第2話強くなるためには経験が大切

 意識がゆっくりと覚醒していく。

仰向けに寝ており、青くすんだ空が見える。


「……マジかぁ……」


 まず最初に出てきた一言。色々展開が早すぎて、考えを整理する時間もなかった。

 そんな全てに対しての一言だった。


 なにも考えず空を見つめていると右手に違和感を感じる。ふと見てみるとスマホが握られているようだった。


「スマホ………ほんとに異世界に来ちまったのかなぁ」


 俺はスマホに電源をつける。


「………おい嘘だろ」


 電池がない。正確には1%しかない。画面は起動画面ではなく、『G2W』のホーム画面だ。


 ガチャをしたいが、電池が切れてしまいそうで出来ない。


「確か…電池を増やすには……」


 思考を巡らせてゴッドちゃんが言っていたことを思い出す。確か、モンスターを倒せばいいって言ってたよな。


「そんな都合よくモンスターがいるわけが」


「ギャギャギャッ!!」

「マジかぁ……」


 なんかマジかって言葉が口癖になってる気がする。


「ゴブリン…だな」


 寝ていた体制から素早く立ち上がり声の方を見ると、子供くらいの背丈をしてぼろ布に身を包んでいる鬼がいた。緑の皮膚をして醜悪な顔をしている。

 序盤の雑魚モンスター、ゴブリンだ。

 こんな都合よくゴブリンが現れるなんて、まさかゴッドちゃんのせいか?頼むから電池くらいMAXにサービスしといてよ…


「ギャギャッ!」


 ゴブリンは何語かもわからない言葉を喋りながらゆっくりと近付いてくる。

 どうする…やるしかないよな?


「ここは…森か?」


 周りを見て利用できるものがないか考える。

 とりあえず木の枝なんかじゃ気休めにもならない。ゴブリンは武器は持っていない。それに仲間も見当たらない。一対一だ。


「はぁ…最悪だ……装備すらないんだぞ?勘弁してくれよ」


 俺は冷や汗を垂らして、じりじりと近付いてくるゴブリンから距離をとる。

 間合いに入っちゃいけない。雑魚モンスターのゴブリンだとしても、武器がなければどうなるか、わからない。


(くそっ……どこかに武器が……)


 素手で勝てるとは思えない。俺は別に武術を習っていたわけではないし、筋肉隆々という訳でもない。首を絞めるにしても近付く勇気もない。


「ギャギャっ!」

「っ!?…くそっ!」


 急に飛んできたゴブリンの突撃を半身で避ける。びっくりして反応が遅れた。いけない、集中しろ。


「ギャ?ギャギャ!」


 ゴブリンは完全に当てたつもりだったのかすこしの間ボーっとしていたが、すぐにこちらを振り向いて避けられたことに気付き威嚇してくる。


 ゴブリンから反応できる程度に距離とって使えるものがないか周りを見る。

 しかし細い枝が落ちているだけで、武器になりそうな物はない。


「どうしろってんだよ…」

「ギャ!」


 俺の声に反応してゴブリンが威嚇する。そして急に走ってくる。


(考えろ俺!相手はゴブリン!背丈は子どもレベルだぞ?落ち着けば武器がなくても行けるんじゃないのか!?)


 武器だけに頼るわけにもいかない!リーチなら俺が勝ってんだよ!


「おぁぁ!」

「ギャヒッ!?」


 変な気合いをしながら飛んでくるゴブリンになんとか蹴りを入れる。

 ぎりぎり命中してゴブリンは声を上げる。


「ギィィ……ギャッギャッ!」

「ちっ!全然聞いてねえ!」


 そりゃあそうだろう。素人の蹴りなんか、普通に蹴っても人を殺す威力なんてない。それどころか不安定な体制で蹴ったんだ。傷付けることすら出来ない。


「っ!」


 俺はその辺の木の枝を一つ拾って手に持つ。

 これだけ細い枝が刺さるとは考えられないが、やるだけやるしかない。


「ギシャッ!」

「来たっ!」


 ゴブリンがまた飛び込んでくる。

 それに合わせて木の枝で刺す。


 が、ダメ。当たり前のように木の枝が折れる。


「ぐぅっっ!?」


 そのままゴブリンの突進を体で受け、すこしだけ吹っ飛ぶ。

 やばいっ!?なんだコイツ!?子どもの体型のくせに威力ありすぎだろっ!


「ギャギャギャッ!!」


 勝ったぞと言わんばかりに声をあげる。

 くそっ!細い枝だ!そりゃあ折れるだろう!ちゃんと考えろ俺!


「ギ?ギャ!ギャ!」


 まだ生きてるのか、といった感じにこちらを見るゴブリン。

 硬いところだからダメなんだよな…じゃあ柔らかいところを刺すしかねえ!


 今度はなるべく硬くて、ちょっとだけ細い枝を探す。

 そしてここが森なだけあって木の枝を探すのに時間はかからなかった。


「よしっ!あとは…」

「ギャギャ!」


 すぐにゴブリンに向き直って手に木の枝を構える。

 ゴブリンも突撃の準備をして突っ込んでくる。


「こいやっ!」

「ギシャア!」


 ゴブリンの突進を、体で受ける。


「ぐぅ……」


 強い衝撃に体が動きそうなのを抑えて、ゴブリンを押さえ込む。


「ギィ!?」


 吹っ飛ばしたかと思うと、急に押さえられたゴブリンは驚きの声をあげる。


「よしっ!これでいい!!これが最高の展開なんだよ!」


 俺は手に掴んでいる木の枝の尖った方を逆手に持って、ゴブリンを掴み直して


「ギギャアッ!?」

「柔らかいところ!それはここだ!」


 目は脳まで繋がっている。細い枝ならばそこまで到達して、ぶっ殺すことが出来る!

 赤い血が手に掛かり、臭気が漂う。足掻くゴブリンを全力で抑えて枝を動かす。


「ゴッ…ギィッ!?ギャィ!!」


 気持ち悪い感触に目をつぶって、更に殴り飛ばす。

 吹き飛んだゴブリンの動きは完全に弱っていて、先程までの強気はもう伺えない。


「はぁっ!はぁっ!」


 慣れない動きに息が荒れ、必死に整える。未だにゴブリンは痛みに足掻いていて、痛々しい。

 しかし、ここで負けるわけにはいかない。異世界に来て殺されてたまるか!


 俺は息を整えてゴブリンに近付く。もう、やるしかない。


「うわぁぁッ!」


 ゴブリンに叩く蹴るを繰り返す。脳に溢れるドーパミンが、足や腕の動きを早める。


「ぎ、ギャァァァッッ!!」


 ゴブリンの動きが更に弱っていき、最後の足掻きと言うような叫びをあげて、その動きを完全に停止させた。


「はぁ…はぁっ…ふぅ………」


 どさっと腰から尻餅をつく。

 目の前の悲惨な光景に震える。


 急な戦闘に頭が追い付かなかったが、今さら恐怖が沸いてくる。ガタガタと体が震えて、さっきまでの自分の行動や、身近な死に恐怖する。


「そ、そうだ!す…スマホっ!」


 死んでしまったゴブリンから目をそらすように、スマホを起動する。ポケットに入れていたので、突進の時に壊れたかと思ったが、問題なく起動している。

 電池は残り4%。決して少なくはないが、ガチャなら引ける!


「これでガチャを…」


 ガチャ画面に移り、大きい文字が目入る。


『一回だけできるLR確定10連ガチャ!やったね!ゴッドちゃん大サービス!』

「ははっ…こんなところに飛ばしやがってよく言うよ」


 気の抜けるようなテンションの高い文字に、ムカつくどころか一周回って笑ってしまう。

 もしかしてゴッドちゃん『強くなるためには経験だよ!』とか言ってたの、本気だったのか?おいおい、冗談じゃなかったのかよ…


 俺はきらびやかなガチャ画面を、力無く笑ってタップする。


 いつもの白い宝石がテーブルの上に乗っている。


「確定…これでLRが……」



「ギィ!ギャギャァッ!」

「っ!?」


 死んだはずのゴブリンの声が聞こえて、草を薙ぎ倒すような音も聞こえてくる。


 まさか……!?


「「「ギャギャッ!」」」


 何十匹のゴブリンの集団がそこら中から現れる。


「なんで……っ!?」


 なんでこんなに多くのゴブリンが!?

 もしかしてあれか!?ゴブリンが死ぬ前に叫んだやつで近くのゴブリンが呼び寄せられたのか!?

 ふざけんな!どうしろってんだこんな数!!


「ゴブリン一匹でギリギリだったんだぞ!?こんな数を一人で捌けるわけ…」


 違う!今はもう一人仲間を増やせる!!


「頼む!出てこい!レジェンドレアっ!!」


 俺は必死に宝石をタップする。しかし、そこから色が変わっていく時間がある!


 黄色!


「「「「ギャギャッ!」」」」

「もう少し待てよっ!!」


 ゴブリン達が一斉に飛びかかってくる。


「くそっ!」


 俺は必死にゴブリンたちを掻い潜り、距離をとる。


 宝石が青色、赤色と変わる。


「まだかよ!?」


 普段は一瞬の時間が1分にも感じる。


「ギャギャッ!」

「「「ギャギャギャア!!!」」」


 一人のゴブリンが指示のようなものを飛ばして他の集団が襲ってくる。


「ぐっ!?」


 避けようとなんとか掻い潜るが、指示したゴブリンのせいか、どんどん逃げ場が無くなっていく。


 画面はっ!?


 ―――虹色の宝石になり、画面が白く染まるっ


「来たっ!早くっ!?」

「ギギャ!」


 っ!?

 焦ったせいで逃げ場が完全に防がれる。周りはゴブリンが囲っていて、すぐに飛び込んでくる。


「だめかっっ……!!」


 目の前の恐怖に体をうずくまらせて衝撃に備える。




 ………………?

 急に襲ってくる静けさ。さっきまでの騒がしい威嚇の声が一瞬で止まる。





「マスター、大丈夫ですか?」


 聞いたことのある声に、身が震える。

 もしかして、という思いと共に顔をあげると、そこには見慣れたようで、だけどいつも頼りになる。最高の仲間がいた。


「エクス…カリバー?」

「はい、マスター。顔を合わせるのは初めてですね」


 心配そうな顔をして覗き混む、美少女がそこにいた。


「もしかして最初のLRはっ!」


 俺は素早く右手に掴んだスマホを見る。

 リザルト画面には9個の装備。そして




 一際光を放っているLRの『栄光を放つ騎士の剣エクスカリバー』が写っていた。


 俺を心配そうに見つめていたのは、持っていた数少ないLRのキャラクター、ジャンヌだ。



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