第一話 も○太郎 後編

「で、でもおじいさん。これは、おもしろ映像をただでくれる木馬ちゃんですよ! しかも、わたしが退屈している頃合いを見て、勝手に流れてきたんですよ」

 おじいさんからまもるかのように、おばあさんはトロイの木馬を”ぎゅっ!”と抱きしめました。


「ばあさんや、実はその木馬はな、よそ様が作ったおもしろ映像をな、本人の許可なくばらまいておる、いわば盗人ぬすっと、泥棒達が作ったモノじゃ。これを《著作権法違反》というんじゃ」


「で、でも”ふぁいる名”も『みん』、『しん』や『えげれす』、『めりけん』の言葉ではなく、ちゃんとした日の本の言葉で【無料】とか【朗報!】とか書かれてますし、現におもしろ映像が入っていましたし……泥棒がわざわざこんなことをするなんて!?」


「ファイル名なぞいくらでも日の本の言葉や綺麗事が書ける。それにな、泥棒が盗むのは何もおもしろ映像だけではないってことじゃ!」

「え?」


「表向きはおもしろ映像じゃがの、ばあさんの知らないうちに、いや、ばあさんがこの木馬をダブルクリックした瞬間、我が家のパソコンにデーターを盗むウイルスが感染、つまり、パソコンの中に鬼が取りいてしまった訳じゃ。わかったかい?」


「そんな! アタシったらなんと言うことを! ひょっとして、アタシが自撮りした恥ずかしい写真も、今頃はクールなイケメン美男子の眼にさらされて、彼の心をかどわかしているのね。ああ……アタシったら罪な女」


(ばあさんと連れ添ってウン十年になるがの、恥ずかしい自撮り写真がネットにさらされるのはともかく、その写真で若い男が拐かされるのは100%ないとワシは断言できるぞ……)


「おじいさんや。あたしは一体どうすれば……何を落ち着いているんですか! おじいさんの黒歴史ともいえる、ゴキブリをも殺すぽえむも、都中に知れ渡っているかもしれないんですよ! あ、そうだわ! この木馬ちゃんをゴミ箱へ……」

「ばあさん待ちなさい! ワシの詩はどうでもいいが、ウイルスの中にはゴミ箱に入れようとしたり、削除しようとすると逆にウイルスをばらまくモノもあるんじゃ」


「そ、それじゃあ打つ手が……そうだわ! いっそのこと”ういるす”もろともこの”ぱそこん”を、都で若い女に色目を使っているおじいさんに見立てて、アタシの脳天唐竹のうてんからたけ割りで一気に!」


「お、落ち着けばあさんや! なにやらワシの頭がズキズキするが、お茶になにやら仕込んだんじゃないだろうな? とりあえずパソコンにつないであるLANケーブルを引っこ抜いてWiーFiルーターの電源を切っておこうかの」


「でもおじいさん、その前に……」

「……なんじゃ?」

「見納めに、この木馬ちゃんのおもしろ映像を二人で一緒に見ましょうよ」

「あ、コラ! ダブルクリックするんじゃない!」


”ドッカァァ~~ン!”


 哀れ、お爺さんお婆さんのパソコンからIT電化製品まで、鬼というウイルスが住み着く《鬼ヶ島》と化してしまいました。


「……ごめんなさい、おじいさん」

「ばあさんや、起こってしまったのは仕方がない。幸いにもパソコンやWi-Fiルーター、4Kテレビやブルーレイレコーダー、IT冷蔵庫からネット接続のドアホンまで、コンセントからLANケーブルすべて引っこ抜いておいたから、これ以上被害が拡大することはないと思うが……」


 おじいさんは村の家々に眼を向けます。

「ワシらのせいで村のみんなのパソコンにもウイルスという鬼が取り憑いたかもしれぬ。下手すればワシらは村八分じゃ。それに、このまま我が家に鬼が住み着けば、仕事どころかIT電化製品が使えなくて生活できなくなってしまうのう……」


 おじいさん達が家の前で途方に暮れていると、一人のお坊さんが通りかかりました。

「むむっ! ウイルスの匂い! その者達、この家の者か?」

 お坊さんはおじいさんに問いかけます。

「は、はい! 左様でございますが。……恐れながら貴方様は?」


拙僧せっそうは《災刃さいばあ坊主》と申す。その名の通り、ウイルスによる災難を一刀両断する法力セキュリティを持った僧じゃ! この家の鬼の禍々まがまがしさはそなたらの仕業か?」

 おじいさんとおばあさんは災刃坊主へ、事の顛末てんまつを正直に話しました。


「なるほどのう。実は鬼が取り憑きやすいパソコンはお主ら高齢者が多いのじゃ。お主らが行った著作権法違反の動画や漫画をダウンロードしてのう。喜び勇んでファイルをダブルクリックした結果がこれじゃ。最近、都を騒がしておる鬼の出所でどころをたどっていったら、この家にたどり着いたという訳じゃ」


 おじいさん、おばあさんは顔を真っ青にします。

「そ、そんな大事おおごとになっていたのですか! こんな事になるなら歓楽街で豪遊しておけば……」

「お、おじいさん、このままでは私たちははりつけ獄門ごくもんに! アタシの美しく若い身空をこんな事で散らしてしまうなんて……」


「……お、落ち着きなされお二方ふたがた。安心召されよ。拙僧はウイルスという鬼を退治する為、ここにおもむいた次第じゃ!」

 災刃坊主の言葉を聞き、おじいさんとおばあさんは災刃坊主に向かって膝をつき、地面に額をこすりつけるように頭を下げました。


「そんな恐れ多きことをわしらの為に……ハハァ~!」

「ああ、ありがたやありがたや。このお礼にお坊様のご尊顔のうちの99%をイケメンに整形してくださいましたら、おじいさんに内緒で一夜を共にいたします」


「……前者はともかく後者は聞かなかった事にしておこう。ただワシは僧とはいえ、日々のかてがいる。いくらか寄進きしんしてくれるとありがたいが……」

 おじいさんは家の裏を掘り出して、小判の入った壺を災刃坊主へと差し出しました。


「いつか都の歓楽街で豪遊しようと貯めておいたお金でございます。これでよろしければ……」

「うむ。……しかし、いささか多すぎるようじゃな」


「残りのお金は村の家々に取り憑いた鬼を退治して下さい。元はといえばワシらの責任ですから」

「なるほど、殊勝しゅしょうな心がけじゃ。そち達の願い、しかと聞き届けた。では下がっておれ」


 災刃坊主は錫杖しゃくじょうを両手で握りしめると呪文を唱えました。

『アンチウイルスソフトウエア! かつ!』

『うぎゃああぁぁ!』 

「「おお!」」

 災刃坊主の呪文に家の中の鬼が悲鳴を上げました。

 そしていくつかの漆黒の瘴気が家の隙間から飛び出して、やがて消えてゆきました。


 災刃坊主の呪文は続きます。

『ファイヤーウォール! 渇!』

『GYAAAaaa!』

「こ、これはメリケン、エゲレスの言葉じゃ!」

 異国の言葉を発する鬼の悲鳴に、おじいさんは眼を丸くします。


「鬼は何も日の本だけとは限らぬ! 『OSアップデート! 渇!』」

哎呀アイヤァー!」

「こ、これは、清の人の言葉じゃ! そういえば動画の端っこに清の言葉があったような……。ひょっとしたらあの木馬はもしや?」

 おばあさんも鬼の悲鳴に眼を丸くします。


『WPA2対応セキュリティルーター! 渇!』

『Ураааааааааааа!』

「こ、これは! ……どこの国の言葉じゃ?」

「同志おじいさん、こういう時は何も聞かずに聞き流した方がいいんですよ。”しべりあ送り”になりたくなければね……」


 こうして災刃坊主はおじいさんの家だけでなく、村の家々まで法力を駆使して鬼を退治してくれました。

「災刃坊主様、ありがとうございました」

 おじいさんとおばあさんは災刃坊主に向かって、両手の平が地面につくほど頭を下げました。


「何の! しかしこれで終わりではないぞ。鬼達はいつ我らに牙をむいてくるかわからぬ」

「「ははぁ~!」」


「それでも金が余ってしまったな。うむ、ここで出会ったのも何かの縁。余った金でこの村と《法力セキュリティ契約》をしよう。もし何かあればここへ連絡するがよい。すぐさま駆けつけるぞ!」

「あ、ありがとうございます! 災刃坊主様!」


『ではこれにて一件落着!』


 こうして災刃坊主の働きによって、村の人々は安心してネットやIT電化製品を使うことができました。

 ――めでたしめでたし。


 そういえば東京日本橋には麒麟の銅像があって、近くの百貨店にはいろいろな和菓子が売られているそうですね。

 《ある御方》がいらっしゃるビルも、見ようによってはお墓に見えなくも……。

 それにお墓に見えるビルも二つどころか、日本中どころか世界にいくつもあるという……。


 ……あれ? おかしいな、どなたか忘れているような。


 まぁ、いっかぁ!

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