第79話 エクス・オデッセイ1

 暗闇に染まり閑散とした森の中で、少女と怪物は争っていた。

 少女は月に髪を煌めかせながら颯爽と剣を振るうが、その細腕が繰り出す一撃を怪物は容易く受け止める。

 怪物達の主、混沌の巫女の片腕の役割を与えられた仮面の男は、無力な少女に慈悲を与えるが如く、投降を勧告した。


「本来貴方の適職は剣士ではなく回復役、そんな児戯にも等しい戦いぶりではおままごとも同然、ここは大人しく退くのがお利口さんだと思いますよ」


 その口ぶりは聞き分けの無い子供を窘めるように不遜で傲慢だ。

 一人で想区の外の世界へと旅立ち、自分の運命を生きようとする少女からしてみればとても癇に障る屈辱だった。


「うるさい、真のレディはね、例え相手が誰でも逃げたりなんかしないのよ」


 少女は使い慣れない剣を闇雲に振ってヴィランを追い払おうとするが、素早さが売りの小型のヴィランにとって、少女の振るう剣など蝿が止まったようなものであり容易く躱される。


「クルルァ」


 ヴィランの振るう鉤爪が少女の芯を捉えて、少女は吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。


「もう分かったでしょう、それとも死ななければ理解出来ませんか、あなたに私を止めることは出来ない、だからさっさと立ち去りなさい、今なら見逃しましょう、それともここで殺して欲しいのですか」


 仮面の男はわざとらしく指を鳴らして少女を威圧する。

 年端もいかない少女にとっては大人の男から脅されるのは、これ以上なく心細くて怖い経験だろう、しかし、それでも少女は折れなかった。


「・・・はぁ、聞き分けのない子ですね、それとももしかして、あなたの運命の書にはここで王子様が助けてくれる等と書いてあるのですか、クフフ、ここはシンデレラの想区ですからね、王子様が助けに来てくれる展開も読めない物では無い、だったら王子様が来る前にここは退散すると・・・」


 仮面の男はあまりにも強情な少女に付き合い切れず、自分から退くことを選択した。

 少なくとも、彼は少女と敵対する役割を与えられているにしろ、ここで少女の命を奪うとまで、彼の運命の書には記されていないのだから。

 だがそんな男の空気を読んだ気遣いを、少女の誇りプライドは許さない。


「そんな事書いてないわよ、私が退かないのは私の意思、それ以外の何物でもないわ」


 少女は涙を滲ませ声を震わせながらも、懸命に恐怖に抗い言葉を紡ぐ。

 そんな少女の愚行に意地のような物を感じて男は問いかける。


「・・・だったら何故、あなたは私を止めようとするのですか、あなたに私を止められない事くらい理解しているでしょう」


 それを理解して尚、何故痛い思いをしてまで抗おうとするのか、役割を演じているだけの男には理解出来ないものだ。

 効率的に合理的につつがなく。

 それが渡り鳥の想区における悪役「仮面の男」に選ばれた男の自身の運命との付き合い方だ。

 彼は悪役であれど、必要以上に憎まれ役まで演じるつもりは毛頭ない。

 自身の見込んだ姫巫女を守り抜く為に生涯を捧げる。

 それが原典から引き継いでいる彼の性質だからだ。

 そして少女の答えはそんな男の矜恃に触れる物であった。


「そんなの・・・役割だからに決まってるじゃない、私が調律の巫女である以上、ここであなたを見逃せないのよ」


「・・・・・・クフフ、そうですか、そうですね、そうですよね、「役割」そして「運命」、そんな物があるからこそ私とあなたはここで争わねばならず、争う事を避けられない、運命なんかクソッタレですが、役割を全うする生き方は性に合っているというか、好きなんですよ、矛盾してますかね、それでも仕方ありませんよね、そういう「役割」なんですから、、一本取ったご褒美に楽に昇天させてあげますよ、恨まないでくださいね、これも役割なだけなので」


 男は指をパチンと鳴らしてヴィランに攻撃を命じる。

 命を奪うつもりは無い、運命の書に書かれていない殺人を行っても、どうせ代役を立てるなり何なりでストーリーテラーが辻褄合わせをするからだ。

 ただ少女のその蛮勇に、「悪役としての敬意」で以て全力で応えるだけの行為。

 相手を気絶させたらお望み通り後はカオステラーに任せて立ち去るとしよう。

 そんな大した意味もなく、ただ互いの役割に則り誇りを守るだけの攻撃である。


 眼前に迫り来る無数のヴィランを少女は迎え撃とうとするが、忽ち返り討ちにされる。

 横たわる少女を殴りつけようと複数のヴィランが取り囲んでその鋭い鍵爪を振るう。

 終わった。

 少女の体からゆうきが抜けていくように、呆然とその凶刃を眺めた。


(ああ・・・おじさま、どうやら私はここで終わりのようです、おじさまの言う新しい世界は見つかりませんでした)


 少女はと二人で暮らしていた。

 そしてある日突然おじさまがいなくなり、故郷が滅びて自身の居場所を失い旅に出たのだ。

 少女の胸には常に自分を育ててくれたおじさまの言葉と、その物語が共にあった。

 少女が旅する目的の根底にあるのは役割などではなく、おじさまの言葉に起因する。




「優しい光に満ちた新しい世界に出会う事」




 暖かな光で自分を包んでくれる世界。

 全ての退屈から解き放ってくれる不思議と意味深ナンセンスに満ち溢れた世界。

 この世界にはそんな新世界に満ち溢れていると。

 その言葉に惹かれて少女は、霧中の荒野に一人で旅立ったのだ。

 だからここで終わってしまう事、おじさまとの約束が果たせない事が無念であり申し訳無かった。





 エクスは暗闇の中を真っ直ぐに駆け抜ける。

 城へと続く馬車のわだちの跡、それを目印にしながら足元も覚束無い夜道を疾走した。

 迷いは無い、ただあるべき場所に向かって真っ直ぐ進む。

 あれからどれだけたったのか、決して短くない月日が流れていったが、それでもエクスはあの日の事を、あの日彼女と出会った事を、あの日彼女から貰った感動を覚えていた。

 だからエクスは何も考えずに、ただ一心に走る。

 そして辿り着いた。


 アリスに接続コネクトして複数のヴィランと戦う少女。


 以前の記憶と同じ、少女が窮地に置かれている光景。

 エクスは直ぐに助けようと、少女の前に駆け寄ろうとする。

 それを理性が制止した。


(今ここで助けなくても、いずれ彼女達は滅びる運命、だったらここで助けるのは苦しみを長引かせて絶望を深くするだけの行為じゃないのか)


 エラの前では真っ直ぐ進む決意を示したものの、その葛藤、後悔のような疑念はエクスがここに来てからずっと抱えて来た物だ。

 だからこそ今ここででしか答えが出せない。

 時間は無い、迷っている暇は無い、だからこそエクスはシンプルで凡庸な答えを理性に返した。


(たとえ一分だとしても一秒だとしても・・・レイナと一緒に生きられるなら、)


 世界一ナンバーワンの王子様になる事

 たった一人オンリーワンの王子様になる事。

 エラとリュセット、二人のシンデレラから受け取った言葉が、エクスの迷いを振り払う。

 もうエクスは、自分の生きる運命を見失ったりしない。

 例え空白の書だろうと、世界の片隅で案山子になるのがお似合いの男であろうと、自分にとって一番大切な物を見つけたのならば、それを護る事に命を懸けるだけだ。

 エクスの運命が、命が、一番照らされる場所、それは間違いなく彼女の隣なのだから。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

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