春の嵐・3
エリザへ
一の村は大雪だと聞きました。大丈夫ですか? 転んではいませんか?
あなたにこの手紙が届くのか? とても、心配です。ジュエルの誕生日にあわせたかったのですが、おそらく遅れて読んでいることでしょう。
まずは、おめでとう。
たいした贈り物もできませんが、また、ペンを届けさせます。
手紙に添えてくれたジュエルの絵は、インクが見えなくなるまで、部屋の壁に貼っていました。
絵心がある……と思ってしまうのは、親ばかでしょうか? 全く形になってはいませんが、あれはあなただと思います。少なくても私にはそう見えました。
ジュエルを大切に育ててくれて、本当にありがとう。
手紙を読めば、あなたもジュエルも元気にやっていることが伝わってくるので、いつもほっとしています。
祈りの儀式以来、お会いしていませんが、ジュエルの成長が目に見えるようです。
このような近くにいながら、中々会えないのはもどかしく思います。
朝夕、あなたの祈りの声が、時々耳元に聞こえるようです。ですから、この厳しい寒さの中でも、毎日の行が辛くはありません。
でも、味気ない夕食を食べていると、少し寂しく思います。あなたの作ってくれた野菜入りオムレツを思い出します。
お世辞抜きで美味しかったです。
いつかまた、三人で食事ができるといいですね。
愛を込めて――サリサ
ただ、赤子がぐしゃぐしゃとペンを走らした絵を「絵心がある」だなんて。しかも、私の顔だなんて……。
エリザは、寂しく笑った。
サリサの手紙は、最近、以前に比べて内容が柔らかく、優しくなった。
あの『祈りの儀式』の荘厳で神々しい姿を思い出すと、まるで別人がペンをとっているようである。
そして、エリザも以前よりずっと砕けた手紙を書き続けていた。
会えないし、会えても堅苦しい会話だけしかできない。その分、反動で余計に手紙のやり取りが増えた。
取り次ぎが祈り所の足の不自由な管理人ということもあり、手紙が出しやすいということもある。これが、クールの取り次ぎならば、どこで内容をチェックされているか、わかったものではない。さすがにエリザは手紙が書けないだろう。
だが、今回ばかりは手紙を読んで、憂鬱な気分になった。
サリサの手紙が、まるで家族を気遣う父親のように優しい分、余計に返事が辛くなるのだ。
エリザは、何度かため息をついた後、そっと便箋にペンを走らせた。
最高神官サリサ・メル様
ジュエルに優しい言葉を、ありがとうございます。
あの子は、元気です。
今日は、大事な報告がございます。
エリザは、一の村の採石師ラウルと婚約いたしました。結婚は、ジュエルが学び舎に上がる四年後となります。
サリサ様には、今まで至らぬ私に目をかけていただき、心から感謝しております。
ありがとうございました。
エリザ
これ以上、何も書けなかった。
手が震えて……。
そこで、エリザは家を飛び出し、金物屋へ出かけた。そして、帰り道、雪で滑って転び、腰をさすりながら帰ってきた。
「……仕え人に、手紙を書いて届くかしら?」
そう思いつつ、エリザはもう一通の手紙をしたためた。
「……リュシュへ」
数日後、いつもよりも遅いサリサの手紙は、エリザの手紙よりも短かった。
一の村の癒しの巫女へ
婚約おめでとうございます。
あなたの幸せを心よりお祈りします。
――最高神官サリサ・メル
エリザは、その手紙を読んだとたん、泣き出してしまった。
そして、もうこの手紙には、返事を書く必要がないのだ……と悟った。
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