さいばあ日本おとぎばなし

宇枝一夫

第一話 も○太郎 前編

 このお噺は個人情報保護の為、《むかしむかし》それに《あるところ》としか申し上げられません。

 そして、お名前も《おじいさん》、《おばあさん》としか書き記せないのをご容赦下さい。

 

ある日、おじいさんは山へ柴狩しばかりに……。

 え?

『《ある日》と表現するのはわかるが、何でおじいさんのその日の行動軌跡を知っているのか?』

だって?


『ひょっとして、おじいさんの衣服や鎌や背負いカゴ、いやいや、寝ているうちにおじいさんの体へGPS発信器を埋め込んだんだろう!』 

ですって!?


『いやいや、むしろおじいさんのスマホにいつの間にか《行動追跡》のアプリを仕込んで、年がら年中、おじいさんの行動を監視していたんだろう!?』

なんてぇ!? 


 それに

『山へ行ったのはわかるけど、タケノコ採りやりょうへ行ったのではなく、なぜに柴狩りだと断言できるのか!』

ってぇ!?


 ちょっと待って! 慌てないで下さい! どうか落ち着いて!

 これはあくまでこの老夫婦と、ネタバレしたくないので申し上げられませんが、《ある御方》がご自身の半生を後世に知ってもらいたいが為の言い伝えを、ここに書き表しているのです。


 今の言葉で表すと、《拡散キボンヌ》、いや《#(ハッシュタグ)ある御方の半生》……ですかね。

 この言葉で正しいのか、私もあまり自信はありませんが……。


 そういうわけでして、このお話はすでに《おじいさん》《おばあさん》そして《ある御方》が、

『個人情報を特定しない範囲でなら、《拡散》してもいいよ』

と、私が”勝手に”判断し、ここに書き記します。


 ん? なんですって?

『個人情報は《生きている個人》に当てはまるんだろう? 言い伝えの時点で老夫婦ならすでにこの世にはいないんじゃないのか?』

『死者には一部の例外を除いて、個人情報保護法は適用外ではないのか?』

 ……確かに、私もそれは疑問に思いました。


 この世にいないのなら、歴史の教科書が示すとおり、例え将軍様でも馬から落ちたり、戦で負けて脱糞だっぷんしたことが後の世に知れ渡りますからね。

 そして、人間誰しも他人のプライバシーは気になるモノです。

 もしこれがピチピチのお姫様のお話なら、私が全力を挙げてその姫様の私生活を

 ……失礼いたしました。


 ですが、老夫婦のプライバシーを知ったところで……え? 《ある御方》の方が気になるですって?

 はぁ……これもネタバレしたくないのであまり詳しく申し上げられないんですが、実はこの老夫婦とある御方……お亡くなりになったことを誰も確証していないんですよ……。


 そればかりか! 《ある御方》の故郷では銅像が立ち、和菓子まで売られているんですよ!

 いくら《ある御方》とは言え、もし大昔にお亡くなりになっていたら、今でも故郷がこうも盛り上がっていますかぁ!

 国会議員どころか総理大臣様でさえ、落選すればただの人になり誰も気にかけませんが、《ある御方》は未だいろいろな方々から畏敬の念を抱かれているんですよ。


 あ、ちなみに、《ある御方》のお墓は二つあると言われています。

『お墓があるのが、老夫婦と《ある御方》がお亡くなりになっている証拠だ!』

と、突っ込まれても私は気にかけません。


 だってこれは言い伝え、童話、昔話、寓話、お伽噺ですから! 

『これを読んでいらっしゃる皆様の心の中で《生きている!》んですよ!』

 どうだ! 文句あっか! あっはっはっは!(開き直り)。


 ヲホン! 話を戻します。

 ある日、おじいさんは山へ柴刈りに。

 おばあさんは……


『おもしろ映像を拾いに、川へダウンロードしに行きました』


 え? なにかがおかしいって?

 ……先ほど申し上げましたよね? 

 これは童話、昔話、寓話、お伽噺だと。

 これを読んでいらっしゃる方々がこのお話を通じて、何かしらの教訓を感じ取って下さればいいのです。


 再び話を戻しますと、おばあさんが

「よっこいしょっと、さぁて、今日もおもしろ映像を”だうんろうど”しましょうかね」

と川の前で腰を下ろすと、上流から


『プルルルル。ピーー! ギャァギャァァァァァ~~! ピーーー!』


とアナログ回線の音を出しながら《おもしろ映像》という名札がついた《トロイの木馬》が流れてきました。


 え? 

『ギガビット回線の昨今に何でアナログ回線なんだ?』

ですって?

 フフ……三度申し上げますよ。


 だってこれは! 『昔話』じゃないですかぁ! (ドヤァッ!)


 川の流れに乗って、ぷかぷかと流れてくるトロイの木馬を見つけたおばあさんは、すぐさま満面の笑みを浮かべます。

「まぁまぁ、早速おもしろ映像が入った木馬が流れてきました。今日もいいことがありそうですね」

 あまり見たくはありませんが、おばあさんはもんぺのすそをまくり上げて川へと入ると、”よっこいしょ”っと、川に浮かんでいるトロイの木馬を拾い上げました。

「あらあら立派な木馬ちゃんですこと。さぞ大容量なおもしろ映像が詰まっているんでしょうね。さっそく家に帰って”だぶるくりっく”しましょう」


 木馬を抱えながら、家に向かって歩くおばあさんの後ろから

『ちょ、ちょっと待ったああぁぁ!』

と、おじいさんが大声で叫びながら、山から転げ落ちるように慌てて走ってきました。


「あらあらおじいさん、どうかしたんですか? 『熊ごときではワシは倒せぬ』と日々おっしゃっていたのに。ひょっとして”ぐりずりい”が出たとか。……それともお弁当のおにぎりを穴の中に落としたり、真っ昼間なのに竹の節が光っていたんですか?」

「それは”違う噺”じゃろ! って、ばあさんや。その手に持っている木馬は何だ?」


「何? って、おもしろ映像が入った木馬ちゃんですよ。この前おじいさんにこれを見せたら”まうすぴいす”が飛び出るほど大爆笑していましたよね? あれはこの中に入っていたんですよ」

「やっぱりそれが原因だったんか……。ばあさんや、とりあえず話がある。一端、家に戻ろうや」


 囲炉裏いろりを挟んで座るおじいさんとおばあさん。

「ばあさんや、ばあさんは知らないみたいだが、どうもここ最近、我が家のことが家の外へ筒抜けになっておるんじゃ」

「筒抜け? とおっしゃいますと? ひょっとして毎晩行われる、夜の生活のわたしのつややかなあえぎ声が村中に……」


「何十年前の話じゃ! ワシが使っておる柴狩りの管理ソフトのデーター、お代官様への電子メールや医療費控除の確定申告のデーターから、そこに記載された源泉徴収の金額まで、隣村どころか、ワシがまきを売りに行くみやこの人間にまで知れ渡っておるんじゃ」

「まぁまぁそうなんですか。おじいさんは変な意味で有名人ですからね」


「そういうことではない! 都の人に話を聞いてみるとだな、何者かが我が家のパソコンに『ウイルス』、つまり『鬼』を仕込んだせいだと教えてくれたんじゃ」

「はぁ? 鬼……”ういるす”……ですか?」


「そうじゃ。その鬼がパソコンの中にあるせいで、我が家のパソコンのデーターを、まるで流行病インフルエンザみたいに世の中にばらまいていたんじゃ」

「そうなんですか。全くピンときませんが。でも今年になって家に入れた人なんて、それこそ庄屋しょうや様(現在で言う村長)ぐらいしか……。それに、庄屋様が”ぱそこん”をつかえないのはおじいさんもご存知ですよね?」


「そうじゃろ。我が家のパソコンを使っているのはワシと……ばあさんだけじゃ」

「……おじいさん」

「……な、なんじゃ? 怖い顔をして」


「御自分の”ぷらいばしい”を世に広めて名を上げようとする行いは、もとの男児として胸を張れることではないと、アタシは思いますけどね!」


「誰が好き好んでプライバシーを世の中にさらすんじゃ! いや、中にはおるかもしれぬが、少なくともワシはそんな趣味は持っておらぬ!」


「では誰が……もしや!」

「ようやくわかったじゃろ。ウイルスを仕込んだのは、ばあさ」


『裏の畑にいるポチが!』


「何で犬がパソコンをあやつれるんじゃ! い、いや、最近のCMを見ているとだな、実は最有力容疑者としてマークしたいほどなんじゃが……。それに、ポチは裏の畑のじいさんの犬だぞ。三度も話を間違えるんじゃない!」


「……まさか!」

 青ざめるおばあさん。

「ふぅ~、ようやくわかったじゃろ」


「信じられないわ。この木馬ちゃんが……」

 おばあさんは改めて、トロイの木馬をじっと眺めました。


「さぁばあさんや、その木馬を今すぐワシに……」


『足が車輪なのに、どうして”きいぼうど”が打てるのかしら!?』


『ヲイ! クソ婆! てめぇ知っててボケかましているんじゃねぇだろうなぁ!』

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