恋争い・8
「エリザ、あの……。違うの。誤解しないでね、実は……これは……その」
ララァの口は活発に動くが、何一つ、意味ある言葉は出てこなかった。
エリザのほうは、怒りやら、悲しいやら、虚しいやらで、何一つ言葉がない。
自分がラウルと楽しく過ごしていた間、――いや、本当はエリザにとって、とても厳しく辛い登山だったのだが、そうは思えなくなっていた――ジュエルはこのような暗い場所に閉じ込められていたのだ。
親として、なんと情けなく、惨めで、自分が腹立たしかった。
ララァも憎いが、ララァを信頼していた自分が、もっと憎い。
小走りに部屋を出て行こうとするエリザに、ララァはしつこく言葉を投げかけた。
「エリザ! 本当に誤解よ! 私は……」
「ええ、誤解だった! 私は真実を見たわ!」
そう怒鳴ると、エリザは足早に部屋を飛び出した。入り口付近で、ラウルとぶつかったが、何も言わずに走った。
「エリザ? どうした?」
ラウルの声が背中に響いたが、それも無視した。食堂のお客ともぶつかったが、詫びることもせず、エリザは泣きながら家路に急いだ。
ラウルが追いかけてきて、何度も声を掛けた。
「エリザ? どうした? 何があった? ジュエルがどうかした?」
言えるわけがない! と、エリザは心の中で叫んだ。
誰にも言えない! こんなひどいことをされたなんて!
ましてや、ララァの弟であるラウルには。
「エリザ!」
ついに、エリザの家までラウルは追いかけてきた。
あまりのしつこさに、エリザはついに口を開いた。
「ごめんなさい! 疲れているだけ。一人にして!」
それだけいうのが精一杯だった。
「疲れているって、大丈夫?」
ラウルが優しいのはよくわかる。でも、エリザは顔を上げて、彼を見ることができなかった。ララァの顔を思い出し、憎んでしまいそうで。
「ラウル! 約束したじゃない! 私には触れないで!」
――心にも……体にも……。
ラウルは、言葉を失った。
宝玉に誓った神聖な約束。
エリザが心を開かない限り、根掘り葉掘り聞かない。触れない。探らない。
無理強いしないと決めたのは、ラウルのほうだった。
エリザの心の傷が……いつか、時間に癒されるまで待つと決めたのは。
エリザが家の中に飛び込み、ばたん! と扉を閉めると、ラウルはとぼとぼと歩き出した。
ただし、家のほうではなく、姉の家に向かって、である。
案の定、姉は落ち込んでいた。
いつもの陽気さは影をひそめ、椅子に腰掛けて、額に手を当ててうつむいていた。
夫のロンが、横で困った顔をしている。
「ラウル、悪いけれど、店のあとかたづけがあるから……ちょっと、話を聞いてやってくれないかな? 何も言わんのだよ」
ロンはお手上げポーズをとった。
「僕も、お母さんの代わりに、お父さんを手伝うよ」
小さなロロが、けなげにも言った。
「だって、お母さん、頭が痛いんだよ?」
子供と夫の気配がしなくなると、ララァは天井を見上げて「はぁ」と声を上げた。
「エリザは? エリザ、何か言っていた?」
ラウルは首を横に振った。ララァは、再び額を抑えると、眉をしかめてうつむいた。
「ごめんね、ラウル……。私、あなたに悪くって……」
しかし、再び口が重くなる。
姉にしては珍しい。気持ちが悪いくらいだった。
「僕に悪いけれど……エリザには、悪くないことか?」
恐る恐る聞くと、ララァはすくっと頭を上げた。
「だって! 仕方がなかったんだよ? 魔のない子といっしょにしておいたら、子供達の寿命が縮まるかも? って話で! それに、能力も弱まるって! だから……」
ラウルは、エリザが何であのような態度だったのか、やっと気がついた。
姉は、何かをやらかしたのだ。
「まさか? ジュエルに何かしたのか?」
「何も! 何もしやしない! ただ、子供達に触れないよう……分けただけ」
ふと、ララァの視線の先に、大きな石の入れ物があった。
冷たく暗い石の箱。
ラウルは思わずララァの手首を捕まえると、隠そうとする顔を覗き込んだ。
「まさか! あれに閉じ込めたか?」
ざめざめとララァは泣き出した。
「だって! だって仕方がないじゃない! あんな気持ち悪い子!」
「ララァ!」
ラウルはめまいがしそうだった。
エリザはジュエルのことで悩んでいて……それを相談してくれたことがなくて。
この調子では、心病にでもなるのでは? と、心配になった。
だから、少しでもジュエルから解放して、気分転換させてあげたいと考えた。
そのための、採石の旅でもあったのに……。
それが、ますますエリザを追いつめることになろうとは。
「誰だって、自分の子供が一番可愛いに決まっている! 子供のためなら、何でもする! エリザだってそうじゃない! 私だけ責めないでよ!」
椅子に伏して泣き出すララァを、ラウルはもうそれ以上、責めることはできなかった。
確かに、おおらかな気風がある一の村であるが……エリザの知名度が上がるたび、奇妙な噂も広がっていた。
妹のアウラは、真っ先にその不吉な話を信じ、エリザを遠ざけようとした。
姉のララァも、やはり心の中はアウラといっしょ。エリザの子供が恐いのだ。
それを、まるで普通のように預かったりしていたのは、おそらく、ラウルの気持ちを応援したいからなのだろう。
「……今までも……ずっとそう?」
ララァは泣き続けて答えなかった。
「……そうか」
ラウルはうなだれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます