かの男

れっくす

第1話彼という男

彼は非常に傲慢な男であった。

「そこ、爪切りあるから切って下さらないかしら」

彼は父親に向かって足を差し出した。父親は40も上であったが彼には関係のない事だった。

「・・・・・・・・・・・・」

父親は黙って従う。彼は優秀だ。文武両道なんて言葉の枠には収まらず、農業や家事、勉強や運動も出来れば一般教養もあり、まさに非の打ち所のない男だ。その上商売事もうまく、彼の周辺のものは彼自身でそろえたものだ。

それに比べ父親は、やっとの思いで食っていける程度の収入で、一時期は彼の学費すら厳しかったのだ。このような関係になってしまうのも無理ない。

「次は私の収入の管理を」

そう言って彼が父親に渡した現金は見事な量だった。

うまくやりくりすれば赤子を墓場まで難なく送り届けられる額だ。

父親がそれをちょいとばかり抜き取るのは簡単なことだ。しかしそうしないのは彼のわずか心の奥底に残っている誇りが許さなかった。厳しい生活を送っている者ほど無駄な誇りがある。いや、それがあったからそのようになったのか。


これは彼が15くらいの時の話である。

父親は55歳。機会があればそれの死んだ日についてでも話そう。

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