恋争い・2


 兄の子供が生まれたことをラウルに言うと、彼は自分のことのように喜んだ。

 そして、ある提案をしてきた。

「霊山の村には、子供が生まれたら赤いものを身につけさせ、子供の健やかな成長を祈り、呪詛を避けるという風習があるんだ」

「あら? そう言えば、霊山にも『赤の祭り』があるわ」

 神官の子供が無事生まれるよう、毎日、少しずつ針を入れていく。そして、生まれた子供に赤衣を着せて祝う儀式だ。

 ラウルはうなずいた。

「そう、赤を赤子に身につけさせるのは、霊山から伝わっているからね。でも、赤衣は一般人には手間が掛かりすぎて、日常に支障が出る。だから、一の村では、紅玉ルビーを代用するんだ」

 赤衣を一針ごと縫うように、紅玉を小さなビーズにし、祈りをこめて、紐に通し、編み込んでゆく。

 そちらのほうが手間が掛かりそう……と思いつつ、エリザはラウルの話をうなずきながら聞いていた。

「だから、エリザも紅玉を贈れば?」

「あら、だって……」

 エリザは笑ってしまった。

「作り方、わからないし……」

「教えてあげるよ」

 何だか不思議な気がした。ラウルは、とてもそのような繊細な仕事に似合わそうな体躯なのだが、実は手先が器用だ。

「紅玉なんて、高すぎてとてもとても手が出ないし」

「エリザが採ってくればいい」

 いきなり大真面目にラウルが言い出したので、エリザは目が点になってしまった。

「そ、そ、そ、そんなの、無理です!」

「僕がいれば、無理じゃないよ」

 ラウルはいい人だ。だが、強引なところがある。

 しかし、今回の話は、エリザにとって、笑って聞き逃せないところがあった。

 霊山の麓と違って、蜜の村は辺境。たまに悪い流行病があり、よく子供が死ぬ。エリザの幼い頃も、多くの子供が亡くなる病が流行った。

 エリザが自ら採石すれば、エリザ自身の祈りの力が加わって、素晴しい守りの石となる。兄夫婦も喜ぶだろう。

 そう思えば、ラウルの提案はそれ以外にないほど、妙案に思えた。

 それに、もしも石に効果があることがわかれば、蜜の村に流行る病から、村を守る手だてが見つかるかも知れない。

 エリザが蜜の村で果たせなかった夢の代わりに、少しでもなるかも知れない。

 話を聞いているうちに、どんどん石に対する妄想が広がってきて、エリザはだんだんその気になってきた。

 ラウルに石をもらってから、石の力を実感しているエリザにとって、それは無理からぬことだった。

「でも……私には」

 ジュエルがいるから、長い間、家を離れられない……と言おうとして、エリザは留まった。

 ふと、ある想いが脳裏をよぎったのだった。

「そうね……。私、やってみようかしら?」



 こうしてエリザは、なぜか兄夫婦への出産祝いとして、紅玉採取の旅に出ることになってしまった。

 着たことのない男物の服を着て、髪をひとつにまとめ、手にはつるはしである。

 しかし。

「だ、だいたい……。私には、採石許可なんか、ないのに?」

 いざとなると、臆してきた。

「でも、霊山の入山許可はあるし、僕の弟子として同行するんだから、問題はないよ」

「でも……」


 エリザの一番の心配は、ジュエルだった。

 成長が早いといっても、まだ生まれて約八ヶ月。ララァ夫婦に預けての、三日間の予定の旅。

 薬草採りや精製の仕事中、エリザはいつもジュエルをララァに預けている。だから、ジュエルからしてみると、エリザといるよりもララァ一家といっしょにいるほうが長いくらいだった。離乳食もへっちゃらで食べる。

 だが、こうも長い間、我が子と離れるのは初めてだった。

 ましてや、ジュエルは普通じゃない。

 しかし、そのジュエルゆえに、エリザは余計にやってみる気になったのだ。


 ――もしかしたら……ジュエルの寿命を伸ばす石もあるのでは? 


 エリザは、旅支度の点検をしているラウルに目をやったが、すぐに伏せた。

 このような事を……ジュエルの能力を疑うようなことを、とても他人であるラウルには聞けない。

 当然のことながら、ララァはいやらしいほどにニタニタ笑い、がんばれー! とラウルに言った。

 そのがんばれの意味は、もちろん、エリザを口説け……ということ。ラウルはすっかり真っ赤になっていた。


「き、危険はないのよね?」

 出発の時間になって、エリザが不安そうに聞く。

「え? そんな馬鹿な真似なんかしない。石に誓って約束しただろ?」

 と、ラウルは全くトンチンカンな返事をし、エリザの目を白黒させた。

 霊山の登り口で、エリザはララァが抱くジュエルのほうを、何度も振り返った。

「ジュエルを……くれぐれもよろしくお願いします」

「大丈夫だって、まかしておいて」

 何度も何度も念を押し、エリザは旅立った。

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