小さな愛を連ねて

カゲトモ

1ページ

「あ、お花が」

 開店前、看板を磨いていると背後からそんな声が聞こえた。振り返って見ると、スーツ姿の男性が店先に飾っているプランターに手を伸ばしていた。天井から吊ったプランターからは小さな緑の葉が沢山零れている。

「おや、お花が咲いていましたか?」

「え、あっ」

 ついこの間貰った時には、花なんて咲いていなかったけれどな。ってかこのグリーン、花が咲くタイプのものだったのか? それすら知らずに貰ったまま吊るしていたわ。

「す、すみませんっ」

「え」

 急に話しかけたからなのか、男性は驚いた顔をして急いで頭を下げた。いや、なんで!

「あの、勝手に触ってしまってすみませんっ」

「い、いえそんなこと、お気になさらず」

 別に触ったくらいで怒ったりしないし。そうじゃなきゃ店先に吊るさないでしょ。そんなことで謝らないで。

「す、すみませんっ」

 男性は持っていたバッグをぎゅっと胸に抱いて再度頭を下げる。本当に何とも思ってないからっ。

「あの」

「ひ」

 そんなに怯えないで。

「植物のこと、お詳しいのですか?」

「・・・え」

 とりあえず話を逸らそうと話題を振ると、男性はきょとんとした顔でこちらを見る。え、花とか好きじゃないの?

「えっと」

 少しだけ間を挟んで男性は口を開いた。

「詳しいとか、それほどでは、ないん、ですけれど・・・植物が、好きで」

「そうでしたか。私も植物は好きなんですけれど、もっぱら頂いたものを眺めているのが専門で。こちらも知人から頂いたものを教わった通りに育てているものですから、本当にこれであっているのかも分からなくて」

 花屋の娘から貰ったプランターは、いくら育てやすいグリーンだとしても、ガーデニングなんてしたことのないおじさんには手に余る品だ。枯れていないだけ良いけれど。

「そう、なんですね。てっきり、ガーデニングが好きな方、なのかと」

「いえいえ、とんでもない。この植物の名前すらうろ覚えで。確か、何とかハート、でしたでしょうか?」

「ミリオンハート、ですね」

「え」

 こっちは数日前に聞いた名前も思い出せないのに、男性はサラリと植物の名前を答えた。

 やっぱり、そう言うの凄く好きな人なんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る