第50話 白雪姫は永遠に眠る 3

「ついたぞ、ここが儂らの家じゃ」


 ツヴェルクの案内でレヴォル達は七つの山を超えてその住処まで連れてこられた。

 レヴォルの顔には尋常ではない疲労の色が出ているものの、まだ命に別状がある程ではない。

 そんなレヴォルの様子を慮って、ツヴェルクは直ぐにもてなそうと家に入るが。


「帰ったぞ・・・って、誰もおらぬのか」


 家の中は閑散としていて人の気配は無い。

 お邪魔しますと、丁寧にレヴォルは敷居を跨いで中に入った。


「ああー!!、白雪が死んでおるでは無いかー!!!」


 と突然のツヴェルクの悲鳴にレヴォル達は度肝を抜かれる。


 何事かと思って様子を伺うと、この世の理想を再現したように愛らしい少女が苦痛を感じさせない穏やかな表情で横たわっていた。


「死因は・・・毒林檎か!、ならばガラスの棺を用意せねば、すまんがレヴォルにノイン、手伝って貰えるかのう、儂一人では白雪を抱えきれないでな」


 ツヴェルクは白雪の容態を確認するとレヴォル達に助けを求めるが。


「・・・なぁ、白雪姫が毒林檎を食べて死んでから、王子様が迎えに来るのにどれだけかかるんだ?」


 ここが白雪姫が毒林檎を食べて眠る場面なのだとしたら、ここからが一番年月がかかる事になるが。


「さぁて、半年か数年か、儂の運命の書には詳しい事は書かれておらぬでな、だが経験でいえば最低半年はかかるだろうな」


「そうか・・・」


 レヴォルは思考する。

 流石に半年も待つ事になればレヴォル達が白雪姫に鏡を盗んで貰うというプランは失敗という事になる。

 だがここでツヴェルクを騙して白雪姫にキスをして目覚めさせるというのもやはり気が引ける。

 アリシアの指示は無理でもやり遂げろという遮二無二必至の物であるが、それでもレヴォルの良心が乗り気では無い以上、適当に理由をつけて失敗をこじつける事も出来ない訳では無い。


 とはいえ、現在危険を冒して王妃に取り入ろうとしているアリシア達に嘘をつくというのもそれはそれで気が引けるものだ。


 それにやはり主役に取り入った方が、想区の進行を執り行う上では都合がいい。


 レヴォルは悩んだ。


 どちらを選んでもレヴォルの良心は揺らぐ、ならばどちらに義理立てするかを選ばなくてはならないが、それでも他に方法は無いものかと思案する。


 結果だけを取るなら王子様のフリをして白雪姫を懐柔するのが一番なのは間違い無いが。


 思案していたらノインが思わぬ助け舟を出してくれた。


「ちょっと待って、白雪姫の心臓はまだ止まってないよ、今なら蘇生出来るかもしれない」

「何!?死んでおらぬのか!!」


「取り敢えず毒林檎を吐き出させるね、ハッ!」


 ノインは人命救助を優先してか、迷わず白雪姫の腹を掌底で押し込んで毒林檎を吐き出させた。


「後は人口呼吸だね、僕がやると問題が起きそうだからレヴォル、誰か女の子のヒーローに接続コネクトして、人口呼吸してあげて」

「あ、ああ」


 ノインの迅速で的確な指示に反論の術なく、レヴォルは抵抗を感じながらも指示に従う。


(女の子のヒーローか、普段あまり使わないけど、年も近いし、最近はよく使うし、取り敢えずアリスにしとくか、確か白雪姫とは友達だったし)


 レヴォルはアリスに接続すると、そのまま白雪姫と唇を重ねた。


「白雪ちゃん今助けるからね!」


 レヴォルには人命救助といえど若干の抵抗があったが、少女であり英国人であるアリスには抵抗はない。

 絵面的には大分メルヘンを超越した甘美な世界が広がっているが、当人にその意思が無いのであればこれはやはりただの人命救助で終わる出来事に過ぎないのだ。


 何度か息を吹き込み、白雪姫が息を吹き返した所で唇を離し、接続を解いた。

 接続をしていても、唇に触れた感触の名残はレヴォルの中に残っていたが、レヴォルがその行為で揺れ動いた感情は何も無い。


(・・・これで良かったのだろうか、白雪姫が目を覚ますという事はここからは物語が進行する、鏡を借りられればいいだけの自分達からしたら明らかな過干渉だ)


 自分には王子様の代役が出来るほどの器量なんて無いのだから。

 そんなレヴォルの心配もよそに白雪姫は暫時の後に目を覚ました。


「初めまして私の王子さま、私は白雪姫といいます、助けてくれてありがとう」


 白雪姫は花が開く様な満面の笑顔で駆け寄りレヴォルに抱きつく。


 その無邪気な好意にレヴォルは戸惑った。


「ま、待ってくれ、俺は君の王子様じゃなくて・・・」

「じゃあ渡り鳥さん?だったら同じ事だよ、渡り鳥さんも白雪の王子さまなんだから」

「!?、君は渡り鳥を知っているのか?」


 シンデレラの想区には渡り鳥の話が伝説として残っていたが、ここにもそれが伝わっているのだろうか。


「だって白雪の運命の書にはちゃんと渡り鳥さんの事も書いてあるもん、だから白雪と渡り鳥さんが出会うのは運命なんだよ」


 白雪姫は屈託のない笑みでレヴォルを抱きしめてくるが。


 それはおかしい、とレヴォルは違和感を感じる。

 渡り鳥はこの想区における唯一の空白の書を持つ人物だった存在であり、主役でありながら誰の運命の書にも書かれておらず、何の運命にも縛られない筈の存在だ。

 それなのに何故、白雪姫の運命の書には渡り鳥の事が記されているのだろうか。


 その食い違いが何を示すのか、レヴォルは知りたいと思い、それが白雪姫を目覚めさせた事の全てを肯定する。


「悪いが俺は・・・」


 レヴォルが自身は渡り鳥では無い事を説明しようとしたら白雪姫に頬を掴まれた。


「渡り鳥さん、お顔がとっても疲れてる・・・かわいそう、待ってて、白雪が今から元気が出るドーピングエナジーコンソメスープ作って上げるから」


 白雪姫はレヴォルの為に急いで厨房に行き、調理を始めた。

 そんな甲斐甲斐しく尽くす天真爛漫な天使のような姿に、誤解を解いてしまう事に抵抗を覚えさせられてしまい、機会を逃す。


(なんというか、エレナに気品と教養と知性を足したら、あんな感じになるのだろうか、可憐だ)


 何故エレナを基準に考えてしまったのかは不可抗力だったが、それだけ白雪姫の姿は大層可愛らしい。



 少女達にとっての理想の少女がアリスなのだとしたら、世にいる女性の理想となるのが白雪姫なのだろう。

 誰もが羨む艶やかな髪に、透き通る様な白磁の肌、神の創り出した芸術と呼んでも誇張にならない程のその美貌は、全ての人々の理想とも呼ぶべき完璧なものだ。

 だとしても。


(白雪姫は確かに美しい、だけどまだまだあどけないし、完成された美とは違う気がする、未来の白雪姫を妬む事があったとしても、現在の白雪姫に悪意を抱くのは自然なものではないと思う)


 どれだけ完璧な姿だとしても白雪姫はまだ子供であり、蕾である、未熟な存在だ。

 その姿にひれ伏したくなるような、圧倒されるような美貌は備わっていない。

 嫉妬の対象とするには白雪姫の美貌はまだ本物の美には遠く及ばない物だ。

 仮に子供の頃に美少年、美少女だったとしても、大人に成長していく過程で大きく変化する事だって十分有り得ることである。

 であれば今の白雪姫の美しさは、子供であるが故の刹那の輝きに過ぎないものだ。

 それに嫉妬するというのは人としての慈しみが欠如していると言わざるを得ないが。


(・・・もしかして、王妃が嫉妬しているのは美しさではなく若さなのではないだろうか)


 美しさは努力次第でいくらかは維持できるが、若さはどうにもならない。

 だから王妃が白雪姫に執着する理由が美しさではなく若さである方が、その動機を説明をするならば幾分か自然だ。


(しかし、だとしたら白雪姫と王妃は決して相容れない存在という事になるな)


 娘と義母という対立だけでは無く、子供と大人の対比が加算されては、予定調和で成り立っているこの世界の法則上では、属性付け、記号化された対立構造は典型的な結末に導かれるのだから。


(アリシアは実母説を支持していたが、この想区においてはその可能性は低いだろうな)


 仮に白雪姫が和解を望んでいたとしても、王妃にとって白雪姫が憎まれる理由を持っているのならば、二人同時に幸福の結末ハッピーエンドが訪れる事は有り得ない。


 本棚の中身が入れ替わっていくように。

 かつての若葉が紅葉し枯葉として落ちていくように。


 古きものは淘汰され、新しきものに道を明け渡さなければならない。


 もしかしたらそれが白雪姫の持つ主題テーマなのかもしれないと、レヴォルは思った。




 しかしレヴォルは知らない。

 それは白雪姫から見た視点の話であり、王妃から見ればまた、別の解釈がある事を。


 そして童話メルヘンはアンデルセンやオスカー・ワイルドの傑作マスターピースとは違う。


 誰がどんな解釈で物語を読み解いたとしても、それを「否定できる者」はいないのだ。





 換骨奪胎。


 物語が生き物であるのならば、時代と共に新解釈という進化を遂げるのは当然の事。


 だとするならば、その役割を担うのは、誰が相応しいのだろうか。

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