第45話 新解釈・桃太郎・下

 これはアカとアオが、自分の名前を捨てて新たな役割を演じる前の話。


 幼い頃より「破滅の忌み子」として疎まれ迫害されて、親からさえも殺されそうになったアカだったが、彼女はある人物によって守られて、桃太郎の破滅の日まで生き抜いてきた。


「もうすぐ桃太郎が来ます、他の者達は未練を残さないようにとそれぞれの最期の時を過ごしていますが、姉上は何もなさらないのですか」

「・・・どうして私が未練を持つのだろうか」

「・・・え」

「他の者には言えないが、私にとっては、この結末こそが至高であると、そう思っているのだから」


 捨てられていたアカを引き取り、保護したのは鬼ヶ島において主役に近い役割を持った鬼姫だった。

鬼ヶ島は力こそが全てにおいて優先される実力主義の世界であり、鬼姫はそこの頂点にいる存在である。

 彼女が義理の姉としてアカを保護し、その庇護下にいたからこそ、アカは迫害されつつも、生き延びる事ができたのであった。


「姉上は破滅を望んでおいでなのですか」


 アカの質問に鬼姫は、まるで他人事のような冷たさで答える。


「私にはこの島に住む者達に生きる価値があるとは思えない、愛を知らず、力に執着し、暴力でしか語る術を知らない野蛮な獣、本土に住む者たちに比べれば人間の出来損ないとでも形容すべき憐れな生き物なのだから・・・私も含めてな」


「で、ですが、我々鬼族は人間には遠く及ばない優れた力を持ちます、その力を使えば鬼は人間に負けませんし、人間より鬼の方が優れた生き物の筈です」


「だったら何故、人は栄えているのに、鬼はこのような離島にてその日暮らしの生活をしているのだ」


 鬼と人間とでは生きる世界が違いすぎた。

 人間から見れば鬼の生活などは、狩りをして暮らす原始人のようなものなのだろう。


「・・・ですが、我々には人間から奪った宝が山ほどあります、この莫大な財産があれば、鬼が栄えているといえるのではないでしょうか」


「・・・この島にある宝の価値が解るのは、この島では私とお前だけだ、他の者達には例え天下の名刀であっても、ただの切れ味のいい刀の一本に過ぎない」


 アカには武器を収集する癖があった為に、物の善し悪しを見分ける鑑識眼が養われていたが、この島においては力が全てであり、芸術や文化の類である意匠や拵えなどに、深い見識を持つ者はいない。

 金は光っているから価値があると思う程度の認識だから、例えビー玉が金と同じ価値をもっていると言われても誰も疑わないだろう。

 つまり、この島にある宝は、全てガラクタも同然だった。


「でも姉上は違います、他の者がどれだけ救いようの無い阿呆ばかりでも、姉上は気高くて清貧で聡明な皆から慕われる主です、だったらきっといつかは、皆が姉上に倣って「正しい者」になれる日が来るはずです」


 アカはでまかせでもいいから鬼姫を説得しようとした。

 アカにとって他の鬼達はかたきとよんで相違無いくらいの憎しみを向ける相手だったが。

 自分を拾い、救ってくれた恩人である鬼姫だけは、破滅の運命から救い出したいと思っていたからだ。


 だが鬼姫はそんな日は来ないと首を横に振る。


「この世には自分の理解が及ばない存在だって存在するのだ、私はこの島で何十年と鬼子らの成長を観察して来たが、まともな知性を宿していたのはお前だけだ、鬼に知性や愛情など必要ないと、誰かに望まれているかのようにな」


「・・・だからって、どうして姉上までが一緒に死ぬ必要があるのですか」


 アカは鬼姫の主張に何一つまともに返せていない事に焦り、詰まって、嘆願するように鬼姫にその真意を尋ねた。


「私が、本土にて武者修行をしていた頃の話をしっているか」


「・・・聞いた事があります、もう何十年も前の事ですが、確か姉上はそこで剣豪の百人斬りを行う事で、鬼族の長として迎え入れられたと」


「ああ、だがそれは故意に誇張された話だ、鬼族の長となる為に父上が脚色したのだ」


「では、真実とは一体・・・?」


 アカは話の要点がさっぱり見えなかったので、次に聞こえた鬼姫の言葉に、突き飛ばされるような衝撃を受けた。


「人間に、恋をしていたのだ」


「・・・へ」


 眉目秀麗文武両道才色兼備にて天衣無縫の強さを持つ完璧な鬼である鬼姫が人間に恋をするなど到底考えられないその事実に。

 アカは自分の世界観が3周半回転するかのような衝撃を受ける。


「武者修行の途中、私は一人の剣豪に負けて、行き倒れになった所を一人の若者に助けて貰い、それから鬼である事を隠して恋人として共に暮らしていたが、父上の手によって引き離されて、今に至るという訳だ」


「それが、今の話と何の関係が・・・」


「その時の恋人の名を、桃太郎という・・・浅はかだった、どうして惹かれたのかも分からないが、桃太郎によって私は、鬼としての生き方を喪失したのだ」


「それじゃあ姉上が破滅を望むのは・・・」


「好きな男を殺め、殺められて、来世での宿縁を望むからだ」


 鬼と人の道ならぬ恋など、例えこの島にいる鬼全てを捧げても足りない程に険しい物だろうと、アカは理解した。

 故に心中しかないと、諦めでは無く来世での邂逅を願う希望を持って心中に向かっているのだ。


 鬼姫の瞳の奥に燃えるのは、その体の全てを焼き尽くす程に激しい恋の炎だった。


 その激情に勝る情を、アカは知らない。


 だからアカはその激情の行き着く先を、結末を見たいと。


 不意に、望んでしまったのだった。






「なぁ兄貴、今更だけどなんで兄貴はそれほどの剣の腕前があるのに、ずっと家で薪割りなんてしてたんだ」


 若き日のアオは桃太郎と年の離れた実の弟として、桃太郎の鬼退治の手助けを頼まれる形で、桃太郎の旅に同行していた。


「ふ、恥ずかしい話であるが拙者には昔、女房にと思っていたおなごがいたのでござる、しかしある時そのおなごが鬼であると知らされて、拙者は連れ去られるその手を掴まなかったのでござる、それ以来、何をしても夢中になれなくなった為に、働く事をやめたのでごさる」


「じゃあ兄貴はその相手に会う為に鬼退治に・・・?」


「拙者にとっての宝、最愛の妻と子を取り返す為であれば、拙者は何でもできる、そう思い知らさせてくれたのは〇〇、お前のおかげでござる、お前は人間でも鬼でも関係なく、ただ自分が正しいと思う物の為に戦うと一人で村のに立ち向かっていった、それが拙者の心にもう一度火を灯したのでござる」


 アオが行ったのはただ捕まって拷問を受けていた鬼をこっそり逃がしただけの事である。

 いかめしい顔をした巨漢が泣きながら感謝を口にするその光景と、その体を埋め尽くさんばかりに刻まれた傷痕を、アオは生涯忘れないだろう。


「そんな改まって言われるようなことじゃ・・・」


「いや、きっと世界中探しても、鬼に味方する人間なんて〇〇一人でござる、だからこそ拙者は弟としてでは無く一人の男として、〇〇を見込んでいるでござる」


「やめてくれよ・・・疫病神の俺をそんな風に言うのは」


 アオは英雄となる筈の実の兄を死なせる疫病神として、両親から虐待を受けていた為に卑屈だった。


「ふ、疫病神か、なぜお前は自分を疫病神だと思う、今まで誰かを不幸に貶めたりしたのでごさるか」


「そんなことはないけど・・・」


「だったら胸を張れ、拙者がこれから死ぬのだとしても、拙者は自分を不幸だと思わない、なぜならお前に会う前の拙者の方が不幸のどん底にいて、〇〇に会ってからの方が何倍も幸せだったでござるから」


「兄貴・・・」


「それに拙者は必ず、この手でと子供を取り返すでござる、あの時は弱くて届かなかったけれど、今ならきっと届くはずでこざるから」


 桃太郎の屈託の無い笑みは、根拠が無くても安らかで温かな希望に溢れていた。






「兄貴・・・」

「姉上・・・」


 決戦の終着点。

 抱き合う様に重なる二つの死体が海に漂っていた。

 時が止まるかのようにアオとアカはその光景に引き込まれる。


 世界の片隅で密やかに遂げる愛のなんと美しい事かと鬼であったアカはその結末を喜んだ。


 心酔する兄の敗北を知ったアオは、悲劇を繰り返してはならないと、人間であるアオはその結末を戒めにした。


 アカとアオの望む結末は最初から平行線である。

 故に最期まで二人には「相応しい結末」が訪れなかったのだろう。


 それでも人は、選べる選択肢の中から、選ぶ事しか出来ないのである。


 無謀を望むのは、夢の中でしか出来ないのだから。

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