エリザの手紙・2
一の村の神官クール・ベヌ経由で、エリザとジュエルに命令が届いた。
「霊山に来いって……あなたたち、何をやらかしたのです?」
「え? 私たち、何も?」
エリザはジュエルを抱きながら、きょとんとした。
異例の呼び出しである。一般人を名指しで霊山に呼び出すなど、過去にあまり例がない。
名目は、霊山への施しのお礼と、特別に霊山管轄地での薬草採取を一日だけ許すというもの。以前にそういった例はあったが、まだ一の村に一年といないエリザに、それだけの実績はないはず。
クールの顔色はさえない。
まさか、エリザから中間搾取しているのがばれてはいないだろうな? と、心配になる。その裏付け捜査ではなかろうか?
「何も、ならいいですけれどね。最高神官はお忙しい方ですから、お会いになっても、面倒なことをペラペラ話したりして、ご迷惑を掛けないようにしてくださいよ」
クールはしっかりと釘を刺した。
ジュエルの立ち入りが許されたといえど、山道のジュエルは重い。
ラウルがかわりにおぶってくれた。そうでもしないと、エリザは約束の時間にたどり着けないだろう。
「でも、何となく解せないな。まだ祈りの儀式も終わっていない。つまり、これから霊山に施す人が増える時期に。何で今時?」
ラウルの心は揺れていた。
何せ、ふたりを呼び出したのが最高神官。以前、ばったりとエリザの家で会って以来、ラウルには、彼が恋敵である。
「私も不思議なんです。霊山に多大の寄付をした……って書いてありましたけれど、クール様の話では、以前の癒しの巫女に比べて、私は半分しか税を納めていないって……」
「半分?」
ラウルは顔をしかめた。
「はい……申し訳ないんですけれど……」
ラウルが顔をしかめたのは、たった半分だからではない。半分も? だった。
以前、あの家に住んでいた医師、薬師、癒しの巫女の家族は、村への税を入山許可のある癒しの巫女の名で、まとめて納めていた。しかも、金持ちの三人が納めていた額となれば、相当のものだ。
よく調べてみないとわからないが、もしかしたら、エリザは人よりも五割増しの税を納めているのかも知れない。
調べようにも、すべての帳簿はクールが握っているから、疑わしいとしか言えない。
もしもそれだけ支払っていたら、エリザの生活はかなり厳しいだろう。
そうこうしているうちに、霊山の通用門に着いた。
仕え人が無表情のまま、二人を押しとどめた。
「ラウル、申し訳ありませんが、あなたはこれから先、立ち入ることができません」
確かにここから入れるのは、許可証をとる春だけなのだが……。
「でも……。ラウルは、ジュエルを連れてきてくれて」
「ここから先は、私が運びましょう」
事務的な仕え人である。ラウルとエリザは、顔を見合わせた。
「仕方がないな。最高神官は『エリザ』に会いたい。でも、僕には会いたくないのだから」
嫌みたっぷり苦々しく言うラウルに、仕え人が釘を刺した。
「会いたいとは、無礼な物言い。最高神官は、個をお捨てになった方です」
どこが、だ……と言いたいのを、ラウルは抑えて、手を胸に当てた。
「無礼をお許しください」
ところが、エリザのほうときたら。
「ラウルは、わざわざ私のために時間を割いてくれたのです。いっしょにお目通りはならないでしょうか?」
などと、要らないお願いをしたり。
当然、ラウルもサリサも、そのようなことは願い下げだろう。
ラウルは、エリザに手を振って、門が閉まるのを見送った。
エリザは、久しぶりに入る霊山にドキドキしていた。
応接の間に続く階段を上りながら、足が震えていた。
霊山の情報は、何一つ入ってこない。おそらく、エリザがいた時とほぼ変わらない日々が続いているはずなのだが。
「あ……」
エリザは、足を止めた。
渡り廊下の向こうに、天幕がぽつぽつと見える。そう言えば、そろそろ祈りの儀式の準備が始まる。あれは、手伝いのための学び舎の者たちの宿だ。
「もうそんな時期なんですね」
思わず仕え人に話しかけたが、彼の返事は冷たかった。
「お時間があまりないのです。お急ぎください」
「ご、ごめんなさい!」
エリザは慌てた。
つい、一の村の生活に慣れてしまい、霊山がどういった所だったか忘れていた。
応接間にエリザが着くと、あまり時間をおかないでサリサがやってきた。
文通しているにもかかわらず、エリザは堅くなってしまった。
何せ、先ほど仕え人に冷たくされたばかりである。霊山の気風を思い出し、エリザは礼儀正しく挨拶をした。
「最高神官サリサ・メル様、本日は、お招きありがとうございます」
銀色の光をみとめながらも、エリザはサリサを見ることができなかった。思えば思うほど、今回の招待は特例に思えるし、クールから余計な口を利かぬよう注意を受けていた。
「エリザ、そのように堅くならないで……。今日は……」
サリサは、かなり気さくに話しかけてきた。
しかし、そこでなぜかジュエルがけたたましく泣き出して、エリザを困らせた。
仕え人たちが無表情な顔をしかめる中、エリザは真っ赤になって、ジュエルを受け取り、よしよしとあやしたのだが……。
ジュエルを抱いたとたん、何が起きたのか気がついて、真っ赤になってしまった。
「も、申し訳ありません!」
はじめての場所で緊張したのだろう、ジュエルはすっかりしっかり排泄していた。かなり臭いが漂う。背中まで回ってしまったらしい。おしめを取り替えるしかないのだが、この場所は……。
泣きたい気分になってきた。
赤子には必ずあることとはいえ、どうしてここで? 能力のあるムテの子供ならば、こういった場では大人の気を受け取り、このようなことにならないのに。
「場所を移動しましょう」
サリサがすっとエリザの横に来て、肩を抱くようにして支えた。
けたたましい泣き声と強烈な臭いに、仕え人たちは、顔をしかめたままなのに。
「……ごめんなさい」
サリサに触れられて、 エリザはついにポロッと涙を流した。
――久しぶりにお会いするのに……。
ひどすぎるわ! ジュエル。
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