メイド姉妹の伝心
私は主のことをすべて知っている。
癖も、好きな食べ物も、好みの服装も。
けれどわからないことがある。
私は主を好きなんだろうか?
わからない。
最初は弟の敵をとってくれる人というだけだった。
そのために力になろうと。
けれど、その声、その仕草、たまに見せる表情と弟が酷く重なった。
いつの間にか私は主の後を追うようになっていた。
最初は目で追うだけ、けれど段々とそれだけでは足りなくなって、影に潜んで行動を共にするようになった。
影にもぐってしまえば中から見上げた世界しか見えない。
けれど、更にたくさんのことがわかった。
もっと知りたい。
たくさん知りたい。
私はレイ様のことを知りたいと思った。
そのころから弟とレイ様が重なることもなくなった。
レイ様の身に着けている物が欲しくなって、使っているものを手元に置きたくなって、最近では触れていたいと思ってしまう。
これは血のせいだろうか?
姉にそれとなく聞いてみたけど、姉にそんな感情はないらしい。
けれど姉よりも私には魔族の血が濃いともいっていた。
だから影にもぐれるし、他にも気配をけしたりできる。
身体能力も姉より高い。
きっと妖魔族とよばれる種族の血が姉より濃いせいだろう。
私達の種族で特に血の影響が強く出た子を特別にインキュバスやサキュバスと呼ぶ。
この呼び名は有名だろう。良くない意味で。
そもそも妖魔族は、好きな相手に尽くす種族らしい。
相手の種族は関係なく、好みも千差万別。
卑猥なイメージが付きまとう種族だけど、実はそうじゃない。
恋愛対象が広いだけで、実際はかなり一途な種族。
好きになったら一筋で、他に目もくれずすべてを差し出し、すべてを欲する。
相手が死んだら殉死してしまうほど盲目的に相手を愛する種族だという。
生まれてくる子供は必ず妖魔族になり、相手側の種族特性は関係ない。顔付きや髪の色が影響するぐらいらしい。
人族と比べると、耳がとがっていて、目の色が違うぐらいだ。姉は妖魔族、私はサキュバス、弟はインキュバスだった。
種族としては妖魔族を名乗るけど、実際に先祖返りしたサキュバス、インキュバスの力は妖魔族を遥かにしのぐ。
更に血の濃さによって同じサキュバスでもその能力には隔たりがあった。私と弟では私の方が血が濃く、弟は身体能力や魔力には優れていてけれど、影に潜るまでの技能は持っていなかった。
けれど、血が濃いのはいいことばかりじゃない。血の濃い者ほど相手への依存度が高く、欲望も大きい。
私のこの感情はたぶん血が濃いせいだと思う。
いつからだろう。
レイ様が弟と重ならなくなったのは。
いつからだろう、ふつふつと常に側にいたいという欲が沸いてきたのは。
最初はそう・・・レイ様の執務室にあるビンに詰まった砂を見た時だった気がする。
そのとき私は隣の部屋で眠っているレイ様を気にせず、執務室を掃除していた。
すると棚に3つのビンに入った砂を見つける。
砂?何でこんなものが?
そう思ったけれど、ここに物を置くのはレイ様以外いない。
ならレイ様の私物だろうとわずかなホコリを払った。
そして、同時に少し好奇心をもった。
ほとんど私物を持っていないレイ様がわざわざ置いてある砂。
何か高価な魔術に使う触媒だろうか?
手に取って眺めると、それは真っ白な灰のように見えた。
そこで私は気づいてしまった。
3つあるビンに真っ白な灰。
タイミングよく扉がすっと空いたので、私は確信をもってレイ様に問いかけた。
「レイ様、このビンはどちら様ですか?」
レイ様はいきなりの私の問いに驚いたようだったが、私が持っているビンを見て、目を閉じた。
「それはサイレウスだよ。」
「そうですか・・・。」
私の予想は当たっていた。
「一番左からマウエン、亞歩(あふ)、サイレウスだ。」
私がもらった亞歩(あふ)の遺灰のビンと同じものだったから気づけた。
けれど、なぜこの灰を執務室に?
「・・・なぜここに?」
「忘れないように。」
「彼らをですか?」
「・・・復讐心を。」
その声は、何かを噛みしめるような声だった。
怒りや憤りは時間とともに冷めると聞いたことがある。
悲しみや喜びも時間とともに色あせるのと同じで、時間がたつにつれ薄れていくらしい。
実際、私の弟を失った悲しみも、聞かされたときに比べれば和らいでいる気がする。
もちろん、気持ちに整理がついたからかもしれないけれど。
レイ様は忘れないために目に届く場所にこれを置くことにしたのだという。
それはどんな気持ちだろう。
なぜか私はこのとき、悲しいと思ってしまった。
自分でも理由はわからない。
次に変化があったのは、着替えを手伝った時だ。
左腕に大きな傷跡を見つけた。
「これは何ですか?」
私の問いにレイ様は答えてくれなかった。
答えがもらえなかったので、そのままにしていたが、答えは姉が持っていた。
私も見たあの記録石の映像、亞歩(あふ)が死んだあと、レイ様は自分で左腕を傷つけていた。
あの時の傷跡らしい。
姉が傷跡を治そうとしたらしいが、拒否されたらしい。
困った顔をした姉の顔が印象的だった。
たぶん、あの傷もレイ様にとってはこの3つのビンと同じなんだろう。
だから消せない。
年齢は私より下で、まだまだ幼さが残るのに、私よりずっといろんなことを考え、覚悟を持っている。
そう思ったとき、私はレイ様を求めてしまっていた。
気づけは他のメイドからは”狂信者”と呼ばれるほどだ。
普通なら嫌がる呼び名かもしれないけれど、私にとっては誉れなこと。
それは周りから見ても、私がレイ様に尽くしているとわかったということだから。
だからレイ様が怪我をした上に、意識を失って戻ってきたときは倒れそうなぐらいショックを受けた。
私がついていっていれば。
どうにもならなかったかもしれない。
それでも、知らない地でレイ様が倒れてしまったらこんなに後悔するんだということがわかった。
やっぱりついていこう。
次からは何と言われても付いていかなければ・・・。
そう決心する私に、大きな衝撃が突き付けられたのは、レイ様が再びリントヘイムに出立する前。
懇意にしているヘイミング様のご令嬢であるイリア様が私と姉にレイ様から頂いたという指輪を見せてきた。
その指輪は左手の薬指についている。
その風習は人族の者で、私ももちろん知っているものだった。
恋人の証だ。
もちろん、レイ様から聞いていないし、そんな行動を見た覚えもない。
何度かお茶会などで会っているのは知っていたが、指輪を購入するほど仲だったなんて知らなかった。
私は目の前が真っ黒になるような衝撃を覚え、ただ立ち尽くしてしまった。
メイドとしては失格だ。
姉に連れられ、部屋に戻ったけど、何もやる気が出ない。
なぜ自分がこんな状態になっているのかすらわからない。
そしてレイ様が遠征に出かけた日、私はついていこうと思っていたのに、部屋から出ることができなかった。なぜかはわからない。何もする気にならなかったからだ。
しばらくたって、窓から差し込む夕陽を見て、かなりの時間がたっていることに気づいた。
部屋がコンコンとノックされる。
声は姉だった。
私を心配しているようで、ゆっくりと部屋に入ってきた。
「どうしたの?翠ちゃん。」
優しく姉は問いかけてくる。
私は自分でもよくわからない。けれど話さずにはいられなくて、姉にこれまでのことを全部話した。
時折、驚きながらも、姉は最後まで私の話を聞いてくれた。
「それで、翠ちゃんはどうしたいの?」
その質問に私は答えられなかった。
「・・・わからない。」
「独り占めしたいの?」
何を?とは聞き返さなかった。
「そんなことない。」
これは私の本心だ。別に独り占めしたいと思っているわけじゃない。
ただ、手の届かないところにいってしまう気がしてそれが嫌?違う・・・怖いんだとおもう。
「なら大丈夫よ。」
そういって姉は笑顔を向けてくる。
なんでそうおもうの?
「誰も独り占めしようだなんて思ってないわよ。」
「・・・本当?」
なぜそんなことがわかるんだろう?
「翠ちゃん、大事なことを忘れてない?」
「大事なこと?」
「この国は一夫多妻制。しかも貴族にもなれば側室から妾まで当たり前よ?翠ちゃんが血に負けて独占したいって言わない限り、姉さんも協力してあげる。」
「・・・本当?」
「私が翠ちゃんに嘘いったことなんてないでしょ?」
「・・・うん。」
私は久しぶりに姉さんにしがみついて泣いた。
なんで泣いているのか、なんでこんなにうれしいのかはわからない。
この日、久しぶりに姉さんと一緒に寝た。
「私が翠ちゃんに化けて迫るっていうのもありかしら。」
姉が言った最後のセリフにすごく不安になったけど、私は姉という大きな協力者を得た。
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