女神の思惑
「──そのクユンシーラというダークエルフ、気になるわ」
アプロディーテは極上キノコステーキが刺さったフォークをくるくると廻しながら言った。
「僕の槍にエンチャントされている女神様の魔法に気づいたことですか?」
「それもそうだけど、彼女が冥府の鎖というのに繋がれていることと、魔素を消耗しながら生きててるってことに引っかかるの」
マグメルは首を傾げる。
「魔素を消耗しながら生きているということは誰かに召喚された存在ってことでしょ。でもその子が『生を受けた時から繋がれている』とか『創造主である神からの試練』て言ってる。それって召喚された側のセリフとも思えないの。そこに矛盾がある」
「なるほど、そんなことまったく気づけませんでした。それなのに僕は彼女と女神様を会わせるような約束を勝手にしてしまって……すみません」
「ううん、それはいいの。私もその子に興味が出てきたし」
極上キノコステーキを口に運んだアプロディーテの顔がほころぶ。
「クユンシーラの鎖を断ち切るには、エルフを五人殺してその血で彼女が囚われている台座を汚さなくてはならないそうです」
「生贄……ダークエルフとエルフの因縁でもあるのかしら?」
「僕にはよくわかりませんが、女神様の言っていた強大なダンジョンの手がかりと引き換えであれば、手伝う価値があると考えたのですが……」
マグメルはアプロディーテの様子を上目遣いで確認する。アプロディーテはそんなマグメルを瞬き一つせずじっと見つめている。マグメルは慌てて言葉をつなぐ。
「ノームたちもエルフ狩りに協力してくれます。直接手を下すわけではないのですが、罠を張ってくれます」
「罠?」
「はい。ノームたちはこれを使います」
マグメルはズボンのポケットから緑色の苔の生えた小さな鈴を取り出して、アプロディーテに見せた。
「これは【霧の鈴】というノームたちの使うマジックアイテムです。この鈴を三回振ると特別な霧を発生させることができるそうです」
「特別な霧って?」
「神隠しの霧と言えばいいのかな。鈴が発生させた霧の中に入ると、もうひとつの鈴のある場所に瞬時に移動できるみたいです。これを持っていれば広大な森の中で迷子になっても、彼らの里に一瞬で帰ることができるので役に立つと言っていました」
マグメルはアプロディーテがエルフ狩りについて苦言を呈さないことに安堵したのか、
「へぇ、とても便利なマジックアイテムね。で、これを使ってどういう罠を張るつもりなの?」
「森で僕が囮になってエルフたちを引きつけ、鈴を持って隠れているノームのところに連れて行きます。ノームはそこで鈴を鳴らし、エルフたちを霧の中に迷い込ませるわけです」
「もう一つの鈴は?」
「ラミアさんか、
「私が持っておくわ」
アプロディーテはそう答えると、にっこりと満面の笑みを見せた。
「えっ女神様、どういうことでしょう?」
「私がそのエルフちゃんたちを殺ってあげるってことよ」
「女神様……」
「マグメルちゃんが頑張って掴んだせっかくのチャンスだもの、私も頑張らなきゃ。それにちょっと試してみたいこともあるし」
「ありがとうございます! 僕も頑張ってこの囮作戦を成功させます」
テーブルに頭をつけて感謝するマグメル。
アプロディーテは赤ワインを美味しそうに飲みながら、そんなマグメルのおでこを人差し指で優しく弾く。
「ところで、マグメルちゃん。この作戦を考えたのはクユンシーラでしょ?」
「あ、は、はい。その通りです」
「ふぅん。だったら、私が霧の先で待ち受けることになるだろうと考えていたのでしょうね」
アプロディーテは片肘で頬杖をついて何かを考え出した。マグメルは少しバツが悪くなったのか、
「さあ、せっかくノームたちにもらった激レアなキノコなんですから、冷めないうちに食べちゃいましょう!」
と言って、一気に極上キノコステーキを頬張るのであった。
▫️
──マグメルの
「いい? 鈴を鳴らすわよ」
アプロディーテは【霧の鈴】を一度ずつゆっくりと鳴らす。くぐもった鈴の音が草原をこだまするように広がっていく。
鈴の音が聞こえなくなると、二人の前にどこからともなく白い霧が現れた。
「では女神様、行ってきます!」
「気をつけて。あなたの命が第一だということ絶対に忘れないで」
「はい!」
マグメルはそう言うと白い霧の中に駆けて入っていった。
アプロディーテはマグメルが見えなくなると【霧の鈴】を二度鳴らした。すると、たちまち白い霧は空気中に溶けるように消えてしまうのであった。
アプロディーテの紺碧の瞳が血のように赤い瞳に変わっていく。
マグメルはまだのこの時、知るよしもなかった。アプロディーテは愛と美を司るだけではなく、戦いも司る女神であるということを。
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