残留組

 4月の始め、県庁産廃課の小糸が市庁産対課に異動した伊刈に連絡してきた。小糸も人事異動がなく、産廃課に残留していた。

 「伊刈さん、なんと言っていいか、引き続きよろしくお願いします」

 「小糸もまだ産廃か」

 「ええ四年目です」

 「三年より多い数字を聞くとなんだか安心する」

 「皮肉は言いっこなしです。実はお電話したのはほかでもない犬咬の許可を返上したレーベルのことなんです」

 「それなら僕は関係ないよ。レーベルの許可返上は本課の仕事だった」伊刈はドキリとしながらはぐらかした。

 「伊刈さんがいなければあそこまでレーベルを追いつめられなかったかなと思って」

 「いやレーベルの件は宮越ががんばったんだよ」

 「ああ宮越さんですか」小糸の声のトーンが曇った。

 「どうした?」

 「林務課に戻ったあと伊刈さんのこといろいろ悪く言ってるみたいで、こっちまで聞こえてきます」

 「パフォーマーだとかなんとかそういうことか」

 「それだけじゃないんです。不法投棄業者とつながってたとか、みんなの手柄を自分一人の手柄にして本を出したとかいろいろです」

 「読んでないってことだな。手柄話なんて一行もない。そもそも犬咬の地名も出てない。でもまあ宮越さんからはそう見えてもしょうがないんじゃないか」

 「レーベルの件にしても伊刈さんに許可取消しを邪魔されたんだって言ってるみたいなんですよ」

 「まあ言わせておけよ」それなりに宮越にもわかってたんだなあと伊刈は内心感心した。

 「実はですね、そのレーベルなんですが関連会社がいくつかありまして、そのうちの一つをダミーにして実質まだ犬咬の処分場への収集運搬を続けてるのをご存知ですか」

 「関連会社があることは知ってるよ」

 「その関連会社が太陽環境を買ったのはご存知ですか」

 「ほんとか」

 「やっぱり知らなかったんですね」

 「逢坂はもう社長じゃないのか」

 「ああ昇山の逢坂ですね。うちの県から昇山は全面撤収するみたいです。ほかにも買収してた処分場がありましたけど全部売りましたね」レーベルの関連会社が太陽環境を買ったと聞いて、伊刈は大蓮社長に裏切られた心境だった。

 「それで僕にどんなお鉢を回そうってんだ」

 「レーベルは県内外の不法投棄に深く関与していましたよね」

 「首都圏最大の不法投棄中継基地だよ」

 「レーベルグループの処分場を抱えてる五都県が連携して許可を取消せないかと相談をもちかけてるんです。一つでも取消しに成功すれば連座制で全滅させられます。連携すればチャンスが広がります」

 「その相談に加われってのかな」

 「レーベルは犬咬の許可を返上してしまいましたから個人的にアドバイスをお願いしたいんです」

 「事情はわかったよ」

 「伊刈さんならレーベルの内情に詳しいと思うんですが」

 「とにかく一度会おうか。県庁の近くまで行くよ」

 「そうですか、そうしてもらえると助かります」

 伊刈は小糸の要請にどの程度応えるか悩んだ。大蓮に収集運搬業の許可を返上するようにアドバイスしたのはほかならぬ自分なのだ。それは二度と犬咬に戻ってこないことが条件だった。関連会社をダミーにして収集運搬を続けるくらいならまだしも、よりによって太陽環境を買収するとは甘く見られたものだと思った。何十億円だったか知らないが不法投棄で儲けた金で買ったに違いない。明らかな大蓮の裏切り行為なのだからこっちも約束を守るいわれはない。五都県合同チームがレーベルを包囲するというのならやり遂げられるかもしれない。黒子に徹して小糸に協力してみようかと伊刈は思い始めた。

 伊刈は県庁前通りにあるコーヒーチェーン店のドーリーコーヒーで小糸と待ち合わせた。早めに着いて道路から見えにくい奥の大テーブルの隅に陣取ってパソコンを開いていると小糸が書類をかかえてやってきた。小柄でずんぐりとした体形、聡明でやさしそうな目、頭髪がいくらか薄くなった小糸の外見は改めて見ると漫才のボケ役のような感じだった。

 「伊刈さんの活躍は今や関東一円に轟いてますよ。本は出されるしテレビには出演するし、すごいですね」

 「宮越に言わせれば単なるパフォーマーなんだろう」

 「成果が上がってるんですからパフォーマンスじゃないでしょう」

 「現場の成果なら宮越だってあんまり違わないかもな」

 「伊刈さんがレーベル包囲網に協力してくれたら百人力です」

 「おだてなくてもレーベル攻略法は教えるよ」

 「よろしくお願いします」

 「レーベルに行ったことあるか」

 「いいえないんです。都庁や神奈川県庁に状況を聞いただけです」

 「現場を知らないんじゃ対策の立てようがないな」

 「すいません」

 「レーベルが受注している廃棄物は大半が持込みの建設廃材だよ。契約書もマニフェストもないよ。何せ台数が半端じゃないからね。いちいち書かせている暇がないんだ」

 「さすがだなあ、行ったことあるんですね。今聞いた内容だと、それ自体もう未契約受託、マニフェスト不交付教唆ですね」

 「まだ見てないなら見ておいて損のない施設だと思うよ。もうすぐなくなってしまうわけだし」

 「そうなればいいですけど」

 「しかしまあ建廃を受けてるとこはどこも大概そんなもんだろう。建廃系の施設で契約書もマニフェストも全部揃っていたら、それだけでもう優良施設だと断言していいよ」

 「そうですよね」

 「レーベルの一番の問題は処理能力を十倍も上回るオーバーフロー受注状態だってことだよ。それを証明できれば未処理再委託の状況証拠になる」

 「証明できますか」

 「帳簿でわかるだろうしヤードを見ただけでもわかるよ。一応選別ラインはあるんだけどほとんど動いてないから綺麗なもんだよ。大量の廃棄物をヤードに積み上げてブルドーザで重機破砕しているだけなんだ。受け入れヤードに荷を広げていくらかは土間選(コンクリートの叩きに混合廃棄物を拡げて作業員が手作業で選別)してるけど結果的には木くずや紙くずが大量に混入してる。ミンチ状の建廃をそのまま揉んでる(重機のクローラで踏みつぶしている)だけからね。これを安定型(最終処分場)に埋立処分してる」

 「委託基準違反と未処理再委託違反ですね」

 「ところでレーベルの秋田の関連会社ってのは能代クリーンステーションのことか」

 「そうです。能代がレーベルの重機破砕物を受けていれば無許可事業範囲変更です。それを立証するだけでも両方の会社の許可を取消せます」

 「最終処分場を買ったことがかえって仇になるわけだ」

 「秋田県庁はやってくれると思います」

 「神奈川の関連会社は本牧のCRS(クリーンリサイクルシステム)だよな。犬咬で収集運搬をやってるってのはこの会社か」

 「ええそうです。なんでもご存知ですね」

 「ここはレーベルの万年工場長が設計した処分場だよ。手選別ラインが長いだろう。万年さんは手選別至上主義者なんだ。最近は機械選別が主流だけど手選別に勝る処理なしってのが万年さんの産廃哲学なんだろうな」

 「そうなんですか」

 「CRSも結局はオーバーフロー状態だよ。ヤードが狭いから未分別のままレーベルに横持ちしてるだけなんだ」

 「関連会社への横持ちも再委託基準違反です。許可取消し相当の違反です」

 「処分場ってのは面白いもんだな。どんなに最新の設備を揃えても親会社がだめだと子会社ってのは親会社と同じレベルまで落ちてくる。親会社を見てこんなもんでいいだろうって気になるからかな。オーバーフローだけじゃないよ、売掛債権の回収期間とか、投資収益率とか、いろんな財務指標もね、結局親会社のレベルまで落ちてくるんだ」

 「それって伊刈さんの得意の分野ですね」

 「ところで役員の兼務状況は調べたか」

 「レーベルグループ三社はすべて大蓮社長が代表取締役を兼務してます。四社目の太陽環境だけは大蓮社長の倅さんが社長になってます。株主は四社全部大蓮社長一人です。それからCRSの土地と施設はレーベルの名義になってて、レーベルからCRSに貸し付けています。能代は自社名義の土地と建物ですが、レーベルが債務保証をしています」

 「よく調べたじゃないか。つまり四社の経営は一体ってことか」

 「一社の許可を取消せば連座制で一蓮托生になる運命共同体です」

 「それじゃ分社してる意味がないな。代取(代表取締役)も株も独り占めが裏目にでたな。それでどこから攻める」

 「能代から攻めようと思ってます。地元では処分場反対運動がまだくすぶってますし、政治力でかなり強引に許可を取ったんで秋田県庁も面白くないみたいです」

 「一番弱いところを集中攻撃してドミノ倒しで全滅させようってことだな」

 「まさにそのドミノ倒しが五都県合同チームの包囲作戦なんです」

 「チーム名はあるの」

 「そんなのないですよ」

 「チームグッバイってのはどう」

 「グッバイレーベルってことですか。悪くないですね」

 「お手並み拝見だな」伊刈は冷め切ったコーヒーを半分残して立ち上がった。

 手応え十分の小糸も意気揚々と引き上げていった。

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