第四話 か○や姫 二節

「あ、あれ? なんか体が動きにくい……ぎゃぁ~~! 巨人の世界!」

 赤子はおきなおうなを見て、今度は鳴き声ではなく叫び声を上げました。


「ば、ばあさんや、こりゃ一体? 赤子とは生まれてからすぐ話すのかい?」

「そ、そんなこと言われても……私たちの間には子が授からなかったですし」


 そんな二人の会話を聞いた赤子は、自分の手足を見て落ち着きを取り戻します。

「え、赤子? あ~なるほどね、生まれ変わったから赤ん坊からやり直しか~。こりゃ理にかなってるわ~アッハッハッハ!」

「「ハッハッハッハッハ!」」

 三人の笑い声は、家の外まで聞こえるほどでした。めでたしめで……。


『ん~なわけあるか~!』

 赤子は叫び声のような一人ツッコミを入れました。そして”よっこいしょ”と起き上がると、辺りを見渡します。

 いつの間にか翁も媼も赤子から若干離れ、遠巻きに赤子の様子を見ています。


「あ~これこれ、そこの翁と媼。恐れるでない。わらわはこの星でいう妖怪やら百鬼夜行ひゃっきやこうたぐいではないぞ。話せば長くなるがわらわの名は……すまぬ……その前に……なにか食い物を……」

 フラフラになった赤子は、”ポテッ!”っと竹の中に倒れました。


 やがて、口の中になにやら美味なるものを味わうと、赤子のまぶたは再び開かれました。

「おじいさん、どうやら眼を覚ましましたよ」

「おおよかった。一時はどうなることかと」

「お、お主達……ワシになにを食べさせた?」


 翁が答えます。

「”醍醐だいご”という牛の乳を加工した飲み物じゃ。もっとも、高価な物ゆえ、これでしまいじゃがな」

「そうであったか。見ず知らずの赤子にそんなたいそうな物を……」

「ところで、貴女の名はなんと……」

 赤子が言いかけた名を、媼が問いかけようとしますが、


”ス~””ス~”


「これこれ、ばあさんや、腹がふくれたので眠ってしまわれたわ」

「あらあら、裸のままでは体を壊します。何か着る物を、ああそうだわ。床の準備も」

 媼は慌ててふすまを開けて、布団を敷きました。


 翌朝、眼を覚ました赤子は、身の上を二人に話します。

「なんと! 追放された月の姫とな! どおりで赤子なのにしゃべれるわけじゃ」

「姫や、名はなんと申しますの?」

「好きに呼んでかまわぬ。今のわらわは姫でもなんでもない、ただの赤子じゃ」


 それを聞き、まるで夜通し考えていたように媼が名付けます。

「”ぶらっくほうる”だの”蹴飛ばしてやる”などと、『下愚かぐ』な事を『や』らかしそうですから、『かぐや』と名付けましょう」

「チッ! しっかり聞いておったのか。まぁよい、好きにするがよい」


 かぐやは玄関から出て行く翁に声をかけます。

「翁よ、どこへゆくのじゃ?」

「竹を取ってくるのじゃ。姫の醍醐を買う為に稼がないかんでのう」

「そうか、ならわらわも一緒に連れていくのじゃ」


 媼に背負われて、三人は竹林へと向かいます。

「これ媼よ。わらわの着物といい、この背負い袋といい、これはお主らの子のお下がりか?」

「いいえ、じいさんと添い遂げてから今か今かと、その時の為に作っておったのじゃがな、とうとう子が授からなくてのぅ」

「……そうであったか」


「でもな、かぐやが授かったから、その服も背負い袋も無駄にはならんかった。天は私たちの願いを聞き届けてくれたんですじゃ」

「天か……」

 かぐやは複雑な表情で空を見上げました。


 翁達はかぐやに言われ、かぐやを宿していた太い竹の場所へとやってきました。

「”こんなこともあろうかと”この星で暮らす為の財をもってきたわ。わらわの生活費や宿賃代わりに使うがよい」


 翁が『孟宗もうそう流 真空撃割破しんくうげきわりは!』、


 媼が『布袋ほてい流 脳天唐竹割り!』


で次々と残った竹を割ると、中からたくさんの金や銀、翡翠ひすい瑪瑙めのうが現れました。

「こ、これは!」

「なんとすごいお宝じゃ!」


 翁はあわてて風呂敷に包み背負い、入りきらない分は翁や媼のたもとふところ、果てや口の中に押し込んで、三人は急いで山を下りました。


 転がるように家に駆け込み、昨夜みたいに慌てて玄関や障子を閉めます。

 そして、改めてお宝を確認した二人は目を丸くし、まばゆい輝きに目がくらみます。

「お主達の言葉でいうSSRやURのお宝じゃ、しばらくはそれで保つじゃろう」

「いいえ、もう、私たちの宝はかぐやですよ」

「そ、そうか……」

 媼の言葉に、かぐやは少し照れながら話を変えます。 

「あ、あと、わらわのかては醍醐などという高級品ではなく、かゆや汁物でかまわぬぞ」


 早速、翁は金銀財宝を売りに都へと出かけますが、やがて意気消沈して帰ってきました。

「じいさんやどうかなさいましたか? もしや盗まれたとか!?」

 おじいさんはお宝が詰まった風呂敷包みを見せながら、媼に答えます。

「商人の店に持って行ってもな


『竹の中から金や銀が出てきたなど信じられん。そんなお宝は扱えぬ』


と門前払いを食わされ、露店で売ろうにも盗賊まがいの連中が


『じいさん、景気がいいじゃねぇか! どこのお屋敷から盗んだんだ?』


と絡まれてのう。鉈を振り回し追い払ったら、今度はそいつらが腹いせにお役人様を呼んできてのぅ、慌てて帰ってきたのじゃ」


 かぐやがため息混じりにつぶやきます。

「ふむ、面倒くさい世界じゃ。なら誰かツテを頼って商人を紹介してもらうのがいいな」

「でもなかぐや、わしらはしがない竹取の夫婦じゃ。お偉い様の知り合いなぞ……」


 しかし媼は何か思い出します。

「そういえばじいさんや、柴刈りのじいさんが、徳の高いお坊様とつきあいがあるとか? 確か”さいばぼうず様”という名じゃったような」

「ああ、柴刈りのじいさんの家になにやら鬼が取り憑いて、そのお坊様が退治なさったという話を、この前庄屋様から聞いたな。我が家には”ぱそこん”がないから鬼に取り憑かれずにすんだとか……」


 翁は柴刈りのじいさんに話を聞き、”めんてなんす”に訪れた災刃坊主を家に招き入れます。

「単刀直入に言おう。このお宝を売りたいのじゃ!」

 媼に抱かれたかぐやは開口一番、災刃坊主に頼みます。

「こ、これ! かぐや! 赤子のおまえがいきなりしゃべっては!」

「災刃坊主様の気が動転してしまう!」


 しかし、災刃坊主は落ち着いていました。

「なるほど、その赤子、そして、目もくらむようなこのお宝。なにやら訳がありそうですな。拙僧に話しては下さらぬか?」

 翁と媼はかぐやと出会ったいきさつを話します。もちろん、かぐやが月から来たとか、復讐して”ぶらっくほうる”へ蹴飛ばすたぐいの部分は伏せました。

「そうであったか……」


「子が授からぬ私たちにとって、かぐやはまさに天が与えてくれたお宝」

「ですが、子を育てるにあたり、金はいくらあっても足りぬもの。どうか災刃坊主様のお知り合いで、このお宝を買って下さる方を紹介しては下さらぬか? もちろん紹介料は寄進させて頂きます」


「せっかくじゃが、拙僧は世俗にうといゆえ、商人の知り合いはおらぬ……しかし」

「「しかし?」」


『どうせなら、お主達が商人になればいいのではないか?』

「「ええ~!?」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る