第50話 臨時徴兵

 帝都に戻った俺達は早朝だったにも関わらず、国民から諸手を振って出迎えられた。

 出陣のときとは大違いだと思いながらも、その歓迎は純粋に嬉しかった。


 特にシドのように第四師団に残った兵からすれば、この歓迎は本当に嬉しかったようで、はしゃいでいる者が多く、仲には涙ぐんでいる者もいた。

 兵舎に戻り、今日のところは解散としたが、俺とウキエさんはそのまま国王の元に報告に行かねばならなかった。

 少しの時間で、資料をまとめ、王に謁見する準備を整える。

 王城への馬車に乗ったのは昼を過ぎていた。


 王城に着くと、すぐに謁見の間に通される。

 するとそこには国王と宰相だけでなく、第三師団長や何名かの貴族も肩を並べていた。

 国王の前に歩き、跪いて礼をする。


「此度の働き、見事であった。正直、予想以上だ。」


「ありがたきお言葉、誠に恐れ入ります。情報や支援を頂きました第三師団長であるヘイミング卿の力添えもあり、国王の命を完遂することができました。」


「うむ、ヘイミング卿もよくやってくれた。」


「はっ!」


 きちんと、ヘイミング卿に協力してもらったことも述べる。ここまでは事前にウキエさんと打ち合わせしていた通りに進んでいる。


「初陣の祝いとともに、何か褒美をとらそうと思うが、何かあるか?」


「それでは…臨時徴兵の許可を頂けませんか?」


「ほぅ?」


 国王が理由を話せとばかりにこちらを見てくる。

 俺は事前にウキエさんと一緒に考えた答えを提出するだけだ。


「我が軍はまだまだ小規模で、第三師団、ヘイミング卿のお力をお借りしなければ成り立ちません。またこれからも魔軍の脅威を払い続け、元の支配地域を確保するにはそれなりの力が必要と考えています。」


「2年前と同等の領地確保ができるのか?」


「可能です。が、今の兵力では叶いません。」


「…わかった許可しよう。宰相。」


「はい、細かくはこのあと打ち合わせとしましょう。」


「ありがとうございます。」


 ほとんど打ち合わせ通りことが運び、一息ついたところで、国王がニヤっと笑った。


「さて、シンサ卿よ。ここにおる貴族達を存じておるか?」


 斜め後ろを振り向き、1列に並んでいる貴族達の顔を見る。

 …どこかで見たような。

 だが、ひとりの特徴的な悪役顔の貴族を見て思い出した。


「たしか、南部地域に居を構える貴族家当主の方々かと。」


「うむ、その通りだ。これで全員というわけではないが、お主の守護する地域に根付いており、お主がまとめるべき者達ということになる。」


 各国軍師団長は皆伯爵位を持っており、帝都を東西南北に分ける四区画の治安を守る役割を担う。

 これは少し変わっている。

 普通の貴族は領地を持ち、そこからの税を集めたり貿易を行い、財をなすのだ。

 師団長が任命される伯爵は領地を持たず、国からの予算と自分の派閥の貴族と取引をし、利益を受ける形になっている。

 なので、ここに並ぶ者たちは本来、俺が何らかの条件を出し、それに対して税を払う、俺の派閥の貴族ということになる。

 といっても、現在彼らの取引相手は第三師団だ。第四師団にそこまでの力はない。


「で、だ。今回の功績を受け、いち早くそこの者たちがお主との取引を行いたいと申し出てきおった。」


「…国王、おそれながらまだそれは…。」


「わかっておる。現在はヘイミング卿のところがかつての第四師団の貴族達と取引しておるが、お主はそれを順に引き継いで行く必要がある。その第一弾として、その者たちとまずは交友をもつがよい。」


「はい。わかりました。」


「あとは個々で連絡をとり、調整するがよい。下がってよし。」


 国王のこの言葉で、並んでいた貴族達が退出していく。

 …厄介事が増えた。


「続いてだ。」


 …まだあるのか。


「そんな顔をするな。というかもう少し表情を隠す練習をしたほうがよいぞ。」


「失礼しました。」


 どうやら顔に出てしまったらしい。

 国王は笑っているが、かなり失礼なことをしてしまった。

 たぶん帰ってからの反省材料だ。…ウキエさんの顔が怖い。


「ヘイミング卿にも何か褒美をとらせなければな。シンサ卿よりお主の功績もあると報告が上がっておるしな。」


「はっ!それでは1つお願いしても?」


「なんだ?申してみよ。」


「そちらにいるシンサ卿に我が家にて行うお茶会への出席を申し付けてください。何度お誘いしても見向きもされないのです。」


 !?


「なんと。そんなことでよいのか、なら命じよう。シンサ卿よ。ヘイミング卿のお茶会に出席せよ。これは儂からの厳命である。」


 国王もヘイミング卿も、そして宰相まで笑っている…。


「それほど困ることでもあるまい?」


 困っているのが顔にまた出ていたらしい。

 いや、出席は問題ないが…1つ問題があるのだ。


「あの…正直に申し上げます…。お茶会へのお誘いは誠に嬉しいお話なのですが…その…。」


「かまわん、申してみよ。」


「…礼儀を知りません。」


「…ん?」


 この言葉に、笑っていた全員がポカンとした顔をする。


「…私は孤児院の出身です。皆様のように礼儀作法の教育は受けておりません。正直に申しますと、お茶会がどのようなもので、どんな作法が必要なのか見当もつきません。」


「…ウキエに聞けばよかろう?」


 そういうと国王はウキエさんの方を見る。


「私も平民です。お茶会の作法までは…。」


 だが、苦笑いを浮かべたウキエさんの言葉は予想外だったらしい。


「そ、そうか…これは盲点だった…さすがに第四師団長に恥をかかせるわけにもいかんな。」


 国王が腕を組む。

 そこにヘイミング卿が笑顔をこちらに向ける。


「なら、私のところで練習できるよう手配しましょう。」


「よろしいのですか?」


「これから必要となることも多い作法ですし、その代わり最初にうちのお茶会に出席してもらいますよ?」


「はい。ありがとうございます。」


 ヘイミング卿への借りがどんどん増えていく。

 いつか利子をつけて返せと言われたときに、果たして返せるだろうか…。


 国王の話はこれで終わったのか、宰相が前にでた。


「ウキエよ。此度の戦いで記録石を持っておったか?」


「はっ!テレス砦の方は記録しております。エスリーの砦は…すいません、途中からしか記録できておりません。」


「うむ、後ほど提出するように。そしてこれからは常にその戦闘の記録をとることを義務付ける。記録石に関しては予算に組み込んでおこう。」


「はい…いえ、記録石を持っていくのは問題ありませんが、何故でしょう?」


 ウキエさんの疑問は当然だ。

 戦争の様子を毎回記録するなど、あまり聞いたことがない。

 それに記録石は高価なものだ。魔軍との小競り合いの多い第四師団の予算に組み込むということはかなりの額になることが予想される。


「神格者の戦いは貴重なデータだ。」


 その一言でウキエさんは納得したようだった。


「わかりました。必ず記録者を同行させます。」


「うむ。」


 こうして謁見は終わる。

 この後、別室にて臨時徴兵の説明や手順を宰相に教えてもらい。

 手続きを完了した。





<galess>


「ふぅ…。」


 大きなソファーに腰掛け、酒のジョッキ片手に、染みだらけの天井を見上げる。


「戦場から帰ってからずっとそんな調子だね、あんた。」


 チレット…女房が憎まれ口ではなく、心配したような顔を見せてやがる。俺はそんなひでぇ顔をしているのか…。

 言われるまでわかんなかったが、俺は様子がおかしいらしい。

 だがそれも無理はねぇ。

 赤獅子傭兵団が第四師団の要請で出撃した戦いの後、俺の脳裏にはある光景が時折浮かんできやがる。


「そろそろ来る頃だろ?ほら!しゃんとしなっ!」


 女房が気合を入れてくれた。

 本当にできた女だ。


 そろそろ奴が訪ねてくる時間だ。

 表向きは犬猿の中とも言える集団のトップ。ここに来るのは初めてだろう。

 まさか、あいつから折り入って頼みがあるから会いたいと連絡を受けることになるとはおもわなかった。


 そして、部下が客人の来訪を伝えてくる。

 実はこの地下の部屋と入口には伝達管が設置されていて、上からの情報は筒抜けだ。

 入口で初めての客が名乗ったら、門番はそいつを中に案内する。

 その後で、伝達管を使い、俺にそのことを伝える。

 俺のとこまで来たやつは、俺がなぜか名前や役職を知っていることに驚くって寸法よ。


 女房にはしょうもねぇと馬鹿にされたが、相手の驚く顔はなかなか見もので、それがあるからこの場所を根城にしたと言っても過言じゃねぇ。


「久しぶりだな。ガレス。時間をとってもらってすまない。」


 っと、いつの間にかカシムのやつが目の前に立っていやがった。

 にしても、らしくねぇな。


「気にすんな。で、なんだ?」


 俺は対面のソファーを進めながら、さっさと要件だけを話すように促した。


「いやな…ちょっといろいろあってな。うちの奴らで希望する奴らをこっちで面倒見てやってくれねぇか?」


「おいおい、この前の戦いで俺たちの勇猛さに惚れた野郎どもが希望してきたのか?それともおめーに嫌気がさしたのか?」


 俺は笑いながら冗談を言ってやる。

 いきなり自分の部下を俺に面倒見てくれなんて、何アホなこといってんだ?こいつは。

 だが、こいつは真顔を崩さねぇ。


「第四師団が臨時徴兵を行うって話…知ってるか?」


「あぁ、知ってる。」


 もちろん知ってる。俺もそれに悩まされてるからな。

 …まてよ…てことはまさか。


「お前のとこの奴らも、それに応募するから辞めるってか?」


「…あぁ、そんなとこだ。…ん?”も”ってどういうことだ?」


 しまった。

 俺の失言に女房がこっちを睨んでくる。

 しかたねぇじゃねぇか。

 俺はため息をつきながら続けた。


「うちもだってことだよ。この前連れてったやつらのほとんどが辞めるって言い出しやがった。」


「ほとんどが…か?」


「あぁ、人数は大したことねぇが、中身がな…前に連れってったのは、うちでもまともな奴とか、有望な奴ばっかりだったからな。副官もだぞ?頭が痛てぇ。」


「副官って、たった2人しかいなかったよな?どっちだ?」


「…両方だよ。」


「それは…。まぁうちでも同じようなもんだな。」


「まさか、お前んとこでも行ったやつのほとんどか?」


 そう言ってから思い出した。

 銀鷹は確か、傭兵のほとんどが参加していたはずだ。

 うちと同じ率で抜けるとなったら…そりゃもうほとんど残らねぇんじゃ…。

 俺の考えに気づいたのか、カシムのやつが渇いた笑みを浮かべる。


「一番早かったのはうちでムードメーカーだったやつらだな。実力も将来性も誰が見たって抜群なやつらだった。次の日に早くも辞めるって言ってきてな、すぐ荷物まとめてでてったよ。それを見て、亜人中心にどんどん脱退していきやがる。」


「亜人って国軍には入れないんじゃねぇのか?」


「いや、今は入れる。それにな、第四師団には亜人専門の近衛隊がある。」


「…あのベッタリの奴らか。」


「んで、その2人や、亜人達を皮切りに他の奴らもどんどん辞めるって言い出してな。この前でた臨時徴兵で決壊した。」


「実際、残りそうなのはどれぐらいだ?」


「…全体の1割ぐらい…それも新人ばかりだ。そいつらと決めかねてるだけでどっちに転ぶか…。」


「なんだそりゃ…。」


 さすがに驚いちまう。

 銀鷹は確かに少数だが精鋭な上に、団長のこいつとの信頼関係が目に見えてわかる傭兵団だ。

 うちとは違って、どっか温かみのある傭兵団だったはずだ。

 まさかそんなことになるとはとても思えねぇ…。


「知っての通り、うちは元々国軍にいた奴らも多い、だから国に嫌気が差してたんだが…臨時徴兵なら第四師団一択だ。しかも臨時徴兵で入れば基本的に移動もねぇ。死亡率は他の師団より高そうだが、傭兵ならそこは変わらねぇ。その上、傭兵より安定していて条件がいいからな。」


「で、残ったやつを引き取ってくれと?おめぇはどうするんだ?」


 するとカシムのやつは苦笑いを浮かべやがった。

 そこで俺は気づく。


 この話はおかしい。


 もしほとんどのやつが辞めちまって、人数が少なくなるからっていうなら俺に面倒見てくれなんていうはずはねぇ。人数が少なくても、こいつがいる限り、銀鷹は傭兵団としてやっていけるはずだ。

 もちろん規模は小さくなるだろうけどな。

 …俺に面倒を見てくれってのは、要するにまとめるやつがいなくなるからだ。

 残った傭兵をまとめるやつがいなくなるから俺に引き取って欲しいって言ってやがるわけだ。


 …おいおい、嘘だろ。


 だが、それならほとんどのやつが国軍に流れるのもわかる。

 銀鷹のやつらはこいつを裏切って国軍に行くわけじゃねぇ…ついて行くんだ。

 俺はカシムのやつを睨みつける。


「おい、本気か?」


 俺の言葉にすべてを悟ったのか、笑みを消して真顔になった。


「あぁ、もう決めた。」


 その顔は、決意した男の顔だった。

 もう、誰が止めても意味はねぇ…まぁ止めたりしねぇが。


「わかった。引き受けてやる。」


「悪いな。」


「だが、いっておくぞ。元銀鷹だからって優遇はしねぇ。普通に新人傭兵として迎え入れるからな。」


「わかってる。そもそも残るのはほとんど新米みたいなやつばっかりだ。」


 カシムのやつはそこで手を出してきた。

 握手か?だがその前に俺も言っておくことがある。

 俺は手を握りながら念を押しておく。


「お前んとこの傭兵は、この赤獅子傭兵団が預かるぜ。これでいいな?」


「ん?あぁ、任せた。」


「にしても、えぐい勧誘だよな。一緒にいった傭兵団をほとんどを傘下につけるんだぜ?即戦力ばかりだ。」


「あぁ…それは言えてるな。」


 そういって俺たちは笑い合う。

 思えば、こいつと面と向かって話して、喧嘩にならないのはいつぶりか。


 カシムが帰ったあと、俺は女房に準備するよう伝えた。

 これから忙しくなる。

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