が握られている。


人影の正体は明るい金髪のショーカットに、翡翠の瞳を持つ美少女だった。その顔立ちはどこか東洋人的だ。名を水鏡雪華みかがみせつか。年齢は18歳で、レムリア生まれのレムリア育ち。フランス人の祖父を持つクォーターで、大陸の研究機関に引き抜かれた両親と離れ、今はここで一人暮らしをしている。


「あー……うー……。」

雪華は寝ぼけまなこのまま端末のアラームを止めると、そのままズルズルと床を這って寝室を去った。向かう先はシャワー室である。眠気を覚ますついでに寝汗もさっぱり流してしまおうという魂胆だ。


「ふああ……。」

狭いシャワー室の中を雪華の甘い吐息が反響する。シャワーヘッドから解き放たれたきめ細やかな水粒みつぼの群れが、透き通った柔肌の上で弾ける度に少しずつ気だるさを連れていく。しなやかな曲線をなぞって滴り落ちる水滴は汗と一緒に雪華の思考にかかったもやを洗い流してゆく。


その内すっかり正常な判断力を取り戻した雪華は、上機嫌な鼻唄交じりにシャンプーのボトルへと手を伸ばした。

(リナと会えるのも二週間振りかぁ。)

心浮き立つのも当然である。今日は、雪華にとって一番大切な友人と久しぶりに会える日なのだ。




――――――――――

時は更に遡る。場所はレムリア内部、下水処理プラントの一角。

Perchéどうして……!?」

口から壊れた蛇口のように溢れ続ける血を押さえながら、紺碧の雅式外殻……パワードスーツの一種に身を包んだ大男が吼える。その胸部には拳大の穴が貫通しており、星暦2046年の医療技術をもってしてもまず助からない致命傷だ。


「どうしてってそりゃお前……自分のためだよ。」

対面の男がいかにも面倒くさそうに応える。壮年のガタイのいいアジア人だ。男の全身は返り血で真っ赤に染まっており、最早元の服の色さえわからない有様だが、凶器の類を持っているようには見えない。だが周囲に二人を除く人影は無く、この男が下手人であることは確定的だ。

では、素手で堅牢な装甲に守られた人体を貫いたとでも言うのだろうか?スラッグ弾でも貫けない鉄壁の鎧を?――――有り得ない。


ならば、この男は一体!?

「残るは霄漢ショウカンと理仁の二人だけか……。もっと苦戦させてくれるかと思ってたんだがなぁ、とんだ期待外れだよ。」

雅式外殻の男――ティンダロス一のパイルバンカーの使い手、『碧蜂へきほうのバルトロメイ』の絶命を確認した怪物は、次なる獲物を求めて夜の闇に姿を消した。




――――――――――

センター・ストリート3丁目の噴水公園は甲板街で唯一地上の動植物と触れ合える場所であり、研究者達の貴重な息抜きの場であると共に、若者達の待ち合わせの場としても広く利用されている。


そこにコーカソイド系の少女が亜麻色のポニーテールを潮風に振りながら、水鏡雪華の予想通りに予定の5分遅れで姿を現した。彼女の名は、リナ・アミスターという。


「んっ!」

リナの姿を確認した雪華は噴水のベンチから立ち上がると、両腕を前に突き出して抱擁ハグを求めた。

リナは朗らかな笑顔でそれに応じる。

「おはよう雪華。もしかして待たせちゃった?」

Bonjourおはよう,リナ。ううん、私も今来たとこだよ。」

いつからか挨拶代わりの抱擁は二人の中で決まり事になっていた。

「今日はまた、一段と長いねぇ。」

雪華の小ぶりな胸に顔をうずめながら、リナが呟く。

「だって二週間も会えてないんだもん。もっとリナぶんを補給しないとやってらんないよぉ……。」


リナは12年前に旧フランス領の海上生存圏からレムリアに越してきた学者一家の一人娘であり、雪華とは10年来の友人である。

「で、いつも通りノープランな訳だけど、これから何しよっか?」

「雪華はもう朝ごはん食べた?」

「んー、食べてないよ。」

「じゃあまずは朝食だね。なんか食べたいものとかある?」

雪華は唇に親指を当てて3秒ほど思案したが、特に具体的な案は思いつかなかった。

「リナの食べたいものが食べたいかな。」

「うへへ、いいの?じゃあちょうど行ってみたいお店があるんだ。」

リナが小型の端末を操作し、表示されたホログラムのマップをタップすると、とある店の紹介ページに飛んだ。


『Pájaro s chirrido』。最近センター・ストリート5丁目にオープンしたばかりの喫茶店だ。

「あ、チキンブリトーのとこだ!」

「そうそう。最近話題だし、折角だから雪華と一緒に行きたいなって思ってさ。」

二人はマップのナビ機能に沿って徒歩で移動を始めた。バイクを使うほどの距離ではないし、何より、少しでも長く一緒の時間を楽しみたいからだ。


ちなみに、レムリアで食肉といえば基本的に鶏肉のことを指す。理由は簡単で、船内の畜産プラントで大量に養殖されているためだ。鶏は飼育が比較的簡単で、卵の利用価値も高く、宗教上の理由で取り扱いやすいという利点もある。世界中から集まった研究者達が生活するレムリアにおいて、宗教的配慮はとても重要な要件である。



――――――――――

ポートサイド・ストリートを抜けてレムリア外縁部へ躍り出た戦刃勇馬は手近な物陰に愛車を止めて、海中を覗き込むように釣り場を物色していた。辺りに彼以外の人影はない。有馬の主観では、今のレムリア外縁の様子は地上の港とそう変わらないように見える。それもそのはず、3日前に発生した甲板への小型隕石落下事故への対応で、レムリアは一時的に巡航を停止しているのだ。


(そういやここってどこの海域なんだ?もし日本と同じような魚が釣れるようなら万々歳なんだけどなあ。最近は肉食中心だったから、そろそろ故郷の味が恋しいぞ。)


暫く歩き回って岩礁に接近したポイントを見つけた勇馬は釣り道具一式をその場に広げ、クーラーボックスを海水と氷で満たし、慣れた手つきでロッドを組み上げると、軽妙なピッチングでルアーを投じた。

(これだけ広いと船釣りって感じはしないよな。)


ここから先は忍耐勝負だ、と気を引き締めたその矢先、早速ウキの先に微かな抵抗を感じた有馬は、より一層自らの五感に意識を集中させた。

(こいつは僥倖!……が、まだだ、焦るな、まだ……よし、掛かった!)

「ぐ、ぅ!い、良い引きだ!」

パワフルな引きに大物の二文字が脳裏を過ぎり、思わず笑みがこぼれる。

逸る気持ちを抑えきれないまま、力任せにリールを回す。


その内魚影が見えた。勇馬の力に抵抗しながらブンブンと激しく体をよじっている。目測で40センチと言ったところか。想像よりは小柄だが、十分過ぎる大物だ。

「よっしゃッ!思った通りでけぇ!」

興奮から自然とリールに込める力が増す。

ピンと張った糸が船跡めいた波紋を描き、魚影が段々近づいてくる。

そして遂に、

「フィィィッシュ!!」

海中から引きずり出されたあわれなマリオネットを、勇馬は人形遣いになって手繰り寄せた。

「おおぉっ!アイナメ!?」

勇馬が驚愕の声を上げる。

アイナメは日本近海と南西諸島の一部に生息する固有種であり、それが釣れたということはつまり、レムリアが日本列島と接近しているということだ。


フィッシングナイフを鰓蓋の隙間に挿し込んで動脈を裂き、手早くアイナメの血抜きを済ませた勇馬は、遠くに故郷が見えるかもしれないと思って注意深く辺りの海を見渡す。

「ん、なんだあれ……。」


海面から突き出した板状の何かが、大量にこちらへ向かってきている。

(何かの背ビレ……サメか? いや、違うな。サメはあんな動き方をしない。イルカの群れ……とも違うな。まさか―――)

嫌な予感がする。背筋を冷たいものが走る。

背ビレの群れが徐々に近づいてくる。一瞬、背ビレに混ざって水掻きと鉤爪かぎづめそなえた手が海面から飛び出したのが見えた。

「ゾティーク連合軍!!」

勇馬は咄嗟に防波堤の陰に隠れた。その頬を冷たい汗が伝う。

「まずいな……。」

愛車の場所まで走るか、ここで気配を消してやり過ごすか……。どちらを選ぶかは悩むまでもなかった。




――――――――――

「まずいな、非常にまずいぞこれは!」

仄暗ほのぐらい研究室の中で、オフィスチェアに腰掛けた妙齢の女性がモニターを睨みつけながら声を上げた。


彼女の名は雅奏みやびかなで。年齢は不詳。生体力学バイオメカニクスと兵器開発の天才であり、雅式外殻を含むティンダロスの主力装備のほとんどが彼女の発明である。

モニターにはレムリアの俯瞰図が映し出されており、そこに無数の赤い光点が接近している様子が見て取れる。さらに、画面のあちらこちらに[-ERROR]のポップアップが点滅している。

「こんな時に迎撃システムはことごとく作動せず、管制塔管轄の警報システムも全く機能していない!!」

誰よりも早く襲撃に気づいた彼女は、ボサボサの黒髪を掻き乱しながら次の一手を考えていた。


「警報が鳴らない以上、ティンダロスもまだ出動していないだろう。せめて通信妨害ジャミングさえ何とか出来ればな……。」

『独自の無線通信回線を持っているのではなかったのか?』

研究室に奏のものではない声が響く。透き通るように美しく、この世のものとは思えないほど蠱惑的こわくてきでありながら、心臓を鷲掴みされるようなプレッシャーを宿した女の声だ。

「既に検証済みだ。が、駄目だった。」

『ほう?』

「おそらく管制塔の周辺に電波欺瞞紙チャフか何かが散布されている。どうすることも―――いや、そうか。」

『どうするつもりだ。』

「推測が正しければ、への通信は可能なはずだ。独自回線を使って救難信号を発信する。」

『そう都合よくこの状況をどうにか出来る誰かが通りがかるとでも?』

「……明霧あけぎりコロニーの電波傍受システムだ。あそこの戦力ならこの状況にも対処出来る。」




――――――――――

一方その頃、喫茶『Pájaro s chirrido』の店内は、恐慌と悲鳴が支配する地獄へと変貌していた。勇馬がいる海岸とは別のルートから既にレムリアへと上陸していた異形の1体が、ガラスの壁をぶち破って店内に侵入したのだ。

 襲撃者は血染めのカソックを身に纏い、顔を右目以外包帯で覆い隠した身長7フィート半の大男だ。

その左袖口から伸びた触手のようにうねる電動チェーンソードには、既に血とピンク色の肉片がべっとりとこびりついている。

「IAAAAAAA!!!!」

大量の獲物をその目に捉えた襲撃者が歓喜の咆哮を上げる。狂気的な熱を宿した人ならざるものの咆哮だ。


「ははっ、ごめん雪華……。腰、抜かしちゃった……。」

襲撃者の狂気に当てられたリナが、その場に力無く崩れ落ちて失禁する。

「リナ!」

雪華がリナを抱き起こす。そこに残忍な襲撃者がゆっくりと近づいてくる。

「Ia!Ia!IIIIIIAAAAAA!!!」

襲撃者がチェーンソードを振り上げる!

「あっ……。」

二人が死を覚悟したその時



「ア?」

コツン、と。手裏剣の如く回転しながら飛来した一枚の平皿が、襲撃者の後頭部を直撃した。

衝撃でずれた包帯が襲撃者の視界を一瞬奪う。その隙を雪華は見逃さなかった。

「リナ、逃げるよ!」

「う、うん!」

二人は襲撃者が開けた壁の穴を通って、命かながら地獄から脱出した。



咄嗟に食べかけのチキンブリトーの皿を投擲した理仁は、二人組の女性客が無事に店内から脱出したことを確認すると、ひとまず胸を撫で下ろした。

(何とか間に合ったか。)

理仁は軽快にテーブルを飛び越えて一瞬で襲撃者との距離を詰める。途中で適当な椅子を拾って持ち上げ、その左側頭部に盛大に叩きつける。

「ウラッ!」

「ゲェッ!?」

巨体が僅かによろめき、襲撃者が短く悲鳴を上げる。

「今だ!全員近い出口を通って逃げろ!」

理仁が叫ぶ。悲鳴で埋め尽くされた店内でもはっきりと聞き取れる凄まじい声量だ。かつ、その声色は極めて冷静であった。


理仁の声で恐慌から脱した客達が、皆散り散りに店内から脱していく。リナと同じように狂気に当てられて腰を抜かした者や失神した者も、次々と善良なる誰かの手で助け出されてゆく。


がらんどうになった喫茶『Pájaro s chirrido』の店内で、理仁と襲撃者は三畳程の距離を空けて向かい合った。

「IAAAAAAAAaaaaaaaaaa!!」

大量の獲物をみすみす取り逃したいう怒りか、襲撃者が殺気に満ちた冒涜的なシャウトを上げる。その拍子に頭部を覆う包帯が完全に解け、中からヒトと深海魚を掛け合わせたような醜悪な顔が露になった。

「そのツラ……アビス教会か!」

アビス教会。ゾティーク連合軍傘下の宗教団体であり、非道な人体実験を繰り返しながらにしかない何かを探し回っている不気味な連中だ。

「ケケケケケケケケケッ!」

襲撃者―――アビス教団の混血兵士ハイブリッド––––––人間と海洋生物を掛け合わせた戦闘用改造人間が不快な声で嗤う。ちょうど頬骨の位置がパクパクと開閉し、その内に真っ赤なえらが覗く。

「来いよ、魚野郎!にして鍋にぶち込んでやる!」

理仁が両手を広げて挑発する。襲撃者はあっさりとその挑発に乗った。

「IAAAAAAA!!」

威圧的なシャウトと共に理仁に対して袈裟懸けにチェーンソードを叩きつける。

理仁はわずかに身体を捻って最小限の動作でそれを躱し、そのまま相手の勢いを利用する形で渾身のボディブローを叩き込んだ!

が、しかし

「チッ、全ッ然効かねぇ!」

理仁は襲撃者の大腿を思い切り蹴って間合いを取り直した。

もしも理仁が雅式外殻を身に纏っていたならば、先の一撃で勝敗は決していたことだろう。ボディブローの衝撃がおぞましき混血児の内臓を破壊し、理仁の勝利だ。


だがしかし、生身同士の戦いとなってはそうはいかない。状況は丸腰の理仁が圧倒的不利、武器の有無を差し引いても身体的なスペックに天と地ほどの差がある。そこで理仁が取った戦術は……

「こっちだ魚野郎!」

逃げる!

障害物を上手く使って一定の距離を保ち続ける。しかし、その後の展開について全くの無策という訳ではない。最後に理仁が逃げ込んだのはカウンターの内側、つまり調理場だ。理仁は調理台から洋出刃包丁の1本を素早く拾い上げると、それを逆手に持ってナイフ格闘の構えを取った。

「まずは下ごしらえだ。」

「Ia!Ia!」

襲撃者が左腕のチェーンソードを理仁目掛けて垂直に振り下ろす。

理仁はそれをサイドステップで軽快に躱す。

カウンターが破壊され、直前まで彼がいた地点に血に濡れた刃が深々と突き刺さる。

「隙だらけだ!」

チェーンソードを床から引き抜くまでに生じた隙を突き、理仁は襲撃者の両目を一文字いちもんじに斬りつけた!

「アグァッ!?」

「もう一丁!」

流れるような動作で出刃包丁を肩口に突き刺す。狙いは腕を動かす腱の切断だ。

「なっ!?」

(刃が通らねぇ!このカソック防刃仕様かよ!?)

「ケァッ!」

「がああッ!!」

襲撃者が横薙ぎに振った右腕が胸に直撃し、理仁は振り回されるまま後方に数メートル吹き飛んで壁に激突した。

「ぐはぁっ!」

(マズイ、息がっ……包丁も落としちまった!)

壁にもたれ掛かる形で崩れ落ちた理仁の視界に、チェーンソードを装着した左腕を弓のように引き絞りながら突進してくる襲撃者の姿が映る。

「ん゛っ!!」

理仁は倒れたままゴロゴロと転がってこれを回避する。ちょうど頭があった位置にチェーンソードの切っ先が突き刺さる。

(い、今のはマジで危なかったぞ。)

鳩尾を押さえながら何とか立ち上がった理仁は、手当り次第に店の備品を投げつけながら落とした包丁を拾いに走った。

「ガァッ!」

「っぶね!」

最大限まで伸ばしたチェーンソードの薙ぎ払いをスライディングで避け、理仁が再びその手に包丁を掴み取る。

「よし!」

勝ち筋は、見えた。

滅茶苦茶にチェーンソードを振り回しながら距離を詰めてくる襲撃者の動きを注意深く読み、一瞬の隙を突いてその足元に飛び込む。

「ウラァアッ!」

そして、その右足と床を縫い付けるように両手で包丁を振り下ろした!

「アギャアアアア!?」

狙い通り、襲撃者の右足は激痛を伴って床に固定された。今度は自分の意思で包丁を手放し、素早く後ろに回り込む!


「次は血抜きだ!」

包丁を抜こうとしてうずくまる襲撃者の鰓蓋えらぶたに無理矢理指をねじ込み、そのまま中の鰓を掴んで全力で握り潰す!


「うがあああああああああっ!!!」

「ギャアアアアアアアアアッ!!!」

二つの絶叫ががらんどうになった喫茶『Pájaro s chirrido』の店内に響き渡る。

理仁は右足を襲撃者の背中に押し当て、テコの原理でそのまま思い切り鰓を引っ張る!

「ああああああああっ!!!!」

「アアアアアアアアッ!!!!」

ブチンッ!と嫌な音を立てて、遂に襲撃者の鰓が引き千切られる。

両手に千切れた鰓を握ったまま、理仁は反動で仰向けに転倒する。

「うぐっ。」

「アアァァッ!……アガッ!アィィッ!……。」

襲撃者の顔中の穴という穴から、噴水のように鮮血が噴き出す。


「……終わりだ。」

理仁は起き上がりざまに襲撃者の右足から包丁を抜き去ると、逆手に握ったそれを裏拳の要領で襲撃者の後頭部へと突き刺した。

ぐちゃり、と粘着質の水音を立て、包丁の刃が襲撃者の口から飛び出す。

それを最後に、その巨体はぐったりと力を失って動かなくなった。

襲撃者の死亡を確認した彼は、返り血で真っ赤に染まった上着を脱ぎ捨てながら店を後にした。


血の海を抜け出した理仁の目に飛び込んで来たのは、その上をいく血の海だった。

街中まちじゅうに転がる惨死体、既に悲鳴の一切さえ聞こえず……それはレムリア史上類を見ない凄惨な現場だった。

「何がどうなっているんだ……。」

理仁はしばし棒立ちで絶句する。

頭の中は無数の疑問で埋め尽くされていた。

(何故接近の時点で警報が鳴らなかった?奏の自動迎撃システムは働かなかったのか?ティンダロス隊員の姿さえ見えないのは何故だ!?)

「いや、。」

敢えてそう口に出すことで思考の迷路から抜けた理仁は、ただ目の前の現実と、今の自分に出来ることを受け入れた。

(まずは生存者を探そう。一人でも多くシェルターに避難させなければ。)

彼は自分の両頬をぺちぺちと叩いて気合いを入れ直し、未だ徘徊する混血兵士の死角を移動しながら通りを進んでいく。



―――――――――――

地獄の店内から逃げ出した雪華とリナは、つい先刻ぶりの絶体絶命の危機に瀕していた。

「嫌ぁ!離して!!嫌あぁあああ!!」

ミツクリザメのような頭部の混血兵士に両足首を掴まれたリナが、甲板のアスファルト上を力任せに引きずられながら悲痛な叫びを上げる。


「リナあぁぁあああ!!」

アンコウ頭の混血兵士に髪を掴まれた雪華は、リナと同じように硬い床をズルズルと引きずられながら、しかし小さなガラス片を手に必死の抵抗を見せる。

(私がリナを守らなきゃ。私が!)

自分の手が傷つくこともいとわず、握り込んだガラス片で怪物の腕を執拗に切りつける。


しかし、決死の一撃も硬い鱗の数枚を撫でるだけで怪物の身を裂くには至らない。

「くそっ!くそがっ!離せ!離してよ!」

摩擦で背中が焼けるのを感じながら、それでも雪華は抵抗を続ける。

ここまでしても怪物が雪華を殺さないのには理由があった。

―――母胎としての利用価値である。

リナが殺されないのも同じ理由だ。アビス教会に捕まった先に待っているのは、分娩台に磔にされ、死ぬまで悍ましい怪物の子を産み続けるだけの一生だ。


「このっ!」

雪華は機転を効かせてガラス片で自分の髪を切断し、なんとか怪物の手から脱した。そのままリナの下へ駆け寄り、か細い腕でミツクリザメ頭の首を締め上げる。

「雪華……!」

「離せ!リナを離せえぇぇぇええ!!!」

しかし、ミツクリザメ頭はびくともしない。再びアンコウ頭が接近し、今度は雪華の脇を抱えて拘束する。

「あああああぁぁぁぁああああっ!!!」

雪華が絶叫する。怪物を呪い、これから待ち受けるであろう運命を呪い、己の無力さを呪う叫びだ。

二人はこのまま連れていかれてしまうのか?


否、その時である!


「ウラァァァァァァァァァッ!」

死角からの強襲。

跳躍と共に放たれた理仁の強烈な後ろ回し蹴りが、アンコウ頭の脳を激しく揺さぶる。

その衝撃は雪華が解き放たれるのに十分だった。


「ふっ!」

続けて流れるような拳打のラッシュが、振り返ったミツクリザメ頭の前歯を叩き折る。これには怪物も堪らず手を離す。

「うぅ……。雪華!」

怪物の手から解き放たれたリナが、状況の変化について行けず呆然としている雪華の手を引いて、一目散に駆け出す。


「ここから一番近いシェルターの入口はわかるな?」

直立でミツクリザメ頭の肩関節を極めながら、理仁は遠ざかるリナの背中に向かって叫んだ。

「は、はい!」

「OK!じゃあ絶対その子の手ぇ離すなよ!」


「グ、ゥゥゥ……。」

脳震盪のうしんとうから回復したアンコウ頭が立ち上がろうとする。

「おっと、行かせねぇぞ。」

ミツクリザメ頭の巨体をジャイアントスイングの要領でアンコウ頭の腰へと叩きつけ、理仁はこれを阻止する。

二人の後ろ姿が完全に見えなくなった事を確認すると、彼は即座に逃走の準備をした。


不意打ちを起点に一時的な足止めは出来ても、これ以上戦い続ければ理仁の方が命を落とす可能性が高い。素手で魚顔の混血兵士に致命傷を与えるには先程のように鰓を引き千切る他ないのだが、それには二桁秒の極めて大きな隙が必要であり、二対一ではまずそのチャンスは訪れない。

対して、彼は一瞬でも隙を見せれば死が確定的になる。人間と彼ら混血兵士とでは、それほどまでに決定的な膂力の差があるのだ。

「クソっ!」

理仁が大通りを駆ける。それを二体の怪物が追う。

(速い!)

追いつかれるのは時間の問題だった。なんとか分断して戦うしかないのか、と彼が覚悟を決めたその瞬間、


突如追跡者共の頭部が、水風船が如く弾け飛んだ。


それと同時に二つの弾痕が地面に刻まれたのを、理仁は見逃さなかった。


紅蜻蜓べにせいていか!」

空を見上げると、そこに四枚の翼を具えた深紅の人影があった。その姿は天使のそれを彷彿とさせる様でもあるが、砲身だけで身の丈ほどもある高出力レールガンを真下に構えたシルエットは、まるで巨大な赤蜻蛉あかとんぼの様にも見える。


紅蜻蜓べにせいてい』、遠距離戦で真価を発揮する雅式外殻だ。

「よぅ、理仁。相変わらず無茶するねぇ。」

電子的に加工された声が理仁に話しかける。

レールガンを折り畳んで背中にマウントし、理仁の前にその深紅の外殻が降り立つ。頭部全体をすっぽり覆うマスク型の装甲が展開し、中から切れ長の目尻が特徴的な美丈夫の顔面が現れる。彼の名はレイ霄漢ショウカン。理仁も所属するティンダロスのエース隊員である。


「身体はもう大丈夫なのかい?」

「ああ、正直元気を持て余してた所だ。」

哈哈哈ハハハッ、だろうな。……して話は変わるが、最近俺以外の隊員から連絡があったりはしなかったか?」

「いや、ないが……何故今そんなことを聞く?」

理仁が怪訝な表情で聞き返す。

「ふーむ。実はな、昨日から誰とも連絡がとれてないんだよ。神宮寺隊長ともだ。これだって無断出撃よ。……この状況で、いつ降りるかもわからない出撃許可を待ってるわけにもいかないだろ?」

霄漢ショウカンは少し苛立った様子で答えた。


「他の装纏そうてんトリガーの使用状況は?」

「11本全部持ち出し中だったさ。黒蛩コッキョウ。」

「なっ!?」

「心当たりは……その様子じゃ無いみたいだな。」

「当たり前だ!持ってりゃとっくに使ってる!」

動揺から思わず声を荒らげる。

「だよなぁ。……ふーむ、じゃあこれを持ってきたのは正解だったか。」

霄漢ショウカンは腰のソケットから何かを取り出すと、それを理仁に手渡した。

「これは……白蝗びゃっこうか。」


理仁の呟きに、霄漢ショウカンが頷く。

それは概ね拳銃を模した機械だった。ただし銃身がトリガーガードの先から喪失しており、コッキングレバーの代わりに接続プラグを取り付けたような形状をしている。

装纏そうてんトリガー』……アストラルプレーンに格納された雅式外殻を、現実空間に召喚するためのアイテムだ。


「ああ、俺たちが世話んなってる第二世代雅式外殻のプロトタイプだ。……って、その辺の事情はお前の方が詳しいか。黒蛩こっきょうが持ち出し中になってるのを見て、いやーな予感がしてな。重要物品保管庫の奥から引っ張り出して来たんだ。武装はちょいと貧弱だが、基礎性能は制式採用版と変わらんはずだぜ?」

「恩に着るぜ。これで俺も積極的に動けるってもんだ。そも俺の場合、武装も普段と大差ないしな。ソーダーが無いのがちとキツいが。」

理仁は白蝗のトリガーを握りしめて笑みをこぼす。



「んじゃ、俺は俺で好きに動くわ。お前もそっちの方がやりやすいだろ?」

真紅のフライトユニットが再度展開し、紅蜻蜓が飛び立つ。独特な風切り音と共に深紅の鎧が遠ざかっていく。理仁はそれを背中で見送った。


しかし、それをキッカケに何体かの混血兵士が彼らの存在に気づいてしまった。右からイカ頭、ウミウシ頭、クラゲ頭、そしてヒトデ頭!

「Ia!Ia!」

その距離およそ150メートル。祈祷にも似た名状しがたい咆哮を上げながら、異形どもが理仁に迫る。

「肩慣らしにはちょうどいい……。」

耐性の無い者が見ればそれだけで嘔吐してしまいそうな醜悪な姿をその瞳でしっかりと見据えつつ、彼は『装纏トリガー・蝗』を華麗なガンプレイで顔の高さまで持ってくると―――

装纏そうてん!」

その引き金を、力強く引いた。

『TRIGGER ON! TYPE-LOCUST ENGAGE!』

トリガーから発せられた無機質な電子音声が青白い稲妻を呼び、稲妻が純白の装甲を次々と召喚する。細かくパーツ分けされた装甲が理仁の身体へと順番に張り付き、自動で回るビスによって繋ぎ合わされていく。


脚部には爆発的な跳躍力を生む噴射装置が、腹部には人間本来の可動を阻害しない蛇腹状の装甲が、胸部には心臓を守る一際堅牢な装甲と、脳波信号によって自在に動く一対のサブアームが、肩部には独立した動力源を内蔵した三角錐型の複合ユニットが、両腕部にはいくつかの棘が並んだような形状の高周波ブレードが、瞬時に固定されてゆく。

『GUNG HO!』

最後に顔を覆う装甲が固定され、バイザーアイが藍色に点灯する。純白の外殻、白蝗の完成である。

「ゲェッ!」

四体の異形は目の前の獲物に起こった劇的な変化にひどく驚き、思わず一瞬立ち止まった。

「はっ。」

その隙を見逃す理仁ではない。装纏トリガーを腰のホルスターに素早い仕舞い、天高く跳躍する。

四体の異形はそれを迎撃しようと試みるが、とても間に合わない!

「ラァッ!」

放物線を描いて砲弾のように飛来した白蝗は、着地と同時にウミウシ頭の頭部を鷲掴みにし、そのままの勢いで地面に叩きつける。

頭部を粉砕されたウミウシ頭の遺骸がドロドロに融解し、灼熱のアスファルトに溶ける。


「ウ、ウギャアアッ!」

クラゲ頭の触手攻撃! 強力な神経毒を含んだ針が白蝗に襲いかかる。

「効かねぇなぁ!」

しかしその堅牢な装甲を貫くことは出来ず、逆に触手を掴まれてしまう。

「ウギャア!?」

「セイヤッ!」

白蝗はそのまま力任せに触手を引っ張る。

不快な水音と共に触手の一本が根本から千切れる。クラゲ頭は大きく体勢を崩して悶え苦しむ。


「はッ!」

白蝗が引き抜いた触手を、背後から迫っていたヒトデ頭の胸にノールックで突き刺す。

「ヒィィィ!」

必殺の消化液を吐き出す間もなく、深々と突き刺さった毒針を抜こうと必死にもがくヒトデ頭を余所に、白蝗は再びクラゲ頭に接近、右腕のブレードを垂直に振り下ろす。

「アガッ」

小気味良い破裂音と共に、白蝗の右腕がクラゲ頭の胸部までズブズブと沈む。クラゲ頭の身体はドロドロに融解した。


しかし、その時である。

「ぐっ!」

「があっ!」

「ぐああっ!」

死角からの三連撃を受けた白蝗が大きくよろめく。装甲から火花が上がった。

しかし、なんとか踏みとどまった理仁がぐるりと辺りを見渡しても、既に息も絶え絶えのヒトデ頭を除いて敵の姿は見えない。……そう、先ほどまでいたイカ頭の姿が見えないのだ!


「あの野郎、姿を消せるのか!」

理仁が攻撃の正体に気づいた瞬間、再びイカ頭の不可視の一撃が襲いかかる。

「ぐあああっ!」

側頭部に強烈な打撃を受け、甲高い金属音と共に今度こそ白蝗が転倒する。

「っの野郎……!舐めやがって!」

ゆっくりと立ち上がりながら、理仁は白蝗の集音センサーの感度を最大にした。耳をつんざくようなノイズの群れが理仁を襲うが……

「そこだっ!」

白蝗が振り向きざまに放った正拳突きが、確かに不可視の敵を打つ。

「ギエェッ!」

堪らず一瞬姿を現したイカ頭だが、吹き飛びながら再び姿を消してしまった。


「ぐっ、がっ、あがっ、がっ、あっ、がぁっ!」

再びイカ頭の猛襲が白蝗を襲う。

絶妙に間合いをずらしながら繰り出される拳打、蹴撃、そして触手攻撃。もはや転倒さえ許さない勢いで四方八方から攻撃が続く。

「ぐっ……!」

徐々に追い詰められながらも、マスクの下で理仁は静かに笑みをこぼした。

何を隠そう、この状況を脱するための仕込みは既に終わっているのだ。

「ギ、ィ!?」

突然イカ頭の攻撃がピタリと止む。

日差しに照らされ、白蝗の左腕から伸びた極細の糸が可視化される。

超硬質ワイヤー『アリアドネ』……全ての雅式外殻に標準搭載された基本武装の一つであり、本来は先端のフックを利用した三次元機動に使われるものだ。

「ギィィ!ギィィッ!」

全身に糸が絡まり無様な姿勢で静止したイカ頭の怪人が、その情けない姿を陽の下に晒す。白蝗がそれをアリアドネの自動巻き取り機能で手繰り寄せる。

「おらっ、捕まえた。」

白蝗の貫手がイカ頭の腹を裂く。

「ギッ……!」

そのまま手首を捩ってと内臓を掻き回し、手探りで内臓を握り潰す。


「ァッ!!」

声にならない断末魔を上げ、巨躯が崩れ落ちる。理仁は集音センサーの感度を元に戻した。

「ヒィ、アガッ!アヒィッ……」

最後に毒が全身に回って泡を吹きながらピクピク痙攣するヒトデ型の頭部を、一思いに踏み潰す。

「ああクソ、やっぱ本調子じゃねぇなぁ。」

純白の装甲についた真新しい傷を撫でながら、理仁はボソりと呟いた。



――――――――――

固いコンクリートの床の上を、ピンク色の肉片が這い回る。大きさはおおよそ15センチ、感覚器官のようなものは見当たらないが、明らかに知性を持った挙動でナメクジのように動き回っている。

肉片の視線の先―――と言っても目に当たる器官が存在するわけではないが―――に、二人の人間の後ろ姿があった。金髪の歪なショートカットと、亜麻色のポニーテール……。

ここはレムリア船内、第三シェルターに繋がる通路。二人の少女に、惨劇の気配が歩み寄ろうとしていた。



つづく

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