キャット ミーツ ウルフ
エスリーの砦での戦いが終わり、次の日になって事件は起こった。
発端は大したことじゃない。
しいていうなら、タイミング…いや、相性が悪かったとしかいえない。
現在、俺の目の前で言い争いを続行中の2人。
ユリウスとミア。
そして口論には参加しないものの、ユリウスの後ろに控える近衛隊とミアの後ろに控えるララ。
なぜ、こんなことになったのかというと、発端は前日にさかのぼる。
エスリーの砦で、オークのほとんどを殲滅した時点で第四師団の兵士達が勝鬨かちどきを上げた。
そのあとはシドに敗走したオークの追撃を任せ、ウキエさんに砦の要所制圧を任せた。
すると俺はすることがなくなる。
正直、慣れない魔法を使い、魔力も底をつきかけていた。
身体も節々が痛いし、目眩や吐き気を、そして寒気もしていた。なのでユリウスに支えられながら、近衛と砦の近くに設置した拠点に移動した。
今そばにいるのはユリウスとクインだけで、あとの近衛はウキエさんやシドについていっている。
この拠点。ようするに怪我人を手当てするもので、銀鷹の傭兵団が中心になって運営されていた。
ちなみにオークの死骸処理などは赤獅子の傭兵団が中心に行っている。
拠点では傭兵団や国軍の兵士が分け隔てなく治療され、重症のものから優先的に手当てを受けていた。
優先的に手当てを!というユリウスやクインを押しとどめて軽傷のものが手当をしたり、休んでいるエリアの隅に腰を下ろす。
…魔力枯渇が原因なら、休めば治るはずだ。
ここまで魔力が減ったのは久々だった。
少し眠いが…ここで気を失ったら、2人が騒ぎだしそうで眠れない。
しばらくすると、運悪く?いや、後から考えると運がよかったのか、知り合いに見つかった。
「あれ?アレイフじゃないか、どうしたんだ?」
声のする方を見るとライラさんがこちらに近づいてくるところだった。クインとユリウスに警戒を解くように伝える。
「怪我をしたのか?どれ……なんだ?魔力枯渇…にしては…。」
俺の様子を見ていたライラさんは、急に俺の額に手を当てたり、目の中を見たりする。
「いや…ただの魔力枯渇だと思うので…。」
俺の言葉を黙殺し、ライラさんは俺の腕をとり、脈を測る。
続いて、左腕をまくり上げた。
「アレイフ、正直に答えるんだ。魔力回復薬をいくつ使った?」
「えっと…2本…?」
「正直に答えるんだ!」
ライラさんの口調が急に強くなる。
「えっと、3…いや、4本かな?」
「馬鹿な…。」
ライラさんが急に焦りだし、大声で他の人員を呼ぶ。
いきなりお姫様抱っこされ、重傷者の方へ連れて行かれた。
目を白黒させているクインとユリウスも黙って後ろに続く。
「なんてことをしてるんだ!あれが1日2本以上使用しちゃいけないのを知らないわけじゃないだろう!?しかも3時間以上は時間をあけないといけないんだぞ?」
もちろん知っている。
そもそもライラさんに教わったんだし。
「すいません。」
素直に謝ったが、ライラさんの口調は厳しいままだ。
「チアノーゼが出ている。体温もおかしい。しかも体中で内出血までしてるじゃないかっ!」
「内出血は…ちょっと魔力放出量の限界を超えたせいです。」
「…アレイフ、昔私が教えたことは全く覚えていないのか?」
「いえ…。」
もちろん覚えている。
魔力放出量にも人それぞれ限界がある。
補助魔法や修練で増やすこともできるが、無理矢理広げたり、限界を超える出力を行うと、身体に負荷がかかり、内出血や、頭痛、めまいを引き起こす。
最悪の場合、脳の血管が切れて死ぬことすらあると聞いた。
怒られながらライラさんに抱えられて、医務室に担ぎ込まれる。
「ライラ、どうしたんだ?血相を変えて。」
「すまない、ナット、至急看てもらえないか?」
「急患か?…ん?アレイフじゃないか。どうしたんだ?顔色が悪いが…。」
「魔力回復薬を直接摂取しすぎたらしい。」
「なるほどね…まさに武神という戦いだったけど…無茶したわけだ…で、3本目打っちゃった?それとも短時間の連続使用?」
「両方だ!この戦闘中だけで4本は打ったらしい。」
「!?すぐにベッドへ!」
いつものんびりしているナットさんの目が変わる。
ナットさん…飲んでない姿を見るのがはじめてだとか、実は医療とかに詳しかったのか、とか考えていると、頭を叩かれる!
「この馬鹿っ!ライラ、私の班の奴らを呼んできて。それと、そこの2人!外に出てなっ!邪魔だ!」
そこからのことはあまり思い出したくない。
針を刺されたり、おかしな魔術を使われたり、変な液体を注射されたり、身体に変な魔法陣を描かれたりと、かなり痛く、恥ずかしく、酷い目にあった…。
結局そのまま眠ってしまい、起きたのは次の日の早朝。
ベッドの傍にはナットさんがいて、目覚めたのを確認すると、熱や目、脈を測っていた。
もう大丈夫だとお墨付きをもらい。そのあと、ライラさんに再びこってり絞られる…。
ちょうどお説教が終わった後、ウキエさんや近衛隊のみんなも入ってきた。
顔を真っ青にしたウキエさんに魔力中毒を起こすつもりかと再び怒られた。
魔力回復薬には副作用がある。
経口摂取のものは効力が遅い分、その心配は少ないが、腕から直接摂取するものはその即効性の分、危険がつきまとう。具体的には意識混濁や呼吸器疾患、ひどい場合には痙攣や心停止を起こすこともあるらしい。
その前兆として異常な脈拍、低体温、そしてチアノーゼが出る。
昨日から怒られてばかりだなと、落ち込んでいると、俺が寝ているときいたのか、ミアとララがお見舞いにきてくれた。
ウキエさんは面識があったが、近衛隊は面識がなかったので一応紹介しておいた。
種族は違うけど、同じ亜人だし、仲良くなるかもと期待したからなんだけど、そもそもその考えが甘かったらしい。
ミアの何気ない一言が場の空気を凍りつかせる。
「あちしが背中を守ってればアレイフもこんなところで寝てなかったのににゃー。」
たぶん、悪気はなかったんだろう。
語尾からも、冗談っぽく話しているのがわかった…ただ、それがわかるのはミアと話し慣れているからだ。
「おい、それはどういう意味だ?」
ユリウスが険悪な雰囲気でミアに尋ねる。
ここで空気を読むなら、ミアも大人になったと言えただろう。
だが、ミアは見た目だけで中身は昔と何も変わっていなかった。
「今回は別行動だったから仕方にゃいけど、次からはあちしとララが背中を守るからこんな怪我することにゃいってことにゃ。」
聞きようによっては近衛が役立たずだといっているように受け取れなくはない。
本人にその気はなさそうだが…。
「それは私達近衛の役目だ。」
「近衛?アレイフとあちし達は同じパーティの仲間にゃ!国軍に入ってもそう約束したにゃ。」
確かに似たような約束はした気がする。
そしてパーティの脱退は許されていないままだ。
「何をいっているんだ?師団長の最も身近な守りは近衛隊だ。一介の傭兵に任せることはない。」
「傭兵だけどパーティにゃ?」
…ミアはたぶん近衛という意味をわかっていないんだと思う。
「次からは私達がお守りするから必要ない。」
「じゃあ何で今回は守らなかったにゃ?」
「いや…そんなことは…。」
「じゃあ、守ったけどアレイフはこんな怪我してるってことにゃ?」
無邪気に痛いところをつくミア。
純粋に疑問府を浮かべているようだが、ユリウスには痛いセリフだ。
本当は俺が独断先行した上に、魔力回復薬を使いまくったので、近衛に罪はない。
けど、そう言い訳するのはプライドが許さないんだろう…たぶん。
ユリウスの後ろでクインも苦い顔をしてるし。
「今回がダメにゃのに、次が大丈夫って保証はにゃいのでは?」
「それは…。」
ミアも正論だ…。
さて、どうしよう。なんて言ったら両方が納得するだろう。
「と、とにかく、師団長の身辺警護は近衛隊の仕事なんだ!傭兵の仕事じゃない!」
「じゃあ、あちしも近衛に入ればいいにゃ?」
「へ?…いや、そんな簡単に…。」
「ララ?」
ミアがララの方を向く。
するとララは無言でうなづいた。
「それなら文句にゃい?」
「うぅ…す、素性のわからないものを近衛になど…。」
「アレイフとの付き合いはあちし達の方が長いにゃ?」
「な、なんなんだ!お前はっ!」
ユリウスが声を荒げた。言い合いに勝てず、逆上したように見えなくもない。
「そういうお前こそ、実力もないのに口だけは達者にゃ。」
…ミアが毒を吐くところを初めて見たかもしれない。
実は最初から嫌味を言っていたわけじゃないよな?最初の方のあれもまさかわざと言ってたんじゃ…少しミアの人物像が崩れかけたけど、いや、考えすぎだ。きっと。
そして、2人はにらみ合いながら言い合いを始めた。
途中から内容は幼稚なものに変わっていったが、誰も間に入らないので終わらない。
仲裁したかったけど、一度止めようとして、黙っていろと2人に睨まれたのでそれ以降何も言えなくなってしまった。
ウキエさんの方を見たが、「私に言うな。お前が原因だろう。」と言わんばかりに睨み返される。
最後には、
「表に出ろっ!実力の差を思い知らせてやるっ!」
「上等にゃ!顔の形が変わるまでボコボコにしてやんよっ!」
といいながら外に出ようとして、ユリウスはクインに、ミアはライラさんに無理矢理連れて行かれて言い合いは終わった。
まさかあそこまで2人が仲違いするとは…そしてユリウスとミアの意外な一面も垣間見てしまった。
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