恋の地平線
よつのは
第1話
事象の地平線という言葉をご存知だろうか。
私も詳しくは知らないのだが、簡単に言うと、ブラックホールの表面のことなのだとか。
ブラックホール。
その昔、お偉い博士が相対性理論というとてつもなく難しい理論をお考えになった。
それに沿って考えると、この宇宙にはどうしてもゆがんだ、おかしな、よくわからない地点があるはずなのだという。
ブラックホール。
その地点は、井戸のようにすとんと落ちてしまうようなところで。
一度入ったら最後、音も、光さえも、何者も抜け出すことが出来ないのだという。
いわんや人間をや。
それが、ブラックホール。
さて、音も光も抜け出すことができなくなるということは、その先について知ることができなくなるということだ。
その特異な地点を境に、向こう側には何があるのかわからなくなる。
それこそが、シュバルツシルト面。イベントホライズン。つまり、事象の地平線。
定義上の問題でいうと、事象の地平線はもう一つある。
この宇宙は膨張している、ということは聞いたことがあるだろう。
そう、こうして誰かが談笑している時も、書の世界に落ちている時も、明日に震えながら眠る時も。
その膨張速度は、外側であれば外側であるほど際限なく速くなるのだという。
つまり、宇宙の中心から遠く離れた闇の彼方では、光よりも速く膨張しているのだ。
膨張速度が光の速度を超える地点、それもやはり、向こう側がわからなくなる、事象の地平線。
閑話休題。
私は難しい話がしたいのではない。
そもそも今までの話があっているかどうかもわからないし、
この前の中間テストで物理が赤点ラインを越えたかどうかも不明である。
私がしたいのは、恋の話なのだ。
今まで私は、恋など自分には無縁のものだと思っていた。
そりゃあテレビや雑誌でかっこいい人を見るといいなーとは思うし、
ドラマやマンガの恋物語には夢中になる。
とはいえ、そういうものは向こう側の存在で、創作物の中の感情で。
身近な人でも、友達と騒ぐネタの一つぐらいに捉えていて。
本気で人を好きになるだなんて、夢にも思わなかった。
そう、先輩と出会うまでは。
だから、これは初恋で。
だから、これが本当に恋心なのかはわからない。
だから、これはもしかしたら世間一般で言う恋とは違うのかもしれない。
この恋が成就したら、それとも成就しなかったら、その先になにがあるのか、わからない。
そう、ここは事象の地平線なんかじゃなくて、
恋の地平線なんだ。
一般的に見て、私と先輩は仲がいいと言って差し支えないと思う。
部活でもうまくやっていると思うし、ペア作りの時なんかはセット販売地味た扱いを受けている。
休日にだって一緒にでかけることもあるし、お泊まり会だってしちゃえるぐらいの仲だ。
もともと、なんて可愛いんだこの人は、なんて思っていた人と、
そんなことをしちゃったら、普段は見られないような表情、吐息を感じてしまったら。
好きになるのもしょうがないよね。
ね?
先輩ともずるずるこの関係を続けていても良かった気はするけども、
もう、抑えられなくなってしまったのだ。
実は、指定した時間はちょっと前に過ぎていて、
だからさっきのような余計なことを考える暇があったのだが。
相変わらず先輩は時間にルーズだなあ、なんて苦笑しながら待つこと10分程度だろうか。
失敗したらどうしようとか、せめて普通の関係に戻れたらな、いやでも無理だよな、とか。
そんな言葉が脳を、心を埋め尽しかけていた頃。
聞き覚えのある息切れと、足音が近づいてきて、
見覚えのある髪が私の前で揺れて、止まる。
ごめんね、またせちゃったよね。
いいえ、慣れてますから。
謝るぐらいなら毎回遅れないようにしてくださいね、と拗ねた振りをしてみせる。
ああ、もしかしたら、いや、きっと、多分。
こんなやり取りもできなくなってしまうのだろうか。
それでも、私は地平線の向こう側を見てみたい。
戻れなくなるとわかっていても。
先輩、今日は聞いてほしい話があって、来てもらったんです。
…………。
……。
そして、私達は今、地平線のこちら側で。
笑顔で、素敵な日々を過ごしています。
相変わらず、恋がなんなのかはわからないけれど。
それでも、私のこの想いは、恋なんだと信じて。
ううん、恋かどうかじゃなくて、でも、本物なんだと信じて。
----
三題噺「光」「地平線」「魅力的な関係」
恋の地平線 よつのは @Clov_ss
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます