第4話 ただし「」の場合はこれに限らず
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「……そしてぇ~、『ただし「」の場合はこれに限らず。』って部分だねぇ~」
「……どう言う意味だ?」
「ん~? とりあえず、お兄ちゃん……
「お、おう……」
軽く缶ジュースを飲んだ彼女は説明を続ける。
彼の言葉に唐突に何かを書くようにお願いする彼女。
彼はシャープペンシルを握りなおすとメモ帳に文章を書き始めるのだった。
『俺は今、妹に小説の作法を習っている。今は段落の一マスの空白について習っていた。
「お兄ちゃん――』
「はい、ダウトー!」
「――ッ!」
しかし、会話を書こうとしていた彼の鼓膜に
驚いた彼は
彼の視線の先。それこそ勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる彼女は言葉を紡ぐ。
「やっぱり、そうだと思ったよぉ~?」
「何がだ? って、もしかして間違ったのか?」
「まぁねぇ~? 意味を理解してないかったみたいだから、書いてもらったんだもん」
「そ、そうなのか……」
彼女の言葉に疑問をぶつけようとしていた彼だったが、その前の「ダウト」と叫んでいたことを思い出したのだろう、間違いなのかと
その言葉に苦笑いを浮かべて説明していた彼女。
唐突だと思われた彼女のお願いには、こんな理由があったのである。
「たぶん、お兄ちゃんのことだから『段落の最初は一文字下げる』って部分を守ろうとするんだろうなって思ったんだよ?」
「だって、そう言っていたじゃねぇか?」
「だぁかぁらぁ~、『ただし「」の場合はこれに限らず。』なんだよぉ~」
「なるほどな――って、なんで俺の腕をよじ登ってくるんだよ?」
彼女の説明に反論していた彼。本人はルールを守ったつもりだった。
ところが彼女の言葉に「これって違うってことなのか」と理解した彼。
だが彼は咄嗟に顔を正面に向け、彼女に
そう、彼女は彼の左腕をよじ登って至近距離まで
「だぁかぁらぁ~、『ただし「」の場合はこれに限らず。』だから頭を下げずに上がってみたんだよぉ~」
「いっ――意味わかんねぇよ! ……いいから、教えてくれよ?」
「……三分だけぇ~」
「……三分だけだからな?」
「わぁ~い♪」
彼の言葉を受けて当たり前のように紡がれる彼女の声が、彼の耳元で
思わず横を向きそうになるのを
そんな彼の鼓膜に彼女の甘えたような口調で紡がれる「三分だけ」と言う言葉が響いてくる。
彼女の言葉に呆れた表情を浮かべた彼は、視線を合わせずに了承していた。その言葉に嬉しそうに反応する彼女なのであった。
そう、彼には彼女の意図が伝わっていたのだろう。
「三分だけぇ~、このままでいさせて?」と言う意味なのだと。
たぶん彼女のこと……「だめだ」と伝えたところで、聞く耳をもたないのだと思う。
それならば、三分で済むなら満足させて離れてもらう方が得策なのだろう。それから答えを教えてもらえばいいのである。
……などと、実際には起こるはずもない予想をして、言い訳がましく自分を納得させる彼なのであった。
実際には、彼女は彼が「だめだ」と伝えれば、頬を膨らましてムスッとしながらも離れてくれるのだろう。
彼女は彼に答えを教えていない。そして、そんな中途半端な状態で自分本位に行動のできる子ではないのだ。
あくまでも、彼女の行動は単純に『ただし「」の場合はこれに限らず。』を実行したに過ぎない。
ただ、彼の腕に絡まったことで『願望』が
そのことは彼も十分理解していること。
だがしかし、「もう少しだけなら、このままでも……」――そんな『本人の願望』を漏らすことを
「……ふぅ。それじゃあ、答えを伝えるよぉ~」
「……あ、ああ……」
約束通り、三分が経過すると満足そうな表情で彼の腕から離れる彼女。
そして軽く息を吐き出すと言葉を紡いでいた。
直前まで熱を帯びていた腕と頬に冷たさを感じながら、心なしか
「単刀直入に言っちゃえば……「」は冒頭からなんだよぉ~」
「な、なるほど……えっと……」
彼は彼女の言葉を聞いてメモに書き綴る。
『俺は今、妹に小説の作法を習っている。今は段落の一マスの空白について習っていた。
「お兄ちゃん……段落の最初は一文字下げるけど、「」の場合はこれに限らないんだ――』
「……むふふぅ~♪」
「――って、書いているだけなのに、なんで腕によじ登ってくんだよー!」
などと口では言っているものの、彼女の性格を理解している彼は、口には出さぬが『延長』を望んでいたのだろう。
こうして、再び三分ほど時間を
■
「ふぅ~♪ それじゃあ説明を続けるねぇ~」
「お、おう……よろしく頼む……」
そして三分後。
さきほどよりも満足した表情を浮かべながら彼女は彼の腕から離れ、笑みを溢しながら言葉を紡いでいた。
そんな彼女に表面上では疲れた雰囲気を作っているが、心の中では彼女と同じような表情を浮かべて言葉を返す彼なのであった。
「単刀直入に言っちゃえば……「」は冒頭からなんだよぉ~」
「なるほど……じゃあ、会話文に限っては頭から書いていいんだな? ……地の文と会話文は別物だと――」
「それは違うんだよぉ~」
同じ言葉で説明を始めた彼女。当然ながら既に文章を書いている彼は、そのまま相槌を打っていた。
そして言葉を繋ぐとメモに『地の文と会話文は別物』と
しかし彼女が突然否定をするのだった。
なお、地の文とは小説における『会話以外の文章のこと』である。
つまり私の語っている『この部分』だと思っていただければ問題ないのだと思う。
これはきっと、会話を立たせる地面。つまり土台になる文章だからなのだろう。
「え? ……いや、だって、お前が『段落の最初は一文字下げるけど、「」は冒頭から書く』って教えてくれたんじゃねぇかよ」
「うん、そうだよぉ~」
「だったら、別物だと思うのが普通なんじゃないのか?」
「だから、それが間違いなんだよぉ? 会話だって同じように段落の最初は一文字下げているんだよ?」
「は? いや、それを書いたら間違いだって言ったんじゃないか……」
自分が正解だと思っていたことを否定された彼。しかし、彼女の説明を
自分の思い違いなのかと感じて聞き返した彼に、彼の思い通りだと伝える彼女。
それなら別物だと思うのが自然なのではないか。
そう疑問を投げかける彼に、地の文も会話文も同じだと言い張る彼女。
しかし、それを実行して否定された彼は、まるで彼女が『なぞなぞ』をしているように感じて困惑の表情で言葉を繋いでいた。
そんな彼の顔を眺めて彼女は苦笑いを浮かべながら説明を続けるのだった。
「そもそもね?」
「お、おう……」
「会話の「」って小説だから使われているんだよぉ?」
「ん? どう言うことなんだ?」
「え~? だって、実際に私達の会話で『かっこ、そもそも、かっことじ』とか……わざわざ「」を言わないじゃん」
「ああ、そう言うことか……当たり前だろ?」
彼女の言葉に疑問を覚えていたが、続きの説明に納得する彼。
会話文の「」を誰も『かっこ、かっことじ』などと読まないのである。「」の中だけを読むのが普通だろう。
そう、だから「当たり前だろ?」と言葉にしていた彼。
「そう、当たり前なんだよぉ♪ だから「」って、単純に読む人に『ここの部分は会話なんですよ?』って教える為に
「お、おう、なるほど……」
「だからねぇ? 本来だったら……」
そう言葉にしながら、彼女は彼のメモ帳を自分の方へと引き寄せて何かを書き始める。
『俺は今、妹に小説の作法を習っている。今は段落の一マスの空白について習っていた。
お兄ちゃん……段落の最初は一文字下げるけど、「」の場合はこれに限らないんだよ?
そうなのか?
そうなんだよ~♪』
書き終えた彼女はシャープペンシルで書いた文章の上を「トントン」と突いて――
「本来の読みは、こう言うことでしょ?」
「ああ、そう言うことなのか……」
笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
彼女の書いた文を目で追い、ようやく理解を示した彼は納得の表情で言葉を紡ぐのだった。
そう、彼女の書いた文章は『地の文と会話の区別のない』書き方である。
しかし本来――作者には脳内で『地の文と会話の区別がされている』のだから、全部を地の文で書いてしまっても問題がないのだと思われる。そう、脳内で区別をつければ済むのだから。
あとは、これが音声で再生される場合。ナレーションと登場人物で別の人物の声が再生されるのだから何も問題はないのである。
つまり、「」と言うのは小説における、読み手に対して区別をする為に用いられる区切りの記号なのだろう。
「だからぁ~、ただの区切りの記号ってことは、それ自体に意味はないんだよぉ~」
「……それ自体の意味って?」
「小説内の
「そう言うものなんだな……」
彼女の言葉に完全に理解を示す彼なのであった。
作者の意図的に付け加えられた記号。これが「」や『』の存在理由なのである。
本来ならば声に出すのには必要のない文章に、会話や特殊な会話。もしくは強調で使われる「」や『』の記号を加えているだけに過ぎない。
だから、地の文と同じように段落の最初は一文字下げて、外側に記号を当てはめる。
それが、会話や強調などの「」や『』の冒頭から始まることの理由なのだろう。
彼女は、そう彼に伝えたかったのである。
とは言え、これについては実は絶対に守らなくてはいけない項目でもなく。
単純に
しかし、彼女の言うように小説とは作者の脳内では地の文の集合体であり。
会話の部分を読み手に理解してもらう為に、あえて地の文の外側に「」を用いる。
ならば、「」は冒頭にくるのが正解だと思うのである。「」の冒頭を一文字下げれば、文は二文字下げてしまうことになるのだから。
「区切り区切り~♪ むふふぅ~♪」
「って、おい……」
彼が理解してくれたことに満足した彼女は「区切り」と口にしたかと思うと、再び彼の腕に絡まってくるのだった。
正直、何に対して区切りなのかが理解できないのだが、きっと一項目を終えた区切りなのだろう。
再び腕に絡まる彼女に困惑しながらも「本来なら必要ないのかも知れないけど……小豆には何か意図があるのかもな?」などと考えながら受け入れる彼なのであった。
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