第57話 王立学園の式典 下
「アレイフ様…ですよね?」とイリア・ヘイミング嬢が確認するように聞いてきた。
王女や他の学生は質問の意味がわからないのか、不思議そうな顔で俺と質問してきた彼女を見ている。
「…はい、そうですよ。イリア様」
「あぁ!よかった。いつもと雰囲気が違いましたし、フードを被ってらっしゃるので自信がなかったのです。でも声はいつも通りですし。」
「このフード部分には認識阻害の魔法式が織り込まれているので、顔は認識しずらいですからね。」
嬉しそうにその生徒、イリア・ヘイミングは笑顔を向けてくる。
俺も諦めて普通に会話を始めた。
だが、これを逃さないのがトリッシュ王女だ。
「2人はお知り合いなのですか?」
「はい、何度かお茶会で一緒に。そういえばこの後うちで開かれるホームパーティにも来てくださるとお父様が。」
…いや、そんな約束してないぞ。
なぜだろう…激しくあの父親の黒い笑顔が浮かぶ。
そして手のひらで遊ばれている幻視が…。
「あら、シンサ卿。貴方まさかこんなうら若きお嬢さんを…。」
口元に手を当てて、わざとらしく驚いた表情を作るトリッシュ王女。
この人…本当に人をからかうのが好きだ。
「あの…トリッシュ殿下、こちらは第三師団長のご令嬢ですよ?」
その言葉に王女はもちろん、隣に座っていた他の女生徒まで驚いていた。どうやら知らなかったらしい。
「あら…そういえば、家名が。気付かなかったわ。てっきりシンサ卿がうら若き学生を手篭めにしようとしているのかと。」
ほっぺに手を当てて、キャーっとリアクションをとる王女…ノリノリだなぁ。一応誤解は解いておこう。
「あと、確かにイリア様はお若いですが、俺のほうが年下ですよ?」
その言葉に、王女と、他の女生徒が「え!?」っという顔をする。
…え?いや、本当だよ?
「そういえばそうでしたね。顔が見えませんし、紛らわしいのですよ。なぜフードをつけているのですか?絶対に年相応に見られずに損しますよ。」
「あの、これ一応魔具です。今日は護衛としてきているので…。」
このフード付きの青いローブはすぐれた魔法防御がついている上、防刃効果までついている魔具だ。
フード部分には認識阻害、他にも背中には魔法放出力補助の魔法陣まで縫い込まれている。
「今だけでもフードを取りなさい。」
まぁ…今だけならいいか。
そう思い、王女に従った。
フードをとると、王女までが「ほぉー」と感心するような声を上げている。
「そんなに幼かったのですね。」
そして、しれっと酷いことを言われた。
「あの…おいくつなのですか?」
聞いてきた女生徒は、ミラ・イスベリィだ。
「16歳ですよ、ミラ様。」
「私達より1つ下なのに…。」
口に出して驚いている子は…ツユハ・シルレーミといったかな。
「ツユハ様達は皆17歳なのですか?3年ではなく2年なのでしょうか?」
「あ、はい。私とミラは2年、イリア様は3年ですね。」
「代表は全学年から選ばれますよね?3年を抑えてしかも結果を出すなど、すごいですね。」
素直に褒めると、ツユハ嬢は顔を赤くする。
「あら、シンサ卿こそ、そのお歳で伯爵位ですよわよね。うちは子爵位ですから、お父様がお近づきになりたいとボヤいておりましたわ。」
「イスベリィ卿は…確か南部でもかなり広い領地を納められていますよね。機会があれば是非お話させて頂きたいものです。」
「父も喜びますわ。」
ミラ嬢とは何故か貴族としての話をするハメになった。
王女が少しつまらなさそうだ。
「あれ?そういえばイリアさんはなぜ南区に?東区ではないのですか?」
「私の母が南区の出身なのです。それに元々うちの屋敷は南区の学園の方が近いですし、なのでこちらに通っていたのです。」
仲間に入りたかったのか、俺とイリア嬢の会話に王女が突っ込んできた。
「第四師団長が第三師団長の娘とずいぶん仲がいいのですね。」
「はい、お父様とアレイフ様が仲良しですので、私とも仲良しですよ。」
王女が「へぇ」っと少し気になる笑みを浮かべた。
…何か面白がって変な噂を広げられても困るので釘は指しておこう。
「第三師団長にはいろいろと指導頂いていますから、それに貴族社会で知り合いなどほとんどいませんので、助かっています。」
「あら、その割にパーティなどにはほとんど出席していませんよね?たしか招待状はいっているはずですが。断っていると聞いていますよ?」
「…人見知りなんですよ。」
なぜ王女がうちに寄せられてくる招待状の件と断っていることまで知っているのか疑問だが…雲行きが怪しくなってきたところで、外からノックが聞こえ、式典の準備ができたと助け舟が来た。
そろそろ始まるらしい。
3人の後を王女、そして護衛として俺と近衛が移動する。
式典は特に問題なく進んでいく。
学園理事長の話から、結果の発表。
王女から、上位入賞者への表彰。
そして、最後に王女が総括に入る。
要約すると、皆よくやった。今後もこの帝国を良くしていくために力を尽くして欲しいという内容だった。
そして、最後の最後で、王女が爆弾を投下する。
「明日は受賞者による演技披露がありますね。普段ならその演目を見たあと、こちらにいる第四師団長より言葉を頂くのですが…どうですか?みなさん、新参者の第四師団長に何か言われても感動も薄いのでは?」
ざわっとしたのは教師陣だ、王女がいきなり隣にいる護衛の師団長を貶める発言をしたので驚いたんだろう。
うん。俺も驚いた。
そして、もはや嫌な予感しかしない…。
「皆さんはご存知ですか?ここにいる第四師団長は神格者と呼ばれています。その実力は他の師団長をも上回るとも…。せっかくですから、少し胸をお借りしたいと思いませんか?」
今度は学生側がざわついた。
「そうですね…明日の演技披露のあと、少し時間をとり、師団長への挑戦!というのはいかがでしょう。過去に第一師団長が行った乱取りのようなものですね。今の三年の方々は覚えているのではないでしょうか?もちろん、心優しい師団長は皆さんに危害を加えません。皆さんはよってたかって師団長に魔法をぶつけることができます。いかがですか?」
トリッシュ王女は笑いながらこちらに視線を向けてきた。
拡張の魔法範囲内に俺を連れ込み、答えを聞こうとしている。
…にしても、第一師団長、乱取りって何してるんだ。
トリッシュ王女はいたずらに成功したと言わんばかりの笑顔を俺に向けてくる。
なら、少し上をいって驚かせてあげよう。
「魔法を使う学生だけですか?武芸者も多いようですし、弓矢で1位となった方もいるのですよね?そうですね…10分。10分間の間なら武器、魔法、人数問わず襲いかかってきてくれても構いません。魔法は使いますが、こちらから手は出しません。」
予想外の答えだったのだろう。王女が少し笑みを引きつらせる。
目で、大丈夫なんですか?と問いかけてくるので、無言で頷いておいた。
すると、すぐにニヤっと笑い、学生に向けて声を上げる。
「師団長からの許可を得ました。明日、我こそは!と思う者はぜひ参加してください!ただというのも面白くありませんね。師団長に傷を付けられた者には私が何か商品を用意しましょう。」
学生から大きな声援が上がった。
笑顔を向け合っている無邪気な学生も多い。
まぁ、しょうもない話を聞かされるより、そういうイベントの方が面白いんだろう。
王女の総括は大成功。
…俺への嫌がらせだけが目的ではない気がするが、真意はわからない。
なんとなく、元から予定されていて、知らされていなかっただけのような気もする。
「大きくでましたけど、大丈夫ですか?学生とはいえ、かなりの実力者ばかりですよ?」
「守るだけなら大丈夫です。それに失敗しても王女が商品を渡せば済むでしょう?」
「国軍の威厳にもかかわるので、商品が大量に必要となる状況だけは勘弁してくださいね?」
そういうと帰りの馬車で笑いあった。
馬車から降りると、待っていたかのように第三師団長がいて、そのまま屋敷に来て欲しいと誘われた。
一応、仕事の件で話があると言っていたので、引き継ぎの話だろう。
「パーティではないんですか?」と聞いてみると、ヘイミング卿は「イリアから聞いたのかい?」と苦笑した。なし崩しで参加させるつもりだったらしい。
別にかまわないので、近衛を先に帰らせて、ヘイミング卿とまた別の馬車に乗った。
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