追われる猟犬

 我が一族は誉れ高き狩人の一族だ。

 群れという名の家族で、獲物を追い詰め、狩る。

 昔はそういう生活をしていた。


 自分はその群れの長だった。

 我が一族では群れの長は一番の強者がなり、その長が群れを率いる。

 そして、自らが仕える主をみつけて腰を据えるというのが我が一族だ。


 主を見つけるまで、群れは旅を続ける。

 主を見つければそこで繁殖し、若い世代が新たに群れとなり野に下る。


 そうやってこれまで生きてきた一族。


 そして我が群れも、紆余曲折の末に主を見つけ、今は忠実に仕えている。

 他の群れと違い、我が群れにはある目的がある。

 その目的を達成させてくれるであろう主に忠誠を誓い、腰を据えた。


 だが、腰を据えたといっても我らは狩人。

 野で獲物を追い詰めるのが、戦場で敵を追い詰めるようにかわっただけ。


 そんな私は今、はじめて追われる立場というものを実感している。


 そう、それはほんの2日前、妹から逃亡した主を捕まえ・・・いや、迎えに行った時から始まった。

 そこで私はある人族の女性と出会う・・・いや、正確にはそこで私は彼女の獲物に認定された。


 次の日から彼女の狩猟がはじまったのだ。



 朝、護衛の任務がないときは普通に朝食をとり、鍛錬に向かう。

 ホームの部屋から食堂、そのあと鍛錬場替わりになっている広場へむかった。

 他に人はいない。たまにリザがいるが、今日は1人だ。


 鍛錬をしていると、ふと視線を感じた。

 これまでも、たまに感じることはあったが、ここまで長い時間ジッと見られたのは初めてだ。

 身体を動かしながら、私は視線のもとを探す。


 すると鍛錬する広場の隅、第4師団の敷地を示す作の外からこちらを見ている女性に気づいた。

 なんとなく顔を確認するが、見覚えがない。


 何か用があるのかと、鍛錬を終えたあと、汗をタオルで拭きながら、女性のいる方に歩く。

 彼女は特に逃げる様子はない。

 まぁやましいことがないなら逃げる必要もないが・・・。

 そして、やはり私を見ているのは間違いないらしい。


 声がかけられるほど近くに来たが、やはり見覚えは・・・いや、どこかであったかもしれない。

 だが思い出せない。最近だろか?

 どうやって声をかけようかと考えていたら、向こうから声をかけてきてくれた。


「クイン様!お疲れさまです!」


 私の名前を知っている?ということはやはりあったことが?


「何か用が?」


「はい!よろしければ、これを!」


 そういってタオルを渡された。

 すでに使っているが・・・せっかくの好意なので頂こう。


「ありがとう。わざわざこのために?」


「いえ・・・その・・・結婚してください!」


 ・・・ん?

 女性は目を輝かせ、私のほうを見ている。

 何かを期待するような眼だ。

 おかしい、聞き間違いだろうか、結婚と聞こえた気がする。

 耳には自信があったが・・・不意のことで聞き間違えることもあるだろう。


「すまない、何と言ったのかもう一度行言ってもらえないだろうか?」


「はい、私と結婚しましょう。クイン様!」


 ・・・聞き間違いじゃなかったようだ。なんだこの子は・・・。


「その・・・貴方は?」


「あ、私トルンといいます。クイン様の奥さんになる運命のもとに生まれてきた女です。歳は17で、今は学園に通っています。」


 初めて聞く名前のはずだ・・・なぜ名前も知らない相手に求婚され、運命と言われているのかわからない。


「失礼だが、どこかであっただろうか?」


 怒るかもしれないと思いながらも、聞いてみた。

 さすがにこのままでは意味が分からない。


「はい!昨日、イレーゼの部屋で会いました!クイン様がいらしたときに。」


 それで思い出した。

 そうだ、主様を迎えにいった部屋で確かに彼女にあった。

 だが・・・会話した記憶はない。

 いや、私は名乗ったが、彼女は名乗りすらしていないはず。

 主の知り合いだからといって、さすがにいきなり求婚されるのは意味が分からない。


「その、どういう意味だろうか?私は見ての通り獣人で、あまり人族の常識や流行りには詳しくないのです。もちろん冗談にも・・・だから反応に困る。」


「冗談ではありません!昨日運命の出会いをしました。そしてクイン様と私は結婚し、幸せな家庭で共に老後を迎え、クイン様が亡くなるのを看取った数日後に孫に囲まれながら私も後を追う運命なのです!」


 彼女の話では運命らしい。

 私と結ばれ、家庭を持ち、そして私が死ぬのを看取るまで決まっていると?

 そんな馬鹿な・・・この子は何を言っている?そもそも獣人と人族では寿命が・・・いや、それ以前になぜ話したことのない私に求婚しているんだ?この娘は・・・。


 主様の知り合いの関係者であることは間違いなさそうなので、無視して逃げ出したいのを我慢する。

 ・・・それとも病院に連れて行ってあげた方がいいだろうか?

 困った。こういう時にどうしたらいいのかわからない。


「今日はお昼のお弁当も作ってきたのです。どうぞ!」


 そういって固まる私に大きな・・・かなり大きな風呂敷包みを渡して彼女は去っていった。

 私が何か言う前に大きく手を振り鼻歌交じりに去っていく彼女・・・トルンといったか。

 とりあえず、私は朝の鍛錬を終え、食堂の方へ歩き出した。

 この大きな包みはお弁当といっていたが、これは大きすぎる気がする・・・。


 食堂で風呂敷包みをあけると、中からは4段になった大きな弁当箱が出てきた。

 1段1段開けていくと、豪華な食材が目白押しだった。

 おかずはほとんど肉で作られており、これだけの料理を朝から作ったのかと感心してしまう。


「兄様、それはいったい?」


「クインどうしたんだ?それ!」


「でっかい肉だ!」


「うまそう!握り飯もいっぱいだ!」


 事情を話すと、妹は形のいい眉根を寄せた。


「なんですか?それは・・・いきなり来て結婚だなんて・・・いったいどういう。」


「クイン、結婚するのか?これは祝いの品か?」


 3兄弟は何か勘違いしているようだが、妹の反応は正しい。

 とりあえず、せっかくの弁当なので全員で分けたが・・・味はうまかった。

 3兄弟にいたっては、私が結婚すれば群れにその子が来て、毎日これを食べられると大歓迎していた。


 昼からはウキエ殿について王城のほうへ行く必要があったが、そこでも彼女は現れた。

 王城にウキエ殿を送り届け、しばらく時間があるので近くを散策しようとしたら後ろから声をかけられる。


「お弁当、どうでした?」


 めったにない経験だった。こんなに驚いたことはない。


「あ、あぁ・・・おいしかった。ありがとう。あの箱はいつ返せばいいだろう?」


「それなら明日お弁当を持っていくときに返してください。」


 明日も作ってきてくれるらしい・・・彼女は笑顔だ。


「すまないが・・・明日からリントヘルムに行かねばならない。なので明日は受け取れないが・・・箱は今日返そうか?」


「そうなのですか?では移動中でも食べれるようなものにしますね。」


「いや・・・明日は早くにでるのだが・・・。」


「大丈夫です。夫のために妻は早起きするものです。」


 そういって頬を染める。

 ・・・すでに彼女の中では結婚が決まっているのだろうか?


「妻って・・・。」


「あ、すいません。早かったですね。結婚は来年ですし。」


 彼女の中ではすでに結婚は決まっているらしい、おそらく日取りまで。

 うすら寒いものを感じる。


「と、ところでトルン殿はここで何を?」


「トルンと呼び捨てにしてください。」


 頬に手を当てて顔を赤くする。


「ト・・・トルン、ここでなにを?」


「クイン様に会いにっ!きゃっ!私ったら大胆!」


 さらに顔を赤くするが、私は逆に背筋に寒いものを感じだ。

 彼女はどうやって私の場所を探り当てた?ウキエ殿の護衛は昼過ぎに決まったことだ。

 主様でさえ把握していない予定のはずが・・・なぜ?


「なぜ、私がここにいると?」


「運命の力です。」


 答えはもらえなかった。

 それから少し話し、時間になったので別れを告げてウキエ殿を迎えに行った。

 ホームに付き、何をしようかとふと2階の廊下から窓の外をのぞいた時、私は戦慄した。


 窓の外の道からこちらを見上げ、手を振る彼女・・・トルンを見つけたのだ。

 あきらかに彼女は私を見ていた。

 ずっとあそこに居たんだろうか?


 私は気づかないふりをして、そそくさと部屋に入った。


 だが、これで終わりではなかった。

 その日の夜、妹と3兄弟が上機嫌で私に話しかけてきたのだ。


「あのトルンっていう子、いい子じゃないですか。」


「そうだな。いい子だ、クインはいい子を嫁にしたな。」


「外で待ってるなんてかわいそうだ。中に入れられないかな?」


「主様が許可したらいけるんじゃね?」


 特に妹が酷い、昼の反応とは正反対だ、何があったのか気が気じゃない。


「どうしたんだ?急に・・・何があった?」


「俺達、クインの一族だからって肉おごってもらった。」


「最高級!」


「クインをよろしくって!立派な奥さんだ!」


 ・・・なんとなく予想はしていたが、3兄弟は餌付けされたらしい。

 確かに私でも彼らを味方にする気なら餌付けを選ぶだろう。

 お手軽な上に間違いない。


「わ、私は少し話をしただけです。」


 妹は話しただけだといっているが・・・私にはわかる。妹は嘘を言っている。


「何をもらったんだ?」


「な・・・私が物でつられたというのですか!?心外です!」


 だが、妹の動揺は激しい、図星だったようだ。


「何をもらった?」


「う・・・。」


「ユリウス・・・。」


 妹は観念したのか耳を垂らし、尻尾もダラりとさげた。


「クリームを頂きました。」


「クリーム?」


「はい、毛艶がよくなり・・・その、ついつい撫でたくなるような美しい毛並みになるというクリームを。・・・し、しかし物につられたわけではありません!あの方は私の悩みを真摯に聞き、私と主様の仲を改善する策を授けてくれたのです!」


 ようするに主様に気に入られるための方法を助言されたということか。

 わずか1日で群れの全員が篭絡されるとは。


 私はトルンという娘に恐怖にも似た感情を持っていた。

 年齢は私より10以上も下、そのうえ種族も違うのに、いったい何が狙いなのか。


 まさか本当に私との結婚?

 昨日会ったばかりの相手に?


 だが、このままではまずい、この調子でいくと群れだけではなく他の人物も彼女の仲間に引き入れられていく気がする。

 早急に何か考えねば・・・そう考えながらも、自室で眠りに落ちた私は、次の日の朝、成人してはじめて狩られる側の恐怖を知った。


 目を覚まし、ベッドから起きると、目の前に大きな風呂敷包みが置いてあった。

 恐る恐る近づくと、手紙が添えてある。


『お弁当を置いておきます。次はリントヘイムから帰ったらデートに行きましょう。

  あなたのトルンより』


 部屋には施錠していて、さらに私は狼人族だ、耳も鼻もいいし、どんなに疲れていても気配察知は常に行える。

 私に気づかれず、部屋に侵入し、弁当を置いていけるということは・・・いつでも私の寝首をかけるということと同義だ。


 私は部屋を隅々まで見渡し、誰もいないことを確認した。

 そして部屋の扉に鍵がかかっていることを確認する。


 ・・・誰もいない。鍵もかかっている。いったいどうやって・・・。

 頭を左右に振りながらふっと窓の外を見て、私は悲鳴を上げた。

 私の部屋の窓に向かって、第4師団の敷地外の道から手を振る彼女を見つけたから。



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「あぁ・・・レーゼ、どうしたんだ?こんな夜更けに。」


「ごめん・・・ちょっとお願いがあって。大丈夫?」


「あぁ・・・うん、ちょっと寝不足で・・・どうしたの?あれ?確か後ろの人は・・・。」


「はい、トルンといいます。」


「うん、お久しぶりです。で、2人はどうして?」


「あのね・・・なんていうか・・・ほら、この腕輪あるでしょ?これ、トルンにももらえないかと思って。」


「腕輪?・・・なんで?」


「私、クイン様と結婚することになりました。」


「へ?」


「その・・・トルンがクインさん?に一目ぼれしたらしくて・・・それで・・・。」


「そうなの?クインから聞いてないけど・・・。」


「そうですか・・・。」


「わかった。クインに確認して作っとくから、しばらくレーゼの腕輪で使いまわしてくれる?明日から遠征だし、会うなら明日の朝しかないから。さすがに今は予備がなくて。」


「いいの?」


「レーゼの友人だから大丈夫だろ?それにクインはここに住んでるからね、会おうとするとホームに入らないと会えないし。」


「ありがとう。ごめんね、忙しいのに。」


「ありがとうございました。」


 疲れとイレーゼの知り合いということもあり、あっさりと許可したアレイフの行動を、クインは後で知ることになる。

 そしてトルンが冒険者で隠密行動や鍵開けのプロであったことを知るのはずいぶん後になる。

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