こいのぼり

霜月 楓奈

第1話 雨空。

 真っ白な短めの髪。

 充血したみたいに真っ赤な目。

 雨の日にしか外に出ることができない、こんな僕を


 見つけて、笑いかけてくれたのは、君だけでした。




 『その日』も雨が降っていて、僕は憂鬱になりながらも学校へ行った。

 もちろん僕のことを馬鹿にする奴しかいない。

 1日を乗り切った、と思った放課後のことだった。

 「なあ、ゆう

 優というのは僕の名前だ。

 そう呼ばれて振り返るといつものようにいじめっ子である山田が立っていた。

 「ちょっと来いよ」

 僕に断る権利なんてものはなく、しぶしぶついていくのだ。

 人気のない校舎の後ろ。

 山田の周りには3人の男子生徒がいて、記憶にはないがこいつらは山田の下っ端であることはわかった。

 一発、右の頬を殴られて下っ端の一人が口を開く。

 「変な髪しやがって。お前なんなの、キモい」

 「おじいちゃんじゃねーかよ。・・・場違いだからさ」


 「「消えて?」」


 なんでだろう。

 僕の生きてきた中で、一番苦しい。

 器官に何かが突き刺さったみたいに息がうまくできなくなってきた。

 それに。


 今、山田が発した言葉がかつて誰かに言われた言葉とそっくりそのまま同じで、重なって聞こえた。

 

 立っていられなくなって片膝をつく。

 「は?まじ弱いんだな、なんだっけ『アルビノ』?ってやつ」

 「俺らなんもしてねえじゃん。……ここからが本番っていうのにさあ」

 また、山田に殴られて。

 目も眩んで来た。

 「邪魔なんだけど、お前の存在」

 

 「「いなくなれ」」


 まただ、何かと重なった。

 女の人の声。

 ヒューヒューと呼吸するたび音がなる。

 ガックリとうなだれて、落ち着かせようと試みるも、息をすることですらままならない。

 息が、苦しい。



 「何してんの・・・!?」



 助けて、僕は今、死んでしまいそうなんだ。

 口もうまく回らないし、雨が冷たくて、寒い。

 声の方を見ると、長い黒髪で、少しつり目で、口元に笑みはない女子生徒。

 「い、委員長!?・・・べ、別に俺ら何もしてないし!こいつが勝手に倒れただけだし!」

 「・・・言い訳はよしなさいよ。あんたたちの茶番に付き合う余裕なんてないのよ。わかったら早くこの場から去りなさい!」

 委員長ってことは僕とも同い年で、同じクラス。

 学級の代表の頂点に立っている、あの女の子。

 その子が言ったことに反論一つせず、男子は去って行った。

 「・・・大丈夫!?早く保健室に・・・!!」


 その子の声が聞こえて、安心してしまっていたのか、僕は記憶を手放した。



 目を覚ますと、そこは薬品の匂いで充満した部屋だった。

 誰かに捕まったと思って起き上がった。

 ガタッ

 物音がして、僕は身を強張らせてみても、手や足、体の各部分が痛い。

 「起きたんだ。・・・大丈夫?」

 女の子だった。

 黒髪で、少しつり目。

 忘れるはずがなかった。

 「あ、う・・・うん」

 人と話したのは、久しぶり。

 「ほんと、助けとか呼べばよかったのに」

 その子は唇を尖らせて、僕の隣にあった椅子に腰掛けた。

 「・・・」

 反応に困った僕は俯いて、感謝を伝えようと口を開いた。

 「・・・あ、ありが、とう」

 その子がふっと笑った。

 「なんか馴れ馴れしくしちゃってごめんね。私、同じクラスの莉沙。一応学級代表だよ」

 僕も自己紹介、しなくちゃ、と思った。

 でも僕の口はそう思ってくれなくて、頑なに閉じている。

 「よろしくね」

 僕の勇気はあまりないけれど、少しだけでも頑張ってみようと思ったりして、ベッドの布団の端を握って、言う。

 「・・・優、です・・・よろしく」

 そんな端的にまとめ上げられた自己紹介で、何が伝わったかわからないけれど莉沙は頷いてくれた。

 「優くんね。最近学校こないから心配してたんだよ」

 最近も何も、梅雨以外で連続して通った覚えはない。

 「でもしょうがないんだね。・・・優くんってなんでも聞いて大丈夫?」

 「・・・内容による、けど」

 そりゃあね、と莉沙は笑った。

 「遠慮なく聞くけど・・・優くんは、アルビノなんでしょ?」

 そういった莉沙は申し訳ないとでも思ったのか、ごめんねと謝った。

 「・・・そう、だよ」

 別にこれが知られてどうとかそういうのはないし。

 というか、見れば予想はつくだろう。

 「やっぱり。だから雨の日しか来れないんだよね」

 僕は小さく頷いた。莉沙はその反応を見て、今までとは違って、ふわっと笑う。表現できないくらい、優しい笑みだ。

 「今日、もう遅いし、送っていくよ」

 そういえば、と時計を見るともう19時をまわっていた。

 遠慮して大丈夫、と呟いたけれど押し切られて、一緒に帰ることになった。

 「優くんの家どこ?」

 「・・・大きい公園の近く・・・。森の奥の方」

 「・・・森?」

 僕は当たり前のように森のすぐ近くの道を通ったけれど、莉沙は怖気付いたのか、僕の制服の袖を握った。

 「そそ、そういえばさ、怪我大丈夫なの?」

 僕の関節のあちこちが痛いが、大したことないくらいわかる。

 「・・・大丈夫だ、よ」

 だんだん莉沙に緊張しなくなってきた。

 少し道が拓けて、民家が見えてきた。

 「お。こいのぼりじゃん」

 楽しそうに莉沙が指差す。

 どうやらこの子は切り替えが早いタイプらしい。

 「知ってる?・・・こいのぼりって、鯉が滝を登ったら龍になるっていう話が元なんだって。滝を登ったら龍になれる・・・幸せになれるってことかな」

 「・・・」

 そんな伝説、聞いたことがなかった。

 もう直ぐ近くに家が見えたので、大丈夫と伝えると莉沙は物欲しそうに僕の方を見た。

 「あのさ、もしよかったら、だけど・・・これから仲良くなってもいい?」

 ダメな理由がない。

 僕は大きく頷いた。

 「・・・よろしく・・・!」

 こいのぼり。

 それは遠くたなびいているけれど、とても近いものがあった。

 みんな幸せを願った。

 そのために、みんな、生きようとするんだ。 

 僕ですら、この一瞬に、幸せを願ってしまうのだから、こいのぼりのように空を泳いで行くことも今ならできるような、そんな気がした。

 

 莉沙が何を知っているか、そんなのわからないけれど、僕にとっては命の恩人なんだから彼女の力になりたい、どんな些細なことであったとしても。

 




 

 

 



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