第120話 動乱の幕開け
「救援要請?」
事務室に響く、スリサリンの声。
第二師団本部、その事務室で永遠と書類と格闘する第二師団副官のスリサリンは部下からの報告を聞いて眉をひそめた。
「急になんです?確か次は交易の頻度と方法を話あうはずだったでしょう?」
ここ数ヵ月で急に始まったエルフ族との交易。
それまで全くと言っていいほど交流がなかったにもかかわらず、第四師団長がかかわることで友好を結ぶことができ、更に交易の話にまで膨らんでいた。
第二師団からすれば貴重な魔具を手に入れるチャンスであり、エルフ達との交流は可能であれば積極的に行いたい交易になる。
そのため、すでに何度も会合を開いており、物々交換のレートや始める時期などは話し合い済み、あとはどこで受け渡すか、その間の護衛等はどうするかなど、実際の取引きに関する話し合いを残すのみ。いわば最終段階に差し掛かっていた。
そこにきて急に来たのは救援要請。
その報は1人のエルフが第二師団に接触することではじまったらしい。
「それで、そのエルフの使者は?」
「はい、酷い怪我でした。魔力も使い果たしていたらしく、今は第二師団本部で治療しております。」
「本人からも確認したいので後で調整してください。」
「はっ!」
そういいながらも、部下の持ってきた報告書に目を通すスリサリン。
そこにはエルフの使者が伝えてきた内容がまとめられていた。
ダークエルフとの戦いが激化し、相手側に援軍が現れ、窮地に立たされそうだという内容。
そして、第四師団長に救援の連絡をつけたいという内容だった。
「交易どころではなくなったということですか…全く。…それに、救援要請って、第四師団にですか?ここは第二師団の領地ですよ?」
正確には第二師団が守る領地であって、第二師団の領地ではないが、スリサリンからすると大差ないようだ。
「そもそも、なぜ第四師団に頼るのです?今友好的に交易しようとしているのは我々だというのに…。」
「それは…。」
スリサリンは面白くないという表情を隠しもせず、どうするか頭の中で計算する。
援軍を出すこと自体は難しくない。
敵の規模はわからないが、エルフ族が敵対しているダークエルフ達は数が少ないと聞いている。
以前聞いた情報を信じるなら200人前後。
魔法がやっかいだといってもその人数なら西区にある領地をもつ貴族なら普通に持っている武力だ。
大したことはない。
援軍を出して恩を売り、交易を有利に進める材料にすることもできる。
なにより、わざわざ第四師団にこれ以上借りをつくるのは癪に触る。そうでなくとも、あのバカな男爵のせいで1つ借りを作ってしまっているというのに、これ以上は冗談じゃない。
「どういたしましょう?」
「…援軍を出します。そうですね…ナムル・ヘイメットを呼んでください。彼の精鋭100名なら十分でしょう。」
「…承知しました。第四師団へは?」
「…私から連絡しておきます。」
スリサリンに命じられて部下が退出していく。
その後ろ姿を見て、今後のことを考える。
援軍を出し、相手の情報を集めたうえで援軍が必要であれば…動かせる人員は…。考えをまとめているうちにかなり時間が経過したのか、再び扉が叩かれ、今度は黄金の鎧を着た長髪の男が入室した。
「お呼びと聞きましたが?スリサリン副官。」
「これは、ナムル・ヘイメット殿…わざわざすいません。お呼びしたのは1つ軍務を受けて頂きたく、戻ったばかりで申し訳ないのですが、また出陣して頂けますか?」
スリサリンは立ち上がり、ナムル・ヘイメットに紙を手渡す。
ついさっき自分が読んでいた、救援要請のまとめ資料だ。
「これは…エルフ族の手助けにですか?」
「ええ、森での戦闘となる可能性がありますが、あなたの部隊なら慣れたものでしょう。正直、わからないことが多いので、威力偵察の意味もこめて、あなたにお願いしたいのです。相手がダークエルフだけなら遅れをとることはないでしょうが、援軍がいるという情報もあります。必要ならこちらも追加で援軍を出しますので」
「…その援軍とは第四師団ですか?」
ナムル・ヘイメットが顔をしかめた。
その姿を見て、彼が自分と同じ考えを持つものだとスリサリンも確信する。
つまり、他師団の助けは必要ないと考えているということだ。
「そのつもりはありません。あくまで我々だけで終わらせる予定です。その方が今後のエルフ族との付き合いも楽なものになるでしょう。」
「そうですか。ではさっそく?」
「そうですね。この後、戦略会議を開きます。並行して出兵の準備を始めてください。対魔術装備の持ち出しを私の権限で許可します。」
対魔術装備とは第二師団が持つ数々の装備の中でも特に魔法に特化した鎧のことだ。
かなり高価なもので、他師団は持っていない。
第二師団は戦場によって装備を使い分ける戦術を取る。
持っている武器でさえ、剣から槍、場合によっては弓に持ち帰ることもある。求められるのは万能性。
それが他師団にない第二師団の特色の1つだった。
「わかりました。それでは私は準備があるので一度失礼します。戦略会議に師団長は?」
「師団長は王城に呼び出されていて留守ですので不参加です。」
スリサリンの言葉に、あからさまにがっかりとするナムル・ヘイメット。
その様子に気づきながらも、彼女は2時間後に会議を開くことを伝え、彼を退出させた。
部屋に残ったスリサリンは椅子に深く腰掛けて考える。
何が一番この師団のためになるか、そして、第二師団長のためになるか。
彼女の目的はただそれだけ、国ではなく個人に向けられた忠誠だった。
シュイン帝国北部のある城塞都市。
その宿屋の1室で、黒づくめの2人組が話し合いをしていた。
「それで、明日にでも盗りにいくのですか?」
「いや、王城に反乱が伝わって、第一師団だっけ?そいつらが動き出してからだね。反乱軍と激突する寸前を狙うよ。あと、『盗る』じゃなくて『取る』だよ。」
女の言葉を訂正する男。
その口調はどこか楽しそうにも見える。
「どちらでも同じでしょう。」
女の言葉に男は心外だと身振りで伝える。
「もともとうちの祖先の物なんだから、盗むっていういい方はやめてほしいな。」
「それを言ったら、この使っている武器だって元々は別の持ち主がいたわけで…対価を支払えば所有権は移りますよ。だから今はこの町の領主の持ち物でしょう。」
女の真面目な指摘に男はあさっての方向を向く。
「本当に…時の流れは残酷だ。まったく価値もわからない無能な領主が、ただの飾りとして展示しているなんて…。これぞ悲劇だね。」
「…売られて行方不明よりずっとましだと思いますが…。」
「まぁ…近くにあってよかったとは思うよ。見た目はただの宝石だから売られて人から人へ流れて他国なんかに行ってたらどれだけ面倒だったか…。」
想像したのかブルっと震える男に、女がため息をついて、話題を変える。
「それにしても、いくら注意をそらすためといっても、反乱を起こさせる必要まであったのですか?」
「…どういう意味だい?」
男の目が鋭くなった。
「いえ、領主の関係者を皆殺しにして火を放てば、何を盗ったかなんてわからなかったのでは?そもそも物取りかどうかまでわからないと思うのですが。」
女の言葉に男は目を閉じ、やれやれと左右に頭を振る
「野蛮な考え方だね。それに万が一失敗したときのリスクを考えていない。」
「…私が失敗すると?それに勝ち目のない反乱を起こさせ、そのどさくさに紛れて奪おうとするほうが野蛮では?」
「ゴブリンキングの時みたいに予想外の邪魔が入る可能性もあるじゃないか。それに…この方が周りの目もこちらに集まってちょうどいい。仕込みをするにはまだまだ信者が足りないからね。」
「…なるほど。信者を紛れ込ませるための、目くらましも目的の1つですか。」
「そういうこと。」
男の様子に、女はまたため息を付く。
どうみても、男の様子がいたずらを仕掛けて楽しむ子供にしか見えなかったからだ。
「他の芽も出だしたしね。」
「…西と南ですか?」
「ああ、ここの反乱鎮圧に出た直後ぐらいにちょうど知らせが届くんじゃないかな。焦るだろうなぁ。次から次へと順に対応していくと、最後は手が足りなくなる。」
「…あいかわらず悪辣ですね。」
女の半眼が男に突き刺さる。
「策士といってもらいたいね。…それにしても今日はやけに絡むね?…あ、そうか、自分の里が亡くなるかもしれないって心配してるの?」
「…いえ、あんな里に興味はありません。それはご存知でしょう。…ですが、同じ種が息絶えると考えると感じるところはあります。流れの者はいるとはいえ、少数になってしまいますから。」
「おや、君はダークエルフが負けると思っているのかい?意外だね。てっきり君はダークエルフが勝つと考えると思ったのに。」
「…貴方もそう考えているんでしょう?だからいくつも足止めをしようと。」
「否定はしないけどね。別の思惑も一応はあるよ?」
「…聞いても?」
「その方が楽しいから。」
男の無邪気な笑顔と共に発せられた内容に、女はまた深いため息を付いた。
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