第20話「風のように舞い踊れ」
拾
「うっ、ううっ!」半壊した地下室――抗磁圧の盾で雪崩れのような瓦礫から身を守る/半身になって、隣に伏せる藤波に声をかける。「――藤波さんっ」
「……また、嬢ちゃんに助けられたな」ニヤリとした笑みが途中から苦痛に歪む――急いで助け起こそうとして――奥の壁を破壊して現れた、ソレの存在に気がついた。
瓦礫を押しのけ這い出る怪物――全高三メートル超/二本のアーム/二本の脚部/古代生物の化石を思わせる剥き出しの金属骨格――さながら機械仕掛けの大トカゲ。
その前傾した頭頂部から突き出た光学探査装置がギョロリと動く――二つの目玉が瓦礫の狭間に伏した鳴+藤波の姿を捉える――アームの先端が展開/機関砲が飛び出す。
「――ひうっ!?」考えるよりも先に体が反応――藤波を抱え、その場から飛びすさる。
直後――
上品なソファが一瞬でズタズタに――羽毛が舞い散る中、鳴は藤波を担いで逃げ出した。
たいへん、たいへんだ――ばくばく鳴る心臓/倒れた柱の向こう、瓦礫に半分埋もれた扉を発見――勢いよく障害物を飛び越える/機械仕掛けの本領発揮=すかさずスライディング気味に歪んだ扉を一気に蹴破り、トンネル内に身を滑り込ませた。
扉を潜り抜けた刹那――間髪入れず、また激震がきた。
振り返らず走り出す――脱兎のごとく――遅れて超音波探査が、周囲の壁ごと扉を突き破ったトカゲを捉える――まさにB級ホラーのクライマックス=少女VSトカゲの追いかけっこが火蓋を切った――泣きたい気持ちを
すぐ後ろに迫る怪物――地鳴りのような足音/アームが旋回/再び砲身が出現/地表をなめるようなZ字掃射――探査頼りにジャンプしてかわす――鞭のように襲いくる弾丸が鳴の頭上と足下を通過――一発が左の足首を掠める=衝撃で着地が崩れた。「うっ――」
渾身の力で踏ん張る――そのまま再転送/四肢が悲鳴を上げるのも構わず、走るに走る。
錯綜する地下の迷路――何度か曲がったところで怪物が遅れた――その隙に男を背負い直す/担いだ右肩に温かな感触/流れる血。「藤波さん! 大丈夫っ、返事してっ!?」
「……聞こえてるぜ……嬢ちゃんっ」苦しげな呻き。「――――オレを置いて、逃げろ」
思わず耳を疑った――言ってることが本気で理解出来なかった。「何、言ってるの?」
「このままじゃ、じきに追いつかれちまう。嬢ちゃんだけなら、逃げ切れる、はずだっ」
ぜいぜい喘ぎながら声を絞る藤波――それなのに、有無を云わせぬ迫力があった。
「――そんなの、できるはずないよ……ないよっ!」聞きたくないとばかりに首を振る。
「ぐずぐずしてると、やられちまう……迷ってる暇はねーんだっ」悲痛な叫び=その間も背後に迫る怪物の足音。鳴の肩に回された手から力が抜ける――ふっと背が軽くなる感覚。
まるで背負った重荷が消え去るように――大切なものまで穴へ落ちてゆく。
やだ……やだやだ、ダメだよぉぉぉっ――それらがスロー再生みたいに押し寄せた瞬間。
チッチッチッチッ――心に空いた穴の奥から、
(ねえ、諦めちゃおうよ)揺れる時計の針に腰掛けながら、ウサギが赤い眼で誘いかける。
(これはアナタのせいじゃない。だから仕方がないよね。さあ、早く逃げちゃおう)
チッチッチッチッ――迷ってる暇はない――鳴はいつもそうだった。迷ってばかりいるうちに、全ては過ぎ去ってしまう。(そんなアナタが、何を選べるの?)
チッチッチッチッ――怯える鳴は何も掴めない/何も選べない/何も出来ないまま――いつも後から嘆いてばかりだった。(そんなワタシに、何が出来るの?)
何も選べない自分が嫌いだった。(そう。アナタはワタシが嫌いだった)
泣き虫な心の弱さが嫌いだった。(弱気なワタシから逃げ出した)
でも――本当は違う。鳴は自分に嘘をついていた。(ワタシ自身を誤魔化していた)
いつの間にか自分には何も出来ないと決めつけていた。(うん、そうだよね。アナタはそうしてワタシに言い訳してた)全てをあなたに押し付けて。(ワタシのせいにして)
私はワタシ自身から逃げていたんだね。(アナタはあなた自身から逃げていたんだよ)
ボーンッ・ボーンッ・ボーンッ――正午を刻む時計/二つの針が今、一つに重なりあう。
私は弱気な、自分を変えたい。(気弱なアナタは、変わろうとしてる)
だから――もう、
離れゆく者の手を――かつて届かなかった想い/選べなかった答えを/力の限り掴んだ/握った――この手に繋ぎ止めた。
「――――ぜっっったいに、離さないっ!!」
唖然となる藤波をがしっと抱き締める/勢い任せに背負い直す――猛然とダッシュ。
あらん限りの力で、迫る怪物を引き離す。「見捨てたりなんて、しないもんっ!」
「やめろっ、嬢ちゃ――」「やだぁっ!」大喝。「守るったら、ま・も・る・の――っ!!」脚よ折れよとばかりに駆け、叫ぶ。「言ったもん……助け合おうって! 約束したもん……二人で無事に帰ろうって! だから私は見捨てない。置いてかない。諦めないっ!」
押し黙る気配が背中ごしに伝わってくる――知るもんか/無視して全力疾走。
すぐ後ろに怪獣みたいな大トカゲの咆哮――飛び交う火線/弾け飛ぶ外壁/決して後ろ振り返らずに、ただ前を向いて走り続ける――前方に分岐路――左右二つのトンネル。
(もう、大丈夫だよね)ウサギのささやき――迷うことなく右へ――足もとで汚水が跳ねる/泥に脚を取られる/踏ん張りが利かず――あえなく転倒。「あうっ」「うぐっ……」
地に投げ出される/悶絶/目に涙が滲む――必死に堪えて、藤波のもとへ這い寄った。伸ばした手が相手を抱き締めたのと同時――大トカゲのアームがピタリと二人を捉えた。
絶体絶命の窮地――荒い呼吸を繰り返し、藤波を庇うよう前に立ちはだかりながら――大声で叫んだ。「藤波さんは、仲間はっ……私が絶対に、守ってみせるの――っ!!」
ガシャンッと突きつけられる砲口――その暗い穴ぐらを屹然と睨み返す。
怪物の咆哮が二人を飲み干す寸前――どこからか仲間の声が聞こえた。《鳴っ――》
「響ちゃん、奏ちゃんっ?」窮地におかれた心が作り出した幻聴かと思った/だが違った――仲間との
旋風のごとき二つ風が吹き荒れる――蒼の風=響――軍用機体から身を躍らせ、疾走/両腕のマシンガンから
続いて銀の風=奏――背の〈羽〉を輝かせ飛翔=華麗な
「鳴っ、大丈夫ですかっ?」「もう、心配したのよぉ!」目の前に立つ仲間たちの姿――幻じゃない/先ほどとは別の意味で瞳が潤んだ。「二人とも、どうやってここに――」
「感動の再開は後回しだよ、ローゼンライエ隊員」さらに軍用機体から巨漢の大須が登場――ぶっとい腕で藤波を担ぎ上げる/軽々と荷台へ。「……二階級特進しそこねたな?」
藤波=荷台に身を預けつつ、渋い顔で応じる。「この状況じゃ、洒落に、ならねーよ」
歴戦をくぐり抜けた男たちの遣り取り――ちょっと羨ましく感じながら、鳴も荷台へ。
その向こうで、にわかに大トカゲが白煙に包まれる――立ち込める冷気。「な、何?」
吸い上げられた汚水が見る間に凍りつく――怪物の骨格を覆う氷が積層/甲殻のようなドドメ色の装甲に――トカゲの怪物が、甲羅を背負ったカメモドキへ変容。
「氷結装甲だ。あの特殊硬化剤で強化された氷の鎧を破壊するのは、骨が折れる」大須のぼやき――地上より摩耶が解説。《こちらでも目標を確認したわ。寒冷地用特殊強襲機体〈
「甲羅状に材料である氷をストックし、戦況に合わせその場で鎧を造る訳か。だが、あれほど重量が増した状態で、先ほどのような機動力は――」ハッと息を飲む巨漢=愕然。
ずしんずしんと地鳴りを立て歩行するカメモドキ――その巨体が腰から百八十度回転/剣山みたいに甲羅から生えた氷柱が、一斉に炸裂。「――いかんっ、回避だ!」
ミサイルのごとく飛来する氷の槍――軍用機体が急発進――響を抱えた奏も急上昇。
ジグザグ走行&飛行で攻撃を回避――狙いの反れた氷の牙が壁・床・天井へ突き刺さる。
吹き荒れる氷と瓦礫のブリザード――瞬く間に鍾乳洞めいた異界と化す地下道。
「何よあれ。武器まで現地製造なんて、アクロバティック過ぎでしょ」奏=坑道内の惨状に呆れ交じりの戦慄――響の相槌。「……無駄に
「まさか、このまま地下から都市を破壊するつもりか?」再び移動を開始する怪物の姿に、大須が唸る――藤波=思案げに。「あるいは……街を氷漬けにする気かもな」
《その通りだ。進路予測によれば、そいつは真っ直ぐに市の中心を目指している》副長の断定――それを摩耶が補足。《知っての通り、第一区にはBVT本局をはじめ、重要施設が集中しているわ。敵は警備の薄い地下から、それらを攻撃するつもりのようね》
「都市もろとも氷像になるつもりか……最期まで狂ったヤローだ」苦々しく吐き捨てる。
「ううん……そんなことは絶対にさせないっ」それを否定するように、鳴が立ち上がる。
「この都市は、私たちが
いつになく強気な少女に、呆気に取られる一同――それに真っ先に同意する声=副長。
《よく言った、
地上――MSE一号車=指揮車両内のモニターに映る大岩のような体躯の男。
相対する副長。「これより任務を遂行します。よろしいですね、ガブリエル隊長?」
重々しく男が頷く。《構わん。関連各省庁への手回しはこちらで行う。存分にやれ》
「
地下を走る軍用機体――並走飛行する奏――追いすがるカメモドキ。
「よし、こちらでポイント2―3―5へ敵を誘導する。三分以内にパーティの準備を整えろっ!」大須=すばやく端末で地形を確認/指示を飛ばす――隊員たちの即応。《
続いて鳴も声を張り上げる。「響ちゃん、奏ちゃん! こっちは私に任せて!」
かつてない迫力――こくこく頷く二人。《どうしちゃったんでしょうね、鳴》《なんだか急に頼もしくなったわね、この子》こそこそ通信。《でも、それ
情けない顔でため息一つ、軍用機体を追い抜く銀の輝き――その下で手を振る響と共に、瞬く間に地下道の先へと消える。《迎撃ポイントへ先行します。みなさん、ご武運を》
「さあ、我々も行くぞ」野太い声に、うきうき応じる軍用機体。《スズカA、了解~♪》
一気に加速――負けじとついてくるカメモドキ――迷路のような地下を上がる・下がる――右へ左へ――時おり挑発するように大須が銃撃――怒ったように怪物が反撃。
揺れる荷台で藤波=愚痴。「やれやれ、怪我人がいるってことを忘れないで欲しいぜ」
盾を構える鳴=一刀両断。「藤波さんはちょっと我慢しててっ!」
いつ終わるともない追走劇――ふいに空間が開ける――サッカーグランドほどの面積に並ぶ枯れ果てた貯水槽=
獲物を追いつめたカメモドキが大胆に距離を詰める――どすどす地響きを立て、敷地の中央へ。精査された標的へ迷いのない銃牙を突き立てるべく、アームを持ち上げる――
「今だ、かかれっ!」号令一閃――にわかに雷雨のごとき熾烈な銃火が、怪物へ殺到した。
配置についた
「いくぜ、兄弟!」「おうさ!」ダニエル&エミル――双子の感覚共有による
「へいへい、このクサレカメ野郎。今その亀頭をひん剥いてやるぜ」続いて剃り込み頭のカール――足音一つ立てぬ
さらに頭に包帯を巻いたヒゲ男が参上――「グスタフさんっ!?」驚く鳴に向かって、無言のハンドサイン=〝任せとけ〟/むっつり放たれたフレシェット弾が榴弾を撃ち抜く――宙で炸裂――中身の液体が雨のようにカメモドキへ降り注ぐ。
すかさず駆けつける最年少のフリードリヒ。「うおwwww、マジかよでっけーwwww。マジやべーwwww」
消防隊のホースそっくりな
めくるめく炎の応酬――氷の鎧が夏場の
「よし、この機を逃すなっ!」大須の合図でみなが攻撃を開始――響の
敵の氷結装甲がナイフで石膏を削るように抉り取られてゆく――苦しげに暴れるカメモドキ=火を吹く機銃の雄叫び/その胴体が再び回転――報復とばかりに氷柱を撃ち出す。
「やらせないもんっ!」鳴=盾の抗磁圧を最大出力――少女を中心に半径数メートルの床がめきめき陥没するほど強固に張られた不可視の壁が、敵の氷弾をことごとく跳ね返す。
カメモドキが初めて怯むように後退した――目玉のような探査装置が忙しなく動く。
しかし/すぐには反撃せず――あれほどやっかいだった氷の槍をなぜか使ってこない。
摩耶=冷静に分析。《こちらを攻撃するよりも、自らを守る鎧である氷結装甲を維持する方を優先した……氷のストックが残り少ない証だわ》
「いけるぞ」機関銃を担ぎ直し、大須がいかつい笑みを浮かべる。「このまま攻めきれば、こちらの勝ちだ――」万を辞して総攻撃を命じようとするその前で、ふいにカメモドキが反転――強引にワイヤーを引き千切り、元来た地下道へ引き返しはじめた。
「まさか……ここまできて逃げるつもりっ!?」宙を旋回する奏――牽制のニードルガン/だが些細な攻撃には脇目もくれず、一目散に暗い穴ぐらを目指すカメモドキ。
《行かせるな……ヤロー、戻って氷を補充するつもりだぞ》藤波の通信――失血に耐えながら建屋の二階へ上がり、〝狙撃手の眼差し〟で敵の目的をいち早く看破。
《 水場では勝ち目がない。どんな手を使ってもいい、そこで敵を殲滅しろ!》副長の怒号。
すぐさま軍用機体×二が回り込む――鎮圧用ネットを放出=左右から敵の動きを封じる。
大須――機関銃を投げ捨てる/背負ったアンカー射出器を取り出す/銛のようなそれをカメモドキに打ち込む。「ふうんっ!」人並み外れた
まるで捕鯨猟――大男+軍用機体×二が、三方向からカメモドキを押さえ込みにかかる。
堪らずカメモドキが旋回――逃げるより先に、障害となる存在を排除しようと試みる。
響・奏・鳴――さらに
「不味いぞっ……このままでは元の木阿弥だ」渾身の力で踏み止まる大須――額に玉の汗。「残弾が尽きる前にっ、勝負を決めなければっ、逆にこちらが危ういっ――」
総力を上げての猛攻――加熱する銃身を排出した響が、一時後退――意を決して仲間に呼びかける。「――奏、鳴。……あのフォーメーションを試しましょう」
「え~っ、あれをやるのぉ?」戦況を見極めるようにホバリングする奏――顔をしかめる。
「やってみよう……響ちゃんっ、奏ちゃんっ!」すたっと鳴が降り立つ――頬に貼られた絆創膏を撫でる=〝勇気と幸運を授ける〟おまじない――その言葉を、心から信じられた。「今の私たちなら、きっと出来るよ……出来るよ」
「もうっ! どーなっても知らないわよぉ」宙で身をひるがえす奏――右腕が展開・回転=音叉のように変形したそれを、指揮棒代わりに振りかざす。「さあ、
「
方々から悲鳴――端から見ると破れかぶれの
大胆不敵に
鳴=決して退かず/揺るがず/堅牢な意志で盾を突き出す――弾幕を弾く・押しやる・道を作り出す――そのままくるりと反転――頭上に構えた盾へ、勢いよく響が飛び乗る。
宙を舞う響=高々と掲げる右腕――そこへ銀の矢が飛来=奏の電撃針がその腕を貫いた。
凄まじいエメラルドの輝き――溢れる光芒/銀の結晶に覆われた右腕がその姿を変える。
年輪を刻む樹木ように――太さと口径を増す銃身が、巨大な砲身へと変容を遂げる。
まるで大樹の
渦巻く放電流――荒れ狂う暴風を前に、怪物が驚愕するように探査装置を瞬かせた。
「
地下に
撃鉄と共に溢れる力を解放――限界を遥かに超えて磁化された弾丸が、膨大なジュール熱により蒸発・プラズマ化=
破壊の
「――敵性兵器の機能停止を確認!」
歓喜をにじませた通信官の報告――総出で湧き立つ指揮車両内。
モニター――戦闘を終えた部隊員たち/傷だらけの戦士といった立派な姿になった軍用機体/後ろで大須に肩を担がれ運ばれる藤波/その向こう――動かぬ彫像と化した怪物の足元で、肩を寄せ合う三人の少女たち――
蒼い少女――煤まみれの笑顔/大破した右腕=一撃で破裂したように融け砕けた砲身。
食い入るように画面へ見入るヴィーラント。「今のは……なんだ。何が起きた?」
人知れず漏れる問い――それに答える摩耶=驚愕。《――信じられない。あの子たち、自分たちの特甲を〝
「特甲の改竄だと? そんなことが可能なのか?」
《……理論上はね。地上戦術型にみられる戦場に応じた
ヴィーラント――あらためて画面に映る少女たちを見つめる/感慨深げな息を零す。
「成長しているのか――あのガキどもが……」
それぞれの想いを胸に、モニターを見つめる大人たち――それを知ってか知らずか。
三人の少女は互いの肩を抱きながら、泥と痣だらけの顔で、無邪気に笑い合っていた。
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