第四話 か○や姫 八節

「おぬしら! よくもわらわの前にそのツラを出すことが出来たのぅ!」


 仁王立ちしているかぐやはひれ伏している七匹にガチョウに向かって、”ちくりんちゃん”のファンが聞いたら卒倒するような、ドスのきいた声を上から叩きつけました。

 青く顔を染め冷や汗を流すガチョウたちでしたが、中には顔を上気させ息の荒いガチョウもいました。


「まぁまぁかぐや、せっかく訪ねてくるということは、何か訳があってのこと」

「せめて話だけでも聞いてみては」

 おきなおうなになだめられ、かぐやは話を聞く為、腰を下ろします。


「じ、実は……」

 一番年長のガチョウが恐る恐る口を開きました。  

「決勝戦の前夜、天帝の使いと申す七本の鼻を持つ白象から神酒ハオマをもらい、『姫に飲ませよ』といわれましたので差し上げたところ……」

「やはりな……。馬鹿者! あれはウサギ姫の親衛隊である白ウサギの得意な物まねじゃ! 七本の鼻はウサギの耳じゃ!」


「は、はい! おっしゃるとおりでした。そして姫が棄権したとみなされて兎姫が優勝してしまいました。ですが、兎姫は女王トップになったとたん、我らガチョウのみならず、他の姫やその使いである熊やヒキガエル、牛や狼たちを追いやり、今では月の表面に兎の絵を描いて我が世の春を謳歌している次第であります」

「そんなのわらわはもう知らぬ! この星で暮らすと決めたのじゃ!」


「で、ですが、偶像あいどるとなられた姫様の噂は月にまで届き、それを耳にした兎姫は、いずれこの星をも手中に収めるとの噂が……」

「な、なんじゃと! あやつは人をたぶらかす術をもっておる! だから天帝様は歌や踊りで女王を決めることにしたのじゃ!」


 そこへ災刃坊主が、懐から一枚のチラシを差し出しました。

「実はな、拙僧はこの度この興業に協力することとなった次第。歌姫と書いてあるゆえ、偶像あいどるとなったかぐや殿の耳に入れておこうと思ったが、もしや……」

 チラシには


『天下一演芸会、開催決定!

 |天下一の歌姫は誰か! 優勝者には金銀財宝のみならず、

 帝の御前での披露ひろうの栄誉が! 

 巷で大人気の、お公家お抱え《兎姫》も参戦!』 


と、記してありました。


「なにぃ! 御前であやつの歌を披露しようものならたちまち操られ、都どころか国が乗っ取られるぞ!」

「なんと! かぐや殿、ではお公家お抱えというのは!?」

「ああ、おそらくお公家に近づき、歌を披露しながら、術で操ったのであろう。あの兎姫め! いつの間にここまで……」

「か、かぐやや、どうするのじゃ!」

 うろたえる翁の声に、かぐやはりんとした声を轟かせます!

「知れたこと! この天下一演芸会に参加し、あやつの野望を叩きつぶすのじゃ!」


『あら、そううまく事が運びまして?』


 突然! 玄関から聞こえる妖しい声に皆は振り向きます。

 そこには頭に兎の耳をつけ、腕や脚がむき出しになった白いボディースーツを着た女性が、玄関のドアに寄りかかっていました。ハァハァハァ!


「お主は兎姫! よくもぬけぬけと現れたな!」

 かぐやの怒声を兎姫は軽くいなします。

「それは昔の名前、今は月の女王トップ、兎女王よ。むしろひれすのはそっちでしょ?」


「フン! この星ではただの歌姫であろう! 挨拶もなしに人の家に押し入るなぞ、女王になろうが育ちの悪さは変わらぬな!」

「あらぁ? この星では物置に入るのにいちいち挨拶するわけぇ?」

「お、おのれぇ~」


 そこへ災刃坊主が割って入ります。

「双方落ち着かれよ! 兎姫殿、拙僧は此度こたび、天下一演芸会の”あどばいざあ”になった次第。参加者の家に押し入り事を起こせば、後々のちのち、不利益をこうむることになるぞ」

「ふん! まぁいいわ。せいぜい”巷の噂”に気をつける事ね……」

 言い終わらないうちに、兎姫の体は忽然と消えました。


 兎姫の企みを知ったかぐやは、ガチョウたちを追い出そうとしますが

「もう月には戻れませぬ。身を粉にして働きますから、どうかこの地において下さい!」

 嘆願するガチョウたちを見て

「……わかった。好きにするがよい。その代わり食い扶持は自分で何とかするのじゃ」


 ガチョウたちは贖罪しょくざいになるならと、竹炭の制作から袋詰め、注文のやりとりまで行いました。

 食事は村の田畑の雑草や虫を食し糊口ここうをしのぎましたが、かえってこれが作物によいとのことで、ガチョウたちの評判も上がってゆきました。

 

 そして露天場所での商いの日、かぐやはちくりんちゃんに変身し、ガチョウたちをバックダンサーにして歌を踊りを披露しましたが、通行人は誰も集まらず、逆にかぐや達をいぶかしそうな目で見ています。


「ど、どうしたのじゃこれは? 歌も踊りも完璧だったはず……」

 かぐやを始め、翁や媼、ガチョウたちも呆然とする中、周りの目を気にしながら芝刈りのじいさんが声をかけます。

「か、かぐやちゃん。ちょ、ちょっとこっちへ……」


 人気のないところへ移動したかぐや一行に、芝刈りのじいさんはタブレットを見せます。

「ここ最近、SNS界隈で流れている噂なんじゃが、『#(ハッシュタグ)ちくりんちゃん』で検索すると……」

 そこには、かぐやについての誹謗中傷ひぼうちゅうしょうの書き込みが多数表示されました。


「こ、これは!」

「い、いつの間に!」

 翁も媼もあごが外れんばかりに驚きました。芝刈りのじいさんは言葉を続けます。

「もちろん村の者達はこんな噂、誰も信じてはいないがな、ひょっとして、どこかで誰かの恨みを買ったとか、何か思い当たることはないかね?」


「ひ、姫様、こんな事をするのは……」

「ああ、兎姫の仕業しわざに間違いない!」

「う、兎姫って、あの巷で噂のお公家様お抱えの歌姫! こりゃまたえらいのに目をつけられたものじゃなぁ」


「かぐや、どうするのじゃ?」

「かぐやちゃん、うちのばあさんも”てっぺん”にきて、こんな事をするヤツの”ネタ”があれば”拡散”してやるって鼻息を荒くしているんじゃぞ!」


 翁や芝刈りのじいさんの尋ねにかぐやは

「……何もしない。わらわはこれまで通りのことをやるだけじゃ。災刃坊主殿も言っていたじゃろ、『人の噂も七十五日』だと」

「そ、そんなぁ、かぐやちゃん。やられっぱなしなんて! 村のみんなも怒っているじゃぞ!」


「柴狩りのじいのお気持ちはうれしいが、同じ事をやっても赤の他人がよりあおり立てて、火に油を注ぐだけじゃ。いて言えば、わらわのことを包み隠さずSNSでつぶやいて下され」

「かぐや、それでいいのかい?」

 青白い顔をして、今にも卒倒しそうな媼が、何とか声を絞り出しました。


『ああ、わらわはこの星の人を信じておる。勝算は我にありじゃ!』 

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