第56話 王立学園の式典 上
第四師団本部。もともと兵舎と呼ばれていた建物だが、今ではそう呼ばれている。
近くに兵士の住む寮ができたため、今ここに部屋を持っているのは、使用人と文官を除けば師団長本人と、近衛隊、そして各部隊長のみだ。
そして現在、その中でも大きめの部屋、大会議室と名付けられた部屋に文官、武官の幹部が集まっていた。
師団長 アレイフ
副師団長 ウキエ
近衛隊長 ライラ
警邏隊隊長 シド
1番隊隊長 カシム
2番隊隊長 ガレス
兵站代表 ヒム
技術部代表 ムヒリアヌス
そして、入口にはメイド長の珀(はく)が控えていた。
普段10日に1度行っている定例報告などの会議では副官も参加していることが多い。
今回は定例報告の会議のあと、この会議を行っている。
副官を先に返してからこのメンバーに残るよう指示したのはアレイフだった。
「で、なんか厄介事か?」
そう最初に口を開いたのはガレスだ。
彼は楽しそうにニヤニヤしながら言葉を待っている。
この出席者は重要な機密性の高い会議を行う場合に招集されるメンバーだ。
これまでの例で言うと、貴族が非合法奴隷を抱えている、どの貴族から取り締まるか?という議題や、魔獣の討伐依頼がある、被害が大きいので即日対応が必要。など厄介な内容が多い。
だが、ガレスにとっては楽しいイベントだったのだろう。嬉しそうだ。
「王城に呼び出されていましたね?何かありましたか?」
ウキエも同じ思いなのだろう、緊張している。
だが、こちらはガレスとは異なり、厄介事は嫌だと顔にでている。
そして、声をかけたアレイフが口を開く。
「実は…国王から指令が来た。回避不可能なものだ。」
場が緊張する。
アレイフは全員を見回してから静かに告げた。
「王立学園での式典参加と講話の依頼だ。」
「ん?」
「え?」
全員がキョトンとした顔をした。
ウキエが眉をひそめ、ヒムやムヒリアヌスはすでに興味を失ったように、先ほどの会議で話があがっていた別の資料を読み始めている。
「あの…それは…私達に関係あるのでしょうか?」
ライラが代弁するかのように質問した。
「え、あるでしょ?誰かが行かないといけないわけだし、手が空いてる人を調整しないと。」
「いや、お前が行けよ。」
すぐ返したのはカシムだった。
「え、嫌ですよ。忙しいし。講話なんて無理です。」
「あの…嫌だ。じゃなくて、それは師団長の仕事ですよ?」
「え…?」
シドもカシムの言葉に同調した。
だがアレイフは自分の仕事だという認識がなかったようで、驚いている。
「あの…師団長、王立学園の式典も講話も王族が出席するものです。そしてその護衛は国軍のどれかが担当します。国王より第四師団に命令が来たのであれば、最低でも師団長は出席確定です。あとは…近衛隊ぐらいでしょうか。」
「え!?そうなの?でもなんか話すこと考えとけって…。」
ウキエの説明にアレイフが驚く。
「まぁ師団長の講話も毎年ありますからね。そもそも講話を誰かにやらせるつもりだったんですか?」
「いや…ウキエさんとか得意かなと…。」
苦笑いを浮かべるアレイフをウキエが冷たい目で見ている。
これ以上仕事を増やす気だったのかコノヤロウという表情だ。
「ていうか、逆になんで自分が出なくていいと思ってるんだ?」
「そうよね。さすがに無理があるわよねぇ。王立学園の式典ですもの。」
「さすがに自覚が足りなさすぎる気がするのだが…。」
「あたしもそう思うわ。」
帰り支度をしながら、ヒムさんとムヒリアヌスさんが会話をしているが、わざと聞こえるように大きめの声で話している気がする。
「解散だな…。あとはそこの近衛隊長と話してくれや。」
「だな。俺らも忙しいし。」
「私も昼から第三師団の方と打ち合わせがあるのでこれにて…。」
軍部の面々はそそくさと会議室から去っていこうとする。
ウキエも無言で資料をまとめていた。
「あ、あの…講話っていったい何を話せば…。」
皆無言で会議室から出て行く。
残ったのは近衛隊長のライラだけだ。
アレイフが期待を込めて目を見るが、逸らされた
「…私は護衛予定の話をするために残っているだけですからね。」
相談には乗るつもりはないとライラは念をおした。
<Areif>
式典当日、王城に馬車で出向く。
「お久しぶりですね。レイ…いえ、今はアレイフ・シンサ卿でしたね。今日はよろしくお願いします。」
「お久しぶりでございます。トリッシュ殿下。呼びやすいように呼んでくださってかまいません。後ろに控えるのは警備を担当します、我が隊の近衛兵にございます。」
今日の式典に参加するトリッシュ王女に臣下の礼を取りながら後ろに控える近衛隊を紹介する。
連れてきているのはライラ、ナット、クイン、ユリウス、リザだけだ。
言動が危険な狼人族3兄弟やミア、命令でも王女を守ってくれなさそうなララは置いてきた。
「まぁ…こちらが噂の…。」
「噂?」
「えぇ、社交界でとても有名ですよ。第四師団の近衛隊は数人で貴族邸を襲撃できるほど優秀だと。」
…それはたぶん、非合法奴隷関連の貴族邸に押し入った時の話に尾ひれがついたのだろう。あまりいい噂ではなさそうだ。
「少し不揃いですが、腕は確かですのでご安心を。」
「わかっています。本日と明日の2日間よろしくお願いしますね。」
気さくに近衛隊に向かって挨拶をする王女。
誰にでも平等に接する方だが…された方は困ってしまう。身分が違いすぎるのだ。
ちなみに今もライラさんやナットさんが反応に困っている。
他の者はわかっていないのだろう、ライラさんに合わせるつもりのようだ。
…ミアをおいてきてよかった。彼女なら「おう!まかせるにゃ!」とか言ってしまいそうだ。
馬車の中ではトリッシュ王女とライラさんと俺の3人だけになる。
ライラさんは終始緊張しているが、トリッシュ王女が気さくにいろいろと話しかけてくるので、王立学園に向かう道中は全く退屈しなかった。
本当に気さくで話題の絶えない人だ。
今日の式典は、東西南北の王立学園で武芸と魔法の大会があり、武芸の弓矢と魔法の水と土部門で南区が優勝したらしい。その表彰式典だ。ちなみに全部で9部門あり、結果は次のようになったそうだ。
武芸
剣 4位
槍 2位
弓矢 1位
斧 2位
素手 4位
魔法
火 4位
水 1位
土 1位
風 2位
※4位=最下位
「毎年これぐらいなんですか?」
「いえ、今年はすごいわね。毎年南区はあまり成績がよくないの。1位なんてなかなか取れてないんじゃないかしら。たしか去年は弓矢部門だけ1位であとは全然ダメだったはずよ。」
俺の疑問に王女が答えてくれる。
この大会はトリッシュ殿下の担当なんだろうか。話を聞いてると何年も前からトリッシュ殿下が担当しているらしい。
いろいろと話をしてるとすぐに王立学園に着いた。
今日は特にすることがないはずなので、王女の護衛に集中することになる。
講話があるのは明日だ…本当にどうしよう…。
馬車を降りると、そこには大人達が左右1列にずらっと並んでいた。
たぶんこの学園の教師達だろう。もちろん、王女様のお出迎えだ。
そして正面に3名ほど、きっと校長や理事長なんて肩書きの人だろう。
俺が馬車の横に控えると、王女はなぜか馬車から降りず、手を出してきた…手伝えということか?
手を差し出し、王女が降りるのを手伝う。
…前は普通に出入りしていた気がするが、何か格式のようなものが関係してくるのだろうか。
王女が親しげに3名の中心にいた初老の男性に話しかけた。
俺は王女の少し斜め後ろにつく。
少し話しをすると、初老の男性がこちに目を向けた。
「あの、そちらが…?」
「ええ、こちらが第四師団長のアレイフ・シンサ卿ですわ。」
「シンサ卿、こちらはアルステル・ウエンツ学園理事長よ。」
王女が仲介してくれた。
こちらも名乗るべきだろうか?
「第四師団長アレイフ・シンサです。どうぞお見知りおきを。」
「これは、これは…アルステル・ウエンツです。この学園の責任者をしております。お噂はかねがね…どうぞお見知りおきを。」
軽く握手を交わした。
なぜか相手からは動揺を感じる。
あ…そうか、こちらは念のためのフル装備なので、青いローブを纏っている。もちろんフードも被っているため、あちらから見ると、怪しい魔道士にしか見えないのかもしれない。
少なくとも他の師団長と比べると、とても地味というか…少し服装を考えた方がいいのだろうか。
「ささ、こちらにどうぞ。」
学園理事長は王女を先導し、案内していく。
ライラに合図し、王女の左右に1人ずつ。
そして俺とライラが王女の後ろで、残りは更にその後ろについている。
校内を歩くと、いろんなところから視線を浴びた。
王女はもちろん、なぜか俺にも視線は集まっている。
…そんなにこの格好は変だろうか。
「第四師団長のことは皆、噂でしか知りませんからな。姿を見るのも初めてという者もいるのです。許してやってください。」
居心地悪そうにしていることに気づかれたのか、学園理事長がそう教えてくれた。
王女は「人気者ですね?」と笑っていたが、ちょっと違う気がする。
どちらにしても、やっぱり注目を浴びるのは苦手だ。
「こちらで式典が始まるまでお待ちください。」
そういって通された部屋には3名の女性が立って待っていた。
王女が入ると皆、綺麗な礼をする。
「こちらは今日表彰される者達の中でも特に優秀だった者達です。先に紹介しておきましょう。右から魔法水部門優勝のツユハ・シルレーミ、魔法土部門優勝のミラ・イスベリィ、武芸弓矢部門優勝者、イリア・ヘイミングです。式典まで時間がありますので、よろしければご歓談頂ければと思います。何かありましたらこの子達に申し付けてください。」
それだけいうと、学園理事長は王女にソファーを進め、式典の準備があるのか、立ち去っていく。
王女がソファーに座ると、近衛達もその傍に控えるように立った。
とりあえず、俺も近くまで行くが…えっと、どうしよう。このまま立ってるのが正解か?
なぜか王女が隣に座れとばかりに手招きしているが、それはダメだ…あの席は絶対に違う。
そして…違う意味でも俺は焦っていた。
トリッシュ王女の目の前に3名の女性達が座る。
王女の正面が長い銀髪に青い目が特徴的なイリア嬢、その隣が長い黒髪に、やけにスタイルを強調した服装のミラ嬢、一番離れたところに座っているのが背が低い黒髪ショートのツユハ嬢だ。
俺を座らせるのを諦めた王女が3人に話しかけだした。
だが、なぜだろう…話しながらも彼女たちがチラチラこちらを見ている。
そして1人は完全にこっちをガン見している。
居心地が悪い。
王女もそれに気づいたのか、俺をからかうことにしたらしい。
「やはり、魔法が得意というだけあって、皆さんシンサ卿が気になりますか?」
「あ、いえ、決して。」
1人が話に集中していないことを見とがめられると思ったのか、慌てて否定しようとしたが、王女もそれがわかったのか、笑っている。
「シンサ卿?貴方もこちらに来て話に入りなさい。気にせず座って構いません。」
また、ポンポンと自分の隣を叩く。
しばらく無視していると、王女の目が細められた。
「いいのですか?もっとわがままを言って困らせますよ?」
王女の脅し文句とは思えないが…そう言われると仕方ない。
それに、なんとなくだが、この王女はやる気がする。
できたら無事に警護を終えたいので素直に従うことにした。
「わかりました。」
そして王女の隣、といっても1人分ほど間をあけてソファーに座る。
「さて、貴方達、シンサ卿に聞きたいことがあれば是非聞いてください。答えてくれますよ?もちろん、そこまで貴族の上下関係も気にしなくて構いません。シンサ卿はその辺をあまり気にする方ではありませんから。」
その言葉に学生達は顔を見合わせる。
どうしよう。と目配せし合っているのは確か、ツユハ・シルレーミとミラ・イスベリィという名前だったか…なんとなく、家名の方に聞き覚えがある気がする。
「あの!」
そういって声を上げたのは、予想通りというか、武芸弓矢部門の優勝者、イリア・ヘイミングだった。
「はい、なんでしょうか?なんでも聞いてください。」
なぜか王女様が代わりに質問だけを聞こうとする。
「アレイフ様…ですよね?」
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