第4話 園の転機

 園長室の扉を叩くように飛び込んできたのは、数年前に卒業したカロだった。

 何事かと、手に持った魔道書を戻し、彼女に近づく。


「どうしたんだ。そんなに慌てて。」


「園長!大変なの...。」


 それだけ言うと、カロは胸に手を当て、苦しそうに荒い息を整えた。

 ワシはただならぬ様子を見て、カロの次の言葉を待つ。


「ローラが馬車に跳ねられて酷い怪我で!意識もなくて...それで...。」


 カロが泣きながらワシに縋り付いてくる。

 確かカロの勤め先は診療所。そこにローラが怪我をして担ぎ込まれたということなのか。

 詳細はわからないが、とにかくローラが危篤で、急いでこちらに走ってきたということなのだろう。

 ローラは確か2年ほど前に卒業し、今は全寮制の王立学園に通っていたはず。

 すぐに出かける準備をするからと、カロに椅子をすすめる。


 ちょうどその時、貴族様の使いというものが来訪すると先触れが園に届いた。

 ワシはカロに少し待つよう告げ、園の出入り口まで移動する。


 黒い大きな馬車が園に乗り付け、中から2人の人物が降りてきた。

 1人は中肉中背の眼鏡をかけたオールバックの男。もう1人は坊主でガタイのいい大男だ。

 二人共執事のような格好をしている。

 大男を従えるように、眼鏡の男がこちらまで歩いてきた。


「フーリ・カーリ園長とお見受けします。お初にお目にかかります。私わたくし、とある高貴な家柄の主に使えるものにございます。事情があり、名乗ることはできませんが、少々お時間を宜しいでしょうか。」


 とても丁寧なお辞儀とともに、ワシにむかって挨拶をする眼鏡の男。

 どうやらワシのことは知っているようだが、今日どこかの貴族に合う予定はなかったはずだ。


「すまんが、少々問題がおこってしまいましてな。急いでおるのです。申し訳ありませんが、日を改めて頂けませんかな?」


 今は貴族なんぞの相手をしている暇はない。さっさと切り上げようとしたが、眼鏡の男は引き下がらなかった。


「それはここの出身者が馬車に跳ねられた件ですか?それなら我々の要件もそれに関することですので、お時間をとって頂けますか?どちらにしろまだ治療中のはずです。それとも魔術師フーリ・カーリ様は治療術にまで詳しいのですか?」


 ローラの件ときいて、まさかこいつらの馬車が!?とも思ったがどうやら違うようだ。

 高級そうな馬車には傷一つない。

 ワシは釈然としないものの、眼鏡の男の言うとおり、治療中ならば行ってもできることはない。プロの治癒師に任せるほうが賢明だと考え、とりあえず2人をカロのいる園長室に案内した。


「園長?そちらは?」


 園長室に入ったワシを見て、怪訝な顔でカロが問いかける。

 ローラのところに急がなければいけない状況では当然だ。


「ローラ様のことならまだ治療中です。命に別状はないそうですし、夕刻頃にならないと面会はできませんよ。」


「そ、そうなんですか?」


 眼鏡の男の情報をカロも持っていなかったようで、あからさまにホッとした表情になる。

 ワシの隣にカロを座らせ、対面の椅子を眼鏡の男達へ進める。


「それで、話とは?」


 ワシの問いかけに、眼鏡の男と大男は立ち上がり、深々と頭を下げる。


「まずはお礼を。我が主のご令嬢を助けてくださったローラ様に心よりの感謝を。」


 眼鏡の男は淡々と顛末を語ってくれた。

 自分の主の令嬢が、お忍びで街で評判の雑貨屋にきていたこと。

 その雑貨屋に暴走した商人の馬車が突っ込んだこと。

 その時にローラが主の令嬢を庇ってくれたこと。

 おかげで主の令嬢は軽傷、ローラが重症を負ったこと。

 そして、暴走した商人もその事故で亡くなったということ。


 感謝の言葉はありがたいが、ワシはやはり釈然としない。


「その言葉はワシではなく、ローラ本人に言ってやってくれませんかな?」


 ワシの当然の言葉に、眼鏡の男は驚くべき言葉を返してきた。


「そうしたいのは山々なのですが、ローラ様の意識がいつ回復するかわかりません。そして我らがお礼を言うチャンスは今しかなかったのです。」


「それはどういう意味ですかな?」


「我が主も感謝はしております。しかしながら、令嬢が平民と関わることを良しとしておりません。もちろん恩人とは思っておりますが、以前にも何度か似たようなことがありまして...。」


 そこで眼鏡の男は言葉を濁す


「似たようなこととは?」


 ワシが続きを促すと、顔の前で手を組んで、言いにくそうに続けた。


「今回よりずっと軽い、ちょっとした恩で何度も大金を要求されたことがございます。」


「馬鹿なことをいうな!」


 ワシは反射的にどなっていた。

 隣のカロもビクっと肩を震わせる。


「ローラが今回のことで、金銭を要求するというのか!」


「お怒りはごもっともです。それに命の恩人にこのようなことをいうのは心苦しいのですが、我が主はローラ様がどのような人物か知りません。何度も言いますが、もちろん我が主も、私どもも感謝はしているのです。しかしながら過去に脅迫された経験がある以上、堂々と名乗ることもできないのです。」


 どうかご了承ください。と眼鏡の男はもう一度立ち上がり、深々と頭を下げた。


「ローラがかわいそう...。」


 カロが隣で泣いている。ワシは黙ってカロの肩を抱き、眼鏡の男を睨む。


「もう帰ってくれんか。ローラは別に何か礼がほしくてかばったわけではないだろう。あの子は、自分より弱いものを自然に庇うことができる子だ。」


 眼鏡の男はワシにむかってもう一度深々と頭を下げ、テーブルの上に布袋を置いた。


「これはお見舞いです。怪我の治療費の足しにしてください。」


 そう言うと、眼鏡の男は大男を伴って、部屋を出て行った。

 しばらくして、馬車の遠ざかっていく音が聞こえる。





 夕刻になり、ワシはカロと二人で診療所に来ていた。

 カロが同僚からローラのことを聞き、彼女の案内で長い廊下を歩く。


「意識はあいかわらずないみたいだけど、とりあえず今できる治療は終わったって。」


「本当に命に別状はないんだな?」


「そうらしいけど、詳しいことは私もきいてないから。先生が来て説明してくれるらしいから、とりあえずローラの寝ている部屋に行こう。」


 診療所の奥の方にある、部屋に入る。

 一人部屋にローラは寝かされていた。


「ローラ、来たよ。眠っているのかい。」


 ワシはローラに話しかけた。

 カロが静かに扉を閉め、ワシの隣からローラの方へ近づき、涙ぐむ。


 ローラは酷い状態だった。

 頭や顔、腕にも沢山の包帯が巻かれており、彼女が重体だということが伺える。


「子供をかばったそうじゃないか。さすがはワシの自慢の娘だ。」


 ローラの頭を撫でるが、反応はない。

 カロも泣きながらローラに呼びかけている。


 ちょうどその時、扉が開き、この診療所の責任者、カロが先生と呼んだワシの幼馴染が顔をだした。


「来たのか。すまんが大事な話があるからこっちに来てくれるか?」


 ローラをカロに任せ、ワシは幼馴染と別室に移動する。


「かなり酷い。命に関わることはないが...。」


「顔の傷か?」


「いや、それよりも重大なのは足だよ。右足が酷い。恐らく彼女はもう元のようには歩けん。」


「なんだと!?」


「高位の治療魔術なら完治させられるかもしれんが、お前さんも知っているとおり、上級貴族でもない平民には手が出せん治療法だ。」


「なんということだ...。」


 高位の治療魔術。治療魔術の習得はほぼ生まれついての才能がものをいう。四属性どの治療でも一握りの選ばれたものが更に研鑽を積んでやっと足を踏み入れられる領域。

 使える人間は無条件に聖者、聖女と呼ばれるほどの権威を持つ魔術だ。

 現在使えるのはこの首都で2人だけ。

 教会の教皇とその弟子に当たる王族、第1王女だけのはずだ。

 なんのコネもない平民では治療を願い出ることはおろか、面会すら叶わない。


 そして、成人したばかりで、夢を追っていた彼女にとっては致命的な怪我だ。

 有望な若者を育成するためという理由で、王立学園はほとんど学費というものがかからない。

 しかしながら、毎年ふるいにかけられ、去って行く者も多いのも事実。

 この怪我は恐らく彼女の夢への道を途絶えさせることになるだろう。


 思わず膝をついてしまったワシの肩に、幼馴染が手を置く。


「元気をだせとは言えん。彼女の先を考えれば気も落ちるだろう。でもまずは生きていたことを喜ぶべきだ。意識が戻れば激痛が待っている。痛み止めは用意しておくが、まずは傍にいてやったほうがいいんじゃないか。」


 ワシは「そうだな。」と頷くことしかできず、ローラの寝ている部屋に戻った。


 それからしばらくして、ローラは目覚め。同時に苦しみ出した。

 痛み止めを飲んでも、効き目が出るまで「痛い、痛いよ。」と泣くローラをワシとカロは励ますことしかできなかった。


 薬が効いて落ち着いてきたのか、ローラとこれからのことを話した。

 隠していても仕方がないので、足のことも正直に伝えた。

 一番驚き、ショックを受けていたのはローラよりカロの方だった。彼女にとってローラは可愛い妹分だったのだろう。


「ねぇ園長。私、どうすればいいのかな?」


 天井を見ながらローラはワシに問いかけた。


「うちに帰ろう。怪我を治してからゆっくり考えればいい。」


 ワシには居場所をつくってやることしかできなかった。

 それでもローラは「ありがとう。」といって涙を流していた。


 夜遅くになって、ワシはローラを連れて園に戻ってきた。

 診療所が使っている、急患を運ぶための馬車を借り、園まで来た。

 人手は診療所が貸してくれた。

 本当にあの幼馴染には頭が上がらない。

 担架を用意している間に、準備を整えようと先に園内に入ってワシは驚いた。


「園長、おかえりなさい。」


 入口には寝巻き姿のアレイフが立っていた。トイレに起きたにしては、目がしっかりとしている。

 こんな夜更けまで起きて待っていたのだろうか。


「外が騒がしいけど。」


「ちょっといろいろとあってな。そうだ。すまんが、少し手伝ってくれんか?」


 アレイフに2階の1番奥の部屋のベットをすぐ使えるようにしてほしいと伝える。

 少し首をかしげていたが、すぐに彼は2階に上っていった。


 担架をつかってローラを2階に運んでもらう。

 階段で少々手間取ったが、なんとか目的の部屋まで運んでもらった。

 そこにはベットにシーツをかけたり、布団を運んでいるアレイフとゼフ、そしてイレーゼの姿があった。


 3人ともワシが帰るのを起きて待っていたのだろうか?


「用意できたよ。」


「こんな夜中にまた兄弟が増えるのか?」


「着替えはすぐにいる?男の子?女の子?」


 どうやらワシが新しく園に迎え入れる子を連れてきたのだと勘違いしているようだ。

 後ろから入ってきた担架を見て、3人とも訝しげな顔をする。

 しかし、担架の人物を見て、その表情は驚きに変わった。


「ローラ姉さん!?」


「どうしたんだ?その包帯?」


「どういうことなの?園長。」


 ワシはローラをベットに運んでもらい、3人に詳しいことは明日話すと伝えた。


「ほれ、3人とももう寝ろ。明日寝坊してもしらんぞ。」


 3人は不満げな顔をしていたが、それでもローラとワシにお休みの挨拶をして部屋に戻っていった。


 ローラは薬が効いているのか、スヤスヤと眠っている

 また、薬が切れた頃に様子を見に来よう。きっと一人では心細いだろう。


 ワシはこれからのことを考えながら、ローラのものとなった部屋を後にした。

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