実験一日目 その2
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
笑顔で歓迎の言葉を向け、来店した女性に連れがいないことを確認する。
「ええ、まあ」と低く不愛想な声で女性は頷いた。
女性の姿を横目に観察するシェリは、女とは思えぬいい加減な格好に眉尻を吊りあげる。
腰程まで伸ばした茶色に染められた髪は、染め直されておらず根本が五センチほど黒い。ぽっちゃりとした体形の女は、ウェリントンの黒縁眼鏡をかけていた。レンズの分厚さから見るにお洒落ではなさそうだ。
服装は、着古された灰色のトレーナー(胸元にDREAMと書かれており猛烈にダサい)、深緑のスウェットパンツ。スニーカーは履き古されて汚れており、無駄に大きなリュックを背負っていた。
「お好きな席へどうぞ」
もちろん差別などするはずもなく、店主はそこら中にある空席を示す。
すると女性客は右手に握った何かを睨むように見下ろしながら、店主を押しのけ店内をうろつき始めた。
方位磁石の赤い針が示す方を探し、右へ左へ、うろうろうろ。
身体の向きをあっちへこっちへと変え、難しい顔をする女性に「あの……」と店主が再び声をかけようとしたが、その前に女性が顔を上げ「そっちの席いいですか」と南側の席を示し、不愛想に言い放つ。
「ええ、大丈夫ですよ。ご注文が決まりましたらお声かけ下さい」
返事もせずに大きな尻を椅子に落ちつけ、女性は机の上にあったメニューを眺めた。
カウンター席から事の成り行きを見守っていたシェリは、店主がカウンターに戻ってくるや否や、アイラインで囲われた瞳を狐のように吊り上げ、小さな、しかし迫力のある声で唸る。
「どうしてあそこの席に座らせるの」
「だってあそこに座りたいって言うから」
「見たところ黄色い靴も履いてないし、ピンクの帽子も被ってない。実験に関係ない客をあの南側の席に座らせないでよ」
「そんなこと言われたって」
「追い出せ。あんなパジャマみたいな服を着たズボラ女にこの実験を邪魔されるわけには」
苛立ちを隠せない声が次第に大きさを増す。
本人に聞かれてはまずいと、人差し指を口元に当て「シーッ、シーッ」と黙るよう促した。
「注文いいですか?」
間髪入れずに女性の声が聞こえ、反射的に「はい」と返事をしたが、情けなく声はひっくり返った。笑顔を浮かべて南側の席へ近寄る。
どうやらシェリの声は聞こえていなかったらしく、女性は不愛想にメニューを指さした。
「アイスメープルロイヤルミルクティー一つ」
「畏まりました」
「アイスメープルロイヤルミルクティーってツラか」
「シッ!」
聞こえても構わないというくらいの音量での嫌味に、即座に振り返って再び注意を促す。
鋭い視線を向けられ、シェリはつまらなそうにティーカップの縁を指先でなぞった。
「何か言いましたか」と女性が訝しんだので、「い、いえ」と引き攣りそうな笑顔を浮かべて店主は誤魔化す。
女性は注文を終えると、店内奥にあるトイレに入っていった。
事無きを得た店主は安堵に胸を撫で下ろし、カウンターへ戻って注文の品を作り出した。
背の高いグラスにハートや星の形をしたカラフルなアイスボールを入れ、紅茶と牛乳を注ぐ。
メープルシロップをたっぷりと入れていると、カウンター越しにティーカップが差し出され「これにも入れて」と我儘な注文を受けた。
「あのね、僕のお店でおかしな実験をするのは百歩譲って見逃すとして、営業の邪魔はしないでもらえるかな」
飲みかけの紅茶にメープルシロップを一回し垂らしつつも、強く注意をする。
しかしシェリは反省するどころか心外だとばかりに声をあげ、相手を睨んだ。
「はあ? 私はあんたの為にわざわざこんな手の込んだ実験を」
「頼んでないし」
「夢見る夢男さんに現実を見せてあげようってんだから、むしろ感謝して欲しいくらい……」
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン――……
会話の途中、不意に巨大な金属音が鳴り響き、空気を微弱ながら震わせた。
正午を告げる時計塔の鐘が、街の全ての音を遮り響き渡ったのだ。
時計塔の管理人は、律儀にも毎日欠かさず午前十時から午後六時までの八回、長針が十二の数字を示すごとに鐘を鳴らしているのである。
時を告げる鐘が鳴り始めると、街の時間は一時止まる。
他の音が聞こえない恐ろしさに人々は足を止め口を閉ざし、鐘が鳴りやむのを待つためだ。
鐘の音を楽しむ者もいれば、はた迷惑だと思う者もいる。
この二人は綺麗に前者と後者に分かれていた。
「本当にうるさいなこの音! 会話すらできやしない」
「時を告げる鐘の音だぞ。ロマンチックじゃないか」
「今度邪魔したら時計塔の管理人をぶっ飛ばして、私が好き放題鐘を鳴らしてやる」
「やめてよ!」
本日何度目かの悲痛な制止の言葉は、「冗談だよ」と鬱陶しそうにあしらわれてしまう。
「君の冗談は冗談に聞こえないよ。この前だって勝手に店の看板の色変えて!」
「青より赤のほうがお洒落じゃん」
「僕は青がいいの! それだけじゃないぞ、先月だってうちのお客に……」
――苦情を言い終わる前に、本日四度目の来店を知らせるベルが鳴った。
やって来たのは小柄な美少女。
シックなデザインのテディベアが刺繍されたロリータワンピースを着ている。
栗色に染まったツインテールに結わかれた髪に、小動物の愛らしさを思わせる丸く大きな瞳、小さく柔らかそうな顔。
アイドル顔負けの可愛らしさがあり、十人中八人はすれ違えば振り返りそうである。
「いらっしゃいませ」
「こ、こんにちは」
そわそわと落ち着きなく店内を見回す少女は、店主に声を掛けられると小さく頭を下げてこれまた愛らしい声で返事をした。
「おひとり様ですか?」
「え、あ、はい。あ、あ、でも……二人に、なるかも……?」
「待ち合わせですか?」
「う、うー、まあ」
大きな瞳を上下左右に彷徨わせ、頬を引き攣らせたり緩ませたりする挙動不審さ。
その様子に店主は内心首を傾げながらも、笑顔で頷いて「そうですか。どうぞ、お好きな席へ」と多くの空いたテーブル席を示した。
「じゃあこの店の一番南側の席に……」
思わぬ言葉に「え?」と声を出してしまう。
店主が反射的に少女の姿を改めて見直すと、小さな足は大きなリボンのついた黄色のロリータブーツを履いているではないか。
あっと思わず声を上げると、不思議そうな顔で見上げられてしまった。
「い、いいえなんでも。すみません、あちらのお席は只今別のお客様がご利用になっておられまして」
「じゃあ席を代わってもらえるよう頼みます! 私、どうしてもあの席がいいので!」
南側の席を示された美少女は、瞳を輝かせそう言った。
必死な様子に戸惑った店主が「え、ええ?」と困惑の声を上げる。
「そちらの手は煩わせませんので。それに、もし代わって貰うのが駄目でも、その人が帰るまで待ちます」
そうして少女は鼻息を荒くしてきっぱりと言い放ち、南側の席の傍にあるテーブル席に着いたのだった。
「靴! 靴履いてるよ! 黄色い靴!」
「声がでかい! バレちゃ実験失敗なんだから普通にしててよ」
興奮した様子でカウンターに戻ってきた店主を咎めるシェリだが、彼女も早速やって来た被験者に高ぶる気持ちは抑えられず、すぐに二人は美少女の観察に専念した。
席についた少女は店内を見渡したり、窓の外の道ゆく人々を眺めたり、髪が乱れていないか気にしたり、メニューを眺めたりと落ち着かない様子である。
表情も強張ったり、綻んだりと目まぐるしく変わってゆく。
座席を方角で拘り、しかもそれが南側。
何より美少女の挙動不審さが、彼女の履く黄色い靴が偶然でないとまざまざと語っているのだった。
「典型的な夢見る少女って感じ。なるほど、こりゃいいカモだわ」
国内何万人分もの人間のデータから今実験に最適な被験者を検出したのは、シェリではなくウンメイカーのプログラムである。
よってシェリ自身も、実際にこの店に足を運んでくるのがどんな人間になるのか詳しくは知らないのだ。
例えどんな人間が来ても運命を作る自信がある彼女は、これから始まる運命の出逢いに期待して薄笑いを浮かべた。
こんなにも間近な人間に噂されているとは露知らず、注文が決まった少女が店主を呼ぶ。
「はい、お伺い致します」
「エスプレッソ」
「そこはアイスロイヤルメープルミルクティーを頼むところだろう」
「好みは人それぞれ」
イメージにそぐわぬ美少女の注文にシェリが不服そうにぼやくので、店主はカウンターに入りながら言った。
そこへ席を外していた女性がのそのそとトイレから戻ってきた。
見た目通りハンカチなど持っていないようで、トレーナーの裾で洗った手を拭いている。汚い。
南側の席に座っている人物が戻って来たのに気づいた少女は、早速席を立つと、にっこりと愛らしい笑顔を浮かべて女性に声をかけた。
「あの、すみません」
「はい?」
「その席、代わって頂けませんか?」
突然の要求に女性は驚いた顔を浮かべる。
少女は可憐さといじらしさを含んだはにかみで、女性の席を示し「どうしてもその席に座りたくて」と頼んだ。
――その愛らしさがあれば、誰もが快く席を譲るに違いない。
店主は少女の姿を見て思ったのだが、同性に通じるアピールでは無かったのか、それとも単に女性の心が狭いのか……。
「無理です」
ドスのきいた声で否定が返されてしまった。
少女自身もまさか断られるとは思っていなかったのだろう。はっきりとした拒否に狼狽する。
立ち尽くし去る様子がない少女に、女性はこめかみを引き攣らせて言葉をたたみかけた。
「聞こえませんでしたか。無理です。嫌です。お断りします」
「でも席は他にもたくさん……」
「それなら、あなたがそのたくさんある席に座ればいいでしょ」
そう言われてしまえば、全くもってその通りである。
少女も初対面の人間に、占いの件を話す気にはなれないだろう。凄みのある顔で睨まれては尚更である。
「……無理を言ってすみませんでした」
少女は小さな背中を更に小さく丸め、すごすごと自分の席に戻ってゆくのだった。
事の成り行きを横目に見守りながら飲み物を用意していた店主は、盆の上にアイスメープルロイヤルミルクティーとエスプレッソを乗せ、軽快な足取りで落ち込んだ様子の美少女の元へ向かった。
「お待たせ致しました。エスプレッソです。こちら珈琲の旨味を凝縮した芳醇な香りとスッキリとし苦味が」
「ちょっと、先に私が頼んだと思うんだけど」
説明を遮る不機嫌な声が、店主の背中にかけられる。
咄嗟に振り返れば、眉間にこれ以上ないというくらい皺を寄せている女性の姿。
店主は慌てて謝罪をし、南側の席へ向かった。
「こちらがアイスメープルロイヤルミルクティーで御座います。メープルとハニーシロップの優しい甘さと深くコクがミルクティーとベストマッチで御座います!」
「フン」
「……ごゆっくり」
少女と同じようにすごすごと退散し、近くの席で本を読み始めている少女に「あの……」とそっと声を掛ける。
少女は「大丈夫です。彼女が帰るまで待ちますから」と曖昧な笑みを浮かべ、読書に集中し始めた。(ちなみに読んでいる本は〝乙女力向上100の秘密〟というやつだ)
一方女性はきつい態度を取っておきながら、すぐに機嫌良くリュックの中を漁っている。
「いけ好かない女。態度でかいし」
「態度が大きいのは君もでしょ」
カウンター席から三人のやり取りを見ていたシェリが、店主が戻ってくると身を乗り出して嫌味を口にする。
そのふんぞり返った上から目線には、苦笑いしか浮かばない。
二人は再び南側の席へ視線を戻す。
すると、アイスメープルロイヤルミルクティーをご機嫌な様子で飲む女性の頭部に、いつの間にか帽子が被られていた。
「あ」
「ピンクの帽子」
二人の視線は、目に痛いショッキングピンクのド派手なニット帽に釘づけになった。
「七月十四日生まれのラッキーアイテムはピンクの帽子……」
「ってことは彼女も!? っていうか、同性だけどいいのコレ。どっちも女性だよ?」
パソコンにかぶりつき、シェリはプログラムの見直しを始める。
高速でキーボードが打ち鳴らされる音が数秒響いた後、彼女は真っ青な顔で呟いた。
「しまった。性別判定組み込むの忘れてた」
――そこまで手の込んだことをしておきながら、そんな初歩的なミスを!
致命的なプログラムミスをした天才プログラマーは、珍しく情けない表情を浮かべて頭を抱える。いつも強気に吊り上がっている眉は下がり、真っ直ぐな姿勢も今は猫背気味だ。
「完璧に仕込んだと思ったから改変用プログラム用意してない……! これじゃあ新しい人間を店に入れることもできない! データを組み直すのに半日はかかる!」
「きっとどっちかが諦めて先に帰っちゃうよ」
慰めの言葉にもならない言葉を向けられ、シェリは再び眉を吊り上げ「そうじゃないと今日一日が無駄になる」と低く唸った。
――しかしながら、運命を信じる人間の根性は彼らの予想以上に強固なものだった。
三度鐘が鳴った。
一時間経っても、二時間経っても、彼女達は席から離れなかったのだ。
そして午後三時を告げる鐘の音が鳴った時、遂に少女に限界がやって来たのである。
パァンッ!!
本を閉めただけとは思えぬ破裂音が店内に響く。
乱暴に椅子から立ち上がり、少女は南側の席に座る女性へ詰め寄った。
「ちょっと、いつになったら帰るんですかあなた!」
再び声をかけられた女性は「あ?」と長い髪を揺らし、少女を見上げる。
「こっちはずっとあなたがその席から退くのを待っているんです! 何をするわけでもなくそこでぼーっと座ってて。さっさと帰ってよ! じゃなきゃ席代わってよ!」
「私が先にこの席に座ったんだから、いつまでいようが私の勝手でしょ。なんなのあんた」
「私はどうしてもそこの席に座らなきゃいけないんです! もうこうなったら相席させてもらいます。この椅子ずーっと誰も座ってないんだし、いいでしょ!」
きいきいと喚いた少女は、荷物とティーカップを取りに戻ると、素早く女性の向かい側の椅子に着席した。
「あ、ちょ、勝手に座らないでよ! ちょっと店員さん!」
がなられた店主は「は、はい」と大慌てでカウンターから出てゆく。
「この女勝手に私の席に座ってきたのよ。追い出してちょうだい!」
「私絶対退きませんから。嫌ならあなたが退けば?」
「私だって絶対退かないわよ! お前が退け!」
女たちの迫力に、男は立ちすくむしかできない。
彼女たちは既に店主など目に入っていないのか、互いを殺気の籠った瞳で睨みつけるだけだ。
役立たずの店主は後ずさりでカウンターにこっそりと戻るしかできなかった。
カウンター席では、事の原因が感嘆の溜息をついている。
「ハァ~、よもやこんな形であの席に条件通りの人間が二人座ることになろうとは」
「でも同性同士じゃん!! 店内トラブルは御免だよ」
険悪な雰囲気を放っている南側の席は、とても運命の出逢いが生まれる場所には見えない。
睨み合いから先に動いたのは少女だった。
白く細い足を組み、嫌味な笑みを浮かべて年上をじろりと見る。
「大体なんですかぁ? ずっと同じ席にひとりで座って、暇なんですか?」
「お前だって同じだろ!」
「わ、私はあとから二人になる予定だからいいんですぅ」
「私だって二人になる予定なの! だからそこに座られていると邪魔なの!」
「二人になる予定って、もう三時間経つのに誰も来なかったじゃない! そもそもそんなダッサイ格好で人と待ち合わせなんて信じられなァ~い!」
――僕はあの子の変わりようが信じられない。
可憐な美少女の実態に身を震わせる。
愛らしい笑顔はすっかり高慢さを宿し、甘い声も今はとげとげしくて耳障りだ。
「べ、別にどんな格好で誰と会おうが私の自由でしょ! それにダサくない!」
美少女の攻撃に女性は一瞬怯んだものの、すぐに戦意を取り戻して吠えた。
「もしかしてその服装精一杯のお洒落でしたか? ごめんなさい気づかなくて! てっきりパジャマか何かだとぉ」
「な、なな……。あんたこそ、そんなフリッフリの子供みたいな洋服着て恥ずかしくないの!」
「ファッションセンスのない人には分からないでしょうねぇ。この黄色い靴とこのワンピースの絶妙なバランスが! あんたなんてそんなピンクの帽子、その服装には全く似合わ、な……」
少女の言葉が途切れてゆく。
女性の視線は、自慢げに見せつけられた黄色の靴に注がれていた。
少女の視線もまた同じように、ド派手なピンクのニット帽に注がれている。
二人は転げ落ちるように席からそれぞれ離れると、店の隅で少女はスマートフォンを、女性は携帯電話を開いた。
昨日、突然送信されてきたメールの文面を、四つの目玉が素早く読み返す。
(一番南の席、黄色い靴を履いた人……)
(一番南の席、ピンクの帽子を被った人が……)
――私の運命の人!?
「「女じゃん!!」」
(まあそうなるよね)
心の声が思い切り出てしまった女達を見ると、店主は同情せずにはいられなかった。
女達の叫び声を聞いたシェリは、こっそりとノートパソコンを閉じると音を立てずに椅子を下り、カウンターの下へ身を屈めてそろそろと逃げ出そうとしている。
「何この占いサイト、とんだインチキじゃないの!」
「私はノーマルよ、男の人が好きなの! そういう趣味はない!」
「わざわざ時計塔喫茶を探してまでここに辿り着いたのに!」
「折角ピンクの帽子を買ってまで、運命の人に逢いにきたのに!」
地団太を踏む年上の女と、身をくねらせる年下の女。
悲惨な状況に、店主はカウンターの下に隠れているシェリに低く声を掛けた。
「君これどうしてくれんの」
「あ、お腹痛い。ちょっとお手洗い」
「逃げる気!?」
「動物的本能の排泄行為に何か文句が!」
「このタイミングでパソコン持ってトイレなんてそりゃ絶対嘘でしょ! ちゃんと謝って本当のことを言った方がいいんじゃないの」
諌められたシェリは一瞬言葉を詰まらせたものの、すぐにふんぞり返って勝気な笑みを浮かべた。
「ネタバラシするなら構わないけど、店の評判が落ちて困るのはあんただよ」
思わぬ忠告に今度は店主が言葉を忘れてしまう。
すると、ここぞとばかりにシェリはお得意のマシンガントークを炸裂させた。
「それが嫌だったら本当の運命の出逢いになるよう努めるんだね。そうしたら詐欺どころか運命の恋愛スポットとして、この店もちょっとは繁盛するかも」
「それって脅しじゃない。あ、ちょっと、ねえ待って!」
脱兎の如く店の奥へ逃げるシェリを、店主は慌てて追いかけていった。
……そしてフロアに残された、二人の女。
「ずっと探していた運命の人に逢えると思っていたのに……」
少女は怒りで上がっていた肩をがっくりと落として意気消沈し、
「ずっと待っていた運命の人に逢えると思っていたのに……」
女性は、立ち尽くしたまま天を仰いだ。
高ぶっていた期待がすっかり外れ、女たちの桃色の気持ちは灰色となって、大きな溜息と共に体外に排出される。
陰気な空気に包まれた女たちは、それでも未練がましくメール文を読み返した。
その時、ふっと浮かんだ事実。
(……あれ、でも占いは外れていない)
ラッキーアイテムを持って、運命の場所らしい時計塔喫茶にある南側の席に座ったら、確かに指定通りのアイテムを持った人物が目の前に現れたのである。
こんな偶然はあるはずが無かった。
となると、この占いサイトは当たっているということになる訳で。
そして更にそうなると、やっぱり目の前に現れたあの女が、運命の人になる訳で……。
――女達は振り返り、互いを見つめた。
緊迫した空気の中、ゆっくり、それはもうゆっくりと女達の足が南側の席へ向かってゆく。
そして二人は再び、南側のテーブル席に腰を下ろした。
なんとも気まずい雰囲気が二人の間に流れる。
先に口を開いたのは少女だった。
「あの!」
「はい!?」
両者共に声が引っくり返ってしまった。
年下の女は咳払いをしてから、笑みを浮かべて探るように話し出す。
「こ、このお店にはよく来るんですか?」
「え、いや、えっと……たまたま今日はこの店に入ってみようかな、と思って」
「そうなんですか……。実は私も。なんかこの店に運命を感じたっていうか」
「それは、ぐ、偶然ね」
「本当、偶然」
先程の険悪な雰囲気をなんとか無かったことにしようと、無理矢理に笑顔を浮かべ、声も高いトーンになってゆく。
探り合いの緊張のためか、どんどん早口にもなってゆく。
「この席を選んだのも、なんかちょっと気になっちゃった気がしたからだったりして……」
「私もです~。なんかこの席、気になっちゃいますよね~」
「そうそう、なんか吸い寄せられちゃうみたいな?」
「えっと……そういえば待ち合わせのかたは? 二人になる予定っておっしゃってましたよね?」
「へ、あの……なんか今日来られなくなっちゃったみたいで。結局一人かな。そっちこそ、二人になる予定って言っていたけど」
「偶然! 私も結局一人になっちゃったみたいで。あっ、でも今こうして二人で座っているから、二人には変わりないかなぁ」
「確かに確かに」
大きく上下に振られる頭。
それを包むピンクの帽子が嫌でも目に入り、少女は思いきってそれを話題に出してみることにする。
「そ、そのピンクの帽子、よく見たらなかなか素敵ですね」
「ど、どうも」
ラッキーアイテムを指摘された女性は反射的にニット帽を押さえ、慌てて礼を口にした。
気まずい沈黙が流れ、今度は女性も思いきって相手のラッキーアイテムを指摘してみる。
「その黄色い靴もお洒落ですね」
びくんと飛びあがり、少女は黄色い靴を見下ろす。
強張った顔が見つめ合い、少女も口角を無理に吊り上げて笑った。
「たまたま今日履こうと思って」
「私も、ピンクの帽子をたまたま被りたい気分になって」
努力虚しくすぐさま沈黙が戻ってきた。
「ははははは……」とその場繋ぎにもならぬ乾いた笑い声が虚しく店に響いていった。
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