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…絶対勝てる、とまで自分を鼓舞したことに理由付けが必要だと言うのなら。僕が、お綺麗には育っていない男児と言う点があったからだろうか。
互いに男兄弟の末だとしても、身分も生きてきた環境も違う。腹を割って兄と話し合ったことがあるか?喧嘩をしたことはあるか?山を駆け回り熊や猪と生身で出会って必死で逃げたことはあるか?別にヘイリーより上という意味では無い、ただ、野生的に行動することばかりが多かった体験をしたからこそ。綺麗さより本能的な動きに身を任せられるのはこちらの方では無いかとふと思っただけ。
「何、っ…!?」
ポンコツの器で無詠唱なんて、いつもいつもオーバーマジックポイントのような真似をして。近頃は特に乱用している傾向があるから反省しなければならないけれど。使うしかないなら、仕方がない。
開始の合図と同時に発動した移動魔法の着地点は、こいつの背後だった。一瞬で消えた後、お目当ての背中が見えて成功したことに喜んでいる暇など無い。水魔法まで先程使ったせいでもう魔力はドン底の限界越えだ。揺らぐ視界に乱れそうな息、明らかに具合が悪くなっている自分の体にも精神にも思い切り鞭を打って、素早く腕を伸ばす。
ヘイリーの背中に組み付き腰に腕を回す、簡単には外れない錠のようにがちりと手を組み。絶対に解けはしない力で掴んで。
「へ、あ、あ!?ちょっと待ておまっ、え!?」
待つわけが無いだろうが!と叫ぶ余裕も一切無いままに僕はその姿勢から、
――思いっきり、後ろに反った、
耳が、一時音を取り入れる機能を失ったのではないかというくらい、この瞬間だけ音が消えたように思えた。
いっそ美しいくらいに良過ぎる勢いでブリッジを描いた僕の背骨はこの背丈に似合わない柔軟性を如何なく発揮したようで。両足は地面に意地でもつけたまま、真後ろへとこれでもかと言うほど反り投げた結果は、ご覧の通り。
「ふ……ククク、ハハハハハハッ!!」
しんと静まり返った中にいの一番に響いたのは、愛する彼女のなんとも愛らしく逞しい笑い声。やったぞ!と、とんでもない奇襲を成功させた自分をひたすら褒めてやりたい気分であった。
一方、ガツン、だか。ドフッ、だか。正確に表現することは難しいが、そのような感じの擬音がぴったりの鈍い音が、僕の頭の上でする。した。…半身ほど天地逆転した状態でのことなので、その音を立てた物体はヘイリーの頭部であった。決まった、これが現代日本なら三方向くらいのカメラから視点を変えて再生してほしいくらいには、見事に、思った通りに決まって。不謹慎ながら大変に、爽快である。
組みついた身体から一気に力が抜けてより重みが加わったのを察した僕は、即座にそのままヘイリーを投げ捨てて姿勢を戻す。ヘイリーに触れてしまった袖やら胸部をぱしぱしと、埃を払うように。
「うわっ」
「え?」
「……マジかよ、あり?ありなの?」
は、と緊張感が全て抜けて、いつの間にか息を止めていた。少しずつゆっくりと呼吸を繰り返せば、とうにざわついていたらしい周囲の雑踏のような騒がしさを、耳がようやく受け入れる余裕が出来た。
青白い顔を悟られぬよう前髪も少し直す仕草をしながら、男としての矜持だけで立つ姿は結構意地を張っている感じしか無いだろうけれど。振る舞え、エリーゼ・リースの横に立つ男の理想像として、振る舞うのだ。
(――いや、理想の男は元婚約者に怨恨でジャーマンスープレックス決めないだろ!!!!)
ああ、やりました。やってやりました。毒を制するために毒を使った、そのような手法です。ミイラ取りがミイラになってしまった心境ってこんな感じだったのだろうか。馬鹿正直に魔法で対決しては勝ち目が見えないのは分かっていた、となると僕に出来る技と言えばこんな荒々しい案しか思いつかなかったわけで!不意をついて物理で殴る、魔術師の隙を縫うにはこれくらい極端に対抗しないといけないのではと。
結果、見事なジャーマンスープレックスを叩き込み沈めることにようよう成功したわけだが。
「おや、よければ嗜んだ武術でもと思ったのですが……これ以上動けないのなら、貴方で試せませんねえ」
果たして自分が今演じているカテゴリはクールなのかキザなのかよく分からないまま、地面に大の字になって寝そべっているヘイリーを眼下にし。皮肉たっぷりに「魔法ばかりに胡坐をかいていたのでは無いですか?」と言葉を出してしまう。
うわあ!だの、ヘイリー様にお怪我が!だのの声が山ほど響く中、ラムがヘイリーの横へ駆け寄りしゃがみこむのを目で追っていた。
「あー……こりゃ普通に気絶してんな。Ⅰクラス、ノア・マヒーザの勝ち!」
盛り上がりの歓声の中にはヘイリー寄りらしき人物達の信じられないと言うような悲鳴まで混じり、魔術師としてはあるまじき戦いを繰り広げてしまったことに、世界全体に謝りたくなってしまうくらいの罪悪感まで寄り添って来そうだ。まあ、僕のこの体格を活かすには魔法よりか物理の方が少しは役に立つ。魔法や技術じゃ勝てはしないだろうが、身体的スペックと稀有な魔法にだけほぼ全振りで生きてきた身には肉弾戦の方が自信はある。伊達に山の中走り回って力仕事しているわけじゃあない。田舎者の火事場の馬鹿力、ここで示せて良かった。
「最速四秒でカタつけた奴、ここ数年の記録でもなかなかねえぞ。お前さん、ちょっとの間の転校生にしておくには惜しい奴だな」
「ハハハハいえいえそんな。あ、この分の成績がプラスカウントされるなら是非エリーゼ様につけて差し上げて下さい、この結果に至れることが出来たのも妻のお蔭ですので」
「…がめついねえ」
ラムが慣れた手つきで素早くヘイリーに回復魔法をかければ、すぐに気絶したばかりの彼は呻いて瞼を開く。
なんとまあ運の悪いことに。その位置からだとしっかりと目に納めたことであろう。
「ひ、ヒッ!鬼……!」
…完全に、見せてはいけない表情をして見下ろしていた僕のことを。小さく悲鳴をあげてそのまま後ずさりをする姿に威厳も何もあったものでは無い。
鬼って。言うにことかいて僕を見て鬼?お前の所業の方が余程鬼だったと吐き捨ててやりたいところだが。余興は終いだ、もうこれについて自主的に考えるのもやめだ。
くるりと見学中の生徒に向かい目を向ければ「こわっ!」「ひえっ…」「夢に出る!」等とちらほら聞こえてくるのだが、まあ、怖がって貰えれば余計に箔がつく。この状況も利用するなら、今しかない。胃の物が全て逆流して来そうなくらい限界は破られていたが、それでも努めて顔を作る。
「では。これで私の妻に不適切な扱いをした輩がどう辱められるかは、十分にご理解頂けたことかと存じます。……エリーゼ・マヒーザに御用の際は、この私がいることは忘れず記憶に留めてくださいね」
私がそれ相応の態度でもって対応させて頂きますので!
良い笑顔とともに指の骨をわざとらしく鳴らす。脅しの仕方が不良漫画参考の物くらいしか無いのが情けないが、周りを見るにインパクトは大きめに与えられたらしい。
悪役平民、二日目実技授業にして顔を更に売ることにまで成功して。三半規管と胃が悲鳴を上げ始めた中で、エリーゼに笑って貰えたことで魂は余計に輝いたのでは無いかと感じるひとときであった。
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