雨の日、森の奥で

ムラサキハルカ


 六月のある雨の日、午前中。和之は傘を手に大学から歩いてすぐのところにある公園へとやって来ていた。今日唯一の講義が休みになり、すっかり暇を持て余していたゆえだった。


 雨降りなのだし、喫茶店や本屋で時間を潰す方が濡れずに済むのはわかっていたが、講義一コマ分の気力が丸々残っていたせいか、ほんの少しだけ体を動かしたかった。


 公園自体の敷地はさほど広くないものの、中には散歩にちょうど良さそうな森がある。木々と木々を分断するように整えられたコンクリートの道を、途中途中に設けられた立て札の指示通りに歩けば、十五分ほどで森を横断できるようになっており、コースにしたがって素直に往復するだけでもそれなりの運動になった。


 そんなちょっとした散歩の途中、ふと和之は自分から見て左側の森に、人一人分が通れそうな獣道らしきものをみつけた。


 この道はどこに繋がっているんだろう。そんな単純な興味を掻きたてられ、和之は獣道へと足を踏みいれた。


 道が狭いため傘はたたまざるを得ず、おまけに水を吸いこんだ地面は足場として少々不安定である。反面、降る雨そのものはおびただしい枝や葉に遮られているため、ほとんど気にならない。道は何度も折れ、上り坂になったかと思えば下り坂になったりと、思いのほか複雑で、気を張っていたにもかかわらず、足を滑らせそうになった。とはいえ、目立った分かれ道もなかったため、根気強く進んでいった。


 しばらくの間、行き止まりが現れない道を歩きながら、この森は山にでも繋がっているのかと疑いだすが、少なくとも和之の覚えている範囲では、公園は公園として独立していた。


 次第に散歩が長引いていくにつれて疲れを感じはじめ、そろそろ引き返そうかと考えては、せっかくここまで来たんだからもう少しと足を動かしていく。そんなことを何度か繰り返していると、不意に視界が広がる。


 今まで葉と枝に遮られていた雨が降りそそいでくるのを体で受けとめながら前を見ると、森に囲まれた広場のように開けた土地の真ん中に、木が一本ぽつんと立っている。その枝と緑色の葉の間に、見慣れないものをいくつかみつけた。


 やや遠くにあるそれは、実のように見える。見える、とやや憶測気味な感想を和之が持ったのは、その何かが透きとおっていたからにほかならない。少なくとも和之は、そのような木の実を見たことがなかった。


 まるで水晶玉みたいだと思いながら、傘を差し直し、ゆっくり木へと歩み寄っていく。程なくして、傍まで着き、確かめてみると、透きとおったなにかは枝に生っており、やはり実のようだった。


 ちょうど和之の手が届くところまで伸び垂れた枝と実があったため、試しにそれに視線をそそぐ。すると遠目からはただただ透明に見えた実の中に、なにかが入っているのが確認できた。種かなにかだろうかと思っていた矢先、息を呑み、傘を取り落とす。


 透明な膜の中には、裸の少女らしきものが膝を抱えておさまっている。何かの間違いではないかと疑いながら食い入るように見つめるが、やはりそれは三年前に死んだ椎子の姿かたちをしていた。 

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