第121話 反乱の知らせ

 朝早くから王城に召喚されたのは、第二師団長から第四師団長。

 そして各大臣をはじめとした帝国幹部の面々だった。


「さて、それでは現状を報告します。」


 口火を切ったのは軍師の立ち位置におり、第二師団長を任されるイスプール・ヘイミング。


「帝国北部のホッカイ領及び、セイシン領にて反乱が勃発。前者の領内2つの都市と後者の3つの都市で同時に反乱が起こり、各都市を任される少なくとも4人の貴族が同調したと思われます。すでに各領地を治める常駐軍だけでは手に余るという見解から、第一師団が対応に出陣しました。現在わかっている状況だけでも第一師団だけでは時間がかかりすぎ、他領でもこの機に乗じる可能性もある上に、国境であるホッカイ領が不安定になっていますので、シベリーヌ大国や草原の民にも注意が必要です。」


 ヘイミングの声に大臣達が意見を投げ合う。


「草原の民ともかく、シベリーヌ大国はまずいですな。あの国ならば間違いなく情報は得ているでしょう。和平を結んだとはいえ、機があれば平気で攻め込んできますぞ。」


「いやいや、草原の民も馬鹿にはできませんぞ。北の動向を知ることはできなくとも、そろそろ動きが活発になるころ。抵抗が少ないと感じれば容赦なく略奪のために攻め入ってくるでしょう。」


「それよりシベリーヌ大国だ。そもそもこの反乱騒ぎもシベリーヌ大国が画策しておれば間違いなく攻めてくるぞ。情報局は何かつかんでおらんのか!?」


 大臣達の目が1人の女性に移る。

 この場で数少ない女性、しかも見た目はまだ30代程度と若い。

 彼女は眼鏡ごしの目を細めた。


「情報局としては何もつかめておりません。ただ、シルベール大国が今回の反乱に加担した可能性は低いと考えております。」


 情報局の女性の意見に、大臣の一人がかみつく。


「ほう、それはなぜじゃ?まさか情報がないからとは言わんだろうな?」


「我々が全く情報をつかめていないのも理由の一つです。他国に反乱など、相当大規模な動きになりますから…。しかしながら、それだけでもありません。今回、ホッカイ領の反乱はセイシン領の反乱に乗じた可能性が高いからです。セイシン領の城塞都市ガルツの貴族が周辺貴族に同調を呼びかけた結果と思われます。」


 情報局の女性の言葉に、大臣達はざわめきだす。


「なんと!セイシン伯爵派閥のガルツ男爵が今回の主犯と!?」


「かの御仁は先代から仕える由緒正しき貴族ですぞ!?」


「しかしながら、ガルツ男爵は先代まで子爵位。世代交代時に落ちたのを根に持っておったのでは?」


「いやいや、予想以上に先代が早死にされて、経験も少なく年若い当主なのだからしかたあるまい?」


「やはり全体会議で領地を縮小されたのを根に持っておるのでは?」


 大臣達が好き勝手話すのを止めたのは宰相だった。


「お静かに。今は主犯のことを考える場ではありません。いかにして今回の反乱を迅速に沈めるかです。起こった反乱は鎮圧しなければならない。それも北部のことを考えるとできる限り迅速に…ですな。」


 宰相がイスプールの方を見る。

 そしてイスプールはそれに合わせて大きくうなづいた。


「その通りです。私は第二師団による援軍を提案します。」


「うむ…どう思われるか?」


 宰相の問いかけは財務大臣や外務大臣に向いている。


「そうですな…戦費としては十分余裕がありますが、反乱を起こした都市の復興を考えるとあまり大きな出費は避けたいところです。」


 とは財務大臣。


「対外的には第二師団が的確ですな。第一師団だけでなく、第二師団も北区にいるとなればシルベール大国もうかつには動かないでしょう。それに東部とは違い、比較的落ち着いていますからな。西部は。」


 これは外務大臣。


「第四師団ではだめなのですか?」


 そこに話に上がっていなかった第四師団を指名したのは他の大臣だった。

 すかさずイスプールが答える。


「第四師団は戦力の大半を南部都市の復興に当てています。魔国…いえ、ローレンス帝国ですね。あちらとの友好関係を考えてのことですが、北部の救援には時間がかかるので除外しました。」


「なるほど。それもそうですな。迅速に動くなら第二師団か第三師団。対外的なものも考えると第二師団が最も適しているというわけですな。」


 この言葉で、他の大臣達もうなづき、ほぼ総意といっていい状況を作り出した。


「第二師団長、何か意見はあるか?」


 それまで沈黙を保ってきた国王が、ここで始めて声をあげ、第二師団長に問いかけた。


「特に問題はございません。急ぎ出陣いたしましょう。治安維持のため一部は残しますが、よろしいでしょうか?」


 第二師団長の言葉に、王がチラリと宰相とイスプールを見る。

 2人がうなづくのを見て、王は決定を伝えた。


「構わん。直ちに出陣に割ける兵力を算出せよ。財務大臣をはじめとした各大臣とも話し合う必要があろう。」


「はっ!」


 大筋の流れが決まり、忙しいのになぜ呼ばれたのだろう?と第四師団長の目が細まっていたが、それ以外は急遽決まった第二師団の援軍準備に皆仕事に戻っていった。


 第二師団長が再び登城するのに合わせて再び収集がかかるので、基本的には王城で皆仕事をするらしい。


 あっという間に静かになった部屋に残ったのは細かな打ち合わせをするつもりだろうか、イスプールと宰相、そして出兵にかかわる大臣達数名のみだった。

 第四師団長もまた自分は必要ないと帰ろうとしたタイミングで、国王から声がかかった。


「シンサ卿、すまんがテラスの方にトリッシュがおるはずだ。儂がある約束をしておったのだが、行けんことを伝えてきてくれないか?」


「…私がですか?」


「うむ。」


「…承知しました。」


 第四師団長はそのまま部屋から退出していった。

 残された宰相や大臣達が眉をひそめている。


 テラスは王族及び、王族が招待した者しか入れない場所だ。

 さらに伝言なら第四師団長をわざわざ使う必要は皆無で、メイドにでも頼めばいい。

 なぜこの状況で第四師団長を使って伝言を頼んだのかと全員が疑問を持っていた。


「さて、具体的な出兵に関してある程度詰めておきましょう。」


 だがその疑問を打ち払うようにイスプールが議題を投げかけ、第四師団長に向いていた意識はすぐにはずれるのだった。






 第二師団本部に戻ったキリアナ・ワイトカルネは本部の廊下を早足で進んでいた。

 すぐにでも援軍の体制を整えるため、副官を集めて相談する必要がある。

 本部近くにいる副官はすでに集まるよう先ぶれを出していたため、そろっているはず。


 そして大きな謁見の間…ではなく、会議室に足を踏み入れた。

 そこには全副官が顔をそろえていた。

 キリアナが入ってきたタイミングで全員が席を立ち、頭を下げる。


「ラクにしてくれ。急いでいる。にしてもトクマもいるとはな。戻ってきていたのか?」


「はい、姫にいい知らせを持ってきたのですが…残念ながらそうもいっておれぬようですな。」


 第二師団、副官の一人、トクマ・セガリア。

 老齢の騎士で、ワイトカルネ家に古くから仕える忠臣。キリアナが幼少の頃より知っていて、現在では第二師団が守る西部の国境付近を任されている。


「どうせキリアナの見合い相手でしょう?無駄だとおもうけど。」


 そういったのはもう一人の副官、アナ・ミリアリィ。

 キリアナの幼馴染で両親はともにワイトカルネ家の忠臣。

 第二師団に入った時期までキリアナと同じで、話し方も部下の前でなければタメ口とキリアナの数少ない友人でもあった。

 長い銀髪を触りながら、胸元の空いた少し変わった鎧をつけており、普段はシュイン帝国王都のすぐ外にある城壁都市から西部の中央管理を任されている。


「何があったのですか?」


 2人を無視するように声をあげたのは最後、3人目の副官スリサリンだった。

 キリアナは黙って手元の資料を3人に見せる。

 そこにあったのは午前中にあった王城での話し合いの議事録だ。


「なるほど…第一師団への援軍ですか。」


「確かにうちがでるのが妥当ね。」


 トクマとアナは資料を見て同意する。


「…。」


 スリサリンだけは浮かない顔をしていた。


「トクマのところは時間的にも無理だろう。となるとアナとスリサリンの範囲になるが?」


「うちは少し時間がもらえるなら700は出せるわ。領内も落ち着いてるし、後詰でいいなら200追加でだせるけど、トクマさんのフォローがないと無理ね。」


 アナが即答しながら、トクマを見る。


「少し中央よりに配置するだけでいいなら可能ですな。」


「決まりね。キリアナが出るんでしょう?なら副官は私かスリサリンのどちらかでいいわね。スリサリンの方はどれぐらい兵を出せそう?王都をあまり手薄にはできないから余剰になるだろうけど…どうかしたの?」


 アナの言葉に全員がスリサリンの方を向く。

 いつもなら、自分から発言をしてくる彼女が妙に大人しかったからだ。


「…いえ、こちらは…だせて100といったところです。」


「100か。まぁ妥当ね。」


 スリサリンの言葉にアナが同意する

 ほっとするスリサリン、しかしながらトクマが話に入ってきた。


「100といえば王都にいる予備兵力だろう?たしかうちからナムルの部隊がそっちにおるんじゃないか?あの部隊をあわせれば200は出せるのでは?」


 トクマの指摘にスリサリンが肩を震わせる。


「ナムルというとナムル・ヘイメット?」


「うむ、盗賊退治の後、休暇がてら王都に戻っておったはずだ。奴には悪いが、そのまま出陣でも問題なかろう。」


 キリアナの言葉にトクマが答える。


「ナムルといえばあの特殊部隊?いいわね。指揮官としても優秀だと聞いているし。」


 アナもトクマに同調した。


「あの…すいません。」


 スリサリンが隠し通すのは無理と観念し、意を決したたタイミングで、激しく部屋の扉を叩く音がした。


「至急ご連絡があります!スリサリン様!いらっしゃいますか!?」


 かなり焦った声で、扉が何度もたたかれる。


「かまわん、入れ!」


 キリアナが促すと扉から焦った表情の男が入出してきた。

 スリサリンの部下だ。


「し、師団長殿!?も、申し訳ございません。会議中でしたか…緊急の報でしたのでっ!」


「かまわん、そのまま話せ。」


「は、はい…ええっと。」


 キリアナの許可にその男は脂汗を流しながらスリサリンの方を見た。

 話あぐねているようだが、スリサリンにとって悪い報であるのは誰が見ても明らかだった。


「そのまま話せと、私はいったぞ?」


 キリアナが睨むようにその男に声をかけると、男は小さく悲鳴を上げ、報告を始めた。


「エ、エルフの里に援軍として向かったヘイメット様率いる援軍ですが、森半ばに敵の攻撃を受け…その…半壊。ヘイメット様は無事ですが傷が酷く、現在生き残った兵士と近くの村にて治療を受けているとのことです!詳細は確認中ですが、医療班を伴う回収班を向かわせる必要があるかと。」


 その報告を聞き、キリアナは静かに冷たい目をスリサリンに向けた。


「どういうことだ?スリサリン。私はエルフの里への援軍など聞いていないが?」


「…そ、それは…。」


 小さくなるスリサリン。キリアナは報告に来た部下を下がらせ、説明を促した。

 スリサリンから語られたのはエルフの里から援軍要請があり、第二師団で対処しようとヘイメットの率いる100名の軍を差し向けたという内容だった。


「なぜ報告を怠った?という以前に、これは我々への援軍依頼ではなく、第四師団への取次要請ではないのか?」


「…はい。…しかし、今交易をおこなっているのは我々です!なので我々でまずは対応すべきことと!」


 スリサリンは認めながらもキリアナに反論した。


「それは私が決めることではないのか?そもそも第四師団へ連絡はしているんだろうな?」


「そ、それは…していません。」


「交易と王都の守護は任せたが、他師団や他貴族にかかわることは報告するように言っていたはずだ。お前はいつからそこまで大きな権限を持つようになったんだ?スリサリン。」


「……いえ、申し訳ございません。」


「資料と可能であればエルフの使者も呼んでくれ、急ぎ対処する必要がある。」


 スリサリンがその言葉を聞いて、飛ぶように部屋から出ていった。


「姫様、今はそんなことをしている場合では…。」


「確かに、我々は動けないが、もともと第四師団への救援要請なら取次はしなければいけない。交易をしようという相手に対しても、その糸口を作ってくれた第四師団に対してもあまりにも不義理な対応だ。」


 キリアナの言葉にトクマが腕を組んでうなる。


「スリサリンの気持ちもわかるけど…まずいんじゃない?完全に後手に回った上に、エルフ族との交易の話は王城にも報告済みでしょう?責められるわよ?」


 アナはどうするつもりなのか、キリアナに問いかけるようにつぶやいた。


「…仕方あるまい、こちらの落ち度だ。ちょうどこれから王城に行く。そこで正直に報告を上げよう。」


 ため息交じりにキリアナが答えると、アナが笑いかけた。


「苦労が絶えないわね。第四師団にも大きな借りをまたつくることになるわ。」


「早めに返したいところではありますな。」


 トクマもため息交じりに同意した。


「先ほどの話だが、スリサリンを連れていく。さすがに第四師団に力を借りるなら誠意ある対応をしなければならない。さすがに今回それをスリサリンに期待できん。アナ、任せた。」


「わかったわ。まかせて。」


 しばらくするとスリサリンが舞い戻り、第二師団の動きが決定した。


 この数日後、第二師団長キリアナは北部の反乱軍鎮圧のため、スリサリンを伴って北に向けて出陣した。

 王城での話し合いの結果、エルフの森には第四師団が援軍に向かい、第二師団の一部がバックアップするという形になった。

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