第66話 カオス・マキナ=プリンス

 そこは、城の催事を執り行ったり、多くの騎士達を侍らし威厳を示す為に作られた玉座の間。


 豪奢で、荘厳で、玲瓏な空気が流れる、王の君臨するに相応しい空間。


 千人の騎士も収まる程の広さではあるが、その場にいるのは一人だけだった。


 その永らく保たれていた沈黙が破られる。


 何年ぶりの来訪者だろう。


 その漸く訪れた終焉の刻を待ち侘びるが如く、少女はどこまでも闇を映した双眸を向ける。




「・・・ようこそ、空白の運命を持つ根無し草の旅人達、歓迎するわ、よくここまで辿り着いたわね」




 レヴォルが彼女とまみえるのはこれで三度目になるが、それでも創造主を凌駕するその力を感じて、レヴォルは怖れを抱かずにはいられない。

 本能の警告を感じつつ、目の前の強敵に立ち向かう。


「エレナを返して貰おう!」


 言葉で説得する事がこの圧倒的な彼我の戦力差に於いては成り立たない事を識りつつも、その「決意」を敢えて言葉にした。

 レヴォル達にとっては、想区の再編や渡り鳥の帰還といった大義名分より先に、仲間を助ける為の戦いである。


 だからこそここで退けず、そして棄権する選択肢は無い。



 少女はレヴォルを見た。

 以前は怖れを抱いて震える虚勢を張るだけの取るに足らない相手だったが。

 今の彼は自身との力の差を理解していながらもその恐怖の色を瞳の奥に隠し、毅然として威風堂々とこちらに相対している。


 短い間に見違える様になったと少女はレヴォルの成長を賞賛し、敬意を払ってその蛮勇を試す。


「勿論、返してあげるわ、この子を倒す事が出来たらね」


 少女は右腕を天に掲げてその名を呼んだ。


 自身の破滅を阻み。

 自身の破滅を実現する。

 破壊の化身である下僕イマジンを。


 本来ならば、己が内に秘める多くの英雄の魂を使えば確実に勝てる。

 この想区に於いて長い間に収集された魂は千を超える莫大な数だからだ。

 しかし、わざわざそんな消耗戦を仕掛けなくても、そのイマジンならば全てを討ち滅ぼす事ができる。

 だからこそ最初から切り札を使い、目の前の旅人達に対し究極の試練で以てその力の試金石とする。




「さぁお出ましだよ、この世で最も尊く強大な力を持つ神、その模造品レプリカにして混沌に歪められた破壊神、この世で最強のが、私達の目指す未来に立ち塞がる最初の番人という訳だ」


 ファムは短く詠唱するとレヴォル達に防御の魔法を付与する。


 直後、天井を突き破るようにして少女のイマジンが顕現した。

 その衝撃で城が鳴動し瓦礫の破片が飛び散るが、ファムの高位の防御魔法のおかげで全く気にならない。


 次第に瓦礫による煙霧が晴れて、その姿が露わになる。




「・・・なんて、デカさだ」


 それは竜と化したジルドレと同等であり、人間など容易く踏み潰せてしまえる程に強大だった。


「この姿はまるで・・・漆黒の、騎士」


 それは全身を漆黒に染めて、鎧に剣と盾、ケンタウロスの如く馬の下半身を持ち、真紅の瞳を炯々と滾らせながらこちらを見下ろす。


「なんて、圧倒的な存在感と威圧感なんだ・・・」


 創造主の力が束になって漸く相手になるくらいに、その漆黒の騎士の力は絶大だった。

 破壊神の異名を持つに相応しい、この世の理不尽を体現した、冥界の王と並び立てる程の暴力の化身。


 それを前にして対抗心を、闘争心を折られぬ者はいないだろう。

 その強大過ぎる剛腕に、どこまでもちっぽけな己の細腕では太刀打ち出来るはずも無いと、誰もが絶望に心を支配されて当然だ。


 逆らえば忽ち「死」という裁きが下される。


 考えるまでもなく本能でそれが分かってしまう程に圧倒的だったから。




「・・・だったら俺も、切り札を使わせて貰う、想像力イマジネーション抽出ドロー!!」


 それでもレヴォルは挫けない。


 例えどれだけ強大な相手であろう、レヴォルの作り出した想像剣イマジンソードならば抗える。

 なぜならそれはどんな「巨悪」にも屈しない勇者の聖剣だからだ。


 レヴォルが絶望しない限りその剣は輝き、レヴォルが諦めない限りその剣は折れない。

 この世の理不尽と不条理に立ち向かう為に、己の「魂」を削って作り上げた物語、それが想像剣なのだから。


 運命として立ちはだかるのなら。

 神も仏も構わず斬るという、修羅を纏った不退転の覚悟が込められているから。

 だからレヴォルは立ち向かう。


「待って、それを使うのはまだ時じゃない、切り札は最期まで取っておく物なんだよ、少年」


 レヴォルが想像剣を使おうとするのをファムが制止する。

 確かに想像剣を使えばレヴォルは行動不能になる。

 ここが最初の試練なのだとしたら使い所としては悪手になるのは間違いないが。


「だが想像剣以外に、あの怪物に対抗する術なんて・・・」


「ニシシ、安心して、君達には無くても、私にはあるのだよ、取っておきの切り札が」


 ファムは四人に向かって安心させるように笑いかけながら、あるものを取り出した。


「それは・・・導きの栞?」


 ファムが取り出したのは金と銀の細工が施され、虹色に輝く見るからに特別製の導きの栞。


 導きの栞とは、空白の書に挟む事でヒーローと接続コネクトする事ができる、言わば携帯端末のような物。

 それの特別製という事は恐らくとてつもなく強力なヒーローの魂が入っているという事だろう。


「普通のじゃないよ、この栞の中には創造主の魂が入っている、創造主が四人もいれば、どんな絶望だって希望に変えられるはずさ」


 例え創造主と言えど一人ならばまだ劣勢と言わざるを得ない。

 しかし四人もいれば話は別だ。

 この世界の絶対法則として、四人組は無敵なのだから。


「創造主の魂だと、そんな代物がこの世に存在したのか!?」


「勿論特別製だよ、創造主は一人でも強大過ぎて想区のバランスを壊しかねない、だからここじゃないと使えないし、ここだけで機能する特別製を作ったんだ、私のお手製だから一度きりの切り札になるけどね」


「導きの栞を作り出せるなんて・・・間違いなく貴方は本物なのね!」

「この栞、やべぇよ、触っただけでとんでもない力が込められているのが伝わってくるぜ」

「こんな切り札を隠しているとは・・・流石、調律の巫女の仲間だ」


 レヴォル、ティム、アリシアの三人はファムから栞を受け取った。


「・・・ごめんね、ノイン君、今は君の出番は無いから、ちょっと休んでて貰えるかな、君の体だって本当は、限界なんでしょ」


 ノインは空白の書の持ち主ではなく、渡り鳥の代役という運命を与えられた存在である為に、導きの栞を使ってヒーローと接続する事はできない。


 そして元々短命に作られていただけでは無く、旅の道中に行われた度重なる戦闘による消耗によって、その魂の器の寿命はもう尽きかけていた。


「分かってるよ、本当は僕にここにいる資格なんて無い事くらい、だからせめて、見守らせて貰えるかな」


 ノインは無力さを噛み締めながら縋るように懇願した。

 自分の中にある衝動。

 彼女を救いたいという気持ちに蓋をして。


 そんな幾度となく自分を救ってくれたノインの弱気を見て、レヴォルは堪らなくなり、叫ぶ。


「ノイン、勘違いするな!、俺達はお前がいなかったらここまで来れなかった、お前のおかげでここまで辿り着けたんだ、だから最期まで皆一緒だ、脱落なんて許さない、全員一緒にゴールするんだ!!」


「・・・っ、レヴォルっ」


 ノインは自分を誰からも必要とされない部外者だと疎外感を感じていたが、レヴォルはノインを必要としていて仲間として絆を感じていた。


 ノインはレヴォルに心の中で感謝を告げると、自分には出来ない彼女を救う役目をレヴォルに託した。


「さて少年、君は君のお姫様と渡り鳥のお姫様、どっちを救うんだい?」


 魔女は最期に意地悪な問いで、レヴォルの覚悟を確認する。


 答えは聞かなくても分かるけれど。

 でも「私の王子様」の代役を任せるっていうのならば、やっぱり聞いておかなければならない事だ。


 人の運命は選択によって決められる。

 どれだけ選択する責任から逃げ続けても、いつかは後悔を伴う苦渋の決断を行わなくてはならないのだろう。

 二兎追うものは一兎も得ず。


 だとしても。


 ファムのその問いかけに、レヴォルは即答した。


「勿論、どっちも救ってみせる、それが俺の全てだ、接続!!」


 レヴォルの手は二本ある。

 空っぽで、だからこそ迷わず差し伸べられる大きな手が。

 向こうから掴んでくれるのならば、レヴォルは絶対離さない。

 だから両方伸ばすのだ。


 人と人を繋ぐ物語、それがレヴォルの生きる運命ものがたりなのだから。


  直後。


  部屋を埋め尽くす程に眩い光が、レヴォル達を包んだ。

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