エリザの手紙
エリザの手紙・1
サリサ・メル様
風が秋らしくなってきました。いかがお過ごしでしょうか?
一の村の木々も、やや色付きはじめました。見上げると、霊山は赤や黄色に染まっていてとてもきれいです。
上から見るのと下から見るのでは、まったく風景が違うことに驚かされます。
サリサ様には、散々心配をお掛けしましたが、最近は一の村にも慣れました。
私は、とても明るくなったと思います。自分から積極的に他の人にも話せるようになったようです。
先日、思い切って自分でリューマ族の商人のところに、薬を売りにいきました。
私の薬は、とても人気でした。びっくりしましたが、これも霊山で、サリサ様やフィニエルに色々教えてもらった知識のおかげだと思います。
クール・ベヌ様が売るよりもずっと高く売れたので、私って、商売上手なのかしら? と、喜んでしまいました。
でも、クール・ベヌ様にお見せすると、半分は霊山への施しとして出すように……と言われました。売値の半分を納めたら、いつもよりも手元に残りませんでした。税というのがあるのを知らなくて、恥ずかしかったです。
働いて得るお金の貴重さを実感しました。霊山にいたころは、このようなお金で食べさせていただいていたのですね。巫女姫時代に貴重な舞米を食べ残したりして……反省です。
そろそろラタの実の季節です。
先日、椎の村のアリアが、収穫のために霊山に入りました。少し分けてくださって、ありがたかったです。お友達っていいものですね。
季節柄、たくさんの人たちが、また村に来るようになりました。
ロンのお店も少し人が入ってきて、ララァも一安心しているようです。一時期はお店をたたまなきゃならないという話も出て、とても心配しました。
その様子を見ていると、薬草精製で生活に困らない私は、とても恵まれていると思います。わずかな額ですけれど、霊山にも恩返しできてうれしいです。
私も霊山にラタの実を採りにいきたいと思うのですが、ジュエルを長い間、家に一人で置いておけないので、諦めました。
以前は、仕事に出かけても、ジュエルが気になって一刻に一度は家に戻って様子を見ていたものですが、最近は半分になっています。
それでも、祈り所の管理人さんが、市場に行って帰ってくる間に、六回も会って挨拶してしまいました。管理人さんの足が遅いのと、私の足が速くなったためだと思います。本当に足が速くなったんですよ。
そういえば、私は、ずいぶんと元気になりました。
もう以前のように、倒れたり寝込んだりすることが、ほとんど無くなりました。
ジュエルを置いていけない時は、いつも背負っているので、すごく体力が付いてきたように思います。
麓の森には、ジュエルを担いで行きます。
確かにたくさんの薬草を持ち帰れませんけれど、親子でいい気分転換にもなります。サンドイッチを持って行くのですが……時々、サリサ様と遊びにいった百合谷を思い出してしまいます。
勝手に思い出してごめんなさい。
薬作りも、夢中になると楽しいです。
家でも、丸薬作りはできるので、今は寝る前に作業しています。一仕事すると、よく眠れます。
ただ、爪が黒く染まってしまい、困っています。ラタの実で石けんを作りたいけれど、さすがにそこまで集められないです。
サリサ様、サリサ様はお変わりありませんか?
今でも、マール・ヴェールの祠で祈られるのですか?
苔の洞窟でお昼寝しますか?
申し訳ありません。
また、お手紙が長くなってしまったようです。
お忙しいところ、ついつい、お言葉に甘えてしまうエリザをお許しください。
サリサ様が変わらずお元気であるますことを、お祈りしております。
エリザ
サリサはベッドに横になり、手紙を読んでいた。
エリザの手紙は、いつもこうだ。
緊張してカチカチになった部分と、筆が乗って砕けた部分が同居する。そして、詫びの言葉が必ず入る。
かつてはかなり書き直し、推敲していたと思われた。最近は一発勝負のようだ。おそらく手紙を推敲する時間がないほどに、忙しいのだろう。
所々、心の隙間が現れる。
一見、エリザの手紙は明るい。だが。
人見知りするエリザが、どうして苦手なリューマの商人と直接交渉する?
霊山の名を出せば、エリザは素直にお金を出す。だから、クールが横領しているのだ。おそらく、それに気がついた人――ララァあたりが、直接商売をするよう勧めたのだろう。
エリザも直接商売をして、さすがにおかしいと思ったようだが、素直な性格が災いして、言い含められてしまったらしい。
クール・ベヌという男は、神官にあるまじき俗人である。ムテの力を強く持っているというのに、本当にもったいない。追放したいほどだが、神官の地位にあるものを、霊山は守らねばならない立場……というのも、困ったものだ。
サリサは起き上がると、机の引き出しから資料を出した。
仕え人に調べさせた過去数年のムテの村々からの『施し』つまり寄付金の資料である。毎年一番は『一の村』だ。だが、その実体は……。
税と称して多額の金を村民から奪い取って、一部しか霊山に回さない。毎年一番になるように調整し、村民に誇りという目隠しをして、残りは自分の懐だ。
「そろそろ、脅かしておかないとダメですね……」
サリサは呟いた。
ジュエルもエリザには重荷のはず。
子供を誰にも任せられないエリザは、効率よく働けないでいる。
一刻に一度ということは、エリザは薬草精製を二十分行い、十五分かけて家に帰り、十分ジュエルを見、また十五分かけて家に戻る……という繰り返しを何度もしていることになる。
白い影に怯えて、ララァに子供を預けられないからだ。
薬草採取もままならない。霊山にはジュエルを連れて入れない。近くの森だって、子供を抱いていれば、いったいどれくらいの量の薬草を運べるのか?
そこで、穴埋めに自宅に帰ってからも仕事をしている。
丸薬は、リューマ族に高く売れる薬だが、精製には手間がかかる。
具合が悪くても寝込めない。
それが、今のエリザの生活だ。
手を真っ黒にして、時々泣いてはいないだろうか?
助けを求めてはいないだろうか?
――サリサ様はお変わりありませんか?
この一文で、おそらくエリザは涙を落としたのだ。
その様子が手に取るようにわかり、サリサも涙が出そうになった。
彼女は、そんな自分を恥じ、再び『申し訳ありません』と書く。
今すぐ山を駆け下りて、抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
でも、心配させたくないという思いを大切にしてあげたい。必死に明るく振舞おうとしているエリザを、がっかりさせたくない。
だから、サリサは気がつかないふりをして、明るく楽しい手紙を心がけ、返事を書く。
それと、もうひとつ。
エリザの手紙には、サリサが気になる点がある。
だが、今はそのことを忘れようと思う。
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