第五話 笠○ぞう 顎(あご)

 赤い帽子を被った女の子にたしなめられたおじいさんは、慌てて屋根から飛び降りると、なぜか体が自然に動き、女の子の前で片膝をつきます。


「そのゴールデンシャポー金色の帽子……そう、貴方がこの噺の。はい!」

 女の子は左手の甲をおじいさんに差し出しました。


(四万手救よ、これはどういう意味じゃ?)

《おそらく手の甲にキス、日の本の言葉で言えば接吻せっぷんしろとの意味だ》

(ええんかのぅ。ワシはばあさんと夫婦めおとちぎりをかわしておるが?)

《エゲレスとかではただの挨拶だ。気にしなくてもよい》


 おじいさんは女の子の手を取ると、甲に軽くキスしました。

「全く、この国の男ってマナーがなっていないわね。さっきも斧を担いだガキにからかわれたし……」

 女の子は懐からハンカチーフを取り出すと、おじいさんがキスした手の甲をフキフキします。

(……拭くんかい。だったら接吻させなければええのに)


『お嬢さん、貴女はなぜここに?』

「そうそれ! ちょっと聞きなさいよ! 本当ならね、私が主役で一本『ドラマ』を作る予定だったんだけどぉ! 


プロデューサー作者』だか

ディレクター作者』だか

シナリオライター作者』がね、


プロットを作ったのはいいけど無能さが露見して、ちゃんとしたヲチが作れなくなって没になったのよ! 本当、悪筆な上に身の程知らずね! せっかくドラマに向けてこっちは発声練習からエアロビクス、エステまで行って準備したのにさぁ! 全く失礼しちゃうわ!」


『そ、そうだったのか。それはお気の毒であったな。ちなみにどんな話だったんだい?』

(こりゃ四万手救に任せた方が良さそうじゃな……)

 ガトリング砲のようにまくし立てる赤い帽子の女の子に対して、おじいさんは沈黙を守ることに決めました。


「ん~! なんか『不正アクセス禁止法』だったかの話でぇ~、あたしのおばあさんが持っているスマホがね、狼に不正に乗っ取られて、おばあさんになりすますのよ。最初のうちは普通にSNSで会話したりするんだけど、だんだんエスカレートして、あたしの


”ピーーー!”

している写真や

”ピーーー!”

している動画を見たいって言い出して、何も知らないあたしは言いなりになるのよね。


 最後にはとうとう狼がね、SNSでおばあさんの家にあたしを呼び出して

”ピーー!”  

”ピーピーピー!”

するんだけど、最後はサイバー警察に見つかって狼が

”ピーーー!”

される内容だったような気がするわ」


(なんじゃこりゃ? 芝刈りの爺さんがよく行く歓楽街の、”なんとかぷれい”ってやつか?)

《むしろ、この内容でよく噺を作ろうとおもったな……日の目を見なくてよかった》


「出番がふいになってふてくされてたところに、災刃坊主なんて名前のプリースト僧侶が現れて、


『端役だが台詞もあるし、見せ場もあるぞ』


と聞かされて、こんなへんぴな噺までわざわざ出向いてやったのよ! そうしたら変な鬼がたくさん出てくるわ、


ヒーロー英雄と共演!』


って聞いてたら、こんな枯れたおじいさんが出てくるし、むしろあたしのおばあさんが出演した方がよかったって思えてきたわ!」


『う、うむ。それはなんとまぁ……すまない』

 四万手救は力ない声で謝罪しました。


「もういいわよ。子犬この子もいろいろなものが食べられるからむしろ喜んでいるし……あ! そうだ! あんた! ”ちくりんちゃん”って名前の女! 知っているかしら!

「い、いや、噂でしか聞いたことがないが……」

 何か危険を感じたおじいさんは、とぼけるのでもなく、無難な答えを返します。


「あんたみたいなおじいさんも知っているなんて、なかなかのアイドルね。今の時代、女優だけじゃなく、歌って踊れるアイドル要素がないと生き残れないのよ! 手始めにこの噺でアイドルになって、『赤頭巾あかずきん』なんていう一般名詞の名前から卒業してやるわ! みてなさい! ちくりんちゃんとやら! オーホッホッホッホッホ!」


「と、とりあえず鬼を退治してくれてありがとな」

 今更ながら、おじいさんは赤頭巾に対してお礼を言います。


「別にお礼を言われることでもないわ。ニュースペーパー瓦版に名前が載ればその分、名前が売れるしぃ~。あ、そうそう、お近づきのしるしにこれあげるわ」

 赤頭巾は懐から一枚のカードをおじいさんに差し出します。


「これは? 『ファンクラブ会員カード』?」

「あたしのファンクラブに入れてあげるわ。ありがたく思いなさいね」

「ほほう、『No.00100006』とはすごい! 会員が十万人もいるのか!」


《ゴールデンバンブーマン。こういう会員証は、『001』『00006』と分けて考えるのだ》

(ちょ! そんなことを口に出したら、ワシらはあの狼に飲み込まれるぞ!)


 赤頭巾は自分の名前を広めようと、鬼を探しに行きました。


「なぁ四万手救よ。鬼って食べられるのか?」

『おそらくあの狼はウイルスを吸い込み、『隔離』する能力を持っているのだろう。腹の中に入れてしまえばさすがの鬼共も活動できまい』

「なるほどのう。ただ倒すのではなく、封じ込めるのも鬼に対して効果があるのじゃな」


『ああ、それにさすがは災刃坊主殿が手配した助っ人達だ! 難なく鬼共を退治してくれるとは!』

「なぁ四万手救よ。この分じゃうちらの出番がなさそうじゃな……」

 興奮する四万手救に対して、おじいさんは少し冷めた目で赤頭巾と子犬の後ろ姿を眺めていました。

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