しがないアマチュア物書きの、世界が滅びたあとの物語。
山田えみる
しがないアマチュア物書きの、世界が滅びたあとの物語。
ぼくはしがないアマチュア物書きだった。
仕事のかたわらオリジナル小説を書いて、小説投稿SNSにアップする毎日だった。流行りのジャンル書きではないから、点数は振るわなかったけれども、それでも数人の読者が感想をつけてくれるので、それだけでやりがいを感じていた。
小学校の頃の卒業文集に書いた夢は、たしか『小説家』だったとおぼえている。いまとなっては確認のしようがないけれど。そう決心したきっかけは実に単純なもので、おばあちゃんに読書感想文を褒めてもらったとかその程度だったと思う。なんの取り柄もなかったぼくはそれで舞い上がってしまい、それから十何年も舞い上がったまま着地だけはしないようにと必死で羽ばたこうとしている。
小説投稿SNSはぼくが作品をアップした頃にはネットの隅の方にひっそりとしているようなサイトだったのだけど、何がきっかけだったのか、大きく躍進することになった。アマチュア物書きが賞も取らずに商業デビューするなんて信じられなかった。しかもそんな作品がアニメ化までするなんて。
羨ましかった。
毎日のように更新し、先生と呼ばれ、ネットでもてはやされて、神作家と呼ばれる彼らが。
でもぼくは自分の好きだったジャンルにいつまでも固執し、それでチンケなプライドを保っていたんだよ。君たちにはわからないかもしれないけどね。人類ってのは、なかなか難しいんだよ。しがらみとか他人とか。みんな『この人生において何か有意義なものを成さなければならない』という病気にかかっていたのさ。
何が起こったのかはわからなかったが、観測できる範囲で、ぼくはただひとり生き残ってしまった人類のようだった。小説に没頭したいからなどという幼稚な理由で仕事をやめて、引きこもっていたのが功を奏したのかもしれない。歩けど歩けど瓦礫の街の中、ある廃墟でぼくは彼らと出逢った。
きのこだった。
きのこがわさわさとぼくのまわりに集まってきたんだ。あぁ、ついにぼくはイカれてしまったのだなとその場に座り込んで、きのこたちを眺めていた。暇だからと、頭のなかでだけ広がっていく小説の構想を話していると、いつのまにやら彼らは言葉を理解していた。
「先生!」
「次の『物語』はいつ開かれますか?」
「ぼくたちそれが楽しみで仕方がないんです!」
そんなことを言うきのこたちだった。
「そうだな、じゃあ次は邪悪なたけのこを、正義のきのこたちが成敗する話でもしてあげよう」と適当なことを言ったら、傘を揺らして喜んでいた。人類がどうして滅んでしまったのかはわからないが、どうやらこの宇宙というやつは、知的生命体をひとつ持っておきたいらしい。
ほんとうに『次の種族』がきのこでよかった。たけのこだったら、さっそく全滅させていたかも知れなかった。あ。もうぼくしか残っていないのだから、例の戦争はきのこの勝ちということで。
「先生、その『小説投稿SNSに投稿しているうだつのあがらない青年の物語』、とても興味深かったです」
「彼はそのあとどうなったのですか」
「何故人気ジャンルというものを書かなかったのでしょう」
「承認欲求のために書いていたんですよね」
「彼の発言も矛盾が見受けられます」
「読者のため、と言ったり」
「自分が書きたいから、と言ったり」
まさか人類が滅んでまでなじられるとは思ってなかったけれども、これもここまで来ると愉快な気持ちだった。何故。何故だろう。もう無職であることも、コミュ障であることも、まったく関係のなくなったぼくは、かつての自分をクリアな気持ちで見つめられていた。
『男の意地』と言えば格好はいいが、さすがにそれはカッコつけ過ぎな気もしていた。まぁ、もうカッコつける必要のある人類自体がいないのだけどさ。
「……そうだな、寂しかったから、じゃないかな」
そう呟いたぼくに、きのこたちはわさわさと傘を震わせた。
ざまあみろ、とぼくはこころの中で笑ってみせた。あの小説投稿SNSにいた人気作家がどれほどネットでバズったところで、ある知的生命体種族の9割以上が読者ってこともないだろ。
こうやってぼくは残り少ない灯火をまたたかせながら、次の種族に物語を伝える。人類という種族がいたということを彼らに伝える――、なんて高尚なのは性に合わない。ぼくはぼくの思いついた、ぼくだけの、すっごく面白い話を、できるだけ丁寧に語るだけだ。ようやくぼくは自分のやりたいことを、やりたいようにやる方法を見つけたんだ。
な、楽しいだろ。
楽しそうだろ、ぼく。
だからさ、ぼくがいなくなってからは、君たちがこういう楽しいことをするんだぞ。
しがないアマチュア物書きの、世界が滅びたあとの物語。 山田えみる @aimiele
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