幼馴染の気持ち

 ずっと一緒に育ってきた幼馴染。

 たくさんいた家族の中でも歳が近くて、気もあった。

 最初は3人で、ずっと一緒に大人になっていくと思っていた。

 将来のことはわからなかったけど、みんな同じように生活して、たまに孤児院によって笑いあう。

 そんな日々が来ると思っていた。


 けれど、1人は家族のために遠くに旅立ち。

 もう1人は残された私達のためにたくさんの苦労をして偉くなった。

 私だけが取り残されたみたいに普通の日々を送っている。


 …わかってる。私は幸せな方だ。

 けれどなぜだろう。私だけ取り残された気になるのは。

 ゼフはまだいい。いつか元気になったリュッカ姉さんと帰ってくるだろうから。

 けれどアレイフは?

 貴族になって、魔法がうまくなって…ゼフより近くにいるのに、彼より遠くいに行ってしまった気がする。


 アレイフが偉くなるのは純粋に嬉しい。貴族になればいい暮らしもできるだろうし。

 けれど、同時に寂しいとおもってしまう私もいる。

 私はどうしたいんだろう?


「ねぇ、聞いてるの?イレーゼ。」


「さっきからぼーっとしすぎ。」


 2人の言葉に私は心配そうにしているシュルと、半眼で私をみているトルンに目を向けた。

 しまった。私とシュルの部屋でトルンを交えて雑談をしてたのに…。


「ごめん、えっと…ショッピングに行こうって話だっけ?」


「…それはもう済んだよね。」


「…昨日ショッピングも行った。」


 やってしまった…。


「イレーゼ、本当に大丈夫?」


「悩むぐらいなら攻めるべき。」


「ん?トルンにはイレーゼがこうなった原因わかってるの?」


「もちろん。」


 心配そうなシュルに、相変わらず半眼のトルン。

 たぶん、私の考えていることがわかってるんだろう。

 …トルンのいうこともわかるけど、私は彼女みたいに積極的じゃない。

 それに、そもそも私はアレイフをどう思っているのか自分でもわからない。


「私は何度かあってるけど、普通だった。怪我ももう大したことなさそう。」


「あぁ…なるほど。」


 トルンの言葉にシュルも何のことかわかったらしく、半眼になる。


「いいじゃん、会いに行きなよ。助けてもらったんだし、ありがとうっていってくればいいじゃない。トルンみたいに贈り物するのもいいんじゃない?中身はともかく…。」


「どういう意味?」


 トルンはすでにクインさんにこの前のゴブリン退治の報酬でプレゼントを買って贈っている。

 なんでも、自分の写真が入ったペンダントに自分とお揃いのバングル、そしてクインさんの一族に食べ物を買っていった。

 …周りからも固めていくつもりらしい。


「私は…そんなんじゃないし。」


「でもさ、グレインの誘いも贈り物も断ってたじゃん。」


「それは…。」


「後で後悔するぐらいならとりあえずキープしとくべき。射程圏に置いておかないと最悪、好きだと気づいても手の届かない場所にいる可能性だってある。」


 トルンは私に向かって真顔で言ってくれる。

 内容はともかく、私を心配してくれているのはわかる。

 …キープって…。


「言い方はともかく、私も悩んでるよりは行動した方がいいと思うな。まぁとりあえず、今日は園長の誕生日なんでしょ?そんなぼーっとしてたら何かあったのかって心配されるよ?」


 言われて思い出した。

 今日はこれから園に顔を出すんだった。

 プレゼントも昨日買ったし、そろそろ出ないといけない。


「私は応援する。クイン様に会うのに尽力してくれたから。」


「私もイレーゼがその気なら微力ながら応援はするよ。」


「…うん、ありがとう。」


 私は気持ちがまとまらないまま、お礼だけいって部屋を出た。

 二人はこのまま部屋で私が戻ってくるまで遊んで、私が帰ってきたら夜通し騒ぐ予定らしい。





 園へ向かう道すがらもずっと私自身がどうしたいのか考えたけど、答えがでないまま園についてしまった。


「ただいまー。」


 そういって入ると、何人かの子供達が嬉しそうに迎えてくれた。

 飛びついてきた女の子を抱き上げなあら中に入って食堂に行くとローラ姉さんと園長が迎えてくれた。


「おかえりなさい。」


「おかえり。」


 いつもは料理をする園長も今日ばかりは椅子に座っていて、年長の子に肩揉みされている。


「誕生日おめでとうございます。」


 そういって贈り物を渡した。

 料理好きの園長に、新品でちょっと高い木箱に入った包丁を渡す。

 キッチンにある包丁がそろそろ寿命なのをチェックしてから買ってきた逸品だ。

 園長は木箱を開けると目を弓のようにして笑ってくれた。


「こんな高価なものを…。ありがとう。これでこの子たちにおいしい料理をふるまうようにするよ。」


「料理は誰が?手伝いにいったほうがいい?」


 私が知る限り年長の子は小さな子の相手と、園長の肩揉みをしている。

 けれどキッチンからはいい匂いがしてくるので、誰かが料理してるはずだ。


「料理ならカロが中心になってやってるから大丈夫よ。卒業生が何人もきてるからね。」


「そっか。」


 私がローラ姉さんの前の席に座ると、キッチンからそろそろご飯よーっと、私の知らない卒業生の人だろう。女性が声をかけてきた。


 小さい子達もみんな集まってくる。

 ちょっと大きめの食堂も今日ばかりはいっぱいになりそうだ。

 キッチンから次々と料理が運ばれてくる。

 懐かしいお姉さんやお兄さん、知らない人もいるけど皆、園長を祝いに来たんだろう。

 私が知る限りこんなに大勢卒業生が集まったことはないはずだ。

 園長もいつもより嬉しそうに思う。


 だけど私の思考は次の瞬間停止した。

 料理を運ぶ人の中に…アレイフが混じっていた。


 …え?


 普通の服を着て、当然のように食器や料理を運び、私の隣に腰を下ろした。


「レーゼも来てたんだ。」


「え…ええ。」


 私はついついアレイフの身体を凝視してしまう。

 服の隙間から見える包帯に、真新しい傷跡。

 背はまた伸びたみたいだし、顔つきも気のせいかたくましく見えた。


 いや、そうじゃなくて、貴族様よね?

 こんなところで料理してていいの!?

 そして周りのみんなもなぜそこに突っ込まないの!?


 私の思いとは裏腹に、アレイフに誰も何もいわないまま園長の誕生会が盛大に行われた。

 ローラ姉さんや、その隣に座ったカロ姉さんと会話しながら、アレイフの様子をチラチラ見てしまう。


「そういえばさ、アレイフって今何してるの?」


「んー?国軍で働いてるよ。」


「あ、そうなの!?危なくないの?」


「えっと、事務的な…。」


「いいじゃない。危険のない安定職!女の子にももてるわよ。私この前、婚約申し込まれたんだけど、相手が小さな商いしてる商人なのよねぇ…迷うわぁ。」


 カロ姉さんがため息をつく。

 アレイフのことはあまりこの園でも知られてないらしい。

 いや、師団長が変わったことは知ってるだろうけど、まさか目の前で芋を頬張ってる自分の弟分がそうだとはおもわないんだろう。


「えり好みしてると行き遅れるわよ?…っと、すでにか。」


「いいわね。大出世した男に言い寄られてる女は。余裕ですねぇ。」


 ローラ姉さんの言い分に、カロ姉さんが反撃した。

 カシムさんのことだろう。


「そ、そんなこと…。」


 ローラ姉さんが赤くなった。

 2人はうまくいってるみたいだ。…よかった。


「そんなことあるわよー。わかってる?第四師団の隊長様だよ?まぁ危険もあるだろうけど、待遇いいだろうし。」


 カロ姉さんにはアレイフのことをあえて言わない方がよさそうだ。

 チラっと横を見ると、アレイフはマッシュポテトを頬張っていた。

 本人もいうつもりなさそうだし。


「ところであなた達、喧嘩でもしたの?」


「え!?」


「へ?」


 ローラ姉さんの声に私は驚きの声を上げてしまった。

 アレイフは間抜けな声をあげてる。


「いや、なんかよそよそしくない?」


「おやぁ?痴話喧嘩ですかぁ?」


 ローラ姉さんにカロ姉さんものっかった。


「別に喧嘩なんてしてないけど…なぁ?」


「え、えぇ、そうね。変なこといわないでよ、姉さん。」


 アレイフと私の反応を見て、ニヤッと笑ったのはカロ姉さんだった。


「大丈夫よぉ?この園では幼馴染で結婚するケースが多いの。数年に1度はあるわね。この前も私の2つ上の…。」


「な、何言ってるのカロ姉さん、私とアレイフじゃ!」


「顔を真っ赤にしちゃってー。」


 カロ姉さんのからかいは止まらない。

 なぜかアレイフは特に気にせず料理を食べることに戻ってしまっていた。

 それから終わりまで私はローラ姉さんにフォローされながら、カロ姉さんにからかわれ続けた。


 食事も終わり、園長とみんなが話をしながら帰路についていくと、自然と私とアレイフが一緒に帰ることになった。

 帰り道、二人で並んで歩く。


「前にもこんなことあったな。」


「そ…そうね。」


 私はいつの間にか私より背が高くなったアレイフの方を見上げた。


「怪我…大丈夫?」


「怪我?…ああ、そんなに大した怪我じゃないし。」


 あれが大した怪我じゃない?

 普段はもっとひどい怪我をしてるってこと?


「あんまり無理しないでね?」


「…どうしたんだ?カロ姉さんじゃないけど、今日は様子が少しおかしいぞ。」


 アレイフが私を覗き込んできた。

 とっさに目をそらす。


「な…なんでもないわ。というか、私が治癒師になってからにしてよね!怪我は。今されても困るわ。」


「いや、そんなこと言われても…。」


 少し歩くのを早くすると、アレイフは少し小走りになって追い付いてきてくれた。

 また並んで歩く。

 そこで思い出した。

 昨日、園長への贈り物を買ったとき、一緒に買った飾り気のないペンダント。

 実は私とペアになっていて、私はすでにつけている。

 持っていた鞄の中をみたけれど、アレイフに渡そうと思っていた方はもっていない。

 今日会うとは思っていなかったから部屋に置いてきたんだ…。


 なんとなく無言のまま歩いていると、私の住んでいる寮が見えてきてしまった。

 もうすぐこの時間が終わる。

 そう思うと、なぜか寂しいような、悲しい気持ちになる。


「アレイフ!」


「ん?」


 立ち止まる私に振り返るアレイフ。

 私は自分の首にしていたペンダントを目の前で外すと、アレイフに差し出した。


「これ、あげる。」


「へ?」


「プ、プレゼント!」


「…どうした?急に。それレーゼのだろ?」


「いいから…受け取ってよ…。」


 このとき私はどんな表情をしていたんだろう。

 ただアレイフが驚いたあと、妙に焦っていたことから泣きそうな顔をしていたのかもしれない。


 アレイフは私からペンダントを受け取ると、ありがとうといって自分の首に装着した。

 ペアの女性用の方だけど、見る人がみないとわからないだろうし、かまわないだろう。


「えっと、これはどういう?」


 ペンダントを持ちながらアレイフが首をかしげている。


「いいじゃない。たまには。昔はよく皆で贈り物の交換したでしょ?」


「…誕生日の話?そうだけど、なんで今日?」


「細かいことは気にしないの。」


「こっちは何ももってないけど。」


「それは今度、請求書だけ渡すから気にしないで。」


「強制!?」


 そういうと私達はお互い笑いあった。

 そして、また今度といって別れる。


 私はまだアレイフとのことはわからない。

 けれど、まだもうしばらくはこのままでもいいんじゃないだろうか。

 キープなんておこがましいことは考えてないけど、今はまだ少し特別な家族でもいい気がする。


 そう思いながら部屋をノックして開けてもらうと、盛大ににやけるシュルに手を引かれて連れ込まれた。


「ペンダント!渡したじゃない!それも女性ものを方を!なんて過激な攻め!」


「見直した!」


 シュルにトルンも同調する。

 どういうことだろう?


「あんたまさかわかってないの?」


 首をかしげる私にシュルが呆れたような声を出す。


「ペアのアクセサリの女性側を男性に着けさせるのは、『これ(この男)は私の者だから手を出すな』っていう意味。ちなみに私もクイン様には女性ものを渡してる。」


 トルンの言葉に、私は顔が一気に熱くなるのを感じた。

 …私は知らなかったとはいえ、わかる人にはわかることらしい。

 ていうか、なぜ私がペンダントを渡したことを知ってる!?


「窓から見てた。」


「甘ったるい匂いがしたから気づいた。」


 しれっと盗み見を白状するシュルに、おかしなことをいうトルン。

 私はこの日、朝まで2人にからかわれ続けた。

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