第22問 試合時間に間に合わない!?


 春の大会。

 6月の3年生最後の大会――総体のシード権をかけたシード決め大会だ。


 僕たちは新チームになってからまだ公式戦で一度も勝ったことがない。


 夏休みにあった新人戦シード決め大会。

 新人戦。

 あと一応「グラウンドが綺麗だから」と招待された市外の大会。


 その全てで初戦敗退している。


「いいチームは3年生が引退するまでに公式戦で5回は勝つ」


 いつだか、顧問のテルミはそんな自論を語っていた。


 だからってわけじゃないけど、1個上の先輩たちは公式戦で10勝くらいしている。

 惜しくも県大会には出場できなかったけど、春のシード決め大会で新人戦県大会出場チームを倒したり、大学も有名な私立中学校と互角に渡り合ったりと、僕たちでは遠く及ばない実績を残している。


 1個上の黄金時代が終わってからあと数ヶ月で1年が経つのか……。


 公式戦も残すところあと2回。


 僕たちの2個上の先輩の代は公式戦で一度も勝てずに引退したらしいけど、その二の舞はごめんだ。


 僕たちも結果が欲しい。


 それなのに……!


「あれ? 相手チームいなくない?」

「てかもう他のチームがグラウンドでアップしてるよ」

「あれって……初狩はつかり中か」

「え、俺たちと別ブロックじゃん」

「どいうこと?」


 試合当日、まさかの行き先間違いが発生。


 なんでこうなったぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!



     * * *



 春の大会、当日。

 今日初戦を迎える僕たちは、困惑していた。


 学校に集合していつも通り周りに迷惑をかけないように3班に分かれ、試合会場である市民球場まで来たのだが……。


 球場には先客が。


 これから対戦すると思しき2チームがグラウンドでウォーミングアップをしている。


 僕たちとは違うブロックの試合だ。


 てか、今日の試合会場ってここじゃないよね?


 昨日、テルミが言ってたのは確か……。


 言おうかと思ったけど、確信がもてなくて黙り込む。


 すると、副部長のショータが「確か高科たかしな西中って言ってた気がする」と言い出した。


 た・か・し・な・に・し?


『…………』


 どこ? と顔を見合わせるチームメイトたち。


 確かいつだか練習試合したことがあったけど、そのときは大刀中のグラウンドだったんだよなぁ。


 これ、やばくない……?


 誰か携帯電話持ってないの?

 あれば一発でしょ。テルミたちに電話するなり、地図で調べるなり。


「全員、急いで自転車に乗れ~!」


 持ってきてないかぁ……。 

 こういうとき真面目過ぎると厄介だな。


 ナオユキのヤケクソ気味の号令のもと、僕たちは急いで出発の準備をする。

 班分けなんてしてる場合じゃない! 迷惑だけど!


 今回はトーナメント表を渡されず、テルミから口頭で「初戦は~中、同じブロックは~中と~中」と連絡されたため、試合会場に選ばれたのがどこ中とどこ中なのか分からない。


 これから各中学校をしらみつぶしに回るしかないのか……?


 この市内、結構広いぞ?


 でも、この場でじっとしているよりマシと判断が下されたのか、僕たちは市内を彷徨うことになった。


 いつもならもう少し班ごとに距離を開けるが、今はほとんど間隔がない。ご通行中の市民の皆様、ごめんない。


 まずは近くの初狩はつかり中……誰もいない。よし次。


 続いて富士見中……いるけど、違うブロックの試合だ。次急げ!


 と、2校回ったところで、転機が訪れた。


「自分、場所分かるかもです」


 そう名乗り出たのは1個下でレギュラーの河野かわのだ。


 河野。

 入部したときはヨッシーやセータと同じく、学外の硬式野球チームとの掛け持ちだったが、夏休みの少し前から学外のチームを辞めて、部活に専念するようになった。


「外で野球をやってるやつが部活を選んでくれた。これからもそういうチームを目指そう」


 ってテルミは言ってたけど、それ勘違いだぞ、多分。


 ヨッシーと河野は同じチームだったらしく、ヨッシーは河野が学外のチームを辞めたことについて「上手いやつばっかだし、出番がなかったからじゃん」と言っていた。


 あの河野に出番がないとか、どんだけレベル高いんだよ、ヨッシーのチーム。


 そう言えば、この部を辞めたタサは今、ヨッシーのチームにいるんだったな。しかも1番センターでレギュラー。流石だわ。テルミが必死に説得して、それこそ電話までかけて引き留めようとしたのも頷ける。


 それはさておき。


 河野が先頭の班の1番前に出て、先導する。


 しかし何故このタイミングで……。

 河野が実は携帯電話持ってきてた、とか?


 まあ、なんにせよ、場所が分かるなら大助かりだ。


 試合時間に間に合わないことを除けば、全く問題ない――大問題だ!


「このままだとボン1人で試合することになりますよ」


 同じ班の後輩が笑いながら言う。

 怪我をしてる後輩のボン――盆下ぼんしたは、テルミの車で先に会場に向かっているのだ。


 盆下は野球経験者だけど、怪我してるし、てかワンマンプレーするって意味で1人じゃなくて本当に1人しか選手がいない状況じゃ、どうやったって勝てないだろ!?


「急げ~! 足が千切れるまでペダル回せ~!」


 先頭のナオユキがそう急かす。


「お前らの限界、見せてみろ~!」


 いや、そこまで本気で漕いだら、よしんば間に合っても試合で使い物にならなくなるよ!


 しかし、朝早くから集合したにも関わらず、タイムロスが響いて。


 僕たちは試合時間に間に合わなかった。



     * * *



「お前らどこほっつき歩いてたんだよ~!」


 高科たかしな西中に到着した僕らを校門で出迎えたのは、テルミの優秀な副官(脳内設定)であるマッチーだった。


 大声で怒ってるように聞こえるかもしれないけど、全然そんなことはなくて、にこにこ笑ってる。


 自然と僕たちにも笑みがこぼれる。


 テルミと違って、マッチーは優しい。

「テルミじゃなくてマッチーが監督ならよかった」と、野球部のみんなから大人気の体育教師だ。


 主にテルミがいないときに練習を見てくれるけど、怒鳴らないし、罰走させないし、パンチパーマに強面でオネエ口調という濃いキャラだ。


 夏休み中にたまに、ほんとにたまにマッチーが指導してくれて、そのときの練習はもの凄いリフレッシュになった。1、2回だけだったけど、練習が3、4時間くらいで終わったし、初めて罰走しなかったし、偶数奇数の地獄トレーニングもなかったし……う、うぅ。


 でも、マッチーはともかく、テルミには怒られること覚悟しないといけないな。うわー、今一番会いたくない危険人物だよ。


 今回の遅刻は全面的に僕たちが悪いし、情状酌量の余地なし。

 試合が終わった後、学校まで戻って罰走まで在り得る――


「おいおい、びっくりさせるなよ~。相手が待ってくれてるんだから、早くアップしてこいよ?」


 うんうん、マッチーならそう言うんだろうけど、テルミは……え、テルミ!?

 今のテルミが言ったの!?


『ぉおい!』


 九死に一生を得た僕たちは、いつもの何割増しか元気な掛け声でウォーミングアップを始める。


 アンビリーバボー!


 やっと周りの目を気にし始めたのか、テルミはまったく怒った様子がない。

 どうしたんだろう? 

 今日はやけに機嫌がいいな。ちょっと怖いくらいだ。


 そのおかげか、僕たちはこの試合に勝ち、僕たちの代初の公式戦勝利を掴むのだった。


 僕はまたもベンチだった……。


 まあ、それは置いといて、遅刻した僕らを待ってくれた対戦相手の高科西中野球部には申し訳ない。


 今回は大目に見てもらえたけど、本来ならば僕たちの不戦敗だ。


 本当に、ありがとうございました。


 そして公式初勝利を挙げ勢いに乗る僕たちの2回戦の相手は高科中学校。初戦の高科西中の親戚か?


 新チームになってからは対戦したことはないはず。

 どこだよ。強いの?


 僕たちのチームの先発は新人戦で登板したナオユキ――ではなく、1個下の後輩であるアキラだった。


 アキラ。

 僕と同じ小学校から来た野球経験者で、その実力は弱小チームの中で群を抜いている。投げてよし、打ってよし、走ってよし、守ってよしのパーフェクトオールラウンダーだ。

 チーから唯一、市の選抜チームに選ばれ、試合にも出場したとテルミから聞いた。因みに、部長のナオユキも選抜チームの候補に上がっててセレクションを受けたらしいけど、最終選考で落選したらしい。


 ナオユキの名誉のために付け加えると、僕を含めた他のチームメイトはセレクションすら受けさせてもらえなかった。候補に上がり、一次選考を突破しただけでも立派だ。


 さて。


 そのチームの大黒柱であるアキラが、エースとして先発したこの試合。


 結果は――0対3。 


 僕たちは高科中に投打において圧倒されるのだった――





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