第12話 勇者と呼ばれた男

 川のすぐそばで、僕らは焚き火を囲んでいた。

 途中で加勢してくれた男の人はアルスさんというらしい。

 冒険者で、どこか軽薄そうな感じはするが、ピンチを救ってくれた上に、マウを保護してくれていたみたいで、悪い人ではないようだ。

 シザーアントの群れを倒した後、僕らは自己紹介をして、ここにいる経緯を話す。

 アルスさんはとりあえず、焚き火に当たらせてくれと、火をおこしだした。

 川からあがってきたらしいアルスさんはズブ濡れ状態だった。

 それにしても手際がいい。近くにあった枯れ木を使いあっという間に火をつけた。

 あとでやり方を教えてもらおう。


 魔物の死体をそのままにしているのは気になったが、虫系の魔物は匂いに敏感で、同種が死んでいる場所にはよってこないらしい。

 普通の魔物なら死肉をあさりにくるらしいので、正反対だ。

 ただ、魔物の死体のそばというのもあれなので少し上流に移動してから火を起こしている。


「じゃあ、お前らはこのガキを探してこんなところまできたのか。」


「そういうことですね。無事でよかったです。」


 僕はパーティの代表のようにアルスさんと対話する。

 そもそもミアは舌っ足らずで、礼儀とかに疎い。ララは人見知りということで、パーティとしての対話は僕の役目になることが多かった。

 ララは黙って焚き火にあたっているし、ミアは...マウと気があったというか、マウがミアの尻尾を気に入ったようで、ジャレあっている。

 ...僕より年上だよね...ミア。


「アルスさんは魔物狩りだといってましたが、何を狩りにきたんですか?」


「あ~それなんだがな。シザーアントなんだよ。そこでちょっと相談なんだが、少し魔石を分けてくれねぇか?もちろんタダとはいわねぇ。」


 申し訳なさそうに頭を掻きながらアルスさんが苦笑いする。


「最初僕等だけで倒したもの以外は全部持って行ってください。ほとんど助けてもらった形ですし。」


「おい、そんなにいいのか?」


 魔石はすべてミアが回収していた。

 念のため、ララのほうを見たが、頷いていたので、問題ないだろう。


「はい、それより先程はありがとうございました。誰も怪我なく助かりました。」


「いや、いいってことよ。それよりお前...アレイフだったか。まさかこんなところでお目にかかれるとはな。偶然ってのはあるもんだ。」


「えっと、どういうことですか?初対面ですよね?」


「それのことだよ。それ。」


 アルスさんは僕の顔のすぐそばの虚空を指す。

 いや、違う。僕の隣にいるフィーを正確に指差していた。


「見えるんですか!?」


 驚く僕を見て、アルスさんはニヤっと笑う。

 ララはアルスさんの指した虚空を見て、不思議そうな顔をしていた。


「あぁ、俺の右目は生まれつき魔眼とか、神の眼とかいわれるもんでな。精霊視の力があるらしい。」


「フィーが見える人を初めて会いました。ということは僕もその特殊な目ってことなんですかね?」


 僕の反応を見て、アルスさんが不思議そうな顔をした。


「おいおい、お前まさか自分が何なのかわかってねぇのか!?」


 僕は首を傾げた。


「お前、その精霊と対話ができるんだろ?俺は見えるだけだ。声は聞こえねぇ。お前は目が特殊なだけじゃねぇんだよ。」


「それはどういう...。」


「そうだな。国によって違うが、信徒、神降り、コントラクター、神子、使徒なんて呼び方もあるな。」


「精霊と対話ができる人は他にもたくさんいるんですか?」


 僕が少し身を乗り出して聞くが、アルスさんは首を振った。


「いや、最大で4人だ。」


「4人だけですか?...最大で?」


「あぁ、それも全員が全員別の精霊と対になってるからな。フィーっていったか?風の精霊だよな。他の精霊も見えはするだろうけど、意思疏通できるかは精霊の気分次第だ。無条件に親交を持てるのはお前の場合、風の精霊だけになるな。」


 なるほど。最大4人というのは基礎的な魔法の属性「火・水・土・風」の精霊と対話できる人物が各1人ずついるってことか。


「まぁ俺みたいに姿だけは見えるやつや、存在を感じることができるやつなら結構いるけどな。」


「そう君は特別なんだよ。前にもいっただろ。」


 そこにフィーが割り込んできた。

 僕の目の前に移動し、何故か偉そうに腕を組む。


「にしても、お前は普通の人間だよな。俺の知る限り、人族が精霊と対話できるなんて伝説でも聞いたことねぇぞ。」


「そうなんですか?人族じゃないってことは?」


「あぁ、現在で、火の精霊と話せるやつは龍族だ、ちなみに土はナーガ族だな。水はしらねぇ。」


「あったことあるんですか。」


「龍族の方はあるぜ。ナーガ族は人嫌いでな。危うく殺し合いになるところだった。聞いた話じゃずいぶん高齢らしいがな。」


 苦笑いしながらアルスさんが話してくれる。


「どこにいるんです?その人達は。」


 会ってみたいというよりは単純な疑問だった。

 僕の世界は狭い。

 園のある南区の一部と、仕事で出かける外の世界だけだ。

 でもアルスさんには会いたがってると思われたらしい。


「龍族の方はここからかなり遠いな。しかも険しい山々を越えなきゃならねぇ、おまけに試練つきだ。ちっと厳しいな。ナーガ族は意外と近いが、さっき言った通り人嫌いでな。難しいと思うぞ。」


「そうですか。」


 僕が少し落ち込む素振りをみせると、ララが会話に入ってきた。


「あなたは随分遠くから来たような口ぶりなの。」


「あぁ、俺はこの国より遥か北のレイム王国の者だからな。この国とは国交すらめったにないほど遠いな。」


「そこでは龍族と人族が普通に対話できるの?」


「いや、さすがにそれは...ねぇな。」


 アルスさんは何か言いづらそうに頭をかく。


「これでも俺は、レイム王国では勇者って呼ばれてるんだぜ?まぁ...成り行きなんだが。」


「勇者?」


「あぁ、権力も何もない、ただの称号だけどな。いろいろあって、王国に認定されたのさ。といってももう10年ちかく前の話だけどな。」


 そう言ってアルスさんは笑ったが、普通の人が勇者なんて大それた称号をもらえるとは思えない。

 勇者といえば、おとぎ話で出てくるような龍を倒すような人だ。


「龍を倒したの?」


 ララはどうやら僕と同じことを考えたらしい。


「あぁ、まぁな。ちと違うが、まぁ龍族といろいろとあって、最終的に友好的な関係を築くのに尽力したってのでその称号をもらったのさ。」


 ほれ、とアルスさんはやけに豪華な剣の装飾を見せてくれた。


「一応、それが証ってことになる。まぁ、レイム王国内ぐらいでしか意味ないけどな。ここじゃーお前らと同じただの冒険者?っていうのか?それだよ。」


 服が乾いて来たのか、アルスさんは焚き火を離れようと立ち上がった。

 そこに走ってきたのはマウだ。ミアも一緒に並んでいる。

 ...仲いいな。歳はミアのが上のはずだけど、中身は同じぐらいの年齢なんだろうか...。


「なんか失礼にゃこと考えてにゃい?」


 ...ミアはさすがするどい。ジロリと睨まれた。

 僕はなんとか笑ってごまかす。


「ねぇ、おじさん。キノコは?」


 そのセリフでアルスさんが凍りついたように動きを止める。


「いや...その...ほら魔物がいただろ?それでな・・・。」


 弁解するように話すアルスさん。でもダメだ。小さい子にはそんなこと言ってもわからない。

 僕は園でよくそういう場面に出くわすけど、助け舟は出さない。

 正直、キノコがなんのことなのかわからないし。


「ねぇ、とってきてくれるっていった。」


「そ、そうだな。いや、対岸にはたどり着いたんだぞ?それにキノコもとった。見てたろ?」


 マウに詰め寄られていくアルスさん。

 川の対岸にキノコが生えているんだろうか。

 それを取りに行ってたから川からあがってきたのか...。

 でも、見たところ、今のアルスさんはキノコをもってなさそうだ。


「とってきてくれるって...。」


 マウの瞳に涙が貯まる。


「いや、迎えもきたし、せっかく服も乾いたのに。」


 必死に避けようとするが、それじゃダメだ...。


「とってきて...くれるって...。」


 マウの涙は決壊寸前だ。

 それを見たアルスさんは何かを諦めたように肩を落とし、大きなため息をついた。


「わかったよ...。とってくるから、ちょっとまってろ。」


 そうしてアルスさんは再び、乾いた髪をずぶ濡れにして、対岸にあるキノコをこれでもか!というほどとって戻ってきた。


 再び火に当たるアルスさんの隣でマウが上機嫌に笑っている。

 基本的にアルスさんはいい人らしい。


「そういえば、アルスさんってなんでわざわざこんな遠い国にまできたんですか?」


「観光なの?」


 僕とララがふとした疑問を投げかける。


「いや、ちょっとな。探し物をしてんだよ。」


「探し物?」


「まぁ込み入った事情だから勘弁してくれや。人探しみてぇなもんだ。」


「そうですか...。」


 アルスさんが苦笑いする。

 服が乾くのを待って、僕らは街に引き返した。


 マウとミアはすっかり仲良くなっていた。

 別れるとき、泣きそうな勢いで嫌がっていたが、ララがいつでも会えると言うと、結構あっさりと手を振って帰路についた。


 アルスさんとも街についたときに別れた。

 ミアとララとも別れ、園への帰路につく。

 物語以外で勇者の称号をもつ人に会ったことよりも、僕はフィーと対話できるのが世界に最大でも4人しかいないことに衝撃を受けていた。


「なんで、僕はフィーと話せるのかな?」


「急にどうしたんだい?」


「いや、世界に最大で4人って特別すぎない?なんで僕なのかなって。」


「んー理由かい?それは教えてあげられないから、ボクと話せる幸運を改めて噛み締めることをオススメするよ。」


「...まぁそうだね。フィーと話せてよかったよ。」


「君は本当に素直だね。安心しなよ。ボクはずーっと、君と一緒さ。」


「そっか、ありがとうね。」


「改めて言葉にされると照れるね。それに、最大4人って正確じゃないよ?精霊全部見れるのは最大4人だけど、ボク限定なら意外と多いかも。まぁ、君が一番だけどね。」


「そっか...けど、一番ってなんか嬉しいな。」


「だろぅ?」


 フィーは鼻の頭を掻く仕草をする。

 最近、フィーが更に鮮明に人の形になってる気がする。

 そういえば、アルスさんにも僕が見えるフィーと同じものが見えていたんだろうか。

 聞けばよかったかな...。


 僕等は夕日の中、園への帰り道を急いだ。

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