第88話 エクス・オデッセイ10
「ーーー世界の救済、それが君の目的なんだね」
「ご名答、そう、私が望むのは世界の救済、想区の救済しかできない貴方達と衝突するのはストーリーテラーの生み出した悪趣味な筋書きであって、本来ならば私達は手を取り合う事もできる筈なのよ」
「・・・やっぱり、そうなんだね」
エクスには災厄の魔女が想区にカオスを発現させる理由を、想像力を働かせる事で見当をつけていた。
もしもこの世界が「
世界を長く存続させる為には、少しでもミュトスの消費を抑える為に想区を減らす必要がある。
その為に災厄の魔女は想区を滅ぼして回っているのだろう。
そして混沌から生まれたカオス・ヒーローは調律される事によって新たな原典となり、そこから新たなミュトスが生まれる。
ミュトスという概念を知った時から、エクスは災厄の魔女の事を必要悪であると感じ。
そしてそれは誰かがやらなければならない汚れ仕事なのだと理解していた。
だからエクスは自分の行動を、災厄の魔女を止める事を、本当は取り返しのつかない事をしているのでないかと恐れていたのである。
そしてそれは最も残酷な形でエクスの前に現れた。
「・・・君はどうやってこの世界を救うつもりなんだ」
それでもエクスは何か粗を探すように、災厄の魔女に問いかけた。
理解出来ないこと、認められないこと、許せないこと、何でもいいからエクスの想像を超えた答えを返すようにと祈りながら、エクスは魔女の言葉を待った。
「言ったでしょう、世界の扉を開いて
災厄の魔女は堂々と己の野望を語った。
それをエクスは打ちのめされるような気持ちで聞いた。
「貴方には出来ないでしょう、ここまでの事も、これからの事も、腕っ節だけでは世界を変えられない、優しさだけでは世界を救えない、だから私は
今のエクスにはもう、拒む理由は無い。
そもそも自分は空白の書を持った余所者で、この世界を救う資格も、介入する理由も無いのだから。
ファムさえ生きてくれるのならば、誰も悲しまなくて済むのなら、災厄の魔女を認めても、それでいいと思った。
最初に災厄の魔女を敵だと思ったのは何故だろう、今となってはそれすらあやふやに思える位に、彼女の言う正論にエクスは打ちひしがれていた。
そしてそんなエクスを見てファムは叫ぶ。
エクスにはいつでもかっこいい王子様でいて欲しかったから。
悪に屈して欲しくなったから。
だからファムは、エクスの一番の友人として、相棒として、理解者として、ファンとして、年長者として観測者として助言役として支援者として。
一人の、
ファムは、エクスの敗北を認めなかった。
「そんな奴の言葉に惑わされちゃ駄目だっ、優柔不断するなっ、迷うのは仕方ないっ、それが君なんだからっ、だけど他人の答えに満足して、自分のやってきた事を否定するなんて、そんなの間違っている!!」
ファムは体を絞めらて息を詰まらさせられながらも、なんとかその激励を言い切って噎せた。
「・・・貴女、私に運命の書の記述に逆らって生かしてもらっている自分の立場が分かって?、本来ならば貴女にはここで言葉を話す権利すら与えられていないのよ」
魔女はエクスを扇動するファムを止める為にファムの拘束を強めるが。
「・・・くっ、私は死んでも構わないよ、エクスくんの魂が汚されるくらいなら、私は死んでも構わないから」
「ファム・・・」
「・・・エクスくん、君は一つ見誤っている物がある、彼女が、本当に世界の救済を願っている人間なら、どうしてその瞳は絶望に染まっているのか、私は、たとえどれだけ優秀でも正論を語る王よりは、たとえ凡人でも理想を語る王の作る国の人間になりたい、だからっ、正しさに惑わされないでっ、それは自分の正しいと思ってる事を体よく言っているだけの
原典の災厄の魔女が宿していた物は、誰にも理解されず、理解出来ない狂気だったが。
この災厄の魔女の目には何も映さない絶望だけが広がっていた。
それは全ての命を慈しまず、全ての命に興味を持たないただ役割だけに注力する瞳。
その瞳は夢を語らない、理想を語らない、だから言葉も正論しか語らない。
ファムは誰よりも魔女を知っていたからこそ、魔女のその違いを見抜いた。
「御為倒しとは言ってくれるわね、だったら出来るのかしら、貴方達にこの先の事が、世界の救済が」
「それ以前の問題だよ、私達はまだ、世界の答えを知らない、貴方と同じ目線に立っていない、だからここで答えなんて出せる訳が無いのだから」
「そう・・・、本来ならば`万象の想区´、そこで全てを賭けて雌雄を決するのが筋なんでしょうけど、悲しいかな、私には時間が無いの、今ここで渡り鳥の肉体に乗り移らなければ私は消滅し、代役を立てられてしまう、だからここを決戦の地にしましょう、仲間を呼びたかったら呼んでもいいわ、どうせ勝つのは私なのだから」
魔女はレイナの体に取り憑いている訳では無い。
ただ存在を吸収して姿を借りているだけだ。
魔女の体はドロテアのままであり、その体はパーンとの決闘の影響で数日と持たないもの。
今はモーガン・ル・フェイを吸収した時に手に入れたエクスカリバーの鞘のおかげで普通に振る舞えているが、想区を出ればエクスカリバーの鞘の効果は消えて魔女は滅びる。
だから魔女はここでエクスの体を奪わなければならないのであった。
「・・・そうか、魔女の肉体となる事、それもまた、僕に与えられた運命」
エクスは剣を構えた。
仲間を呼ぶ気は無い、レイナの姿をしている魔女相手に、自分以外の誰も戦えないだろうから。
でもエクスは知っている。
魔女は姿を借りているだけで、吸収された者達も魔女を倒せば返ってくる事を。
「あら、一人で勝つつもりなのかしら、それは思い上がったわね、私の力は創造主も凌ぐ上に、運命の記述に逆らって聖剣の鞘まで持っている、そちらに勝ち目は無いと思うのだけど」
「それでも」
エクスは拘束されているファムを見た。
あの時のファムもこんな気持ちだったのだろうか。
ファムもたった一人で、モリガンを追い詰めたのだから。
だからここでエクスが一人で戦うのは、エクスがファムを守りたいと思うのならばどうしても退けない運命なのだろう。
「僕は勝つ」
剣を構えて特攻する。
災厄の魔女はレイナの姿のままでレイナの魔法で応戦する。
いくつもの魔法陣が浮かび上がり、光、火、雷の属性を持った魔法が繰り出される。
それをエクスは斬撃を放ち魔法陣を破壊する事で、自身に当たる攻撃だけを相殺させて最短で魔女との距離を詰めた。
「はああああああああああああああ」
エクスの剣は、魔女の体を貫いた。
レイナを刺す感触は、同じ痛みでエクスの心を突き刺すが、それでもエクスは躊躇わずに貫いた。
ここで魔女を倒さなければファムが死ぬと思ったから。
だからエクスは迷わなかった。
「へぇ、随分と強いのね、単騎でガラハッドを討ち取ったその強さ、本物だわ、ますます欲しくなるわね」
しかし魔女は心臓を貫かれても平然としていた。
そしてその手でエクスに触れようとするが、エクスはすぐ様剣を引き抜き離れる。
魔女の胸に穿たれた傷は、そもそも穿たれていないかのように傷はなく、無傷だった。
それが持ち主に不死を付与するエクスカリバーの鞘の力である。
そしてエクスの持っていた剣は、引き抜いた瞬間にひび割れて砕けた。
「ふふ、今のは私自身が聖剣の鞘になっていたから、だからエクスカリバー以外の剣を鞘に納めた為に、鞘が反発して剣を破壊したのよ、貴方は剣士みたいだから、この体には傷一つつける事は能わないわね」
「そうか、確かエクスカリバーの鞘を持っている者はエクスカリバー以外の攻撃では傷つけられない」
「そう、エクスカリバー本体と合わせれば更なる加護を発揮して所有者に究極の守りを授けてくれる宝具なのだけれど、流石に精霊から聖剣を奪うのは難しいからね、一応ここも湖だけれど、精霊に頼んでみたらどうかしら、もしかしたらエクスカリバーをくれるかもしれないわよ」
魔女はそんな軽口を言いながら余裕の表情でエクスを挑発する。
魔女はアーサー王の想区でしか生きられない命であるが、だからこそアーサー王の想区では凄まじい力を発揮できる。
だからレイナの体を奪いファムを人質にしてエクスをここに縛り付けた時点で、魔女は勝利を確信していたのである。
エクスは思考した。
黄金の林檎もエクスカリバーも何も無いが、万象大全だけはある。
万象大全さえあれば、魔女の野望が果たされることは無い
それに万象大全は`聖杯´か`創造´によって復元しなければ、その真価を発揮出来ない。
だから今のエクスに出来ることは一つだけだった。
「・・・
パーンから託された虹の栞。
創造主の力で、エクスはこの局面の逆転を試みる。
「例え創造主であってもこの不死身の体を傷つける事は不可能だけれど、好きなだけ足掻くはいいわ、絶望に染まった魂こそ、もっとも馴染むのだから」
「クラック、・・・真理を知る「お月様」か、君の正体が何者なのか、僕は興味があるよ、さて君の物語を聞かせて貰おうか」
「ヴィルヘルム、その少年の縁、いや、調律の巫女の縁に引っ張られて来たのかしら?、ねぇ、貴方はどっち側の創造主なの?」
エクスが接続したのはグリム兄弟の次兄、ヴィルヘルム・グリム。
彼が呼ばれたのもまた、縁の濃さに依るものだった。
「そんなの決まっている、僕は僕の物語と、僕のお姫様を守る創造主だ、だからちゃんと、君の敵だよ」
「そう、残念ね、だったらこっちの姿の方が戦いやすいかしら」
魔女はレイナの変身を解いて元のドロテアの姿に戻った。
「・・・君はドロテアさんの・・・だが魂は入っていないみたいだね」
「あら、一目で分かるのね、それも愛のなせる技なのかしら」
「当然だろ、だから君の事は君の存在以上に許せないな、ドロテアさんを冒涜する事は、僕に対する一番の侮辱だ、だからこの場で滅せさせてもらおうか」
ヴィルヘルムは自身の獲物である大剣を抜刀し、イマジンを呼び出し必殺技を放つ。
『 不屈なるメルヒェンの王子たち』
灼熱に渦巻く獄炎が魔女の体を包み込む。
その炎は対象を灰にするまで燃え盛る。
「ふふ、聖剣の鞘を持つ私に、そんな温い魔法じゃあダメージにならないわよ」
涼しい顔で受け止める魔女に、ヴィルヘルムは真正面から渾身の一撃を放つ。
必殺技を牽制にした全身全霊の一撃。
(駄目だ!、彼女に斬撃は・・・ )
魔女が無効化する事を知っているエクスは止めようとするが、ヴィルヘルムは構わず斬りかかった。
そしてヴィルヘルムの斬撃は、魔女の体の前で弾かれる。
「なるほど、不滅である創造主の武器、それは聖剣の鞘に収まらないという事ね、だから攻撃は体に通る前に無効化されると」
「・・・聖剣の鞘の護りか、それは確かに厄介だ、でも君は知らないのかな、この世に存在する全ての「創造物」は、明確にランク付けされている、だから創造主の武器である僕の大剣メルヒェン・テラーの方がただの小道具に過ぎない聖剣の鞘よりも上だ、先に壊れるのはそっちだよ」
「ええ、勿論理解している、でも貴方も理解しているでしょう、この世における`資格を持たない創造主´に対する世界の反発力の強さを、この世界の`グリムノーツ´には貴方は存在しなかった、しかもその導きの栞は代用品だから、鞘が壊れるより先に、反発力によって間違いなく貴方が消えるわね」
「だったら消える前に、こちらの最大火力を叩き込むまでだ」
ヴィルヘルムは咆哮し、全力で魔女を圧倒する。
その凄絶な戦いぶりは、普段の穏やかさからは想像できない益荒男ぶりであり、魔女の護りをこじ開けて、その身に刃を届かせた。
「はぁはぁ、これで最後だ、君の存在ごと消滅させる、
ヴィルヘルムは
「ドロテアさん、ごめん」
ヴィルヘルムは躊躇うことなく魔女の体を突き刺す。
「ふ、やるわね、まさか躊躇わずに刺すとは思わなかったわ」
「・・・躊躇ったさ、この悪趣味な巡り合わせには反吐が出そうなくらいだ、でも、それが役割だと言うのなら、それを果たさない訳にはいかないからね」
そう言うとヴィルヘルムは全ての力を使い果たし在るべき
貫かれた魔女も聖剣の鞘を貫通したダメージにより消滅を始める。
「ふふ、ふふふ、流れていく、集積したミュトスが、この世界を救う私の欠片達が、これで世界は滅び、めでたしめでたし・・・」
魔女の体の消滅と共に魔女が吸収した物語の結晶、ヒーロー達も魔女の中から流れていく。
その膨大なミュトスの多くは霧へと変換されて、辺りを覆い尽くした。
全ての部外者を拒む様に、エクスとファムと魔女だけがその場に残る。
「・・・と言うのは嘘、一つ、勘違いをしている事があるわ、魔女の体は器に過ぎない、魔女の死という結末は、新たな災厄の始まりに過ぎない、だから」
「・・・そういう事か、魔女の本質を知る為の最後の一ピース、それは世界の繰り返しだったんだね」
「そう、災厄は何度でも蘇り己の願いを叶える為に繰り返す、災厄による救済が成される時まで、この世界は何度も滅び、そして繰り返す事になる、どう、知らなきゃ良かったでしょう、こんな残酷な真実なんて」
気付けばエクスは自身の体を乗っ取られ始めていた。
災厄の魔女の死と渡り鳥のプロメテウス化、それは世界の理によって定められた予定調和だから。
だからエクスは自身に強制的に接続してくる災厄の魂を拒めない、次第に自我を奪われていく。
魔女の体が完全に消滅すれば、エクスの魂は完全に災厄に置換されてしまうだろう。
「頭の中にっ、沢山のものが流れてくるっ・・・」
「抵抗しても無駄よ、もう`同期´は始まっている、貴方が逃げずに戦う選択をした時点で、勝っても負けてもこうなる事は予定調和されていたのだから」
「・・・そんな、じゃあ私が追ってきたから、エクスくん一人だったら逃げられたのに」
ファムは何の策もなしに行った自身の行動を嘆くが。
「・・・いや、ファムがいなかったら僕はレイナの入れ替わりに気付かなかった、それに、レイナを放って逃げるなんて出来ないから」
エクスは自身に流れ込んでくる膨大な知識の波がもたらす頭痛に耐えながら、必死の思いで打開策を考える。
(魔女の魂が不滅なら、一体どうすれば・・・)
(不滅の魂を倒す方法、それは一つしかない、封印だよ)
(封印?、ていうか、この声は)
エクスの脳内に直接語りかけて来る声。
それは先刻アヴァロンに隠遁した筈の魔術師マーリンのものだった。
(悪いけど僕も反則技を使ってるからね、詳しく説明している時間が無い、もしも君が、魔女を本気で倒したいと思うのならば、自分の体を魔女を閉じ込める棺にして、魔女を封印するしかない)
(僕の体を棺に・・・、そんな事できるの?)
(ああ、これでも世界を何周も見てきた魔術師だからね、だからこの世界の魂の在り方については熟知している、可能だ、だから君は、自身の体に明け渡して、そして君が最も深く繋がれる魂と
(でも、最も深く繋がれる魂って言ったって、誰と接続すれば・・・)
(君だって分かっている筈だ、ここに彼女がいる意味を、その役割を)
(彼女って、まさか・・・ファムは生きてる、だから接続なんてっ)
(そう、だから彼女の運命はここで終わるんだ)
(そんな、そんな事認められる訳)
(・・・僕は夢魔だからね、君達とは命の捉え方も、倫理観も違う、ただ僕が最善だと思う道を指し示すだけさ、時間だ、後は彼女と話して決めればいい)
マーリンとの通信はそれで途絶えて、エクスは途方に暮れた顔でファムを見た。
エクスに指し示された道はどちらも受け入れられない、どちらを選んでも後悔する選択肢だった。
そんなエクスにファムは、いつもと変わらない快活さで笑いかける。
「ごめんねエクスくん、マーリンから全部聞いた、今ここで、私の命で、この状況をひっくり返せるんだよね、だったら迷わないで、どうせ私はもう死んだ人間なんだから」
「ファム・・・」
「それともう一個謝らないと、実は私は、リュセットである前に、エクスくんの知っているファムだから、だからずっと別人のフリをしてて、ごめんね」
「・・・いいよ、最初から、気付いてたから」
「へ、・・・嘘でしょ、最初からってそんな訳」
「最初は他人の空似かもしれない、って思ってた、この世界のレイナもタオもシェインも、みんな違ってたから、でも」
ファムだけは違った。
喜んだ顔も、怒った顔も、焦った眉も、考える仕草も、全部、エクスの知っているファムだったから。
だからエクスは、リュセットだった頃からファムから目を離せなかった。
「ファムを見ている時だけ、他の皆と違う何かを感じたんだ、きっと、縁を感じたんだろうね、だからファムだけは違うって、最初から気付いてたよ」
「・・・そっか、それは・・・嬉しいな、何だかとても、報われた気持ちだ」
世界が繰り返しならば、輪廻するのならば、たとえ死んでもまたエクスくんと巡り合う運命だ。
だからエクスくんが直ぐに自分を見抜いてくれるのならば、ここで私が死んでも、またエクスくんと出会う事は出来るのだろう。
何度も何度も生まれ変わって、またエクスくんに出会う事が出来るのだろう。
別れの為の準備だったけれど、別れの、その先があるのなら、別れもまた悲劇では無かった。
「旅の終わりには報いがあるか、こんな幸せ、私には過ぎた報いだよ、私は本当は、幸せになっちゃいけない人間なのに・・・っ」
ファムは過去に罪を犯した。
代役である自分の運命を変えるために主役の座を奪って、シンデレラの想区を滅ぼした。
その罪の意識は、ファムの心を死ぬまで暗闇に繋ぐものだが。
「これからは僕も、同じ罪を背負おう、君と共に生きる、だから例え不幸でも、君を孤独になんてしない」
エクスは覚悟を決めた。
優柔不断せずに己の信念を貫く事にした。
「それって、どういう・・・?」
「・・・僕は、災厄を受け入れる、泣いている君をこの世界に一人残して永遠に生きる地獄を味わわせる位なら、僕は災厄になってでも、君の側にいる、君を幸せにしたいから」
なぜファムの事を救いたかったのか。
それはシンデレラの代役として理不尽を受けていたファムの報われない結末を変えて、幸せにしたいと思ったからだった。
全ての人間を幸せに出来ない事くらい理解している。
だからこそ、ファムを幸せにしたいと思う事に、誰よりもファムを幸せをする事に、迷いは無い。
エクスにとってファムはもう、自分が守るべき、幸せにするべき人だからだ。
だからこの選択に、優柔不断する事は無い。
だけどファムはそんなエクスの堕落を認めない。
エクスを一番理解していて、誰よりも愛しているからこそ、エクスのその優しさに甘える訳にはいかないのである。
「・・・違うよエクスくん、これは嬉し泣きだから、だから・・・ありがとう」
「・・・ファム!!!」
ファムは自身の心臓に剣を突き入れた。
そして笑みを浮かべながら、最期の言葉を絞り出す。
「これで、もう、やるしかない、だから・・・、私の死を、無駄に・・・しない・・・で」
本来ならば何の意味も無い哀れな無駄死が、世界を救いエクスを守る意味あるものになったのだ。
最期にエクスくんが自分を選んでくれた。
その事実だけで、ファムは笑って命を擲つ事が出来た。
だからこそ、エクスを現実に戻す為には、自らの手でけじめをつける必要がある。
それがファムに課せられた役割、果たすべき役割なのだとしても、ファムはそれを、丸ごと受け入れる事が出来た。
「ああ、ああああああ、また、また、僕は」
「さて、どうするのかしら渡り鳥、私を受け入れれば聖剣の鞘を使ってその小娘を蘇生する事もできる、貴方はこんな三文悲劇に従うのかしら」
魔女の言葉などもう、エクスの耳には届いていなかった。
災厄から流れて来る記憶も気にならないくらい、ファムと過ごした記憶だけがエクスの心を支配した。
そして記憶の中のファムが言ってくるのだ。
ずっと、一緒にいると。
エクスは導きの栞掴む。
「・・・接続」
「くっ、させるかああああああ」
下半身が消滅し、上半身だけの魔女が止めようと手を伸ばすが。
「なっ、これは・・・」
それは
聖剣の鞘を持つ魔女に唯一致命打を与えられる物だ。
「ふふ、まさかここで覚醒するとはね、`想像´を扱える器とは、いいだろう、暫し貸し与えてやる、だが封印も一時的な物だ、私が世界に必要な存在である以上、何度でも・・・」
「今は、僕と彼女の時間だ、黙れ」
エクスは想像剣で魔女を切り刻んだ。
「ふふ、覚えておけ、自分の物語の為に他者の運命を変えた者は必ず、その報いを受ける事になる事を・・・」
魔女はそう最期に言い残すと、エクスの体の奥に封印される。
そしてエクスは横たわるファムの遺体を抱きしめた。
ファムの温もりが消えていくのと同時に、接続によりエクスはファムに置換されていく。
ファムの体温を感じるのはこれが最後だと思い、エクスはそのもう動かない体を、力の限り抱きしめて、そして泣いた。
ここでの出来事は、エクスにとっては悲劇であり悪夢でありそして、覆しようの無い現実だった。
だがエクスはそれでもその悪夢が続けばいいと願っていたのであった。
エクスの試練は終わり、悪夢は残された者達によって再び紡がれる。
終わっていた悲劇の結末と共に、終わらない悲劇の幕が上がる。
そしてエクスの魂は、現実へと帰って行った。
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