友との別れ

 今日が3人で集まるのは最後になるだろう。

 園の食堂で僕とゼフ、イレーゼが集まっていた。

 いつもどおり、イレーゼのいれたお茶を飲みながら、いつも通り何気ない話をする。途中、イレーゼをゼフがからかって怒らせ、僕も巻き込まれる。いつも通りだ。

 そして、しばらくたつと僕は真面目な顔をして、イレーゼやゼフにフィーのことを全て話した。

 僕の突拍子もない話に2人とも驚いていたけど、信じると言ってくれた。信じてもらえないのが怖くて今まで言い出せなかったのが馬鹿みたいだ。

 あいかわらずフィーの姿は見えないはずなのに、2人ともあっさり信じてくれた。


「精霊ねぇ、それならさ、すっごい魔法使えるようになるんじゃない?」


「ちげーねぇ。将来大魔術師とかになってるかもしれねーな。」


「いやーそうなると、貴族なんて目じゃないね。」


「だなぁ、みんなして養ってもらうか。」


 そういうと2人は意地悪そうな笑みを浮かべる。


「そんな訳ないよ。せいぜい何か新しい魔法を開発する仕事につけるぐらいじゃないかな。職の幅が広がるぐらい?」


 本気で僕はその程度だと思ってる。フィーは大袈裟なことをいってたけど、僕にできることなんてたかが知れてる。

 将来食いっぱぐれなければ十分だ。


 園長が言うには新しい魔術の開発は熟練の魔術師でも難しい。すでにある魔術よりも効率的かつ、効果のあるものでなければいけないからだ。

にもかかわらず、仕事として成立しているのは極少数だ。

 一部の貴族や王家主導の機関だけ。もちろん、実力が必要になるけど、そこに所属できれば一生安泰。なのになり手が少ないって言うんだからとてもお得な気がする。


 普通の魔術師は自らの知識の研鑽に生きるものらしく、あくまで自分の為に開発する。

 それが国や人の為になるかは二の次らしい。

 なので、一生をかけて何か魔術を開発し、本人はそれに満足しても、その魔術を教えてくれという人がいなければそれでおしまいということになる。

 それに比べて貴族や王家主導はする機関はこういう魔術がほしいと課題をだし、それを達成する機関にすぎない。

なので、稼げるものの、優れた魔術師は少ないそうだ。

現に国は外部のすぐれた魔術師に魔術開発の依頼を出すことも多く、園長もそういう依頼を受ける魔術師の一人だったりする。


「いや、それだけでも食ってけるじゃん。園長みたいによ。」


「そうよ。手に職ってやつね。うらやましいわー。ねぇ私にもなんか魔法つくってよ。」


「作ってよってそんな簡単に…。」


 しかし、2人はヒートアップする。


「あ、俺は空飛ぶやつがいいな。ほら鳥みたいによ。」


「私はそうね…花を咲かせる魔法とかほしいな。季節に関係なく、何もないところから花を咲かせるの。」


「空飛ぶ魔法ってなんかすでにありそうじゃない?あとレーゼ、それ風じゃなくて土の属性じゃない?」


「すでにあるか…たしかにありそうだなぁ」


「あ、そっかー。花を咲かせたりは土か…でもいいじゃん。不可能を可能にしましょう?」


「せめて、できそうなことにしてよ。」


 僕の言葉を聞いて、ゼフが急に真顔に戻った。


「じゃあよ。俺が帰るまで、園のこと頼むわ。これならできるだろ?」


 僕もイレーゼも固まってしまう。

 そう、明日ゼフは旅立つ。


「いろいろあるのにわりぃとは思ってる。それにもうすぐ俺らが最年長組になるしな。でもこれだけは譲れねぇから…。頼むな。アレイフ、レーゼ。」


「なによ。真顔になって。大丈夫よ。あんたがいなくても私とアレイフだけで十分この園は成り立つわ。」


「ゼフのほうこそ、気をつけて。リュッカ姉さんをよろしくね。」


「任せろ。本当はな…園長にもわかってほしかったんだけどな。」


 ゼフと園長は昨日もずっと言い合いをしていた。危険を冒してでもリュッカ姉さんを治そうとするゼフと、時間はかかっても2人に安全な道を示したい園長の話はずっと平行線のまま。

 今日も朝から何度も同じ話を繰り返していた。

 そしてゼフは話し合いをやめ、明日園をでることを決めた。

 すでにアルスさんに話はしてきたそうだ。


「しかたないわよ。園長だってわかってるけど、やっぱり危険だもの。ゼフのことも心配なのよ。」


「あぁ、わかってるさ。園長はいっつも俺らのことを1番に考えるからな。ねぇさんだけじゃなく、俺のことも心配してくれてるんだろうな。」


「大丈夫だよ。2人とも元気に帰ってくるんでしょ?ならそのときはきっと笑顔で迎えてくれるよ。」


 僕の言葉に2人ともうなづく。

 結果すべてがうまくいくなら、途中のいざこざなんてどうでもいいはずだ。


「旅支度はしたの?」


「あーそれなんだけどよ。手伝ってくれねぇか?俺はいいんだけどねぇさんの方な。」


「そっか、そうよね。いいわ。私がやっとく。けど旅の途中は大丈夫なの?」


 リュッカ姉さんは受け答えこそできないが、歩いたりするのはもちろん、促せば着替えや食事、トイレなども自分でちゃんとできた。

 こちらの言っていることはわかるのに、「あー」とか「うー」としか話せない。

 年少組を相手にしている感じだ。

 表情もとぼしい。

 アルスさんが言うには、廃人とまではいかないが、障害が残っている状態らしい。


「あーそれなんだけどな。あのオッサン、一人旅じゃないらしいんだ。なんか付き人みたいな人がいるらしくてな。それが女性だから大丈夫だってよ。」


「へー恋人とか?」


「いや、本当に部下って感じだったぜ。」


「まぁ男2人にリュッカ姉さんを預けることにならなくてよかったわ。」


 そういってイレーゼは笑う。


「どれぐらいで帰ってくるかわからないの?」


 僕の問いにゼフが苦笑を浮かべた。


「いや、おっさんもちょっと用があってまっすぐ龍族のとこに行くわけじゃねぇらしいからな。着くだけでも2,3年かかるんじゃねぇかな。」


「そっから治療して、帰ってくるとなると…。」


「どんなに早くても…5,6年はかかるってことね。」


「なげぇよな。」


 またしんみりとした空気が流れてしまった。

 その空気を払いのけるように、イレーゼが机の上にガタンと剣を置いた。


「餞別よ。」


「なんだこれ…なんでこんなもの…。」


「倉庫で見つけたの。錆びてたけどちゃーんと研いどいたから安心して。」


 ゼフが机の上の剣を手に取って抜く。

 普通の剣だが、その刀身は錆び付いているどころか、銀色に輝いていた。

 ゼフが出て行くと決まってからまだ2日。

 園の仕事もあるから、寝る間を惜しんで手入れをしたんだろう。


「魔物もいるでしょうから。それで自分の身とリュッカ姉さんをちゃんと守ってよね。」


「悪いな…。ありがとう。」


 ゼフは剣を鞘におさめるとイレーゼに頭を下げた。

 僕も餞別をもっていたので、このタイミングで渡すことにした。


「じゃあ、僕も。」


 そういって机に置いたのはジャラリと音がする袋だ。

 僕が密かに貯めていたお金。

 全部銅貨だけど、ぱっと見でも10枚や20枚なんて量じゃないのはわかる。

 怪しまれないように園に入れる分を制限した結果、僕の手元に溜まったお金だ。


「アレイフ、これ…どうしたんだ?」


 大金に驚いている2人に説明する。実は稼ぎのいい日もあって、いくらかを怪しまれないように貯めてたと。


「おまえ…そんなに稼いでたんだな。」


「危ないことばかりして…。」


「運がよかったんだよ。」


「でも、いいのか?こんなに稼いだのに。」


「いいよ。また稼げばいい。」


「頼もしいじゃねぇか。じゃあ遠慮なくもらってくぜ。」


 そういうとゼフはニッと笑い、お金を懐にいれる。


「2人とも、本当にありがとうな。迷惑ばっかかけちまうけど、頼むぜ。」


「気にしないで。それより2人とも無事で帰ってきなさいよ。」


「園はまかせて。」


 そしてその日は夕食までずっと3人で語り合った。

 楽しい時間はすぐに過ぎる。


 明日、ゼフが旅立ち、そしてその数日後、僕とイレーゼは園の最年長組になった。

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