第38話 盛者必衰の想区

「私の名はアカ、鬼ヶ島で暮らす鬼の一人です」


 アカ、名前から彼女の正体を推測するならば、赤鬼となるのだろうが、彼女の容姿は鬼というよりはどこからどう見ても人間の少女だった。

 声こそ、少女というにはやや嗄れているが、だが人間と遜色無い彼女が鬼としての運命を与えられている事が、この想区における桃太郎の、絶対正義主義な排他的殺戮体制を現していると言えるのかもしれない。


「俺はティムで彼女はアリシアだ、それで、アカさんは、この想区について何か知っているなら教えてくれ」


 ティムは単刀直入に聞いた。


「この想区について、とは?」

「俺達はこの想区が果てしなく広いが、一つの想区だと知っている、だから、この想区ののいる場所を知りたい」

「知って・・・どうするつもり何ですか」

「仲間が拐われたんだ、助けに行かないと」


 ティムとアリシアの必死な様子にアカはどこか申し訳なさそうな面持ちで頷いた。


「・・・わかりました、そういう事なら協力しましょう」

「ありがとうございます!、よろしくお願いします!」

「やったわねティムくん、早速レヴォル達と合流するわよ!」

「合流・・・となると他にも仲間が?」

「今は鬼ヶ島にいて、各々に情報を集めてる」

「なるほど、それは丁度いいですね、実は私も鬼ヶ島に用があったので」


 こうしてティム達は、アカと行動を共にする事となった。




「・・・よくやった、作業完了だ!」

「長かった」

「すげぇきつかった」

「もう全身くたくただぜ」


 三日間に及ぶ作業、それは子供達にとっては初めての労働であり、レヴォルにとっても地味でひたすらきつい肉体労働だった。


「おっし、お疲れさん、祝宴にしようか、俺がゴーセイな料理をご馳走様してやるからよぉ」


 そういってシルバーは船のキッチンに行くと、調理を始めた。


「これはゴーセイというよりはゴーカイな・・・」


 海賊料理というやつだろうか。

 そうそうお目にかかれない、骨のついた肉や、丸ごと魚が入ったスープなんか初めて見る物だった。

 だけどそんな豪快な料理が、初めて食べる美味をもたらす事に悔しさのような屈服感を感じずにはいられない。


「うめー、こんな美味いもん初めて食ったぜ」

「銀爺すげーよ、こんな美味いもん作れるなんて」

「ああ、銀爺やるな」

「誰が銀爺だ、俺の事はシルバー様と呼べ、ガキ共、じゃないと料理にミミズ入れるぞ」

「へへ、ミミズは好物だから平気だもんねー」

「カナブンに比べたら全然いけるぜ」

「俺も」

「おいらも」


「ちっ、中々骨のあるガキ共だぜ・・・」

「たくましいですよね」


 子供達は魚や海老を骨まで残さず丸かじりしている。

 とても真似出来ない野性味溢れる食べ方だった。


「こいつら、海賊としての才能あるかもな」

「海賊か・・・」


 彼らは鬼ヶ島で育った、当然親なんかもいない。

もしかしたら「運命の書」さえも持っていないのかもしれない。

 だとしたら当然、大人になった所で排他的な想区の住民達に受け入れられる訳もないし、まともに職に就くのは難しいだろう。

 だったら、ここで海賊としての生き方を教えてもらう方が彼らの為なのかもしれない。

 海賊はまともな生き方じゃないし、そんなならず者なんかになったらきっと親は悲しむのかもしれないけれど、生きるという事は、綺麗事だけじゃたち行かなくて、時には汚くて苦しい事も受け入れないといけない。

 だから、きっと、海賊になる選択肢があるのなら、それはまだ幸せな事なんだろう。

 子供達もシルバーに懐いている事だし、シルバーには、危険だけど、だからこそ不思議なカリスマがある。

 確か原典の彼も、そんな男だったな、とレヴォルは物語の中のシルバーを参照した。




「そうか、船は出られたか」

「ああ、これで俺達はこの島から出られる、俺達皆で!」


 後は別れたティムとアリシアが今どうしているかが、気掛かりだったけれど。


「出航は少し待ってくれんか、実は今、仲間が仕上げの準備で島に帰ってくるのを待っている所なのだ」

「仲間・・・自力で島を出られたんですか?」

「命懸けでな、である者にとっては、島を出るのも島を出てからも命を賭けねばならん」


 自力で島を出るのは如何程のものかと考えていたが、その様子から容易な事では無さそうだ。

 その仲間はとても精強な人だったのだろう。


「強い人なんですね」

「ああ、儂なんかよりよっぽどな、あいつこそが・・・真の強者だと思う」


 剣豪も身を引く程の剣技を持つ村長さんにそこまで言わせるなんて相当の猛者だ。

 どんな人なのかレヴォルは会ってみるのが楽しみになった。




「時は満ちたか」

「ええ、これで私達の旅は終わりです」

「長い旅だった・・・」


 長い旅の終わり、長く待ち続けたその結末を、二人はようやく迎える事が出来る。


「彼等は上手くやってくれるだろうか」

「準備は整いました、ならば運命が、彼らをあるべき結末へと導くでしょう」


 アカとアオは、己の最後の使命を果たす為に、己の刀を研ぎ澄ます。

 子供達に未来を授けるために。

 その幸福の結末に自分達がいなくても、未練など無かった。




 昨晩、アカと共に島に帰ってきたアリシアとティムとレヴォルは合流した。

 二人は海を越えてくるのに相当苦労したのか、着いてくるなり倒れ込んで、丸一日レヴォルが看病する事になった。


「それで、今日まで何の準備をしていたんですか?」


 レヴォルは明日の段取りを聞くついでに、村長さんに計画の詳細を尋ねた。


「島から脱出する事、それはストーリーテラーに逆らう事になる為に、普通に出ようとしても結局運命の強制力によって引き戻される、それでは誰も救われない」

「だから私達は、この島を破壊する事にしたのです」


「島を、壊す・・・?」


 アカのその言葉にレヴォルは人生最大の驚愕を禁じ得ない。

 確かにカオステラーの中には己の運命を呪い想区を滅ぼそうとする者もいたが。

 島を一つ壊すとは、それに近い発想であり、とても正気とは言い難い蛮行である。


 主役や敵役を倒しても代役を立てられる、だから舞台の方を破壊するというのは`突き詰め過ぎた合理性の結論´であり、その結果によって想区という世界にどのような影響がでるのか、そもそも破壊した所で鬼ヶ島が本当に無くなるのか、その様な懸念を無視した、どこまでも短絡的な発想でしかない。

 本来ならばカオステラーや教団に与するような危険な思想だった。

 だがレヴォルの懸念は、アオの語る真実によって払拭される。


「鬼ヶ島があるから桃太郎がいて、鬼退治が行われる、ならば、鬼ヶ島が無くなれば、桃太郎はいなくなる、なぜならここは桃太郎の想区では無いのだから」

「桃太郎の想区では無い・・・確かに、この想区には沢山の物語が集まっていて、桃太郎もその一部分でしかないとは思っていたが」


 渡り鳥の想区と呼ぶべき巨大な規格をしているのなら、桃太郎もあくまでこの想区が持つ多様性を現したものに過ぎないのだろうか。


「総括してではなく、もっと限定的に区切っても、ここでやっている物語は、桃太郎ではありません」


 限定的な区切りとは、この極東の島国の物語を再現している舞台についての事だろう。


「桃太郎では無い・・・ならばここで繰り広げられている鬼退治とは一体何なんだ」


 桃太郎の他に誰が鬼退治の役目を持つというのだろう。

 くにの違うレヴォルには考えようもない事だ。

 その疑問にアカは淡々と答えた。


「ここは平家から源氏、そして北条家へと、権力者の移り変わりと、人の世の儚さを描いた、盛者必衰の想区で、ここで行われている鬼退治とは、が敵と定めた存在を征伐する物であり、鬼とはと定められた存在を指す」

「じゃあここにいる子供達は・・・」

「鬼などでは無い、平氏や源氏の末裔だ」

「そういう事、だったのか・・・」


 自分の敵となった相手に鬼としての役割を被せて討伐させる。

 なんとも合理的な方法ではないか。

 でもこれは恐らく、古来から使い古されてきた手法なのだろう。

 戦には常に大義名分が求められる。

 その都合のいい方弁として鬼退治という言葉が使われているのだろう。

 レヴォルにとってそれは、とても・・・受け入れ難い真実だった。



「・・・それで、どうやってこの島を壊すんですか」


 島を破壊する事に異論は無い。

 何としてでもこの理不尽な現実を破壊してしまいたいという義憤が、烈火の如く体を迸っていた。

 だが島一つ破壊するなんてもしかしたら想区を一つ滅ぼすよりも難易度が高いのかもしれない。

 少なくとも主役とその代役さえ始末すれば、想区は自然と消滅する。

 だが島を消すとなると、一体どんな手段に頼ればいいのか、想像もつかない。

 創造主の力を使っても、簡単には出来ることでは無い。

 レヴォルの質問にアカは持っている錫杖を鳴らして答えた。


「これを使う」

「それは?」

「シェヘラザードの杖、創造主の力を秘めた宝具とでも呼ぶべき一品だ」


 創造主の力、それを使えば確かに、ある程度の無理は通せるのかもしれないが。


「・・・そんな物をどうやって」

「直接譲り受けたのです、シェヘラザードの役割と同時に」

「役割と同時に?」

「この想区にはもう未来がありません、多様性を求め過ぎたが故に多様性の拡散は限界を迎え、やがては収縮し破滅する未来しか無いのです、だからその最後の悪足掻きとして、未来と共に託されました」


 無尽蔵に枝が広がり過ぎれば幹が腐る。

 根っこが腐ればもう滅びるしかない。

 繰り返される再演アンコールと新解釈の濫用は、想区の寿命を食い潰したのだった。


「未来と、共に・・・」

「あなた達は、想区を調律しに来た、空白の書の持ち主なんですよね」


「・・・いや俺達は「調律」ではなく、「再編」だ」

「再編とは?」

「物語に新しい解釈を加えて、よりよい結末を創り出すような・・・悪い、適当な言葉が浮かばない」

「・・・いえ、それで十分です」

「この想区の諸悪の根源を絶ってくれるのならば同じ事だ」


「諸悪の根源・・・、それは「この想区の本当の主役」である彼女の事か?」

レヴォルが二度対峙した、創造主すらも霞んで見えるほどに凄みを感じさせる彼女なのだろうか。


「いや、おじょ・・・こほん、彼女はあやつり人形に過ぎない、この想区の主役は調律の巫女ではなく、あくまでも「渡り鳥」だからだ」

「だからこそ、主役のいなくなったこの想区はあるべき根幹を無くし、無秩序に多様性ばかりが増長する結果となった訳です」


「じゃあ、諸悪の根源とは一体?」

「この世界のどこかに潜んでいる、本来倒されるべき運命にあるはずの彼女は、己の運命に抗ってどこかに隠れた」


 災厄の魔女とは、恐らくこの想区における、災厄の異口同音の存在で、エレナとは関係の無いものだろう。


「そして渡り鳥は倒さなくてはならない災厄の魔女を倒す為に、恐らく想区の外にまで追いかけていったのでしょう」


 つまり渡り鳥は自身の役割に則って想区からいなくなった訳か。


 だとするならば、渡り鳥の物語はここで終わっても、終わらなくても、どちらでもいいのかもしれない。

 少なくとも、この想区の中における渡り鳥の役割は、既に終えているのだから。

 だとするならば、渡り鳥が帰ってくる可能性も殆ど無いか。


「・・・それじゃあ、のやっている事とは一体・・・」


 もしも本当に渡り鳥に会いたいのならば、待つよりも想区の外に出た方が幾分かましだろう。

 想区の中と外では時の流れが違う。

 一度旅立った想区に再び帰ってきた時に、何十年も経っていたという事象だって溢れているのだから。


「渡り鳥はこの想区でただ一人の、空白の書の持ち主でした、だから我々の誰の運命の書にも、渡り鳥の事は書かれていません、だからこそ、、もう一度会うことだって叶うかもしれない、そう、彼女は思ったのです」


「渡り鳥が望んだ事・・・?」


「渡り鳥は、困っている人の為に戦う、苦しんでいる人を救う為に戦う、だからもしも、自身がカオステラーとなれば、空白の書の持ち主である渡り鳥も、運命の縁に引かれてこの想区に導かれるかもしれないと、彼女は思ったのです」


 自分が倒されるべき敵となってでも会いたいという思いはきっと、想区のあらすじを変えてしまう程に強い。

 それで呼ばれたのが自分達だから報われないが、でももしかしたら、渡り鳥も運命に導かれているのかもしれない。

 この想区がどういう結末を迎えるのかは分からないけど、そこに渡り鳥がいて欲しいとレヴォルは願う。

 そういう願いが積み重なれば、きっと渡り鳥は現れるだろう。

 だからこそ彼女は、英雄わたりどりに相応しい舞台を整えているという事か。


「渡り鳥を見つけ、災厄を絶ち、想区を再編する、これが出来れば皆救われるのか」


 何をどう解決すればいいのか茫洋と糸口さえ見つからなかったこの想区の再編方法だったが、ようやく結論を見つける事ができた。


「しかし渡り鳥も災厄の魔女も行方不明だ、君達が空白の書を持っているからといって、探し出すにはもう時間が無さすぎる」


 確かに、レヴォル達が想区の外にまで渡り鳥を探しに行けば、その間にこの想区の寿命は尽きるだろう。

 でも今は、レヴォルも望んでいる。

 渡り鳥のいる結末を。

 だったら。


「・・・きっとのピンチには、一番に駆けつける筈だ」


 レヴォルの為すべき事、それはからエレナを取り返し、そして想区の悪役として討伐する。

 そうすればきっと渡り鳥も駆けつける筈だ。


 渡り鳥は、誰かの英雄である前に、の英雄なのだから。

 例え彼女が悪役だとしても、彼女の味方をするに決まっている。

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