姫様の暇つぶし
王城の一室、正装に着替えて扉から外に出る。
するとメイドが待ち構えていて、先導された。
「マインは?」
「マイン様ならすでに準備を終えてテラスの方にいらっしゃいます。」
「テラスに?」
テラスは王城の中でも王族のプライベートな空間。
兄弟姉妹で話すときや、お父様と話をするときによく使う場所のはず。
けれど、今日王城には私とマイン、あとはお父様しかいないはずだった。
他の家族はみんな公務やパーティなどで出かけている。
「はい、なんでもシンサ卿が来ているらしく、国王と共にテラスにいらっしゃるようで。」
「なるほど。シンサ卿が…。それにしてもテラスにお父様がお連れになったのですか?」
「そのようにきいています。姫様も行かれますか?マイン様は走る勢いでテラスに向かわれましたよ。」
メイドが笑いながらマインの嬉しそうな様子を教えてくれた。
マインはシンサ卿になついていた。
彼が第四師団長となる前からなついていたが、師団長になり、王城によく訪れるようになってからは特に来たときいたら必ず挨拶に赴いていた。
師団長も忙しいからと国王にたしなめられても関係なく、そしてそんなマインを邪険にせず、きちんと時間をとってくれた彼にも感謝している。
だけど、第四師団長といえどもテラスに誘うとはよっぽどなにかあったのか?
重鎮といえどもなかなか迎え入れることのない王族のスペースといっていい。
メイドや執事を除けば、あそこに出入りするのは血縁関係があるものぐらい。どういう意図があったのかいまいちわからないが、まぁいけばわかるだろう。
「私も向かいましょう。」
「かしこまりました。」
メイドに先導されながらテラスに向かうと、ちょうど景色がよく見える景色に3人が座っていた。
嬉しそうに話すマインと楽しそうに話す青年。あとその2人をほほえましく見守るお父様の姿があった。
座る方向から、マインとお父様が真っ先に私に気づいた。
「ああ、姉様も来たのですねっ!」
「トリッシュ、お前も来たのか。」
2人の言葉でマインの方を見ていた青年がこちらを向き、立ち上がって礼をする。
「お久ぶりです。トリッシュ殿下。」
「ええ、シンサ卿…?も、おかわりないようで?」
言葉に詰まる。
青いローブをつけておらず、貴族の正装ですらない。
身に着けている物は一般的な国民が身に着けるような服装だった。
というか、普通の一般人にしか見えない。
ローブをつけていることが多く、顔を見る機会も少なかったけど、しばらく見ない間に、一段と大人っぽくなった気がする。
けれど、なぜそんな恰好をしているのだろう?
「姉様?どうしたんですか?」
マインが不思議そうに首を傾げた。
まだまだ幼いその仕草は、とてもかわいらしい。
「いえ…シンサ卿、今日はまた一段と…普通の格好ですね。」
「ああ、これは…。」
「急遽呼んだためだ、仕方ない。」
シンサ卿の言葉を遮ってお父様が説明してくれた。
なんでも、急遽王城に呼びつけたらしい。城下でお菓子を買っているところを捕まえたらしいとお父様は笑っていた。
だけどシンサ卿の顔は苦笑いだ。
「いや…驚きました。いきなり王族の証文を見せられて、馬車でそのまま王城ですからね。」
「いやなに、時間が今しかとれなくてな。今日は休みであることを聞いていたから呼びにいかせたのだ。」
「…まさかこんな格好でお菓子の袋を持ったまま謁見の間に通されるとは思っていませんでした…。」
「確かにその格好で謁見の間に立ったのは長いシュイン帝国の歴史の中でもお主だけかもしれんな。」
そういってお父様は笑っていたけど、なんて暴君だ…。
幾ら臣下とはいえ、休日にのんびりしているところをいきなり呼びつけるなんて…。
「それで、お父様のご用は済みましたの?」
「それがな…実はククリナを呼びつけていたのだが…いつものわがままで帰ってこんかったのだ。シンサ卿には悪いことをした。」
「いえいえ。おかげでマイン様とお話できましたから、お気になさらず。」
シンサ卿がそういうとマインは嬉しそうにテーブルのお菓子を口に運んだ。
…見覚えのないお菓子だが、まさかこれはシンサ卿が買ったというやつでは?
「姉様もどうですか?シンサ卿が買ってきてくれたやつです。美味しいですよっ!」
マイン、きっとそのお菓子は私達のためではなく、どこかに買っていこうとしていたんですよ。それをお父様が呼びつけたあげくに、お菓子まで取り上げたんです…。
私のその思いはマインに届かず、おいしそうにお菓子を食べていた。
それにしても、ククリナとシンサ卿を?
何のために?ククリナは私の妹、第3王女にあたる子だ。
けれど、マインと違ってわがままで自分勝手、そして本にしか興味を示さない変わった子。
そんな子とシンサ卿を合わせることに何の意味が?
「シンサ卿はククリナとあったことが?」
「いえ、ありません。謁見の間でお見かけしたことがある程度ですね。」
接点はないらしい。ではなぜ?
「お父様?」
「いや、何…最近ククリナが特に魔導書にも凝っておってな。シンサ卿と会いたがっていたのだ。」
会いたがっていたのに約束をすっぽかしたと?
…さすがにククリナが会いたがってる相手を待たせて約束をすっぽかすとは思えない。
あの子の場合、そもそも興味をもったら勝手に会いに行ってしまいそうだ。
…と、いうことは…。
少しひっかかることを覚えて、私はシンサ卿に微笑みながら聞いてみた。
「そういえば、シンサ卿は第四師団長になってからどれぐらいになりましたか?」
「えっと…そろそろ一年ですかね。」
「ああ、もうそんなになるんですね。師団長の立場には慣れましたか?」
「いえ、まだまだ慣れませんね。パーティなんかもできれば出たくないですし。」
「貴族のパーティは慣れませんか…。」
話しながらお父様の顔を見ると、目をそらされた。
これでほぼ確定だ。お父様の狙いもわかった。
改めてシンサ卿を見る。
…ククリナにはもったいないというか、ククリナとは合わない気がする。
お父様は神格者の血を王家に入れたいのだろうか?
…もしくは新興の貴族だからつながりを強固にする狙いもあるのかもしれない。
なにより、私に来ている婚約者候補の絵姿を思い浮かべると…納得できない。
どれもこれも、私よりずっと年上の男性ばかり。
それも妻に先立たれて人や、メイドに夢中とうわさがある未婚者、特殊性癖のうわさがある有力貴族などが多かった。
てっきり、シュイン帝国内で王族の結婚相手が務まる相手などそうそういないのだろうと思っていたが…。なぜ?という思いが強くなってきた。
…年齢?いや、まさか…。
「そうだ。今日はこれからパーティがあるんですが、ご一緒に如何です?マインも一緒ですよ。」
私の誘いに驚いたのはシンサ卿だけではなく、お父様もだったみたい。
「え、これからですか?…さすがにこの格好では…。」
「トリッシュ、お前どういうつもりだ?」
「いいですねっ!姉様!それなら護衛もしてもらえますし。」
マインだけはノリノリで目を輝かせている。
シンサ卿は正直断りたいけど、なんて言って断ればという顔をしていた。
…本当に考えていることがわかりやすい。
貴族のパーティなんか参加したくないって考えてるのがまるわかりだ。
「いいじゃありませんか。服ぐらいそのあたりの騎士服などを着れば参加できますし、護衛も兼ねて頂けます。」
私はシンサ卿の座っている椅子の後ろに回りこみ、後ろから彼の肩に手を置いた。
ちょうど私の胸が少し頭にあたるぐらい密着する。
「なっ…なにを!?」
あれ?面白いぐらい狼狽している。顔も赤い。
慌てるシンサ卿を笑顔で見下ろす。
…もしかして私に魅力を感じてる?それともウブなだけ?
どちらにしてもこれでシンサ卿は思考停止で断れない。っと。後は…。
「トリッシュ、お前…まさか…。」
お父様が何か勘違いし始めている気がするけど、これはそのまま乗った方が面白いかな?
「なんですか?お父様もシンサ卿がついて来てくれればどんな護衛より安心ですよね?」
「…それは…そうだが…トリッシュ、本気なのか?意味は分かっているのか?」
あれ?誤解がかなり進んでしまっている気がする。
なぜか心配そうな目を向けられてるし。
確かに、未婚の貴族や王族が、未婚の異性と共に出席するということは仲がいいではすまない。
もしそんな意図がなくとも誤解され、噂になる可能性が高い。
更に私とシンサ卿のように普段から親交がない場合も密会を繰り返していたなどの尾ひれや背びれがつくことになるだろう。
けれどそんなに深刻そうな顔をする必要があるの?
疑問だったので、聞き返してみた。
「お父様?」
「…いや、年齢が…しかし、お前がそのつもりならば…ううむ。」
…私の年齢のことを問題にしているのはよくわかった。
なんて失礼な父親だ。
確かに私の方がシンサ卿より年上になるけど、そんなにずっと上ってわけでもない。
貴族なら結婚適齢期は12歳~19歳。通例として誤差1歳ぐらいか、男性が年上という条件での組み合わせが多いのは知ってる。
だからといって、10歳以上離れているならまだしも、5歳差なんてそんな大した差じゃないはずだ!
…それに私は第二王女ということもあって、婚約相手は比較的自由に選べる立場にある。
いや正確には断れる立場というべきか。今のところ隣国との政略結婚もあり得ないし、特に絆を深めるべき派閥の貴族もいない。
あえてあげるならシンサ卿のところぐらいだろう。
だから私はこれまで婚約者を断り続けてきた。
数年前まではまだまともな婚約話があったけれど、絵姿だけで気乗りしなかったのもあるし、そもそも私の好みかどうか会って話さないとわからないのに、謁見してくる人はいなかった。
でもどうだろう。
ちょっとした冗談のつもりだったけど、このまま悪ノリを続けるとお父様が本気になる可能性も…。
いや、それも悪くないか。
ククリナに行く話だったとはいえ、まだ本人も知らないなら私が横からかすめ取ってもいいんじゃないだろうか。というかシンサ卿はもったいないぐらいの好条件に思える。
変な婚約者候補ばかり押し付けられて、その中から選べと迫られている私からすればこれはいい話では?
どうせ実際に結婚するかまでわからないのだし。
からかうつもりで始めた悪ノリだけど、ちょっと冷静に考えると悪い条件じゃない。
…本気で候補にしてしまうのはいいかもしれない。
「お父様、かまいませんよね?」
私が落ち着いた声音でそういうと、お父様は、私の目をじっと見つめて。
「わかった。」
と口にした。
何かを決心したような顔だと私は思った。
「ではマイン、アレイフの支度ができ次第、パーティに向かいましょうか。」
「はい!姉様…アレイフ?」
急に呼び方を変えた私にマインはまた首を傾げたが、特に気にしなかったようで、残ったお菓子を食べ、紅茶で流し込んだ。
「え、あの、トリッシュ殿下!?」
私は戸惑うシンサ卿の手を取り、椅子から立たせると使用人に服を用意するように告げる。
「私がアレイフに選んで差し上げましょう。いきますよ?」
「え…いや…その。」
「いきますよ?」
そういって手を取ると、シンサ卿は少し顔を赤くし、大人しくなった。
…街に出歩いているという話と、元平民ということを聞いていたのでてっきり女性慣れしているかとおもっていたけれど、そんなことはないみたい。
これは…パーティも期待以上に楽しいものになりそうです。
「うむ。」
後ろからお父様の何か納得するような声が聞こえた。
しばらくは退屈しないで済みそうだ。
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