第四話 か○や姫 三節

「し、しかし災刃坊主様、確かに私たち夫婦は竹を取り、中のアイテムを都の商人に売ったり、露天を開いて通行人に売って生計を立てておりますが、あきないのイロハまでは……」

 戸惑う翁に災刃坊主は笑顔を浮かべて説明します。

「なに、やることは今言った露天と同じこと。どれ、一つ実例を見せてやろう」


 災刃坊主はたすき掛けした風呂敷からノートパソコンを取り出すと、あるネット商店のウェブサイトを呼び出します。そこには松茸から自家栽培の椎茸、ウド、ゼンマイなどの山菜を写真付きで一同に取りそろえたネット商店でした。

 そして、『私が採りました』と笑顔の顔写真を見た翁は驚きます。


「こ、この顔は! 柴狩りのじいさん!」

「うむ、この村の住人じゃ。”ぱそこん”を使いネット商店を開いておる」


「し、しかし、こんなありきたりな物を売って商売になるのですか?」

「お主達ではそこら辺に生えている松茸や山菜でも、都の人間から見れば喉から手が出るほど欲しい物。逆に言えばこの村で尾頭おかしら付きの鯛や醍醐だいごを欲しいと思っても、容易には手に入らぬじゃろ」


「そ、それは確かに……し、しかしどうやってこれらが欲しい人と商いをするのですか?」

「都の住人より注文が入ると都へ赴き、注文者と会って商いをするのじゃ。ほれ、場所も書いてあるじゃろ」


「こ、ここは、ワシや他の村の人間がよく露店を開く場所。全然気づかなかったわ」

「露天で商いとなると、一日中店を開いていなければならないが、ネット商店だと受け渡しさえ終わればそれで商いが終わる。あと、残った時間をどう使おうと自由だからな」

「そ、それで最近羽振りがよかったのか……」


「じいさんや、柴狩りのばあさんも店を出していますね」

 媼が画面をスクロールさせると、『私が育てました』と柴狩りのばあさんが微笑む写真があり、いろいろな大きさの”桃”の写真が並べてありました」


「はて、この辺りに桃園なんてあったかのう?」

「拙僧もよく知らぬが、なにやら『ジンザイ』だの『ハケン』を商いしておるみたいじゃ。お城やお屋敷の建造、橋や川の堤防の補修に重宝されておるらしい。なんで”桃”が”人夫や人足の代わり”になるのかよくわからぬが……」

「わらわの気のせいか? この婆の顔から底なしの腹黒さを感じるんじゃが……」

 柴狩りのばあさんの写真を見たかぐやは、ボソッと呟きます。


 なおも翁は災刃坊主に尋ねます。   

「しかし災刃坊主様。ここに載っているのは都でも普通に商いされている物。私たちのお宝を載せたら、”まねぇろんだりんぐ”と疑われてお役人様が踏み込んできます」


「安心せい、”この噺”でお宝を売るのが難しければ、

『よその噺のモノ』

に売ればよかろう」


 災刃坊主の言葉に翁と媼はポカンとしますが、かぐやはなにやら気がつきます。

「災刃坊主とやら、お主……なるほどのぅ。そういうわけか。翁に媼よ、とりあえずこの災刃坊主に任せてみればよかろう」

「かぐやがそう言うのであれば、災刃坊主様、よろしくお願いいたします」


「では契約成立だな。ではこの一番小さい翡翠ひすいの玉を寄進としてをもらっていこう」

 災刃坊主は新品のノートパソコンを翁に渡すと、デジカメで金銀財宝の写真を撮り、自分のノートパソコンでネット商店のウェブサイトに貼り付けます。


「さ、災刃坊主様、それではお役人様に見つかってしまいます」

「このネット商店は”この噺のモノ”からは見えぬ、安心せい。だが、価格をどうするかじゃ。いくら拙僧でもこんなお宝、いくらの値をつければよいかわからぬ……」


 首をひねる災刃坊主に向かってに向かって、かぐやが声をかけます。

「全部『時価』でよかろう。”他の噺のモノ”の方が価値を知っておるしな。あまりに安ければわらわから文句を言ってやろう」

「じいさんや、ここは災刃坊主様とかぐやに任せましょう」

「う、うむ」


 こうして竹取の夫婦のネット商店が開店いたしました。

 幾日か過ぎたある日、ネット商店に注文が入りました。

 翁はかぐやを背負い都へ赴き、受け渡し場所として、いつも露天をしている場所へと向かいます。


「翁よ、相手はどんな人間じゃ?」

「近々夫婦めおとになる男女みたいじゃな。おそろいの瑠璃るりの玉で指輪を作るとか」

「そうか、わらわが耳元でいろいろと教えてやる。どんな人間とか、適正な価格かとかをな」

「それはよいが、かぐやよ、くれぐれも大きな声でしゃべるんじゃないぞ。お客様や都の人間が驚いてしまう」

「わかっておる」


 やがて一組の男女が翁に近づきます。男は作務衣姿で、女は着物の上から被衣かづきをかぶり、顔はよく見えません。

 そして男が翁に声をかけます。

「もし、赤子を背負った翁、お主が店主か?」

「(磯の香り?)はい、貴方様がお客様で?」

「うむ、瑠璃の玉を注文した者じゃ」


 かぐやは二人を注視します。

”どうじゃ、かぐや?”

”男の方は『冴えない』、『目立たない』、『なんの取り柄もない』の『三ない』男じゃが、女の方は顔は見えぬとも身の振りや肌のつや、体のこうの匂いからして、かなりの高貴な者じゃ。いわば『姫と従者』と言ったところか?”

”毒舌じゃのう。聞こえるぞ”


 翁は袋から二つの瑠璃の玉を取り出します。

「こちらです。どうぞご確認を」

「うむ、とは言ってもワシはこんな高価なモノは……」

 男は首をかしげますが、女は被衣の隙間から瑠璃を眺めると、

「すばらしい瑠璃ですわ。”ウラシマ”、これにいたしましょう」

 初めて女が口を開きました。


「さ、左様ですか、ありがとうございます。つきましては……」

「これで、足りるかしら?」

 女はたもとから袋を取り出すと翁に渡します。


”どうじゃ? かぐや?”

 翁は中を確認する振りをしながら、さりげなく袋の中をかぐやに見せます。

”若干多すぎるぐらいじゃが、手数料としてもらっておけばよかろう”

「ありがとうございます。商いは成立です。どうかお客様、末永くお幸せに」

 と翁は頭を下げますが、女の眼はかぐやに釘付けです。


「かわいいお孫さんですね。お名前はなんとおっしゃいますの?」

 一瞬、戸惑う翁。

「ま、孫? あ、ああ、かぐやと申しますじゃ」

「かぐやちゃ~ん。お爺ちゃんに背負われて、いい子にしてますね~」

 かぐやはむっとした顔をしますが、逆にそれが女の琴線きんせんに触れたらしく、指先でほっぺを”プニプニ”突っついています。

(う、うぜぇ)

「これこれ”ヒメ”や。赤子が怒っておるぞ。なぁに、赤子の二人や三人、すぐ……」


『いやっだぁ~ウラシマァったらぁ~! 天下の往来で赤ちゃんを作るなんてぇ~!』 


 女が男の肩を”ペチン”と軽く叩くと


”グオォキィィ!”


と、重い音が辺りに轟きました。

「い、今の音? お、お客様、ひょっとして、肩が外れたんじゃ?」

 ”プラ~ン、プラ~ン”と揺れている男の腕を見ながら、翁は恐る恐る尋ねますが、男はにこやかに返事を返します。

「なぁに、これぐらい”すきんしっぷ”というやつじゃ。どぉれ」

 男は反対側の手で肩をつかむと


”メエェキィィ!”


と、にぶい音を立てながら肩をはめ込みました。

 これには翁のみならず、かぐやも開いた口がふさがりません。


「これウラシマ、かぐやちゃんがびっくりしているわ」

「おお、赤子には目の毒じゃったか。では店主よ、よい商いであった」

「ばいば~い。かぐやちゃ~ん」

「あ、ありがとうございました」

 深々とお辞儀をする翁。そして家へ帰ろうとしますが、翁の耳元でかぐやが話しかけます。


「これ翁、久しぶりに醍醐だいごを所望したいのぅ。”あるばいと”代と考えれば安いモノじゃが?」

「そうかそうか、じいも慣れない商いで喉が渇いた。茶屋に寄って帰るとするか」

 醍醐がある高級茶屋に入り、お茶と醍醐を注文する翁。

 背負い袋をはずし、かぐやを膝の上に置くと、別の席で甘味すぃ~つを味わっている娘達が翁に話しかけます。


「赤ちゃんかっわいい~」

「お孫さんですか~」

「お名前は?」

 矢継ぎ早にくる質問に、翁は順番に答えます。


 そして茶と醍醐が机に置かれると、翁は醍醐をさじですくってかぐやに飲ませますが、

「きゃぁ~飲んでる飲んでるぅ~」

「いやぁ~笑ってるぅ~」

「ああん、ちっちゃなお手々~」

と、かぐやの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに娘達の声は花開きます。


 茶屋をあとにして、家路につく二人。

「かぐやや、大丈夫か?」

 背中でぐったりしているかぐやに、翁は心配そうに話しかけます。

「大丈夫じゃ……しかし都の娘とやらは、たかだか赤子になぜにああも騒ぐのじゃ?」

「それは、かぐやがかわいいからじゃろ?」

「まぁ、わらわがかわいいのは当たり前じゃがな。……それにしても、赤子の振りは疲れるのぅ」


 そして、翁はポツリと呟きます。

「……かぐやや、ありがとな」

「なんの。お宝が売れぬと、わらわのかてがなくなってしまうのでな」

「それもあるが……」

「ん?」


『こんなワシらに子や孫が出来る喜びを授けて下さった。ほんにかぐやはワシらの宝じゃ』


「そ、そうか……」

 心地よい揺れと疲れ、そしてなにより翁の背中のぬくもりに、いつの間にかかぐやは眠ってしまいました。

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