小説の書き方を勉強していこうと思います
いろとき まに
第0話
「……うーん、まったく書ける気がしないぞ……」
とある日曜の昼下がり。
自室の窓に降り注ぐ
姓を
だが、日本には字の風習がない為に霧ヶ峰善哉が彼の本来の氏名である。
その氏名を
そんな、アニメをこよなく愛する彼の胸に
この日を境に、彼は眩い光の
そう彼こそが、のちに周囲から――
霧ヶ峰善哉と呼ばれることになる……ごく限られた周囲にしか
なお、確かに彼は眩い光の彼方へと突き進んでいくのだが。
それは今に始まったことではなく、普通に快晴の日に散歩をするようなものであり、別に「光を
■
「みんな、どうやって書いているんだ? 読んでいると簡単に書けるように思えるんだけどなぁ……」
目の前の画面は彼に降参したのだろうか、まったく
ところが当然ながら画面に意志などあるはずもなく、ただ彼が一文字も入力をしていない
「……おっかしいなぁー。なんで、こんな風に面白く書けないんだろう……」
彼は視線を画面からPCの横に並べられた原稿用紙の
実のところ彼は一文字も入力をしていないのではなく、一度書き上げたものを印刷していたのである。
『小説は実際に読む形式で読むのが修正しやすい』
そんなことを何かで読んだ彼。特に誰かに見せる目的ではないにせよ、なんとなく印刷してみたかったのだろう。大したことのない
ところが残念なことに、彼には文才がなかった。
手元に並べたライトノベル。ラノベと呼ばれる小説なのだが、当然ながら書籍であるがゆえプロの成せる
さすがに彼も、その
「……せめて、
ラノベとは反対に置かれた原稿用紙の束に視線を合わせ、高校二年生になる妹の小豆に想いを
そう、彼の目の前にある原稿用紙五〇枚の小説。本来の目的は、一年と数ヶ月前のとある日に書かれた彼女の退学届。
騒動に
彼に『究極のラノベ』と思わせ、
もちろん、彼女は素人だ。特に文才がある訳でもなく
だが、彼に「妹のような小説を書きたい」と思わせるには十分すぎるほどの作品だったのだろう。
別に彼はプロを目指すとか、大勢の人に楽しんでもらいたいとは思っていない。
あくまでも彼の近しい人が楽しんでもらえれば十分。それくらいの作品ならば自分にも書けるだろう――。
そんな理由から
どうにも上手くいかず、
正直、書いている本人でさえ読むのが疲れる作品となっていたのだった。いや、そもそもの話。
書いている途中から違和感のオンパレードな状況に
「おかしい……何が違うんだ? なんで、こうも違うように見えるんだよ……わかんねぇ……」
本人がそんな感情を
そう判断したものの、改めて読み直しても
「……うがー! ――
苛立ちがピークを迎えたのだろうか。
急病人が出た時のスチュワーデス――現在のキャビンアテンダントの
とは言え、ここは彼の自室。誰もいないことを承知で彼は叫んだに過ぎない。
そう、彼は広げた
しかし自分の意志で始めた
だから彼は強引に
ところが。
「……ふぁ~い」
「――ィッ! ……」
「……呼んだぁ~?」
突然彼の背後から、可愛らしいが
誰もいないと思っていた彼は驚きの声をあげて
家族と昼食を済ませ、彼は少し外出をしていた。帰宅すると妹の姿が見当たらない。
だが、妹も外出したのだろうと何も気にせずに自室に戻った彼。
特に部屋の変化など気にせずに、買ったばかりのラノベを読む為に机に座ってラノベの世界へと旅立っていたのだった。
だから彼は――誰も寝ていないはずのベッドのタオルケットが
タオルケットが少しずつ移動を開始すると、内側から
そして肌色の額。整った
タオルケットを首まで下ろした彼女は彼に「呼んだ?」と
「……いや、呼んでねぇけど、それより小豆……なんでベッドで寝てんだよ?」
彼女の言葉に数秒前までの自分の姿を思い返して恥ずかしくなったのか。
ぶっきらぼうに答えてから、質問していた彼。
「だってぇ~、後片付け済ませたら、お兄ちゃん出かけちゃうんだもん……」
「ラノベ買いにいくって伝えただろ?」
彼の言葉にムスッとした表情で言葉を返す彼女。
苦笑いを浮かべて言葉を返した彼だったが。
「うん、だから、お兄ちゃんの部屋で待っていたんだよぉ~♪ あとで買いにいくから」
「……ほらよ?」
「……わぁ♪ ありがとう♪」
満面の笑顔で切り替えしてきた彼女。
そんな彼女に苦笑いを浮かべると机の上に置いてある紙袋を手に取り、彼女へと差し出していたのだった。
彼女は差し出された紙袋を受け取ろうとベッドから起き上がり、彼に近づいていく。
中身を見ずとも彼女には理解したのだろう。
彼が同じラノベを二冊買ってきたことを。
特に彼女が彼の買ってきたラノベのファンだと言う訳ではない。
いや、ファンではあるのかも知れないが、きっと彼が買い忘れているのであれば彼女は買おうとは思わないのだろう。
彼女は
それを知っている彼だから「どうせ買うんだろ?」と言う考えのもと、妹の分も買ってきたのである。
「だけど、なかなか帰ってこないからぁ~、気づいたら寝ちゃっていたんだよぉ~」
「いや、ベッドで待つなよ……ははは……」
彼から受け取った彼女は苦笑いを浮かべながら言葉を
そんな彼女に
たぶん彼のことだ。風呂敷を畳むと同時に、
■
「……むぅ~。……そ れ でぇ~、呼んだよね?」
紙袋を受け取りベッドへ戻って腰
「いや、だから呼んでねぇよ……」
別に妹を呼んだ覚えがない彼は怪訝そうに言い放つ。
「だって、さっき……小説の書ける人を探していたじゃん!」
「……ああ、そう言うことか……」
そんな彼の言動に不機嫌な表情で言葉を
やっと理解したのか、彼はボソッと呟いていた。実際には本当に探していたのではないのだが、聞かれている以上「違う」とも否定できずにいた彼。
「……いや、でもなぁ……」
理解はしたのだが、苦笑いを浮かべて彼は言葉を
確かに彼は彼女の小説に感化されて小説を書いてみたいと思っていた。だから彼女が書き方を教えてくれるのであれば彼にとっては
しかし、彼の目的は妹や知人に読んでもらって楽しんでもらいたいのだ。
それなのに妹に
彼は、そう感じていたのだろう。
「……いいもん……」
「え? って、おい、小豆……って、おい!」
「……いいもん、いいもん……いいんだもん……」
「――ッ!」
返事を先送りしていた彼に
突然の彼女の行動に驚いている彼の横を通り過ぎる彼女。
慌てて振り返った彼の視界に、机の上に置かれた原稿用紙の束を
確かに彼女の作品なのだから所有権は彼女にある。
だが無断で持ち出したのではなく、彼女の許可の上に借りている作品なのである。つまり所有権が彼女にあろうとも彼が取り上げられる
そんな感情を込めて少し強めに言い放っていた彼の言葉を受けて、ゆっくりと彼の方へと向き直る彼女。
なにやらブツブツと
本能的に危険を
そんな彼に彼女は
「もう、いいもん! 小説の書き方を教われないような私の書いた作品なんて捨てちゃうもん!」
「い、いや、待て――」
「お兄ちゃんにとって私の作品なんて
「お、おいったら――」
「ずっと何度も読んでいたのも
「ちょ、だから落ち着けって……ふぅ」
少しずつヒートアップして
ほとほと困り果てた彼は諦めたように軽く息を吐き出していた。そして。
「わかったよ……」
「ぐすっ……なにがぁ?」
原稿用紙を両手で胸の前で抱えながら、
彼の意図が理解できずに、鼻をすすりながら聞き返していた彼女。
兄として男として。やはり妹には
彼としては、面白いと少なからず自分が納得できたものを読んでほしかった。だがしかし。
彼が独学で納得できる作品を書き上げるには
それ以上に、自分の究極のラノベ――彼女の作品が読めなくなるかも知れない。
たぶん彼女のことだ。明日にでも捨ててしまうのだろう。それは一番困るのである。
自分の駄作を見せることへの恥ずかしさと、自分にとっての究極のラノベが読めなくなる絶望。
「……ふぅー。……」
すっかり落ち着いたのか、同じような表情で見つめ返す彼女。
「俺に小説の書き方を教えてくだ――」
「えぇぇぇ~。どうしよっかなぁ~♪」
「って、おい、こら! ……って、なにしてんの?」
彼は勢いに任せて頭を下げながら
言葉を
思わず顔をあげて文句を突きつける彼。
そんな彼など気にせずに、彼の机の引き出しを開けて何やら探し始める彼女。
突然の彼女の行動に疑問を覚えた彼は
「ん~? えっとぉ~、あ、あったあった♪ ……お兄ちゃん、小説の書き方教えてあげるから『契約書』にサインしてぇ~?」
「って、お前、なんで隠し場所を知っているんだよ!」
探し物が見つかったのだろう。彼女は振り返ると、一枚の紙切れを彼の前に差し出しながら満面の笑みを添えて言葉を紡ぐ。
彼にとっては自分の机だ。何が入っているかなんて
その上で彼女が言った「契約書」の言葉で
そう、彼女の言う「契約書」とは……あとは彼が書けば提出できる、彼女の手渡していた『二人の
「知らないわけないじゃ~ん……よっと」
「え? ――うわ!」
「え? ――きゃうん!」
取り上げようとしていた彼だったが、寸前で彼女が手を上げて彼の手をかわす。
驚いた彼は勢いのまま彼女に
飛び込んでくる彼に驚いた彼女だったが、逃げることもできず。
そのまま彼は彼女の胸へと飛び込んでしまい、当然勢いを殺せずに二人は後ろに倒れこむ。
その
肌がふれる二人の頭上から祝福の白い紙
「いてて……おい、小豆、大丈夫――くぁ」
「……うん、大丈夫だよぉ~♪ サインじゃなくてボインでもぉ~」
「――ぷはっ! そう言う意味じゃねぇ! ――うぷっ!」
「そっちは大丈夫じゃないから、もう少しこのままでぇ~♪」
彼女を
突然彼女の両手に後頭部を押さえつけられて再び彼女の胸に飛び込んでいた彼。
なお、彼女の胸を彼は『スイカ』と呼んでいる。つまりボインなのだ。
だから彼女は契約書のサインの代わりにボインでもいいと言っているのだが。
正式な婚姻届であるがゆえ、
などと、わざわざ説明せぬとも彼女は単純に冗談を言っただけである。
なんとか上半身を起こして訂正を求めた彼。
しかし彼女は冗談を言っただけなので彼の言葉になど動じず、再び彼の後頭部を押さえつけて
■
「はぁ、はぁ……」
「だ、大丈夫? お兄ちゃん……」
「誰のせいだ、誰の……」
それから数分後――。
満足した表情で彼女のスイカから解放された彼は息を整えていた。
そんな彼に心配そうに声をかける彼女。未だ息の整わない彼は弱々しく
「……ふぅ。……とにかく小説の書き方を教えてくれよ?」
「うん、いいよぉ~♪」
もう一度彼女に頼み込んだ彼だったが、十分
「あと……授業料は、そのラノベ一冊でいいか?」
「え? くれるの? ほんとに? ほんと?」
「近い近いって……ま、まぁ、教えてくれるなら、な?」
だが後々のことを考えて、彼は教えてもらう
彼女としては元々自分で買うつもりだったラノベ。お金を払うつもりだったのだろう。
彼としても教わってから授業料を
そう、教えてもらってからでは契約書のサインを
『タダより
これで解決するのならば、彼女に
彼の言葉を受けて
別にお金が浮いたことに喜んでいるのではない。
純粋に「お兄ちゃんが私にプレゼントしてくれた」と言う、彼の気持ちに喜んでいるのである。
そんな喜びを表現するように言葉を紡ぐたびに、一歩ずつ彼へと近づく彼女。
あと一歩と言うところまで接近してきた彼女を苦笑いを浮かべて
その言葉に満面の笑みを
「もちろんだよぉ♪ ちゃんとぉ~、手取り足取り腰取り……ううん、抱きつくから、ずっと密着しながら全身で教えちゃうよぉ~♪」
「いや、抱きつかれていたら小説書けないだろが?」
「ほら~♪ そこは、愛の力でなんとか――」
「愛を
興奮した表情を浮かべて爆弾発言をするのだった。
そんな発言にタジタジになりながらも反論する彼ではあるが、彼女には何も通じていないようだ。
冷や汗を浮かべながらも言葉を繋げる彼なのだった。
■
ともあれ、
――だがしかし、彼は気づいていないのだろう。
自分では読むのが疲れるほどの駄作だと思っているようなのだが、それ
そして、彼女は彼が思うほど甘くはないと言うことを。
彼への愛と、小説への愛は別物なのだろう。否、どちらも
甘さとは、
それを理解していない彼は、少々自分を
彼は彼女の教えに
とは言え、それは二人が
はたして、この物語の結末はハッピーエンドか、バッドエンドか……。
それは、彼が彼女に教えを受けて、書き上げた作品の結末によるものなのであった。
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