第6話 はじめての戦闘

 荷運びの仕事はミアさんが言っていた通りで間違いないらしい。

 3人は街外れの森の中にある「シリ草」という薬草を取りに行く途中とのことだった。

 なぜ荷物持ちがいるのか疑問だが、大量に採るのだろうと、黙って3人の後に続く。


「ところで~少年!にゃんで仕事探してたにゃ?」


「それは、お金が必要だったからです。」


「何か欲しいものでもあるのかにゃ?」


「まぁそんなとこですね。」


 道中も、ミアさんがずっと話しかけてくる。

 ライラさんはたまに会話に参加する程度、ララさんに至ってはずっとこっちを睨んでいる気がするが、話しかけてくる気配は一切なかった。


「少年はいっつもあそこで仕事を探してるのかにゃ?」


「いえ、今日がはじめてです。」


「ほぅほぅ、それはラッキーだったにゃ!ララに感謝するにゃ!」


「ふぇ?」


 いきなり話を振られて驚くララさん。


「声をかけたのはミアなの。」


「でも、少年に気がついたのはララだにゃ。」


「それは...。」


 ララさんが何か言いづらそうにしている。


「そろそろ外壁だね。少年は外へ出たことは?」


 街を囲む外壁を通るための門が見えてきたところで、ライラさんが声をかけてきた。


「いえ、ありません。」


「へぇ~そうなのか。なら初出陣だね!おっと、手続きしてくるからちょっと待っててね。」


 そういうと、ライラさんは門のところにいる兵士と何か話している。

 出入りは自由なんだろうか。

 しばらくして、僕は初めて街の外に出た。


 城壁の外はほとんど草原、遠くに森や山が見える。

 この街道をずっと行くとまた町があるらしい。

 今回の目的地の森はすぐそこに見えているやつなので、すぐに入口まで着きそうだ。

 僕らはそのまま街道を外れて少し歩き、森の手前で一旦立ち止まった。


「そろそろいいかにゃ?」


「あぁ、いいよ。」


 ミアさんがライラさんに許可を求めたあと、深くかぶっていたフードを外す。


「ふぃー窮屈だったにゃー。」


 そう言ったミアさんの頭には。耳があった。

 いや、これは正確ではなく、そう頭の上に猫のような耳がついていたのだ。

 猫の鳴き声みたいな語尾だなとはおもっていたが、まさか猫耳が出てくるとは思わなかった。

薄い茶色い髪に、明るい茶色の耳。先っぽだけ焦げ茶色で、もふもふしてそうで、なんていうか、めちゃくちゃ触りたい。

けど、いきなりさすがに耳を触らせてくれは失礼な気がする...。仲良くなれば大丈夫だろうか。


 驚いている僕に気づいたのか、ミアさんがニヒヒと笑いかける。


「そんなに見つめられると恥ずかしいにゃ。いくらあちしが魅力的でもにゃー。」


ミアさんが、身体全体でポーズをとってるけど、そのポーズはライラさんぐらい大人にならないと意味がない気がする。具体的には...胸。

たぶん、谷間を作るポーズなんだろうけど、ミアさんの胸に膨らみがあるようには全く見えない。ペッタンこだ。

残念ながら僕の目線はミアさんの頭にある耳に釘付けだった。


「少年は獣人を見たことがないのか?」


 ライラさんの問いに「はい。」と答えるが、目はミアさんの耳に向いたままだ。

 なんだろう...やっぱり、すごく触りたい。


「ミアは獣人と人間のハーフらしくてね。見ての通りだ。」


「にゅふふ。尻尾もあるのだよーん。」


 そう言って、僕に尻尾も見せてくれた。

 モフっとしてて...気持ちよさそうだ。耳と同じく先っぽだけ焦げ茶色で、フリフリしてる。

...耳と尻尾、どっちもいいな。おっと、あんまりじろじろ見るのも悪いか。今さらな気もしたけど、話題を変えることにした。


「なんでフードを?」


「その質問が出るということは、少年は獣人に偏見がなさそうだね。よかった。」


「偏見ですか?」


「実はね、この国では獣人奴隷が多くてね。獣人は奴隷と蔑まれることが多いんだよ。もちろんミアは奴隷じゃなんだけど、どうしても目立つから街中ではフードを被ってもらってたんだ。それに貴族とか有力者は何故か獣人を毛嫌いするからね。いらないトラブルは避けた方がいいし。」


「そうなんですか。じゃあララさんも?」


「私は違うの。」


 そういうと、ララさんもフードを外した。

 ミアさんとは別の意味で見とれてしまう。

 美少女だった。それも見たことがないような。

透き通るような白い肌に、黄緑がかった髪の色。目はぱっちりとしていて、人形のように整った顔だった。

 でも、なんだろう、何か違和感がある...。


「気づいた?彼女はエルフと人間のハーフなんだ。ほら、耳とか尖ってるでしょ?ミアとは理由が違うけど、町中では危ないからね。貴族に見初められて拐われるなんて話も聞くし。」


 ライラさんに言われて見ると、確かに耳が長く、尖ってる。

 違和感の正体はこれか。

またジロジロ見てしまい、ララさんは少し頬を染めた。


「では改めて、少年!これから森にはいるけど、森は魔物もでるから、なるべく私達からはなれてはいけないよ。」


ライラさんが武装の点検をしたあと、肩を回していた。

短く切られた金色の髪に、革の鎧を身に付けてるけど、なんていうか、女性らしい丸みはある。

未だにポーズを崩さないミアさんよりよっぽどあのポーズが似合うと思う。口には出さないけど。

 だけど、ライラさんの注意をきいたときに違和感を覚えた。


「私...たち?」


 疑問を投げかけると、ライラさんは苦笑する。


「こう見えて、ミアもララも戦い慣れている私の仲間だよ。見た目は少年とほとんど変わらない年に見えるかもしれないけど、二人共私と年齢は変わらないんだ。ハーフとはいえ、獣人もエルフも人族より長寿だからね。」


 そういうライラさんは20歳前後ぐらいに見える。ということは二人とも僕よりずっと年上か。

 よかった。呼び捨てにしてなくて。


「ねぇ、貴方、魔術がつかえるのよね?」


「本当にゃ!?」


 ララさんの問いかけに、ミアさんが反応する。


「何故ですか?」


 僕の問いにララさんが僕の周りに目を向ける。


「だって精霊が集まってるの。たくさんよ。」


 精霊と言われて、僕はフィーの方を見るが、フィーは「私は見えてないはずよ。」という。

たぶん、園長が見えるといっていた魔力の粒子のことだと思う。それが僕の周りに集まってる?残念ながら僕には見えてない。


「初歩的なものしか使えません。」


「その年で魔術が使えるとかすごいにゃー!」


 ミアさんが何か使ってみせてくれと騒ぎ出しそうだったが、ライラさんに抑えられた。


「ほら、そろそろ行かないと、帰りが遅くなる。行くよ。少年は基本的に戦わなくていいから、私達の指示に従うように。」


ライラさんの言葉にしたがって探索を始めると、目的の薬草は本当にあっさりと見つかった。

 魔物にあうこともなく、森を少し入ったところに自生していた。

 僕を連れてきたということは大量に採るものだと思っていたが、その必要もないらしい。

 僕とミアさんでその薬草を採取している。

 ライラさんは周辺を警戒、ララさんは...一応警戒ということになっているが、暇そうだ。

 なんで僕を連れてきたんだろ?


 最初に気づいたのはフィーだった。


「ねぇ、上に何かいるみたいだよ。気をつけて。」


 僕が上を見上げると、確かに木の上に何かいる。

 人間のような形だが、人間より小さい。子供の影?みたいなのがいくつも見えた。


「あれ、なんですか?」


 僕が指差すのと同時に、影が木から飛び降りてきた。


「レッドゴブリンだ!ミア!ララ!」


 ライラさんの叫び声にミアさんとララさんが反応する。

 僕の前に躍り出たミアさんは降ってきた魔物の一撃を受けとめた。

 ライラさんが「少年!下がれ!」と怒鳴りながらかけてくる。

 僕は突然のことに驚いて、ペタンと座り込んでしまっていた。


 木から落ちてきたゴブリンは5体、ライラさんがレッドゴブリンといっていたが、確かに体が真っ赤で、頭に角があり、牙のするどい醜悪な顔をしていた。背は僕より低いが、手に石の剣のようなものを持っている。


 ほんの数メートル先にはじめて見る魔物がいる。

 僕は驚いて動けないでいた。


 ライラさんが僕を庇うように前にでて、レッドゴブリンに切り込む。

 たった数回打ち合っただけで、1体を切り伏せた。

 どす黒い血が噴き出す。

 隣をみると、いつの間にか短い剣を両手に持ったミアさんが立っていた。

 足元には切り裂かれたレッドゴブリンの死体がある。

 残りの2体が僕を狙おうと左右から近づいてきたが2体とも後ろに吹き飛ばされた。

 突風のようなものが吹いたので魔術だろう。

 後ろを向くと、杖を掲げているララさんが見えた。

 吹き飛んだレッドゴブリンはライラさんとミアさんがあっさり止めをさす。

 ほんの一瞬で、5体の魔物を倒してしまった。


「少年、大丈夫か?」


「いや~びっくりしたにゃー。」


「木の上は盲点だったの。」


 僕はただ、呆然と座り込んでいるだけだった。

 はじめて見る魔物。そしてその魔物の血。

 正直、気持ち悪い。


「むーちょっとカッコ悪いよ?もっとスパッといいとこ見せようよ。」


 頭の上のフィーが無茶をいってくる。


「大丈夫です。ちょっと驚いて...あれは何を?」


 ライラさんの後ろでミアさんが、ゴブリンの死体を切り刻んでいる。


「あぁ、あれはね魔石を剥がしてるんだ。」


「魔石?」


「知らないかい?魔物は魔石を身体の中心にもってるんだ。色によって等級があってね。換金してもらえるのさ。普通は魔石だけじゃなくて素材なんかも剥がすんだけど、ゴブリン系は特に取れるものがないから魔石だけとるんだよ。」


「なるほど...。」


 それにしても、魔物とはいえ、死体にナイフを突き立てるのは僕にはできそうにない。


「魔石を取り終わったら、森を出ようか。薬草も集まったし。疲れたろ?」


 ライラさんは、気持ち悪そうにしている僕を気づかってくれたみたいだ。今帰ると何をしに来たんだといわれても仕方ないほど何もしてないけど、正直ありがたい。


「ねぇ、アレイフ。」


 フィーが珍しく僕の名を呼ぶ。


「ボクは、かっこいいキミが見たい。」


 フィーはまだ僕が魔物に驚いて座り込んでいたことを言っているのかとおもったけど、そうじゃなかった。


「次はちゃんと見せて。無詠唱で使えるんだから。」


 そういってフィーはミアさんの背後、少し上の方を指さした。


 レッドゴブリンから魔石をとるミアさんの背後から、青い色のゴブリンが落ちてくる。

 先ほどのレッドゴブリンとは違い、切れ味鋭そうなナイフを持って、まっすぐにミアさんに突き立てようとしていた。


 ライラさんやララさんも気づいていない。

 ミアさんが背後に気づいて後ろを振り返る。けどもう間に合わない。

 目が大きく見開かれるのを見て、僕はとっさに唱えた。


「風爪!」


 青いゴブリンがバラバラに切り刻まれて落ちてくる。

 そう、バラバラだ。


 僕ははじめて、生き物に魔法を使った。


「ブルーゴブリンもいたのか...。ララ、周囲の索敵を。」


 ライラさんの言葉にララさんが魔術を唱える。

 周辺の敵を探す魔術だろうか。


「少年。今のは...魔法か?」


「いや~少年!助かったにゃ!久々にヒヤッとしたにゃ~!」


 困惑した顔で僕を見るライラさん、そして緊迫した雰囲気をぶち壊すようにニャハハと笑いながらミアさんが近づいてくる。


 しばらくして、ララさんも近づいてきた。その表情はなぜか紅潮している。


「すごい魔術なの。風の精霊がすごい密度で。それに無詠唱だったの!いったいどこでそんな魔術を教わったのか教えてほしいの!」


 ララさんがはじめて僕に対して、長文を話した気がする。


「少年!いい腕だにゃ~、いっそあちし達と組まないかにゃ?ハーレムパーティーにゃ!」


 そういうと、ミアさんは僕の肩に手を回し、ニャフフと本気かどうかわからない勧誘をしてくる。


「少年。その魔術はどこでならったんだ?凄まじい威力だったが。」


 困惑していたライラさんもやはり疑問を投げかけてくる。

 フィーに教えてもらった魔術は予想通り並みのものじゃないらしい。


「えっと...魔術は...親に教わりました。」


 実の親ではないし、さっきの魔術は習ってないけど嘘はいってない。


「さぞ高名な魔術師の家系なのだな。あんな魔術は本当に初めて見たよ。」


 一人感心しているライラさんに、真面目な顔でミアさんが提案する。


「ニャー、ライラ。本気でうちに来てもらうのはどうかにゃ?」


「私もそれがいいと思うの。逃すのはもったいないの。」


「確かに...。」


 ミアさんにララさんも賛成し、ライラさんが何かを納得したようだ。

 次の瞬間、僕はライラさんに両肩をガッチリ掴まれていた。

 目線を僕にあわせて、ライラさんは真顔で僕を勧誘する。


「少年。仕事を探しているといったね。どうだろう。ウチに来ないかい?日によるけど、結構稼げるとおもうよ。時間の融通も利くし、休みも自由だ。」


 すごく高条件な気がするけど、とりあえず、手の力を抜いて欲しい。


「ちょっと痛いです。」


 ライラさんは、はっとして両肩から手を話してくれた。


「仕事って今回みたいな薬草集めですか?」


「いや、本業は違うよ。そうか、ちゃんと名乗ってなかったね。」


 そういうと、ライラさんは自分の剣を見せる。

 そこには羽ばたいた鳥のレリーフが刻まれていた。


「傭兵団、銀鷹の副団長をしている、ライラ・サミーだ。改めて宜しく。」


 どこかで聞いた名前の傭兵団...。

 あぁそうか、ボードに募集の紙が貼ってあったっけ。


 そこで気がついた。フィーがニヤニヤ笑っていることに。

 なぜついて行けといったのか...フィーはどうやら気づいていたようだ。

 結局、フィーの思惑通り、僕は傭兵団にスカウトされている...。


「まぁいきなりは何だから、気が向いたらここに来てくれ。私たちはここを拠点にしてるから。」


 そういうと、僕にボードに張ってあったのと同じ紙を渡した。


 そのあとは無事、薬草をもって街まで戻ってきた。

 もう日が暮れる前だ、門限ギリギリといったところか。

 帰りの間もミアさんとララさんからは熱烈な勧誘があった。ミアさんはベタベタしてきて、ララさんは傭兵団のいいところを必死にアピールしてきた。特にミアさんに困ったので助けを求めてみたが、ライラさんもあまり止めてはくれなかった。そして、フィーは終始ご機嫌だった。


「これで依頼完了だね。少しでもその気があるならさっき渡した地図の場所にぜひ来て欲しい。頼むよ。」


「必ず顔だすにゃ!美味しいものご馳走してやるにゃ!」


「来るべきなの。歓迎するの。」


 最後まで勧誘してくる3人と別れて帰路につく。


「ふふん、ボクの言ったとおりだろ?仕事も見つかったし、よかったね。」


 満足そうなフィーに釘を刺す。


「まだ入ると決めたわけじゃないよ。というかなんでそんなに傭兵団に入れたがるんだよ。」


「べっつにー。たいした理由があるわけじゃないんだけどね。」


 何かあるんだろうが、話す気はなさそうだ。

 僕はあきらめて、園への道を急いだ。


 門限を過ぎると、ご飯抜きになるが、今日は何も食べれそうにないのでちょうどいいかもしれない。

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