第77話 舞踏会前夜

「え、何、しているの・・・」


 舞踏会前夜、準備の為の買い物で遅く帰って来たファムとエラは、家の中で繰り広げられていたその光景に戦慄する。


「助けて、リュセットぉ、お母様が、お母様がご乱心よおおおおおおおおおお」


 顔をパン生地の如く腫れ上がらせて、鼻血を垂らしたノエミとドロテがファムに泣きついてきた。

 見た所、アルティエールが乱心し、虐待を行っていたのは直ぐに理解出来るが。


「あらおかえりなさい、今日は遅かったのね、ほら、二人が帰ってきたのだからさっさと晩御飯の支度をおし!!」


 バチィンと、まるで馬を走らせるが如くアルティエールは鞭で床を叩く。


「ひいいいいいいいい、やめて、叩かないで叩かないで」

「助けて、助けてリュセット、お願い、これじゃあ舞踏会に出られない体にされてしまうわ」


 ノエミとドロテがどれだけ痛めつけられてもファムの心は全く痛まないが、あれほど調教せんのうしたアルティエールがまた懲りずに虐待を行っている事にファムは憤りを感じた。


「・・・巫山戯んなよクソババァ、テメェは弱いものいじめをしなきゃ気が済まないのか、だったらもう二度と人を打てない体にしてやってもいいんだぞ」


 ファムはアルティエールの顔面に躊躇なく拳をめり込ませる。

 アルティエールは吹き飛ばされて壁に衝突した。


「リュセット、やり過ぎよ、そんなに痛めつけたらお義母さまが舞踏会に行けなくなってしまうわ」

「こんなクソババァが舞踏会に出ようが出まいが大した影響は無いよ、それにこいつにはどれだけやったとしてもやり過ぎるなんて事は無い」

「リュセット・・・」


 ファムの心と体には、未だににアルティエールから受けた傷が残っている。

 だからこそ別人であっても、その片鱗を見せられては体が疼いて仕方ないのだ。


「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、生まれてきてごめんなさい、だから打たないでください、殴らないでください、何でもしますから、どうか許してください」


 ファムに殴られた事で記憶が錯乱したのかアルティエールは涙を流しながら許しを乞う様に跪いた。


「・・・・・・?、これは一体・・・?」


 そのアルティエールの錯乱に一同は混乱するが、壁にめり込んだ時に破れたのだろう、露出したアルティエールの背中を見てファムは顔を引きつらせて、そして全てを悟る。


 エラには刺激の強い光景だったのだろう、顔を青ざめさせて震えていた。


「何これ、ひどい・・・」


 アルティエールの背中には烙印が刻まれていた。

 それが示すのはアルティエールもまた「虐げられる者」である事の証。

 ただの貴族の夫人には似つかしくない凄惨な傷跡だ。


 どうしてアルティエールがリュセットを虐げるのか。


 その理由の根拠は、それだけで十分だろう。


「・・・この世に同情出来ない悪役なんていない、か」


 この世界の規則として、人々に役割が与えられている以上、意味の無い悪役なんて存在しない。

 アルティエールの行った非道な虐待にも根拠があり、理由があり、結果がある。


 だからこそその根拠を知ったファムはもう、アルティエールを憎み切る事は出来ない。

 自分にとっての悪役として唾棄する事は出来ないのだ。


「はは、このクソババァ、私と、同じだったんだ、私と、同じ・・・」


 無様に這い蹲る姿を見てファムは、アルティエールがどういう運命を生きたのかを理解した。

 だからこそ自分が、どういう魂の持ち主なのかも同時に悟る。

 暴力を好み躊躇なく人を殴る好戦的な性格。

 基本的に嘘つきで意地悪な良い人ぶってるだけの悪女としての性質。

 全部、引き継いでる、シンデレラの代役がシンデレラになれるとしても、自分がシンデレラに選ばれる道理は皆無だ。

 自分はエラとは違う、醜悪で劣悪な魔女でしかないと、ファムは自覚する。

 与えられた運命に、環境に、血筋に、全てを否定したくなるような絶望を感じた時に、ファムの良心は悲鳴を上げたのだ。


 ファムは逃げるように自室に篭ってベットに入った。






 夜分、姉達の手当てと給仕を終えたエラが、ファムと共同のベットに入ると。


「・・・ごめん、エラ、明日の頼まれてるけど、私にシンデレラなんて無理だよ、だって・・・」


 醜い運命に、醜い魂。

 その醜悪さはどこまでも自分を卑下し、瞳を曇らせる。

 こんな自分にシンデレラの代役など相応しくないし、誰も欺く事は叶わないだろう。

 私にはファムの、何も成し遂げられず、無様に死んでゆく哀れな運命こそが相応しい役割なのだから。

 ファムはエラに背を向けたまま、縮こまった。


「リュセットが今何を考えてるのかは分からないけど、それは違うよ」

「・・・・・・え?」


「私だって、自分がシンデレラに相応しい女の子だなんて思ってない、それでも選ばれたから必死に耐えて、シンデレラを貫き通そうとした、だけど今は、渡り鳥さんの事で頭がいっぱいで、シンデレラに一番相応しくないのが誰かって聞かれたら、それは間違いなく私」

「・・・でもエラはそれでも誰よりも気高くて、気品があって、プリンセスに相応しい女の子だ、私とは違う・・・」

「そう、私とリュセットは全然違う、でもね、それでも私は、リュセットもシンデレラだと思うよ」

「・・・どうして?」


「自分を貫き通す事、それを教えてくれたのは貴方でしょう、役割じゃなくて自分の心に従う事、それが出来る貴方は誰よりも輝いている、私の運命を照らすおほしさま、リュセットは私のになったから、だからリュセットはシンデレラになれるよ」

「私が、エラのおほしさまに・・・?」


 エクスくんと添い遂げる事ではないエラの本当の願い、それが自分とどう関係するのかわからないけれど、エラのおほしさまにになったのなら、その役割に恥じないようにしないといけないと、ファムの良心は再び息を吹き返す。


「そう、私はリュセットのおかげで気付かされた、だから今度はリュセットにも気づいてもらいたい、自分の運命を照らす物が何かを」

「・・・分かった、そこまで言われたら、流石に辞退出来ないよね、やって見せるよ」


 未だに自信は湧かないけれど、それでもエラの言葉には不思議と信じてみようと思わせる力がある。


「・・・ありがとうね、我儘を聞いてくれて、もしも渡り鳥さんが旅立っていなくなるのだとしても、リュセットがシンデレラに目覚めたのなら私は・・・」

「・・・それだけは有り得ないかな、私は私だから、本当の居場所に行かないと行けないから」

「リュセットの本当の居場所・・・それってどこにあるの?」

「ニシシ、それは勿論・・・」


 エラのその質問にはファムは自信を持って答える。




「未来だよ」

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