魔法の呪文~外伝・僕は普通の高校生活を送りたかったのにMIKIが引っ掻き回して困っています

黒猫ポチ

第1話 199X年冬~摩周高校3年生・萩野目洋子18歳①

 ここが喫茶店になってしまうなんて、あの時は夢にも思わなかったな・・・あの頃の私に、今の私が想像出来たかな・・・いや、それはあり得ない。


 あれから27年、いや、28年かな。正確には27年と半年・・・時の流れは止める事が出来ないから仕方ないわね。


 あの日、私は高校三年生だった・・・あの日の前日は明け方から大雪で道路も鉄道も寸断されて、まさに陸の孤島と化したが、その大雪も夕方までにはやんだ。でも、あの大雪がなければ決して出会う事はなかった。だって、丸1日運休になった事で「あの人」の予定が狂ってしまったのだから・・・。


 そう考えると、運命の神様はどうしてあんな神託を私に与えたのかしら・・・


…………………………………………………………………………………………………


「おかあさーん、送ってくれてありがとう」

「帰りの汽車に乗る前には絶対に公衆電話で連絡してね。多分、お父さんが行くと思うけど連絡がないと迎えに行かないべ」

「うーん、分かったよー」

「今朝はなんまらしばれた(作者注①)から滑るべ。気い付けるべや」

「分かってるわよ」

「じゃあ、お母さんは仕事にいくべ」

「はーい、いってらっしゃーい」

 そう言うとお母さんは仕事に行ってしまった。

「うー、さぶっ・・・早くストーブストーブ・・・」

 私はお母さんの車が国道を右に曲がって見えなくなるまで外にいたけど、さすがに寒いから閉まっていた駅のドアをガラガラと開けた。でも、次の汽車がくるまで1時間近くもあるから誰も来てないかあ・・・。

 それにしても・・・昔は賑やかだったのになあ・・・。

 このだるまストーブ(作者注②)も私が小学生になる前からあった筈だ・・・でも、もうすぐ見納めだ。

 あれ?いつもならいる筈の駅長さんがいない・・・どこへ行ってるんだ?

 あ、いたいた。あそこでママさんダンプ(作者注③)を使って雪かきしている・・・昨日は明け方から夕方まで凄い大雪だったからなあ。しかもニュースで朝から釧網本線せんもうほんせんは全線で運休したって言ってた。今朝も始発からは動いてなかったけど、ようやく9時頃から全線で運転再開したってニュースで言ってたからホッとしたよ。もし昼までに動かなかったら困ってたからね。

 私は改札口側のドアを開けた。さすがに夜半から雪も止んだし今朝はいい天気になったから眩しいくらいだ。でも、駅長さんも大変だなあ。

「おーい、駅長さーん」

「おー、洋子ちゃんじゃあないか」

 そう言うと駅長さんは一度雪かきを中断してこっちにきた。長靴を履いて手袋も履いて(作者注④)分厚いコートを着てるけど、なんまら寒そうだなあ・・・・

「駅長さーん、雪かきも大変ですね」

「仕事だから仕方ないさ。それに今日はどうしたんだ?まだ冬休みだろ?もしかして釧路くしろにでも行くのかい?」

「そうなんですよー。コンサートがあるから、それに行くんですよー」

「おー、そうかあ。という事は次の汽車に乗って行くんだな。そうなると帰ってくるのは9時の汽車になるのかな?」

「そうなりますよー。でも、その時には駅長さんはいないですよね」

「まあ、仕方ないな。夕方の網走あばしり行きが出た後は無人になるからなあ」

「でも、昔は最終列車が出るまでやってましたよねえ」

「合理化が進んだからね。それに、今は乗る人も減ったし・・・」

「だから3月で無人化されるんですか?」

「まあ、仕方ないさ」

「駅長さんはその後はどうなるんですか?他の駅に勤める事になるんですか?」

「いやあ、もう3月で定年だからね。残った日は有給消化という形で終わりだよ」

「そうなんですか・・・寂しくなりますね」

「でもなあ、息子夫婦が摩周の牧場で働いているから、うちも夫婦でしばらくお世話になる事にしたよ。もう摩周の町にも20年近く住んでいるから、ここから離れたくないからねえ」

「まだ働けるから、という事ですか?」

「そういう事だ。まだまだ若い者には負けんぞ」

「そうですよね。冬は毎日雪かきで鍛えてますからね」

「じゃあ、あと少しで終わるから、もうちょっとだけ待っててくれ。まだ1時間くらいは汽車はこない・・・そういえば30分近く遅れているようだぞ」

「はーい」

 そう言って駅長さん・・・みなもとさんは雪かきの続きを始めた。

 あー、それにしても暇だなあ・・・とか言ってる場合じゃあないわよね。もうすぐこの駅ともお別れだから、今のうちにしっかりと目に焼き付けておかないと・・・。

 私は一度駅舎から出て、駅前の・・・と言ってもシャッターが閉まった商店街だけど、そこから駅舎を眺めた。

『湯川温泉駅』

 戦前からある立派な駅舎だ。小学校の社会の時間に先生が言っていたけど、地元の腕利きの大工さんが作り上げた駅舎らしい。しかも、昭和天皇が摩周の町に来た時には駅長室でしばし休憩されたとも言ってた。

 それにしても・・・駅舎は立派だけど、駅周辺も釧網本線も寂しくなったのは認めざるを得ない。国鉄こくてつからJRに変わって、いや、国鉄の頃からこの傾向だけは変わらない。




作者注①

「なまら」も「なんまら」も同じで北海道の方言。「物凄い」という意味。

「しばれる」は北海道の方言で「激しく冷え込んだ」という意味。摂氏零度程度では「しばれる」という言葉は使わない。


作者注②

明治から昭和中後期にかけて日本で使用された鋳鉄製の暖房器具である。その形体(膨らんだ寸胴形、寸胴形、球形など)が達磨だるまを想起させることからこの名がある。石炭や木炭、まきを燃料としていたが本来は石炭を燃料とすることを想定して作られているストーブ。


作者注③

大型の角型シャベルにパイプの持ち手が付いたような形状で、ソリのように雪を押して運ぶことが出来る除雪用具。「ママでもダンプカーのように雪が運べる」という意味から付けられた名前。


作者注④

北海道では、手袋を着用する時に「履く」という言葉を使う。




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